やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

まえがき
 受診者・入院患者を年齢階層別に分ける―そこからみえたもの
 今回のNST症例集は,15論文中10本,つまり全体の2/3が高齢者である.さらにその内容をみると驚くことに,透析以外のすべてが舌,嚥下障害,上部(食道〜十二指腸)・下部(空腸以下)の消化管関連だった.いまのNSTの対象は,ざっくりいえば消化器疾患の高齢者がターゲットなのか.しかしそう短絡してしまっては大切なものを見失いそうなので,資料をもとに考察してみる.
 NSTの対象は入院患者が主となり,とくに急性期医療では短期間に介入の効果を出すのは容易ではない.
 ここで厚生労働省の資料から入院数の年齢階層別分布,医療機関への外来受診者数を俯瞰してみる(図1,2:患者数から筆者作図.病院のみ,診療所は含まず)1).院患者数では,予想通りきれいに右肩上がりを示した(図1).しかし,これらの患者さんの生活の場は決して病院ではなく在宅である.筆者自身も最近,離島の訪問診療を経験させていただいた.そのときの,在宅患者さんのニコニコ笑顔の表情や仕草は入院中とは雲泥の差だという,同行してくれた看護師さんと管理栄養士さんの言葉が耳について離れない.彼らの人生時計のなかで入院時間はほんのわずか.それ以外の大半の時間は,外来も含めた自宅や療養所が生活の場だと,いまさらながらではあるが知った.
 つぎに患者を,20歳未満(I),20〜64歳の生産人口を2つに分け,20〜49歳を青壮年(II),50〜64歳を中年(III),65〜74歳(前期高齢者:IV),75〜105歳(後期高齢者:V)の合計5つに分け,外来および入院患者数および外来患者数に対する入院患者数(%)の2つの指標を比較した(図2).
 その結果,
 (1)外来患者数は驚くべきことに青年期から壮年期までの3期(II,III,IV)はほぼ同数(図2・A).
 さらに,ここでI〜Vの各年齢層の年数が異なるので青壮年(II)をreference(1.00)として比較したところ,
 (2)外来患者比はIII,IVでは2倍(III,IV期はV期と異なり,まだ外来に通える元気があると考えられるか)(図2・C).
 (3)外来患者数に対する入院患者数の比(%)をとったところ75歳以上の後期高齢者(V)では,それ以前の壮年期(III),前期高齢者(IV)の2倍に及んだ(図2 BおよびD).
 以上より,後期高齢者では入院を必要とする重症な病態の割合が高いことは予測された通りであった.このことから,今後の課題は彼らの在宅での栄養管理であり,これとともに重要なことは重症者の予備群が50歳からの25年間に隠されていたことへの対策である.
 このIII期の重症予備群を重症群に入らせないために必要なことは,運動と栄養の重要性の正しい教育であり,栄養については極論すれば減塩(節塩)である.
 その根拠は,2011年のLancet 2)で明らかにされた生活習慣病(non-communicable disease:NCDであって,life-related diseaseとはいわない)世界キャンペーンのグローバルレベルの重要度第2位の問題として示された(ちなみに第1位は禁煙).また,日本人の一日食塩摂取量が世界第1位ということも日本栄養士会の福祉事業部と東京大学佐々木敏教授との共同研究により明らかにされている3).
 そしてこの食塩摂取は,実は図1,2にはまったく登場してこなかった小児期にその問題の根源が潜んでいる可能性がある.「三つ子の魂」ならぬ,三つ子の味覚で培われた塩の味覚が,その後の半世紀以上を経て,NSTの大問題として姿を現したときにはときすでに遅し,too lateなのである.現代に必要とされる食育の最大の標的は節塩,減塩なのである.
 まさにここにも高齢者と小児との共生という,いま話題になってきた世代を超えた栄養ループが隠されていた(図3).


エビデンスに基づいた政策 Evidence-based policyと栄養
 ではこの問題の解決には,なにをどうすればよいか.その方策は2つある.
