はじめに
医療技術の進歩は,障害や疾病に苦しむ多くの人々に福音をもたらしてきたが,その一方で,米国においては1950年代以降,総医療費が着実に上昇を続けてきた.このため医療費の抑制が必須となり,1980年代に入って診断群類包括的支払方式(DRG・PPS)が導入され,抑制政策である管理的な医療が試みられた.この流れのなかで,短縮化する入院期間と一定のコスト内で医療の質を保ち,効率よい医療を供給するという目的から,クリニカルパスが各分野で急速に普及してきた.
わが国でDRGが注目される少し前の頃,札幌市で開催された第57回日本整形外科学会(1984年)のシンポジウムで医療費の問題が取り上げられ,筆者はシンポジストとして参加を要請された.大学のリハ医として忙しい日々を送っていたことから,いったんは固辞したが,医療政策の今後を占うよい機会と思いお引き受けした.このシンポジウムに向けて1年をかけて準備を進めるなかで,米国では既にDRGが始まったことを知り,ことの重大さを感じた.ところが当時,大学,厚生省,健保連のどこをあたってもDRGの資料はなく,「それは何?」と聞き返される始末であった.その頃,他の目的で米国へ調査に行かれる二木立先生とお会いし,関連する資料を現地で入手し,持ち帰っていただいた.米粒より小さな字でビッシリと印字された分厚い資料の束を前に,ため息をつきながら3〜4カ月かけて調べた.そして,医療費上昇に対する抑制政策の強力なツールとして,このDRGがわが国でも必ず利用されるであろうと信じるに到り,わが国の実状に即して導入される暁には,どのような施策になるだろうかと思いをめぐらした.学会のシンポジウムの席上では,DRGが今後わが国の医療政策に大きく影響を与えるだろうことを強調したが,会場ではあまり大きな反応はなかったことを覚えている.現在,医療人のなかではDRG・PPS, Managed Careなる英語が常識的な言葉として定着しており,隔世の感を覚える.
さて,医療の質を確保しながら入院期間を短くするには,忙しいなかでもいかに効率よく,落度のない医療を供給するかにかかっている.正にこの目的のために,医療の各分野でクリニカルパスが試みられ,採用されるようになったのである.特にリハビリテーション領域では多職種によるチーム医療が必須なため,発症早期から各専門職がアプローチを進めるツールとして重要である.しかし,注意を要するのは,効率化という響きのよい言葉が手抜きにつながり,医療の質の低下を招き,患者や障害者に不利を与えるようになってはならないことである.医療サイドの密な連携により無駄を省き,患者のための医療を供給していく過程こそ,クリニカルパスの真髄であろう.
2000年に開催された第37回日本リハビリテーション医学会では,クリニカルパスがポスター展示に取り上げられていたが,多くの参加があり,リハビリテーション医の強い興味とニードを感じさせた.これは本書の企画・編集のモチベーションになったといえる.展示されていたクリニカルパスのなかには未完成のものも散見されたが,いまは入院患者の状況や現有の設備,規模,スタッフに対応した適切なクリニカルパスを各施設で模索し,作り上げていく時期であろうと考える.
本書では,リハビリテーション領域で数が多く,重要な11疾患を取り上げている.クリニカルパスは,縦軸に職種(リハ医,他科医,看護婦,理学療法士,作業療法士,言語聴覚士・他),横軸に時間をおき,誰が,何日までに,何をするかを明確にした.利用のしやすさを考慮して,すべて統一した表形式になっている.今後クリニカルパスの作成を試みる施設はもとより,改変を検討するにあたって大いに参考になるであろう.また本書で紹介したクリニカルパスも各施設で見直され,改変されていくものと思っている.
本書がリハビリテーション医療に関わるすべてのスタッフに活用いただき,臨床の場で役立つことを願っている.
稿を終えるにあたり,ご執筆いただいた先生方に心からの謝意を表する.
2001年5月
編者代表 米本恭三
医療技術の進歩は,障害や疾病に苦しむ多くの人々に福音をもたらしてきたが,その一方で,米国においては1950年代以降,総医療費が着実に上昇を続けてきた.このため医療費の抑制が必須となり,1980年代に入って診断群類包括的支払方式(DRG・PPS)が導入され,抑制政策である管理的な医療が試みられた.この流れのなかで,短縮化する入院期間と一定のコスト内で医療の質を保ち,効率よい医療を供給するという目的から,クリニカルパスが各分野で急速に普及してきた.
