やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序文
 今回の「臨床栄養」臨時増刊号では,栄養指導と行動医学をテーマに企画をさせていただいた.栄養の雑誌に,「行動医学」という見慣れない単語が表紙を飾り,「なぜ」と疑問に思った読者も多いかもしれない.そもそも行動医学が何なのかよくわからないというのが,正直なところかもしれない.しかし,「行動変容」であれば聞いたことがあるという読者は少なくないだろう.
 詳しいことは本文に譲るとして,行動変容は行動医学の扱う分野の一部である.栄養指導では患者にどのような食行動が望ましいかというめざすべき点を示すだけでなく,そのめざすべき点に向けて患者が生活習慣の改善をどのように実践していくか,まさに行動変容が重要な要素になる.本企画も当初は栄養指導における行動変容を中心とした内容を想定していた.行動変容というとさまざまな技法の名前が浮かぶかもしれないが,技法をなぞってみるだけではなかなか効果的な実践はむずかしい.それぞれの理論的背景や位置づけを踏まえないと,十分には使いこなせない.また基本的には心理療法にルーツをもつことから,患者と治療者の基本的なコミュニケーションや良好な関係の構築も必要となる.さらに,前提としてそれぞれの患者の心理・社会的な側面を含めた行動医学的な病態の理解がないと,表面的な介入になってしまいがちである.そこで,行動医学的な視点から行動変容について整理ができればと考えた次第である.
 さらに,管理栄養士の方々の栄養指導における苦労や疑問点をうかがっていくなかで,実にさまざまな話があがり,単に行動変容ということに留まらず,医療従事者として患者を支えていくために,行動医学的視点での全人的な理解が必要な場面が多々あることを実感するに至った.
 そのため本特集号では,大きく分けて行動変容に関する内容を扱う章と,管理栄養士として接することが多いであろう各疾患領域の行動医学的トピックス(心理社会的要因が身体疾患に与える影響や,身体疾患を有することにともなう心理的負担など)を扱う章を設けることとした.そして,臨床場面で行動医学を実践している心療内科医を中心に,精神科・産婦人科,心理学・産業医学などの各領域から執筆いただくこととした.
 行動医学の扱う分野は幅広く,ここで取り上げた内容はその一部である.できる限り実践的内容となるよう企画したつもりではあるが,一方で,本特集号が読者にとって,今後さらに行動医学的視点に触れる機会につながっていく入り口としても機能してくれれば大変幸いである.そして,それが今後の日々の栄養指導を含むさまざまな活動の役に立つことを心より願っている.
 2018年5月
 菊地裕絵(国立国際医療研究センター病院心療内科)
 序文 菊地裕絵
Part 1 総論
 行動医学と行動医学的病態理解 菊地裕絵
 行動医学を実践するために必要な医療面接技術 山中 学・他

Part 2 行動変容に関する代表的理論・概念・技法
 学習理論 松岡美樹子
 認知行動療法 小川祐子・鈴木伸一
 トランスセオレティカルモデル 大橋 健
 動機づけ面接 波夛伴和
 意思決定バランス・ゴール設定 佐々木美保・鈴木伸一
 セルフモニタリング 山崎允宏
 刺激統制法,行動置換法,オペラント強化 堀江 武
 問題解決技法 平井 啓
 認知再構成 田村法子・藤澤大介
 コラム 集団指導のコツ 小原千郷
 コラム マインドフルネス 杉山風輝子・熊野宏昭
 コラム オープンダイアローグ 孫 大輔
 コラム ストレスマネジメント 小田原 幸
Part 3 よりよい患者理解のために−行動医学からみた各疾患領域
 糖尿病 野崎剛弘・小牧 元
 肥満症 稲田修士・宮ア信行
 循環器疾患 市倉加奈子・鈴木伸一
 消化器疾患 遠藤由香・他
 呼吸器疾患 松田能宣
 慢性腎臓病(CKD)・透析 大武陽一
 サイコオンコロジー−明日からすぐに役立つ精神腫瘍学の基本知識と患者さんとの会話時の対応のコツ 松岡弘道
 神経疾患 高橋昌稔・他
 小児領域−子どもの肥満・糖尿病:心身症としての心理的な問題 作田亮一
 女性領域(妊産婦) 小川真里子・松 潔
 摂食障害 平出麻衣子
 コラム バーンアウト 阪本 亮
 コラム ARFID:やせ願望のない子どもの摂食障害 作田亮一
 コラム 隠れた精神疾患の併存 窪倉正三・大谷 真
Part 4 栄養指導に活かすためのQ&A
 【栄養指導の進め方】
  患者の栄養指導に対する動機がどの程度か,どのように把握したらよいでしょうか.また動機を高めるには,どのように働きかけたらよいでしょうか 山下 真
  患者を褒めるとよいといいますが,いつも同じような言葉でうまく褒められません.また,褒めるだけでは手詰まりで怒ったほうがよいのではと思うときもありますが,どのように怒るのが適切でしょうか 木村真弓・菊地裕絵
  伝えることや取り組むべきことがたくさんある場合,1回でどの程度の内容を扱えばよいのでしょうか.多すぎても取り組めないし,ポイントをしぼりすぎてもなかなか結果につながらず動機レベルを下げることになりそうです 倉科志穂・菊地裕絵
 【さまざまな患者への対応】
  食事療法をしたって何も変わらないといって,あきらめてしまっているようです 網谷真理恵
  患者がマスコミで知ったり知人に勧められたりした健康情報・製品を次々試しているようですが,管理栄養士の説明する情報にはあまり耳を傾けてくれません 中村祐三・端詰勝敬
  「自分の好きなように食べて,それで早死にしてもよい」といい,栄養指導にまったく興味を示しません.どのように指導したらよいですか 石澤哲郎
  栄養に関する知識はあるようですが,こちらを試すような質問をしたり,疑い深い態度だったりして,栄養指導に臨むのが憂鬱です 鈴山千恵
  いつもまず言い訳からはじまる患者がいます.また,こちらが何をいってもいつも「はい,でも…」といっていったん肯定するのですが,話が先に進みません.どのように対応すればよいのでしょうか 柴山 修
  患者が「食事療法は調理を担当する家族の責任」と押し付けたり,逆に調理をする家族が栄養指導に来ないなど協力が得られなかったり,指導中に家族と患者が口論になったりすることがあります.栄養指導において家族関係にはどのように配慮すればよいでしょうか 山田宇以
 【疾患に特徴的なケース】
  がん患者をはじめとして,身体疾患にともない不安や抑うつが強い患者に接するときに,管理栄養士としてどのように心理面に配慮すべきでしょうか 市倉加奈子・鈴木伸一
  これまで糖尿病に対する栄養指導を受けていた患者が,糖尿病性腎症により透析治療開始となって大きく栄養指導の内容が変わり,「いままでやっていたことは違っていたのか?」と混乱して対応に困っています 大武陽一
 【その他】
  「ワーク・エンゲイジメント」の概念について教えてください.また,管理栄養士がいきいきと活躍できる職場をめざしたいと思っていますが,どのようにすればよいでしょうか 島津明人