 ひとつは,もちろん一所懸命いまの問題を解決すべく,汗水垂らして活動しているNSTの質を,科学のレベルにまで上げることである.もうひとつは,われわれ医療をコントロールする政策レベルでの対策である.これには,エビデンスに基づいた政策(Evidence-based policy:EBP)と,そうでない政策との2種類がある.前出のLancetの例でもわかるように,世界は前者のEBPが主流であり,残念ながらわが国はいまだ後者なのである.われわれの生活をも守ってくれている病院と政策にとっては,エビデンスはどちらにも同じくらいに大事なのである.
 教育が行き届きEBPの重要性に施策者が気づき,彼らが政策を立案するためのエビデンスを臨床の現場に探しに出たときに,医療に携わる人々はそのエビデンスを提供する義務がある.そのためには,NSTでの日々の経験がたんにその施設での臨床経験で終わらずに,多くの仲間が共有できる科学的に解析できるメガデータとして集積されなければならない.そのメガデータの切り口をどこにもっていくか,いい換えれば数えきれない問題のなかで,その優先順位の上位にいったいどの問題を据えるか.その重要なヒントがこのNST症例集のなかに隠れている.
 今回,貴重な症例をわれわれに提供してくださった執筆者の方々に,読者を代表し深甚なる敬意を表し,心から御礼申し上げます.
 2015年初秋 武庫川にて
 雨海照祥
 まえがき:受診者・入院患者を年齢階層別に分ける―そこからみえたもの(雨海照祥)
Part 1
静脈栄養−経腸栄養−経口摂取 上腸間膜動脈血栓症にて壊死小腸切除後,嚥下機能低下をきたした1症例
 (山崎珠絵・他)
静脈栄養−経腸栄養−経口摂取 多職種による介入で経口摂取可能となった舌癌の1例
 (冨田加奈恵・他)
静脈栄養−経腸栄養−経口摂取 下部胆管癌の低栄養・フレイル状態の患者に対する周術期栄養介入の1例
 (小林明子・斎藤拓朗)
静脈栄養−経腸栄養−経口摂取 腸間膜動脈の石灰化をともなう虚血性腸炎患者にNSTが介入した1例
 (中村嘉孝・他)
静脈栄養−経腸栄養−経口摂取 間質性肺炎を併発した重症潰瘍性大腸炎患者の1例
 (吉田麻優美)
静脈栄養−経腸栄養 栄養不良と嚥下障害がある重度左大転子褥瘡の栄養管理:発汗多量から脱水著明となり胃瘻栄養と輸液の併用を必要とした1症例
 (吉山恭子・他)
Part 2
経腸栄養 ダンピング症候群の再発予防にPHGG含有濃厚流動食が有用であった1症例
 (土井麻栄)
経腸栄養 化学放射線療法施行中に胃瘻から経胃瘻的空腸瘻(JET-PEG)へ栄養ルートを変更して栄養管理が良好となった食道癌患者の1例
 (猪瀬佳代子・山口浩和)
経腸栄養 呼吸不全と誤嚥性肺炎を繰り返し人工呼吸器管理となったが,呼吸状態の改善に成分栄養剤の注入が奏功したと考えられる1症例
 (甲斐千穂・遠山治彦)
経腸栄養 パーキンソン病に合併した難治性麻痺性イレウスに対し成分栄養剤の経腸投与が有効であった1例
 (越智みき子・他)
術後・低栄養 低栄養状態が回復不能で死亡した胃全摘術後の1症例
 (戸丸悟志・他)
経口栄養−経腸栄養 食物アレルギーと摂食障害により低栄養状態となった乳児の1症例
 (鈴木恭子・他)
経口摂取 下腿潰瘍治療目的で入院し,食道裂孔ヘルニア・嚥下障害・味覚障害により経口摂取に苦慮した高齢患者の1例
 (倉田栄里)
認知症食支援 前頭側頭葉型認知症患者の失認,失行による摂食障害に対する食支援―エンド・オブ・ライフケアを含めたチームアプローチ
 (木下かほり)
血液透析 透析中に心停止をきたして死亡にいたった糖尿病性腎症維持血液透析者
 (長谷川民子)