わが国でDRGが注目される少し前の頃,札幌市で開催された第57回日本整形外科学会(1984年)のシンポジウムで医療費の問題が取り上げられ,筆者はシンポジストとして参加を要請された.大学のリハ医として忙しい日々を送っていたことから,いったんは固辞したが,医療政策の今後を占うよい機会と思いお引き受けした.このシンポジウムに向けて1年をかけて準備を進めるなかで,米国では既にDRGが始まったことを知り,ことの重大さを感じた.ところが当時,大学,厚生省,健保連のどこをあたってもDRGの資料はなく,「それは何?」と聞き返される始末であった.その頃,他の目的で米国へ調査に行かれる二木立先生とお会いし,関連する資料を現地で入手し,持ち帰っていただいた.米粒より小さな字でビッシリと印字された分厚い資料の束を前に,ため息をつきながら3〜4カ月かけて調べた.そして,医療費上昇に対する抑制政策の強力なツールとして,このDRGがわが国でも必ず利用されるであろうと信じるに到り,わが国の実状に即して導入される暁には,どのような施策になるだろうかと思いをめぐらした.学会のシンポジウムの席上では,DRGが今後わが国の医療政策に大きく影響を与えるだろうことを強調したが,会場ではあまり大きな反応はなかったことを覚えている.現在,医療人のなかではDRG・PPS, Managed Careなる英語が常識的な言葉として定着しており,隔世の感を覚える.
さて,医療の質を確保しながら入院期間を短くするには,忙しいなかでもいかに効率よく,落度のない医療を供給するかにかかっている.正にこの目的のために,医療の各分野でクリニカルパスが試みられ,採用されるようになったのである.特にリハビリテーション領域では多職種によるチーム医療が必須なため,発症早期から各専門職がアプローチを進めるツールとして重要である.しかし,注意を要するのは,効率化という響きのよい言葉が手抜きにつながり,医療の質の低下を招き,患者や障害者に不利を与えるようになってはならないことである.医療サイドの密な連携により無駄を省き,患者のための医療を供給していく過程こそ,クリニカルパスの真髄であろう.
2000年に開催された第37回日本リハビリテーション医学会では,クリニカルパスがポスター展示に取り上げられていたが,多くの参加があり,リハビリテーション医の強い興味とニードを感じさせた.これは本書の企画・編集のモチベーションになったといえる.展示されていたクリニカルパスのなかには未完成のものも散見されたが,いまは入院患者の状況や現有の設備,規模,スタッフに対応した適切なクリニカルパスを各施設で模索し,作り上げていく時期であろうと考える.
本書では,リハビリテーション領域で数が多く,重要な11疾患を取り上げている.クリニカルパスは,縦軸に職種(リハ医,他科医,看護婦,理学療法士,作業療法士,言語聴覚士・他),横軸に時間をおき,誰が,何日までに,何をするかを明確にした.利用のしやすさを考慮して,すべて統一した表形式になっている.今後クリニカルパスの作成を試みる施設はもとより,改変を検討するにあたって大いに参考になるであろう.また本書で紹介したクリニカルパスも各施設で見直され,改変されていくものと思っている.
本書がリハビリテーション医療に関わるすべてのスタッフに活用いただき,臨床の場で役立つことを願っている.
稿を終えるにあたり,ご執筆いただいた先生方に心からの謝意を表する.
