序文
重症心身障害児者や医療的ケア児者(以下,重症児者等)は,自分が食べたい意思を表明するのがむずかしい人たちが多く,身体で不足している栄養を直感的に自覚して栄養のバランスを取っていくことが困難です.また,人工的に作成された栄養剤を長期に摂取する機会も多くなっています.人工的な市販の栄養剤は,経口摂取が困難な多くの人たちの命をつないできました.しかし同時に,栄養障害も合併してきており,適切な使用が求められます.適切な栄養摂取には,周囲の支援者の栄養に対する知識や,利用者の特性に合わせた配慮が不可欠になります.臨床栄養学の進歩を,体構成成分や筋緊張の変動という一人ひとり異なる状態を評価して再編集し,適応することが求められます.本書は,こうした特性に応じた食や栄養の支援について,現在の地点での到達点を集約して,現場での実践や支援に役に立てていただく目的で企画しました.
重症児者等の栄養には3つの重要な要素があります.1つは栄養そのものの量や成分の問題です.状態に合わせてどのような栄養成分をどの程度摂取するのか,これは重要なテーマであり本書でも取り上げています.2番目には,栄養摂取のための食事形態や経路の問題があります.重症者等には緊張や麻痺にともなう変形のために,誤嚥や消化管の逆流が起こります.どんなに栄養が十分であっても,食事形態が適切ではないと栄養摂取ができません.嚥下の状態や消化管の状態によっては,経管栄養が必要となります.栄養摂取のためにどのような経路を使うのか,胃瘻や腸瘻栄養に対して,どのようなデバイスを使用するのかも重要なテーマです.本書では,関連する消化管の問題や経管栄養のコネクタの問題を取り上げています.3つ目に,栄養摂取は,生命体として生きている存在の充実感,生きる喜びをもたらすということです.人は食べ物の摂取を通して,その生成に関与した大地や海や川,大気や太陽の光を身体に間接的に取り込み排泄していく営みを続けて生きています.そして,腸の中に,豊かな土壌とでもいうべき腸内フローラを形成して,免疫活性物質や神経伝達物質を産生して,全身に循環させます.食事摂取は,自己を取り巻く宇宙の豊かさを感じ交流する場ともなるのです.経口摂取困難な人も,出汁の一滴を味わうことによって,世界を感じ取ることが出きるのです.本書では,家族の思い,味わう喜び,コミュニケーションとしての緩和ケアの栄養にその意味が記載されています.
また最近,腸管は,口腔と同じように味覚を感じる臓器でもあるとの知見も積み重ねられてきました.人工的な栄養剤は,嚥下障害のある方の多くの生命をつないできており,重症児者等の栄養に貢献してきました.さらに,腸管が味覚を感じる臓器であることを考えたときに,経管栄養の重症児者等であっても,1日1回でもミキサー食を胃瘻から注入することはとても重要です.ミキサー食では,味覚のほかにも旬の食べ物からの酵素の補給や,まだ必要性が十分栄養学的に判明されていない栄養素も,まるごとの食事の素材から摂取できます.ミキサー食摂取は,こうしたプロセスの中で,心身や内面感覚の充実にもつながっていきます.本書では,ミキサー食注入の重要性や腸内細菌との関連も記載されています.
このほかに,病態に応じた栄養,栄養サポートチームの活動や災害時の対応,情報共有の方法などを,医師,管理栄養士,看護師,薬剤師,リハビリテーションスタッフなど多職種に執筆いただいています.
重症児者等栄養の将来への課題は,以下の4つです.
1.筋緊張の変動や体構成成分の個別性に合わせた,摂取エネルギー,たんぱく質,脂肪,脂質の割合や栄養成分の投与量組成など,本人の特性に応じたオーダーメイドの栄養を提供すること.
2.人体に必要な栄養成分の知見をさらに深め,長期に人工的な栄養剤に頼らざるを得ない,重症心身障害の人たちの栄養不良状態を解消していくこと.
