やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに

 是枝祥子
 介護保険制度が実施されて早くも2年が経過しようとしている.とくに訪問介護は在宅生活を継続するために欠かすことはできないばかりか,介護保険制度の根幹を支えるものでもある.平成15(2003)年の見直しが目前に迫ってきた.見直しにあたっては,現場の実態を反映させたものであるようにと強く願う.
 実際に訪問介護を行っている訪問介護員(ホームヘルパー)やサービス提供者は,いま多くの不安を抱えているという実態がある.その不安が利用者に大きな影響を与えているのも事実である.見直しをするさいにはぜひ現場の実態を知っていただきたい.机上の決まりごとだけではスムーズに動いていかない現場があることを浮き彫りにすることが必要だと考える.現実に抱えているもろもろの問題を分析し問題提起することが解決への糸口になると思う.
 訪問介護の特殊性は,サービスの範囲が利用者の生活にあり,人はだれでも生活しているので一見すると何ら専門性がないようにみえることである.そして,生活は個別性が高く,サービスの効果がなかなかみえない.しかし,この個別の生活が守られなければ生きる意欲は湧いてこない.つまり長生きしても意義のない生活になりかねないといえる.
 たしかに初めての制度だから,少々の課題があることはやむをえないことだとも思うが,他のサービスに比べて,訪問介護の課題は多岐にわたっていると思われる.サービス内容は身体介護・家事援助・複合型の三類型に分けられており,サービス時間が1時間30分以降は身体介護・複合型介護・複合型家事・身体家事・家事援助の五類型に分けられ,さらに400近くのサービスコードに細分化され,介護報酬が違う.実際の訪問介護は,利用者の個別的な生活を連続して援助するという一連のプロセスから成り立っており,この内容を明確に分けることはとてもむずかしい.
 訪問介護の家事援助は生活とあまりにも密着しているので,その専門性がわかりにくく,専門性についての研究もなされていない状況である.さらに,訪問介護の介護報酬は複雑多岐にわたっており,利用者・事業者・保険者・訪問介護員・介護支援専門員・研究者それぞれの立場から見直しの声があがっている.本書は,複雑多岐な訪問介護の介護報酬を解説するとともに,訪問介護の専門性を訪問介護員など現場の専門職と研究者がそれぞれの立場から体系化を試み,介護報酬改訂に向けた課題を提起するものである.
 利用者,家族,サービスを提供する人,介護保険制度を担う人,その他多くの人たちが,納得してサービスを利用したり,納得してサービスを展開していけるようなサービスでなければ,適切な訪問介護サービスとはいえない.これからもそれぞれの立場で課題を追究していきたいと思っている.
 現場の意見が吸い上げられることが急務だと感じて本書ができあがった.現場の意見を多く取り入れて読みやすく工夫しているので,多くの方々に読んでいただければ幸いである.それぞれの立場で誠実に現実をみつめて書くことを心がけたが,不十分な点も少なくないと思う.読者のみなさま方の忌憚ないご批判,ご意見を頂きたい.
 2002年3月
 はじめに(是枝祥子)

