やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序文
 本書は,日本で最初の「栄養コミュニケーション」をタイトルとする本である.本書の企画段階では,nutrition communicationの日本語訳について,食コミュニケーション,栄養と食のコミュニケーションといった他のアイディアがあった.しかし,日本で,nutrition communicationの重要性を伝えるためにも,そのまま,栄養コミュニケーションとした方がいいのではないか,ということになり,栄養コミュニケーションと決まった.
 本書は,管理栄養士・栄養士の資格取得のために勉強されている方から,管理栄養士・栄養士として働かれている方まで,幅広くご活用いただきたく,基礎・活用・実践の3つのパートで構成した.Part 1では,栄養コミュニケーションの定義やコミュニケーションに関連する理論等に加え,栄養コミュニケーションを行う際の心構え,考え方を含んでいる.続いて,Part 2では,実際,栄養コミュニケーションを行う上で必要な栄養情報の収集や行動変容を促すコミュニケーション法など,活用に必要な知見をまとめた.そして,Part 3では,16の異なる場面での栄養コミュニケーションの実践事例を掲載している.これらの事例は,ライフステージや対象集団の規模が異なるように選定した.多くの事例に,実際のやりとりを会話形式で入れ,コミュニケーションの場をイメージしやすいようにした.また,著者が実践の場で工夫した点をふまえて編者がとくに栄養コミュニケーションの観点からコメントを加えている.16の事例の中には,直接対面でのコミュニケーションだけでなく,遠隔でのコミュニケーション,またSNSやYouTubeを用いた非対面のコミュニケーションの事例も取り上げた.栄養コミュニケーションの多様性を知っていただき,栄養コミュニケーションの幅を広げていただければ幸いである.なお,栄養コミュニケーションは,栄養教育や栄養カウンセリングに欠かせないが,栄養コミュニケーション=(イコール)栄養教育・栄養カウンセリングではない.たとえば,学会発表や論文執筆も栄養コミュニケーションに含まれる.しかし,本書には,これらの栄養コミュニケーションは取り上げなかったため,他の書籍を参考いただきたい.
 ChatGPTなど,AIの技術の進化により,データだけでのアドバイスは,AIでもできる時代になると考える.しかし,本書でも取り上げているように,円滑なコミュニケーションに必須とされる非言語的コミュニケーションは,人でないとできない.AIにはできない人ならではのコミュニケーションスキルの向上に,本書をご活用いただければ幸いである.
 2023年9月
 赤松利恵(お茶の水女子大学基幹研究院自然科学系)
 林 芙美(女子栄養大学栄養学部食生態学研究室)
 序文(赤松利恵・林 芙美)
Part 1 栄養コミュニケーションの基礎
 1.栄養コミュニケーション(赤松利恵)
 2.コミュニケーション(林 芙美)
 3.フードリテラシー(林 芙美)
 4.主体性を重視した栄養コミュニケーション
  (1)管理栄養士・栄養士の役割と専門職としての倫理(赤松利恵)
  (2)「患者中心の医療」とコミュニケーション(玉浦有紀)
Part 2 栄養コミュニケーションの活用
 1.栄養情報の収集と活用(片桐諒子)
 2.行動変容を促すコミュニケーション(奥原 剛)
 3.栄養コミュニケーションの方法とツール
  (1)対面でのコミュニケーション―ヘルスコミュニケーションの観点から(蝦名玲子)
  (2)視覚的な情報補助ツールvisual aidsを用いたコミュニケーション(原木万紀子)
  (3)教材の種類・特徴と活用上の留意点(赤松利恵・林 芙美)
Part 3 栄養コミュニケーションの実践
 1.保育所における栄養コミュニケーション(吉島佳那子)
 2.肥満の子どもを対象とした個別カウンセリング(岡庭大毅)
 3.特別支援学校(知的障害)の子どもを対象とした集団指導(光藤百合子)
 4.中学生を対象としたディベートを用いた食育(藤崎香帆里)
 5.SNSを用いた栄養コミュニケーション(斎藤香織)
 6.不安が強い妊婦を対象とした栄養相談(中村悟子)
 7.社員食堂における栄養コミュニケーション(工藤奈津子)
 8.ICTを活用した特定保健指導における栄養コミュニケーション(小山奈緒美)
 9.従来の栄養指導にデジタル化をプラス―「ハイブリッド啓発」で若い世代へ情報発信(土井しのぶ)
 10.フレイル予防教室での高齢者との栄養コミュニケーション(成田美紀)
 11.訪問栄養指導での栄養食事指導(中村育子)
 12.精神疾患患者を対象とした場合の栄養コミュニケーション(石岡拓得・加藤 望・葛西亜紀)
 13.わかっているけど,行動に移せない2型糖尿病患者を対象とした栄養カウンセリング(松岡幸代)
 14.がん患者の終末期緩和ケアでのコミュニケーション(川口美喜子)
 15.食文化の違い,禁食などでの栄養コミュニケーション(松本恭子)
 16.多(他)職種連携における栄養コミュニケーション(福元聡史)

 コラム
  リスク・コミュニケーション
  食物レベル
  われわれは複雑な思考より簡単な思考を好む
  「塩分」は使ってはいけないのか
  コミュニケーションの落とし穴(1) 送る(伝える)側
  コミュニケーションの落とし穴(2) 受ける側
  ヘルスリテラシーの向上にナッジを活用
  日本と海外におけるSDMの現状
  退院後の食生活のあり方に関するSDM支援ツール
  エプロンがコミュニケーションのきっかけに
  練習が自信を高める
  学校給食は重要なコミュニケーションツール
  料理カードを使った効果的な栄養教育
  食事バランスガイド
  第4期特定健診・特定保健指導
  デジタル食育ガイドブック(農林水産省)
  ブログやSNSの情報の信憑性に注意
  各年齢での発達の特徴と食事に関する課題
  ハイブリッド啓発とは
  プッシュ型配信とは
  妄想がある患者への対応
  ナッジ理論
  患者の「物語」を聴く,関係志向のアプローチ
  終末期の疾患軌道と栄養ケアの特徴

 Side Memo
  心理・感情を表す概念の用語解説
  真のEBMとは?―EBMには患者中心の視点も必要
  動機づけ面接法
  DISCERNとは
  response efficacyの訳語について
  ネーミングやタイプ別アプローチに学ぶヘルスコミュニケーション
  computer-mediated communication(CMC)の定義
  visual aidsとその仲間
  配色の課題
  クリエイティブ・コモンズ・ライセンスとは?
  フェイクニュース,インフォデミック