2001年5月
編者代表 米本恭三
クリニカルパスとは
●クリニカルパスとは……5
石田 暉
1 脳卒中
●疾患のオリエンテーション……12
佐古めぐみ 正門由久
●クリニカルパス……16
〔急性期〕
岡田恒夫 石神重信/16
菅原英和 宮野佐年・他/22
〔急性期〜回復期〕
松本茂男/26
原寛美/30
〔回復期〕
田沼 明 田中尚文・他/36
高橋秀寿/40
大島 峻/44
薛 克良 藤島一郎/48
2 頭部外傷
●疾患のオリエンテーション……54
石田 暉
●クリニカルパス……56
菅谷 睦
3 脊髄損傷
●疾患のオリエンテーション……64
安藤徳彦
●クリニカルパス……66
〔急性期〕
水落和也/66
〔回復期〕
真柄 彰 近藤直樹/70
4 大腿骨頸部骨折
●疾患のオリエンテーション……76
冬木寛義
●クリニカルパス……80
千田治道 河波恭弘・他/80
冬木寛義/84
時村文秋/90
5 人工股関節置換術
●疾患のオリエンテーション……95
森田定雄
●クリニカルパス……98
森田定雄/98
増原建作 三木秀宣/102
6 人工膝関節置換術
●疾患のオリエンテーション……105
吉永勝訓
●クリニカルパス……108
吉永勝訓 鈴木昌彦/108
浜口英寿 徳広 聡・他/112
7 膝の前十字靭帯再建術
●疾患のオリエンテーション……115
宗田 大
●クリニカルパス……118
宗田 大
8 下肢切断
●疾患のオリエンテーション……123
山ア裕功
●クリニカルパス……126
山ア裕功/126
川手信行/132
9 呼吸器
●疾患のオリエンテーション……137
里宇明元
●クリニカルパス……142
〔開胸・開腹手術〕
中野恭一/142
〔慢性閉塞性肺疾患〕
花山耕三/146
10 心筋梗塞
●疾患のオリエンテーション……149
宮野佐年
●クリニカルパス……152
〔急性期〕
洲川明久 今井嘉門/152
〔急性期〜回復期〕
牧田 茂/158
11 熱傷
●疾患のオリエンテーション……164
越智文雄 難波孝礼・他
●クリニカルパス……168
難波孝礼 越智文雄・他
One Point
●神経内科からみる脳卒中のリスク管理
橋本洋一郎 寺崎修司/39
●クリニカルパスにおける他科との連携
石神重信/53
●クリニカルパスにおけるインフォームドコンセントの効果
千田治道/74
●整形外科疾患とクリニカルパスー荷重の重要性
森田定雄/101
●看護からみるリハビリテーションのクリニカルパス
石鍋圭子/131
●糖尿病教育入院のクリニカルパス
日原信彦/162
●クリニカルパスとは……5
石田 暉
1 脳卒中
●疾患のオリエンテーション……12
佐古めぐみ 正門由久
●クリニカルパス……16
〔急性期〕
岡田恒夫 石神重信/16
菅原英和 宮野佐年・他/22
〔急性期〜回復期〕
松本茂男/26
原寛美/30
〔回復期〕
田沼 明 田中尚文・他/36
高橋秀寿/40
大島 峻/44
薛 克良 藤島一郎/48
2 頭部外傷
●疾患のオリエンテーション……54
石田 暉
●クリニカルパス……56
菅谷 睦
3 脊髄損傷
●疾患のオリエンテーション……64
安藤徳彦
●クリニカルパス……66
〔急性期〕
水落和也/66
〔回復期〕
真柄 彰 近藤直樹/70
4 大腿骨頸部骨折
●疾患のオリエンテーション……76
冬木寛義
●クリニカルパス……80
千田治道 河波恭弘・他/80
冬木寛義/84
時村文秋/90
5 人工股関節置換術
●疾患のオリエンテーション……95
森田定雄
●クリニカルパス……98
森田定雄/98
増原建作 三木秀宣/102
6 人工膝関節置換術
●疾患のオリエンテーション……105
吉永勝訓
●クリニカルパス……108
吉永勝訓 鈴木昌彦/108
浜口英寿 徳広 聡・他/112
7 膝の前十字靭帯再建術
●疾患のオリエンテーション……115
宗田 大
●クリニカルパス……118
宗田 大
8 下肢切断
●疾患のオリエンテーション……123
山ア裕功
●クリニカルパス……126
山ア裕功/126
川手信行/132
9 呼吸器
●疾患のオリエンテーション……137
里宇明元
●クリニカルパス……142
〔開胸・開腹手術〕
中野恭一/142
〔慢性閉塞性肺疾患〕
花山耕三/146
10 心筋梗塞
●疾患のオリエンテーション……149
宮野佐年
●クリニカルパス……152
〔急性期〕
洲川明久 今井嘉門/152
〔急性期〜回復期〕
牧田 茂/158
11 熱傷
●疾患のオリエンテーション……164
越智文雄 難波孝礼・他
●クリニカルパス……168
難波孝礼 越智文雄・他
One Point
●神経内科からみる脳卒中のリスク管理
橋本洋一郎 寺崎修司/39
●クリニカルパスにおける他科との連携
石神重信/53
●クリニカルパスにおけるインフォームドコンセントの効果
千田治道/74
●整形外科疾患とクリニカルパスー荷重の重要性
森田定雄/101
●看護からみるリハビリテーションのクリニカルパス
石鍋圭子/131
●糖尿病教育入院のクリニカルパス
日原信彦/162