1 地域を支える訪問介護(太田貞司)
  1.地域生活と介護
    要介護者と日常生活 地域社会と自己実現
  2.障害者と日常生活
    障害者とホームヘルパー 高齢者と「訪問介護」 介護と日常生活 身体介護と日常生活 介護保険の課題
2 介護保険施行と訪問介護の現場実態
 ■現業の立場から(樗木孝子)
  1.はじめに
  2.介護保険施行と現場実態
    制度移行にともなう混乱と利用者の意識 家事援助
  3.日々の課題と事業運営
  4.利用者の変化と要介護認定
 ■社協の立場から(藤田博久)
  1.福岡県ホームヘルパー連絡会について
  2.介護保険制度の導入が現場にもたらした変化
    「非常勤・登録ホームヘルパー地区研修会テキスト」から 「介護保険制度施行後のホームヘルプサービスに係る意見聴取結果(概要)」から 「九州ブロックホームヘルパー研究大会・事前アンケート」から
  3.介護報酬改訂に向けて
    訪問介護の介護報酬改訂の方向性 訪問介護の介護報酬改訂についての思い
 ■行政の立場から(濱口光子)
  1.高知市における介護保険の保険給付実績
    介護保険施行前と介護保険施行後の訪問介護の推移 訪問介護における事業者の新規参入 訪問介護における介護保険事業計画と実績の対比 訪問介護利用形態の構成割合の推移 訪問介護の利用者負担の軽減について
  2.介護保険に関する苦情・相談
    介護報酬と訪問介護 介護報酬と自己負担 契約の重要性
  3.おわりに
3 訪問介護と民間事業者(山崎加代子)
  1.訪問介護事業と民間事業者
  2.市場原理にさらされるサービスの質
  3.サービスの質を担保するために-当社研修の試み
  4.平成12年度の経営実態からみえてくるもの
  5.訪問介護サービス区分の矛盾-介護報酬一本化と家事援助の位置づけ
  6.介護と家事援助について
  7.おわりに-民間事業者の課題
4 訪問介護・居宅介護支援と介護報酬―NPO事業と政策を考える(柳原真理子)
  1.NPOと訪問介護-ネットワークの果たす役割
    NPO法人の誕生 NPO法人のあり方と行政・福祉事業
  2.特定非営利活動法人「たすけあいゆい」における事業
    「たすけあいゆい」についてたすけあいゆいの利用者の平均要介護度 たすけあいゆいにおける介護保険と横浜市在宅生活支援とのミックスケアの事例―上乗せサービスの活用で重度要介護者の在宅生活を支える
  3.家事援助と介護報酬
    家事援助と介護報酬 生活基本援助である「家事援助」の役割 「要支援」は 介護予防としての介護保険制度の象徴
  4.訪問介護の分類コードと介護報酬
    訪問介護・介護報酬の一本化を 合成コードと通知行政
5 訪問介護と女性労働
 ■行政の立場から(稲田富貴子)
  1.はじめに
  2.介護労働者の歴史的背景と政策
  3.自治労1995年度の 「政令 ・ 県都市ホームヘルパー調査結果」から
  4.熊本福祉公社での主任制導入
  5.介護保険制度での現場状況
  6.介護現場における感染症の問題
  7.熊本県の介護労働者の実態と問題点
    実態調査の概要 調査対象の特性 調査結果
  8.おわりに
 ■現場実態から(櫻井和代)
  1.はじめに
  2.一人の訪問介護員の事例から
    非常勤ホームヘルパーの労働条件 どんな労働形態なのか 労働条件を改善するために 労働の対価として適正なのか
  3.訪問介護労働そのものの評価をどこでみるか
    生活を支え,維持する援助 生活を変化させる援助
  4.家事介護にかかわる職業の歴史
    利用者にある「家事」という意識 家事援助をどうとらえるか
  5.専門職か否か
6 訪問介護の専門性(是枝祥子)
  1.はじめに
  2.訪問介護と家事援助
    訪問介護員と家政婦のサービス内容は同じではない 身体介護も家事援助も考え方や方法は同じ 家事援助はできて当然だろうか
  3.訪問介護の事例からサービス内容をみる
    訪問介護サービスの内容と留意点
  4.事例から考える
    家事援助と身体介護は連動している 家事援助に必要な知識と技術 家事援助は家事介護
  5.家事援助は専門性なしにはできない
  6.専門性が伴う訪問介護計画
    訪問介護計画の位置づけと目的 アセスメントするサービス提供の目的を明確にする 社会サービスとして提供しているサービスの標準化
7 家事援助と自立支援(木村靖子)
  1.はじめに
  2.自立支援とは
    よみがえった笑顔 思い出した得意料理 不安と淋しさの解消
   3.訪問介護の適正化について
   4.不適正事例における具体例についての考察
   5.同居家族の家事援助について
   6.自立支援のための一緒に行う家事援助
    主婦としての役割の復活と自立支援
   7.訪問介護計画について
   8.家事援助中心の対応困難事例
    訪問介護員との関係づくりに困難をともなう例
   9.まとめ
8 訪問介護と介護報酬-訪問介護に未来はあるのか(島津 淳)
  1.はじめに
  2.介護報酬に規定された訪問介護とは
    身体介護と家事援助は一連の行為 訪問介護は自立支援
  2.訪問介護計画と訪問介護の専門性
  3.介護報酬と間接経費
  4.訪問介護と保険給付費
  5.家事援助と自立支援
  6.訪問介護と介護報酬一本化
9 訪問介護事業運営の課題(渡部守明)
  1.はじめに
  2.措置時代における公的事業者の役割
    中核を担ってきた公的事業者 札幌市の訪問介護事業の経緯 利用者の著しい増加に対応するサービス量拡大から質的向上へ
  3.介護保険という試練
    保険事業で赤字経営に転落 赤字転落の協会をとりまく環境
  4.収支構造の実態と問題点
    身体介護は家事援助の3倍の収入単価 支出コストの問題点
  5.事業経営からみた介護報酬の課題
    訪問介護員の待遇・条件について 現行介護報酬体系の問題と課題 家事援助の適正な評価について
  6.今後の公的事業者の役割について
    「公」と「民」の棲み分けは不可能 公的事業者の目指すべきもの 保険事業以外の役割
10 介護報酬改訂へ向けての提言(泊 イクヨ)
  1.はじめに
  2.介護保険導入前のホームヘルパーは
  3.ホームヘルパー養成研修の実態は
  4.訪問介護はむずかしい・学ぶ場所がない
  5.感染症や事故の危険に囲まれている
  6.「あるべき訪問介護の姿とは」を求めながら現実は
  7.医療,保健,福祉の連携といわれながら実情は
  8.このままでは担い手がいなくなってしまう
11 家事援助と身体介護の介護報酬の一本化を(因 利恵・中野千恵)
  1.はじめに
  2.日本ホームヘルパー協会アンケートから
  3.利用者Aさんの事例から検証する
  4.介護保険で利用できる訪問介護について
  5.担当ホームヘルパーHさんを通して検証する
  6.ホームヘルパーHさんが今考えていること
  7.各種調査結果より
  8.まとめ
おわりに(島津 淳)

 索引