3.ミキサー食の導入により,消化管が味わう喜び,腸内フローラの醸成などを促進して,免疫力アップと生活の質向上につなげていくこと.
4.消化管の通過障害を合併しやすい重症児者等の特性に配慮したコネクタなどの経管栄養のデバイスや外科的対応を開発して,できるだけ本来備わった消化管の機能を長期間活用できる栄養方法を開発していくこと.
以上を通して,嚥下障害や消化管の障害があっても,適切な栄養摂取ができて,語らいやコミュニケーションの場として食事を楽しめ,食を通してそれぞれの人生を味わう豊かさを実現して,生きる力を高めていくことが,これからの重症児者等への栄養と食事提供の目標になります.本書からそういったメッセージを感じ取っていただければ幸いです.
2025年9月
口分田政夫(びわこ学園医療福祉センター草津)
重症心身障害児者や医療的ケア児者(以下,重症児者等)は,自分が食べたい意思を表明するのがむずかしい人たちが多く,身体で不足している栄養を直感的に自覚して栄養のバランスを取っていくことが困難です.また,人工的に作成された栄養剤を長期に摂取する機会も多くなっています.人工的な市販の栄養剤は,経口摂取が困難な多くの人たちの命をつないできました.しかし同時に,栄養障害も合併してきており,適切な使用が求められます.適切な栄養摂取には,周囲の支援者の栄養に対する知識や,利用者の特性に合わせた配慮が不可欠になります.臨床栄養学の進歩を,体構成成分や筋緊張の変動という一人ひとり異なる状態を評価して再編集し,適応することが求められます.本書は,こうした特性に応じた食や栄養の支援について,現在の地点での到達点を集約して,現場での実践や支援に役に立てていただく目的で企画しました.
重症児者等の栄養には3つの重要な要素があります.1つは栄養そのものの量や成分の問題です.状態に合わせてどのような栄養成分をどの程度摂取するのか,これは重要なテーマであり本書でも取り上げています.2番目には,栄養摂取のための食事形態や経路の問題があります.重症者等には緊張や麻痺にともなう変形のために,誤嚥や消化管の逆流が起こります.どんなに栄養が十分であっても,食事形態が適切ではないと栄養摂取ができません.嚥下の状態や消化管の状態によっては,経管栄養が必要となります.栄養摂取のためにどのような経路を使うのか,胃瘻や腸瘻栄養に対して,どのようなデバイスを使用するのかも重要なテーマです.本書では,関連する消化管の問題や経管栄養のコネクタの問題を取り上げています.3つ目に,栄養摂取は,生命体として生きている存在の充実感,生きる喜びをもたらすということです.人は食べ物の摂取を通して,その生成に関与した大地や海や川,大気や太陽の光を身体に間接的に取り込み排泄していく営みを続けて生きています.そして,腸の中に,豊かな土壌とでもいうべき腸内フローラを形成して,免疫活性物質や神経伝達物質を産生して,全身に循環させます.食事摂取は,自己を取り巻く宇宙の豊かさを感じ交流する場ともなるのです.経口摂取困難な人も,出汁の一滴を味わうことによって,世界を感じ取ることが出きるのです.本書では,家族の思い,味わう喜び,コミュニケーションとしての緩和ケアの栄養にその意味が記載されています.
また最近,腸管は,口腔と同じように味覚を感じる臓器でもあるとの知見も積み重ねられてきました.人工的な栄養剤は,嚥下障害のある方の多くの生命をつないできており,重症児者等の栄養に貢献してきました.さらに,腸管が味覚を感じる臓器であることを考えたときに,経管栄養の重症児者等であっても,1日1回でもミキサー食を胃瘻から注入することはとても重要です.ミキサー食では,味覚のほかにも旬の食べ物からの酵素の補給や,まだ必要性が十分栄養学的に判明されていない栄養素も,まるごとの食事の素材から摂取できます.ミキサー食摂取は,こうしたプロセスの中で,心身や内面感覚の充実にもつながっていきます.本書では,ミキサー食注入の重要性や腸内細菌との関連も記載されています.
