やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序文
治療としての栄養,ケアとしての食事
 患者の日常を支えることが看護・ケアの基本となる.日常を支えるとは毎日の当たり前のこと,日々変わらない営みを支えるということである.人はこの世に生まれたそのときから,何かを食べて生きてきた.食べることは当たり前のこと,日々変わらぬ,そして生きるために重要な営みであり,楽しみである.しかし,医療の現場はこの食べることに,どれほど関心をもってきただろうか.確かに栄養療法という視点から,病態の治療としての食事については大きな力を発揮している.しかし,栄養としての食事の捉え方は,ときに本人の願望や選好を制限するものになることもある.治療の一環として,食べたいものを我慢する,ほどほどに制限する,食べなければならないものを食べる.しかし,医療は本来,病気にともない低下したQOL(quality of life)を向上させ,奪われた自由を回復することを目的にしている.したがって,病態の改善のためとはいえ,患者の自由を奪い,日常生活に制限を加えることは,本来の医療の目的に逆行するともいえる.批判を恐れずにいうと,好きなものを好きなだけ,好きなときに食べる,それでも健康であることは,すべての人が求めるものであり,医療がめざすべきものではないかとも思う.
 本特集号では,栄養と食事に関係するスタッフの方々に,緩和ケアがめざしているものについて知っていただくことを第一の目的とした.緩和ケアの目標は患者のQOLをできるだけ向上することである.QOLの向上は患者の選択肢の幅をできるだけ広げることともいえる.食事に関していえば,できるだけ食べられるものの範囲を広げ,そのなかから食べたいものを自分の意向で選ぶことができるということである.そのうえで臨床現場における食事提供を通してのケア(食のケア)の可能性について,取り組んでおられる専門家の方々にも執筆をお願いしている.
 食べたいものを食べられるということは,日々の生きる喜びにつながる.食べるということの意味を今一度考え,私たちが提供しようとしているケアを見直したいと思う.ある人が何かを食べるという行為の裏には,気持ちを込めてその食事をつくった人が必ずおり,食べたいと選択した食事にはその人の何らかの想い出がある.生きることを支える現場において,食事を通してより豊かに人を支えるケアを実践していくことを,読者の皆様と考えていくことができればと願う.
 2019年5月
 淀川キリスト教病院 緩和医療内科 池永昌之
 甲南女子大学 医療栄養学部(前淀川キリスト教病院 栄養管理科) 藤井映子
 序文(池永昌之・藤井映子)
Part 1 緩和ケア,エンドオブライフケアの基本と現状
 緩和ケアとは(松田良信)
 ホスピス緩和ケア病棟とは(岡山幸子)
 QOL とは−QOL 評価・測定の基本(宮崎貴久子)
 ACP とは−食べることの意思決定に向けたかかわり(濱吉美穂)
 スピリチュアルケアとは(梶山 徹)
 家族ケアとは(岡本双美子)
 遺族のグリーフとそのケア−食への想い(米虫圭子)
 在宅におけるホスピス緩和ケアとは(前野 宏)
Part 2 がん患者に出現する症状と緩和ケアにおける治療・ケアの概略
 終末期がん患者に出現する症状(諏訪直子・恒藤 暁)
 痛み(金村誠哲)
 便秘,下痢(谷澤久美・嶽小原 恵)
 悪心,嘔吐,腸閉塞(清水啓二)
 呼吸困難(今村拓也)
 精神障害の診断,せん妄(津田 真)
 気持ちのつらさ,睡眠の障害(「眠れない」)(津田 真)
 がん悪液質(荒金英樹)
 緩和ケアとコルチコステロイド(松尾直樹)
 終末期医療における輸液療法・栄養療法の効果(森 直治)
Part 3 緩和ケア,エンドオブライフケアにおける最近の話題
 緩和ケア,サポーティブケアにおけるNST とPCT の役割と連携−進行がん患者とその家族の食に関する苦悩へのケア(天野晃滋)
 心不全患者に対する緩和ケア(安斉俊久)
 慢性呼吸不全患者に対する緩和ケア(坂下明大)
 緩和ケア,終末期ケアにおける口腔の管理,口腔ケア(大野友久)
 がん患者におけるサプリメントのエビデンス(大野 智)
 尊厳死と食事の自己中止−VSED で死期を早める患者について(新城拓也)
Part 4 緩和ケア,エンドオブライフケアにおける食・栄養のケア
 最期まで食べることを支える管理栄養士による食支援(川口美喜子)
 がん患者における食のケア(藤井映子・今村 岬)
 慢性心不全患者における食のケア(村井亜美・山田未奈)
 慢性呼吸不全患者における食のケア(岡本智子)
 コラム いのちのスープの取り組み−医療者がスープを配ることの意味(津田 真)
 緩和ケア病院における食のケア−“食”に求めるもの:栄養士にできること(細見陽子・大嶋健三郎)
 特別養護老人ホームでの食のケア(芦澤菜月)
 ホスピス型賃貸住宅での食のケア(前田陽子)
 在宅での食のケア(前田佳予子)
 終末期がん患者に対する食のケアで期待される管理栄養士・栄養士の役割(池永昌之)