やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 真鍋一郎 千葉大学大学院医学研究院
 中山俊憲 千葉大学学長
 慢性炎症が全身のさまざまな疾患に寄与していることが広く知られるようになっている.本特集の目次からも,慢性炎症があらゆる臓器の主要疾患に関連していることが明らかであろう.慢性炎症は病態を引き起こし,進展させ,またその帰結を決定する主要なプロセスとなっており,多様な疾患に共通する基盤病態と捉えることができる.
 ウィルヒョウは20世紀初頭にすでに動脈硬化の炎症説を唱えていた.しかし,心血管代謝疾患やがん,精神疾患といった慢性の非感染性疾患(non-communicable diseases:NCDs)における慢性炎症に広く注目が集まるようになったのは今世紀に入ってからである.その後のメカニズム研究の進歩は急速で,動脈硬化をはじめとして炎症自体を標的とした治療法の臨床的なエビデンスも増えてきている.今後,さらに診断や治療への展開が期待できる分野である.本特集では,全身の疾患における慢性炎症の意義について,わが国を代表する第一線の研究者に,先駆的な研究成果を切り口に解説いただいた.特集を通じて,多様な疾患における慢性炎症機序の共通性と,組織や疾患における多様性とが浮かび上がってくるであろう.
 慢性炎症では,炎症が適切に収束されずに遷延し,慢性に引き続くことで組織機能が障害されるだけでなく,多くの組織で線維化をはじめとする組織構築の改変が進行し,不可逆的な臓器機能障害がもたらされる.炎症のトリガーが外来・内在にかかわらず,細胞傷害によって放出される分子や細胞外基質をはじめとする内在的な因子が細胞の活性化と炎症の進行に重要である.一方で従来,非感染性炎症と考えられてきたものでも,腸内細菌などの構成分子や細菌代謝産物などが寄与することもわかってきた.慢性炎症の場では,自然免疫系と獲得免疫系の両方の免疫細胞に加えて,臓器の実質細胞,間質に存在する血管細胞,線維芽細胞,神経細胞といった多様な細胞が多重に相互作用して炎症のプロセスを実行する.シングルセル解析をはじめとするテクノロジーの進歩は,時空間で繰り広げられる細胞間のコミュニケーションダイナミクスを説き明かしつつある.
 本特集で,慢性炎症による疾患研究の現在をまとめることによって,今後もますます研究の拡大と展開が期待される慢性炎症研究に,基礎臨床を問わずさらに多くの研究者が参画されることを願う.
 はじめに 真鍋一郎・中山俊憲
精神疾患と炎症応答
  谷口将之・古屋敷智之
アルツハイマー病における免疫系細胞の多様性とその役割
  田辺章悟・他
アトピー性皮膚炎の病期における病態推移
  小亀敏明・他
病原性免疫記憶による慢性炎症性肺疾患の病態形成機構
  柳生洋行・他
心不全とその合併疾患における慢性炎症の寄与
  藤生克仁
腎臓病と慢性炎症
  谷口圭祐・他
NASHと慢性炎症
  伊藤美智子・菅波孝祥
筋疾患と慢性炎症
  吉本由紀・大石由美子
臓器間ネットワークと消化器慢性炎症
  三上洋平・他
ホスホリパーゼA2と代謝性疾患
  佐藤弘泰・村上 誠
腸内細菌と慢性炎症
  大谷直子
慢性炎症性疾患としての動脈硬化
  畠山金太
慢性炎症による眼疾患−加齢黄斑変性の病態メカニズム
  小沢洋子
慢性炎症と造血システム−骨髄球系細胞の視点から
  片山義雄
慢性炎症が促進する発がんと悪性化
  大島浩子・他
IL-6アンプおよびゲートウェイ反射による関節リウマチ発症メカニズム
  田中勇希・他
慢性炎症におけるオステオポンチンの役割
  佐野元昭・白川公亮
慢性炎症の生体イメージング
  揚村朋弥・他
脂肪組織M1マクロファージに発現するHIF-1αによる病的肥満の形成
  戸邉一之・他

 次号の特集予告

 サイドメモ
  アルツハイマー病(AD)のモデルマウス
  ヘルパーT細胞と免疫記憶
  三次リンパ組織(TLT)の病態生理と臨床的意義
  Crown-like structure(CLS)
  慢性炎症による新たな発がん促進機構