このほかに,病態に応じた栄養,栄養サポートチームの活動や災害時の対応,情報共有の方法などを,医師,管理栄養士,看護師,薬剤師,リハビリテーションスタッフなど多職種に執筆いただいています.
重症児者等栄養の将来への課題は,以下の4つです.
1.筋緊張の変動や体構成成分の個別性に合わせた,摂取エネルギー,たんぱく質,脂肪,脂質の割合や栄養成分の投与量組成など,本人の特性に応じたオーダーメイドの栄養を提供すること.
2.人体に必要な栄養成分の知見をさらに深め,長期に人工的な栄養剤に頼らざるを得ない,重症心身障害の人たちの栄養不良状態を解消していくこと.
3.ミキサー食の導入により,消化管が味わう喜び,腸内フローラの醸成などを促進して,免疫力アップと生活の質向上につなげていくこと.
4.消化管の通過障害を合併しやすい重症児者等の特性に配慮したコネクタなどの経管栄養のデバイスや外科的対応を開発して,できるだけ本来備わった消化管の機能を長期間活用できる栄養方法を開発していくこと.
以上を通して,嚥下障害や消化管の障害があっても,適切な栄養摂取ができて,語らいやコミュニケーションの場として食事を楽しめ,食を通してそれぞれの人生を味わう豊かさを実現して,生きる力を高めていくことが,これからの重症児者等への栄養と食事提供の目標になります.本書からそういったメッセージを感じ取っていただければ幸いです.
2025年9月
口分田政夫(びわこ学園医療福祉センター草津)
序文(口分田政夫)
Part.1 総論
重症心身障害児者の栄養管理(口分田政夫)
Part.2 重症心身障害児者の栄養管理にかかわるアセスメント
栄養アセスメント(小林弘治)
摂食嚥下機能の評価と食形態(淺野一恵)
消化管機能障害の評価と栄養(中谷勝利)
Part.3 栄養管理の実際
栄養摂取能の実際と可能性(永江彰子)
栄養投与経路確立に向けて小児外科医の果たす役割(山内 健・亀井一輝・田口匠平)
経腸栄養剤の種類と選択(上村由美)
腸内環境からみた食事の重要性―栄養方法が重症児者の腸内フローラに与える影響と食物繊維などプレバイオティクスの効果(田沼直之)
知っておきたい半固形化栄養材短時間摂取法(半固形化法)の基礎知識(合田文則)
ミキサー食注入法が合併症予防,栄養状態,生活の質に与える効果について(淺野一恵)
食事,ミキサー食,水分摂取など調理の工夫(石橋久美子)
栄養摂取における姿勢と体位,筋緊張,変形胸郭への対応(椎名英貴)
排泄支援と栄養―重症心身障害児者の排泄看護の視点から(山口綾子・宮ア和歌)
糖代謝異常,腎機能障害,心不全時の栄養管理(渡邉誠司)
呼吸障害や血液ガス・電解質異常と栄養管理(竹本 潔)
口腔機能の問題と栄養状態改善に求められる支援(田中信和)
Part.4 栄養素欠乏と合併症およびその対応
微量栄養素欠乏と対応―亜鉛・銅・セレン・カルニチン(徳光亜矢)
長期経管栄養管理における消化管合併症とその対応(種子島章男)
たんぱく栄養不良とその対策(口分田政夫)
ビタミン欠乏の病態とその対応(繻エ晶子)
下痢と便秘の要因・病態および薬物療法と栄養管理(片山珠美)
Part.5 NST活動
重症児者施設のNST活動(1)―重症心身障害児者の長期入所施設のNSTの運営について(園田祐介)
重症児者施設のNST活動(2)(下平翔太)
重症児者施設のNST活動(3)(浦川有香)
Part.6 特別な状態における栄養の対応―事例を中心に
痩せについて(位田 忍)
がん終末期の食事支援の事例(北川真理)
食物アレルギー(高増哲也)
