やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序文
 近年の肝疾患治療の進歩はめざましく,ウイルス性肝炎の多くは制御可能となり,肝癌治療の選択肢は大きく広がった.すなわち,DAA(直接作用型抗ウイルス薬)治療によりC型肝炎のほとんどでウイルス排除(SVR)が得られるようになり,B型肝炎でも核酸アナログ製剤によりHBV DNAの制御は容易に達成できるようになった.これらのウイルス制御により非代償期の肝硬変患者においても肝予備能の改善がみられ,栄養学的にも蛋白・エネルギー低栄養状態(PEM)を脱する症例を経験する.しかし,全例で良好な経過をたどるわけではなく,ウイルス排除後の生活指導については,専門家でも対応がまちまちである.一方,進行肝癌に対する薬物療法は分子標的薬の時代を経て,免疫チェックポイント阻害薬と分子標的薬の併用療法が第一選択となる新たな時代に突入した.ただし,これらの治療の恩恵を受ける患者はChild-Pugh分類クラスAの患者に限られており,肝予備能の維持の重要性はいっそう増している.
 2020年に「肝硬変診療ガイドライン2020改訂第3版」および「NAFLD/NASH診療ガイドライン2020改訂第2版」が出版され,概念,診断,治療などについて,エビデンスに基づき現時点の標準的な指針が示された.肝硬変の治療は肝障害の成因を除去する根本治療に加え,現在も,恒常性が保てなくなった栄養素・ミネラル・たんぱく質を補給する代替治療が基本である.今回の改定で,低アルブミン,Child-Pugh分類クラスBまたはCの患者に加え,サルコペニアを有する患者に対しても栄養介入が必要とされたが,具体的な対応法は確立されていない.一方,本邦に2,000万人いるとされるNAFLD(非アルコール性脂肪性肝疾患)の診療は未解決な点が多い.生活習慣の改善による体重減少以外に効果的な治療法が存在せず,目標体重を達成できる,またそれを維持できる患者は少数に留まる.また,本邦で多く存在する非肥満者のNAFLDは不明な点が多く,治療に苦慮することもしばしばである.アルコール性肝障害も対応がむずかしい症例が多いが,近年ハームリダクション[害(harm)の低減(reduction)]の概念が登場し,実現可能な治療として診療に光が見えてきた.栄養療法の実践に際しては,まずこれら近年の肝疾患領域の動向や進歩を理解し,知識を整理する必要がある.
 本特集号では,栄養療法を考慮する必要がある疾患として,肝硬変,肝細胞癌,NAFLD/NASH,アルコール性肝障害,ウイルス性慢性肝疾患の章を設け,診療のupdate,診療ガイドラインのポイント,各疾患における栄養療法の基本と応用,最近のトピックスについてご執筆いただいた.この1冊で,肝疾患の栄養療法に携わる医療従事者が必要な知識をすべて学べるように編集した.初学者から専門家まで,多くの読者に自信をもってお勧めする.
 2021年9月
 岩佐元雄(三重大学医学部 消化器内科学)
 序文(岩佐元雄)
Part 1 肝硬変
 肝硬変患者の低栄養状態や肥満と予後(魚嶋晴紀)
 肝硬変における栄養アセスメントの実際(華井竜徳)
 肝硬変診療ガイドライン2020栄養療法フローチャート(徳本良雄・日浅陽一)
 肝硬変に対する栄養療法の実際(清水雅仁・他)
 肝硬変に対する運動療法について(上村博輝・他)
 肝硬変に対する多職種による栄養サポート―管理栄養士ができること(菊池奈穂子)
 肝硬変におけるサルコペニアの現状と対策(原 裕一)
 肝性脳症患者に対する栄養療法と生活指導(田尻和人)
 腹水患者に対する栄養療法と生活指導(小木曽智美)
 肝移植における周術期栄養管理の実際(種村彰洋・水野修吾)
 Topic 不顕性肝性脳症(星川恭子・上野義之)
 Column 肝硬変におけるビタミンDの役割(佐伯千里)
Part 2 肝細胞癌
 肝細胞癌の薬物療法update(中川美由貴・他)
 肝細胞癌患者の低栄養状態や肥満と予後(平岡 淳)
 肝細胞癌患者におけるサルコペニアの現状と対策(谷木信仁)
 肝細胞癌に対する多職種アプローチ(川口 巧・他)
 肝臓癌の一次予防(津金昌一郎)
 肝切除における周術期栄養管理の実際(播本憲史・調 憲)
 Column 肝細胞癌の病期診断(多田俊史)
Part 3 NAFLD/NASH
 NAFLD/NASH診療ガイドライン2020治療フローチャート(米田政志)
 NAFLD/NASHに対する食事療法の実際(長尾晶子)
 NAFLD/NASHに対する運動療法の実際(小田耕平・井戸章雄)
 NAFLD/NASHに対する多職種でのアプローチ(原 なぎさ・他)
 非肥満者のNAFLD/NASHに対する治療の実際(川中美和・鈴木淑子)
 NAFLD/NASHにおけるサルコペニア肥満の現状と対策(米田正人・他)
 Topic NAFLD/NASHに対する新規薬物の開発の現状(角田圭雄・米田政志)
 Column NAFLD/NASHにおける非侵襲的評価法の現状(川部直人・他)
Part 4 アルコール性肝障害
 アルコール性肝障害診療update(今 一義)
 アルコール性肝障害に対する栄養療法(浪ア 正・吉治仁志)
 アルコール関連問題に対する早期,簡易介入法(高瀬幸次郎・猪野亜朗)
 Topic ハームリダクション(堀江義則)
 Column 飲酒量と健康リスク(谷合麻紀子)
Part 5 ウイルス性慢性肝疾患
 代償性肝硬変に対する抗ウイルス治療の効果(阪森亮太郎)
 非代償性肝硬変に対する抗ウイルス治療の効果(厚川正則・近藤千紗)
 C型肝炎ウイルス排除後の生活指導(法水 淳)