やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序文
 糖尿病療養指導に携わるさまざまな職種のなかで,この十数年間にその役割が大きく変化してきた職種の一つが管理栄養士であると考える.
 2000年代に入り若年者から中高年者においてメタボリック症候群が注目され,過栄養に起因する内臓脂肪蓄積,代謝異常,血管障害に対する栄養指導が主軸になっていた.その後,わが国が急速に超高齢社会に入り,加齢にともなうサルコペニア,フレイルなど低栄養と関連した健康障害が克服すべき課題としてあがってきている.また世帯構成が変化し,高度経済成長期から核家族化が進み,さらに現在では単身世帯や高齢者のみの小世帯が増加するにつれて,自宅で調理をして家族が食卓を囲むスタイルから,個々人の生活リズムに適したタイミングで食事をする個食化,孤食化が普及しつつある.典型的な患者像・家庭像を想定した栄養指導そのものの前提が変化してきている.
 もう一つの側面は,糖尿病治療の進化である.スルホニルウレア薬や混合型インスリンを中心とした1980〜1990年代の治療から,メトホルミンの復活,DPP4阻害薬,グリニド薬,SGLT2阻害薬が新薬として次々と登場し,その臨床的有用性も揺るがないものになっている.インスリンも大きく様変わりし,超速効型や持効型アナログインスリンは適切な使用によって生活の自由度を高め,低血糖を減少しつつ従来よりも良好な血糖コントロールに寄与している.さらにGLP-1受容体作動薬は,血糖改善に加えて体重増加を抑えつつ患者の長期予後を改善する効果が確認されている.
 これら患者や社会構造の変化,そして新しい治療法の登場を受けて,従来からの食事療法,運動療法も大きく変容しようとしている.自身の血糖値変動をSMBG,CGM等で確認しながら柔軟に食事・運動の内容を変更する高度な自己管理能力をもった患者が増えてきている.その一方で,介護・生活支援を受けながら一定リズムの生活を余儀なくされている高齢者もまた私たちが日々診療する重要な対象である.長期罹病が多い糖尿病では,以前は若い方を対象とした治療や指導を受けてきた患者が自身の高齢化にともない,従来とは異なる治療・指導に変化した際に,そのギャップを十分受け止めきれていない現状がある.新しい『糖尿病診療ガイドライン2019』も患者の多様化に十分に配慮した内容に改められている.
 今回,『臨床栄養』の臨時増刊号として糖尿病特集が組まれた背景は,患者の療養指導の最前線に立つ管理栄養士の方々に最新の情報を提供し,医療の個別化への貢献を期することと理解している.ほかのメディカルスタッフや若手医師の方々にとっても有用な情報が集約されている.ご多用のなか,寄稿いただいた多くのエキスパートの先生方に心から謝意を表したい.
 出版を控えた2020年4月,新型コロナウイルス感染症が日本国内にも急速に拡散し,困惑する患者を支援する医療者のご負担も大きくなる一方であり,自己研鑽に費やす機会も限られていることと推察する.コンパクトにまとめられた本書が,そのような医療者の方のかたわらでお役に立てることがあれば,編者として望外の喜びである.
 2020年5月
 虎の門病院 内分泌代謝科 森 保道
 同栄養部 土井悦子
 序文(森 保道・土井悦子)
巻頭寄稿
 糖尿病の食事療法・栄養指導:基本と応用のあり方−高度化する糖尿病診療に対応して(本田佳子)
疫学と予防
 糖尿病の疫学(金原里恵子・後藤 温)
 2型糖尿病の予防(曽根博仁)
基礎研究トピックス
 インスリン抵抗性はどこまで解明されたか(岩部真人・他)
 インクレチンと栄養(成田琢磨)
1型糖尿病の研究・治療の進歩
 1型糖尿病の病態はどこまでわかったか(及川洋一・島田 朗)
 1型糖尿病治療の進歩(山下滋雄)
2型糖尿病治療のエビデンス
 2型糖尿病治療のエビデンス−DPP4阻害薬,SGLT2阻害薬の海外での成績を中心に(小田原雅人)
 2型糖尿病治療の大規模臨床試験:J-DOIT3(岡ア由希子)
糖尿病治療薬とインスリン療法の進歩
 SGLT2阻害薬(千丸貴史・福井道明)
 GLP-1受容体作動薬(大西由希子)
 インスリン製剤の拡充(笹岡利安・他)
CGMの活用
 CGMからデータマネジメントシステム(DMS)指導の実際(小出景子)
ライフステージと糖尿病
 妊娠糖尿病と糖尿病合併妊娠(長澤 薫・大道美佐子)
 高齢者糖尿病の治療UPDATE(鈴木 亮)
 糖尿病に合併したサルコペニア・フレイル(笹子敬洋)
糖尿病合併症・併存症トピックス
 網膜症の診断・治療の進歩(篠田 啓・菅野順二)
 糖尿病(性)神経障害の診断・治療の進歩(成瀬桂子)
 睡眠時無呼吸症候群と糖尿病(西村明洋・森 保道)
 糖尿病患者の脂質異常症(岡ア啓明)
 糖尿病患者における血圧管理(辻本哲郎)
糖尿病と腎臓病トピックス
 糖尿病(性)腎症の治療(藤田征弘)
 糖尿病(性)腎症と糖尿病性腎臓病−患者さんからその違いを聞かれたら?(金ア啓造)
 透析予防指導外来の運用−チーム医療で支える糖尿病の療養(下田ゆかり)
糖尿病食事療法の最新動向
 【特別寄稿】糖尿病の食事療法の動向−糖尿病診療ガイドライン2019の改訂の要点(宇都宮一典)
 糖尿病患者のエネルギー摂取量(勝川史憲)
 肥満合併糖尿病の食事療法はどうあるべきか(窪田直人)
 脂質異常症併存時の食事療法(土井悦子)
 糖尿病患者におけるがん化学療法時の栄養管理(佐藤敏子・古内三基子)
カーボカウント
 カーボカウントを活用した栄養指導(藤本浩毅)
運動療法の効果
 運動療法がもたらす効果(河合俊英)
患者教育・栄養指導の方法
 多職種協働における糖尿病の患者教育・療養支援(吉田洋子・市來祐里恵)
 糖尿病栄養指導ピットフォール−こんなとき,どうする?(山本恭子)
糖尿病療養指導スペシャリストの活躍
 日本糖尿病療養指導士(CDEJ)(林 道夫)
 地域糖尿病療養指導士(LCDE)(西村一弘)
 糖尿病病態栄養専門管理栄養士(幣 憲一郎)

 COLUMN
  ケトン体の生理作用(森 保道)
  糖尿病食事療法での食物繊維の役割(森 保道)