ケトン食療法(熊田知浩)
在宅の重症心身障害児者・医療的ケア児者(田中総一郎)
在宅・学校・施設との栄養情報共有(松田佳代)
Part.7 トピックス
術前栄養介入(天江新太郎)
「食べることは生きる力」―注入で食事ができる喜び(下釜櫻子)
緩和ケアの視点からみた栄養管理(余谷暢之)
多職種が連携するチーム医療での情報共有(竹内典子)
味わう喜び,コミュニケーションとしての栄養(療育的側面)―料理教室での地域連携(北川真理)
カルシウムアルカリ症候群―現代のミルクアルカリ症候群(安西真衣)
災害時の食事支援を経験して(越田雅代)
栄養と薬剤との関連,栄養不良を改善する薬剤(秋葉陽子・口分田政夫)
栄養に関する診療報酬・法律・制度(奈倉道明)
Part.1 総論
重症心身障害児者の栄養管理(口分田政夫)
Part.2 重症心身障害児者の栄養管理にかかわるアセスメント
栄養アセスメント(小林弘治)
摂食嚥下機能の評価と食形態(淺野一恵)
消化管機能障害の評価と栄養(中谷勝利)
Part.3 栄養管理の実際
栄養摂取能の実際と可能性(永江彰子)
栄養投与経路確立に向けて小児外科医の果たす役割(山内 健・亀井一輝・田口匠平)
経腸栄養剤の種類と選択(上村由美)
腸内環境からみた食事の重要性―栄養方法が重症児者の腸内フローラに与える影響と食物繊維などプレバイオティクスの効果(田沼直之)
知っておきたい半固形化栄養材短時間摂取法(半固形化法)の基礎知識(合田文則)
ミキサー食注入法が合併症予防,栄養状態,生活の質に与える効果について(淺野一恵)
食事,ミキサー食,水分摂取など調理の工夫(石橋久美子)
栄養摂取における姿勢と体位,筋緊張,変形胸郭への対応(椎名英貴)
排泄支援と栄養―重症心身障害児者の排泄看護の視点から(山口綾子・宮ア和歌)
糖代謝異常,腎機能障害,心不全時の栄養管理(渡邉誠司)
呼吸障害や血液ガス・電解質異常と栄養管理(竹本 潔)
口腔機能の問題と栄養状態改善に求められる支援(田中信和)
Part.4 栄養素欠乏と合併症およびその対応
微量栄養素欠乏と対応―亜鉛・銅・セレン・カルニチン(徳光亜矢)
長期経管栄養管理における消化管合併症とその対応(種子島章男)
たんぱく栄養不良とその対策(口分田政夫)
ビタミン欠乏の病態とその対応(繻エ晶子)
下痢と便秘の要因・病態および薬物療法と栄養管理(片山珠美)
Part.5 NST活動
重症児者施設のNST活動(1)―重症心身障害児者の長期入所施設のNSTの運営について(園田祐介)
重症児者施設のNST活動(2)(下平翔太)
重症児者施設のNST活動(3)(浦川有香)
Part.6 特別な状態における栄養の対応―事例を中心に
痩せについて(位田 忍)
がん終末期の食事支援の事例(北川真理)
食物アレルギー(高増哲也)
ケトン食療法(熊田知浩)
在宅の重症心身障害児者・医療的ケア児者(田中総一郎)
在宅・学校・施設との栄養情報共有(松田佳代)
Part.7 トピックス
術前栄養介入(天江新太郎)
「食べることは生きる力」―注入で食事ができる喜び(下釜櫻子)
緩和ケアの視点からみた栄養管理(余谷暢之)
多職種が連携するチーム医療での情報共有(竹内典子)
味わう喜び,コミュニケーションとしての栄養(療育的側面)―料理教室での地域連携(北川真理)
カルシウムアルカリ症候群―現代のミルクアルカリ症候群(安西真衣)
災害時の食事支援を経験して(越田雅代)
栄養と薬剤との関連,栄養不良を改善する薬剤(秋葉陽子・口分田政夫)
栄養に関する診療報酬・法律・制度(奈倉道明)