やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

巻頭言
 障害者にとっても超高齢者にとっても,誤嚥性肺炎対策が,今の生活の質を維持するために最も重要なものの1つであるということは,疑う余地がないと言っても言い過ぎではないだろう.誤嚥性肺炎の合併が生命を脅かすという理由だけでなく,生活を一変させるきっかけとなってしまうことが珍しくないからである.
 誤嚥性肺炎対策が目指しているものは何かを考えると,その答えは単純ではない.「誤嚥性肺炎の発症を抑止することで,生命を守り,全身炎症に伴う身体機能の低下を防ぐ」というだけでは,ICF(国際生活機能分類)を用いて全人的にとらえるリハビリテーションの観点からは不十分と考える.特に,誤嚥性肺炎の発症によって,周囲の人々から「誤嚥性肺炎歴のある人」という見かたをされてしまうことによる弊害を強調したい.本人自身が,食に対する価値観を必要以上に変化させてしまうだけでなく,サポートする人々にとっても,再発させてはいけないというプレッシャーがのし掛かることになる.この緊張感がよい方向に働けばよいのだが,そうなっているとは言い難い現場をしばしばみかけるのが現実である.誤嚥性肺炎は,個人因子や環境因子にも負の影響を与え,家族やその他の人々との関係性等,社会とのかかわりを変化させるきっかけになってしまう危険があり,その対策もリハビリテーション課題であると認識してほしいと思っている.
 そのため,まずは「誤嚥性肺炎歴のある人」を減らすことを狙い,リスクのある人を適切に抽出したうえで嚥下機能を評価し,機能に見合った対策を指導するとともに,栄養状態,口腔機能,認知機能を含む全身の機能を維持向上させるような活動を育みながら,発症予防に努めることが強く推奨される.
 一方,誤嚥性肺炎の治療においては,単純に肺という臓器の炎症を制御できるか否か,あるいは再び経口摂取できるか否かだけではない,生活を守り・取り戻すという視点が重要であると考える.
 また再発予防においては,薬剤の適量内服が二次予防に有効な疾患とは異なり,誤嚥性肺炎の予防手段は複合的であるため,単純に再発を減らすことを狙うだけではない予防戦略が求められる.特に,身体そして生活の根幹である食事に対して,内容や方法に制限を加えなければならないことが多いため,バランスのよい予防手段を講じることで,身体そして生活全体に及ぶ負の影響を最小化するよう努めるべきである.まさに再発予防という名の下に,「誤嚥性肺炎歴のある人」というスティグマとの闘いを強いるような療養環境ができ上がらないよう,早い段階からバランスのよい適切な対策を模索していくことを推奨したいと思っている.
 この特集が,誤嚥性肺炎予防と治療の真の目的とは何かを問いかけ,その目的を実現するための多職種連携や地域連携を含めたリハビリテーション治療の重要性を再認識する機会となることを願っている.
 (編者:瀬田 拓)
巻頭カラー Web座談会 誤嚥性肺炎による影響と,老衰過程の誤嚥性肺炎予防
 (海老原 覚 松尾浩一郎 百崎 良 前田圭介 瀬田 拓(司会))
第1章 「誤嚥性肺炎の予防」
 口腔機能・口腔衛生(松尾浩一郎)
 誤嚥性肺炎予防の栄養管理(百崎 良)
 嚥下機能に影響する薬剤とその管理(野原幹司)
 誤嚥性肺炎予防のための嚥下機能評価法:簡易検査(寺本信嗣 渡邉敬康)
 誤嚥性肺炎予防のための嚥下機能評価法:舌圧測定(栢下 淳)
 誤嚥性肺炎予防のための嚥下機能評価法:VE,VF(柴田斉子)
第2章 「疾患病態別の誤嚥性肺炎予防」
 認知症に伴う摂食嚥下障害と誤嚥性肺炎の予防(清水充子)
 脳血管障害(山徳雅人 佐々木信幸)
 神経筋疾患(野ア園子)
 重症心身障害児(者)(田中総一郎)
 気管切開(香取幸夫)
第3章 「誤嚥性肺炎の治療」
 誤嚥性肺炎の治療目標(藤谷順子)
 急性期治療-薬物療法と非薬物療法(海老原覚 朴 依真・他)
 誤嚥性肺炎急性期の嚥下機能評価と経口摂取の拡大(前田圭介)
 長期化した誤嚥性肺炎後生活機能低下からの回復(池永康規)

 Column
  咀嚼は嚥下を難しくするか(井上 誠)
  在宅訪問管理栄養士(伊藤清世)
  嚥下機能と亜鉛(土屋 誉)