やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 笹川寿之
 金沢医科大学産科婦人科・生殖周産期医学
 女性の社会進出や環境の変化に伴い,検診先進国の英国においてさえ国民検診を実施しないかぎり子宮頸がん死亡率は増加することが示されている1).性交経験のある女性の8割以上にヒトパピローマウイルス(human papilloma virus:HPV)が感染し,その9割は数カ月以内に自然消退するものの,一部は持続感染化してがんとなる.多くは無症状であるため,検診を受けないかぎり子宮頸がんや前がん病変の発見は困難である.
 子宮頸部の発がん過程には2通りあり,1つは低グレード異常(low grade squamous intraepithelial lesion:LSIL)をスキップしてがん化するde novo発がんである.その代表はHPV18型で,HPV16型感染の一部もそのようなパターンをとると思われる2).一方,これら以外の高リスクまたは中間リスクHPV型によるがん化はこれまでの仮説どおりLSILからHSIL(high-grade squamous intraepithelial lesion)を経てがん化するパターンである.筆者らの調査によると2),単独型感染に限定すると20歳代の子宮頸がんの100%,30歳代の8割弱がHPV16,18型感染によるものであり,これらの多くはde novo発がんである可能性がある.このような早発頸がんの発生を防止するには,早い時期にHPV16,18型感染予防ワクチンを接種することが必須と思われる.実際,このワクチンの女子への接種により,スコットランドでは20歳代女性のcervical intraepithelial neoplasia(CIN)3は9割減少し3),スウェーデンでは明らかな子宮頸がんの発生さえ防止できた4).
 周辺諸国と比較すると,日本のみが子宮頸がん死亡率が漸増しており,危機的状況にある5).にもかかわらず,2013年に厚生労働省は重篤な副反応の疑いがあるとしてHPVワクチンの接種勧奨を中止した.2008〜2014年11月までにHPV感染予防ワクチンは約338万人(約890万回接種)に接種されたが,2015〜2019年までの接種率は2%以下になった.その結果,HPVワクチン未接種世代女性の子宮頸がん発症率および死亡率の増加が予想されている6).HPVワクチンは17歳未満での接種が有効とされており4),今後,接種が再開されcatch-up接種が追加されるとしても,再開時期が遅れれば遅れるほどその効果は限定的なものとなる.
 本特集では,このような状況に危機感を共有する専門家に集合していただいた.子宮頸がんに関する日本の現状,このままHPVワクチン接種が滞るとどのような不利益が発生するかについて2人が報告する.また,政府が本ワクチンの接種勧奨を再開したとしても,それを中止した理由である副反応問題を解決しないかぎり,早急に接種率を上げることは困難と思われる.副反応問題の実態を明らかにするため,筆者らのグループがこれまで報告された副反応に関連するすべての情報を分析し,まとめた結果を報告する.
 子宮頸がん発症率,死亡率を下げるための対策の中で,最も重要なのは子宮頸がん検診率を上げることである.しかし,日本はこれまでこれに失敗してきた.欧米では8割以上の受診率であるが,日本ではせいぜい4割以下であることがそれを示している.最近,欧米諸国はHPV検査による1次検診(primary HPV検診)の方向に舵を切ろうとしている.2019年になって国立がん研究センターがHPV検査の検診における効果をはじめて認めたが,いまだにその方向性を見出せていない.本稿では,日本でHPV検査を検診に取り入れることの意味とそれを導入する場合に必要な条件(検診アルゴリズム)について2人の専門家が解説する.HPV 1次検診では見逃しが大幅に減らせるため,検診間隔は5〜6年に延長できる.そのため女性が生涯で受けなければならない検診数が減り,また間隔が長くなればその期間内に検診を受けられるよう調整が可能となり,実質的に検診受診率を上げることになると思われる.
 本特集が今後の日本の方向性を考えるための一助になれば幸いである.

 文献
 1)Peto J et al. Lancet 2004;364:249-56.
 2)Sakamoto J et al. Papillomavirus Res 2018;6:46-51
 3)Palmer T et al. BMJ 2019;365:l1161.
 4)Lei J et al. N Engl J Med 2020;383(14):1340-8.
 5)Park Y et al. Epidemiol Health 2015;37:e2015024.
 6)Simms KT et al. Lancet Public Health 2020;5:223-34.
特集 HPVワクチンと子宮頸がんHPV1次検診
 はじめに 笹川寿之
 日本と世界の子宮頸がんの現状 榊原敦子・他
 HPVワクチンの有効性と8年にわたる接種率の低迷がもたらす負の影響 八木麻未・他
 HPVワクチンの副反応問題 柴田健雄・笹川寿之
 思春期の子どもの機能性身体症状とその対応 小柳憲司
 子宮頸がん検診におけるHPV検査−細胞診・HPV検査併用法とHPV検査単独法 藤原寛行
 子宮頸がんのない未来へ−WHOの世界的戦略 シャロン・ハンリー
 子宮頸がん検診におけるHPV検査導入の意義と年齢別解析による効率化 前濱俊之・大城大介

連載
オンラインによる医療者教育(17)
 Withコロナ時代のオンライン多職種連携教育−課題と展望 永田康浩

ユニークな実験動物を用いた医学研究(15)(最終回)
 クマムシ:極限ストレス耐性のメカニズム−ヒトへの応用を展望して 國枝武和

COVID-19診療の最前線から−現場の医師による報告(9)
 専門家会議−これまでの背景と役割 岡部信彦

TOPICS
 腎臓内科学 慢性腎臓病患者への生活食事指導は費用対効果に優れる−腎臓病戦略研究(FROM-J)の結果から 大久保麗子・他
 社会医学 海藻摂取と循環器疾患 山岸良匡・他
 脳神経外科学 頭部外傷に対する神経集中治療 小畑仁司

FORUM
 中毒にご用心−身近にある危険植物・動物(2) スズラン−若芽をギョウジャニンニクやアマドコロなどの山菜と誤食すると 花澤朋樹
 オンライン診療の二元論(1) 医療とデジタル−診療報酬差額がもたらすもの 横山優二

 次号の特集予告