やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

栄養療法におけるピットフォール
 ひとが生きるために栄養が必須とわかっていても,医療現場での治療ではつい疾患に目を奪われて,その患者さんの大本の栄養状態に注意が払われない不幸な時代が長く続いた.しかし医療経済学の台頭とあいまって,栄養障害が医療経済におよぼすインパクトの大きさが次第に明らかとなってきた.さらに術前の低栄養が術後成績に大きく影響することが立証された.これを受けて,おそらく直近未来のわが国においても,従来のように術後合併症が多いほど保険償還が多いという理不尽な保険体制は是正されると期待される.
 栄養ケアの重要性にいち早く気づき,術前の栄養障害を早期に発見して対策を立て,適切に早期の栄養ケアを施すことが,術後合併症や集中治療に要する医療費を削減できる.栄養ケアの恩恵がいかに大きいかに早く気づき,患者さんの生活や人生,価値観まるごとを受け止めることのできる医療こそが,クライアントである患者さんによって適正に評価される日本になると期待する.
 こうした時代において,「適切な栄養ケア」の意味は計りしれない.この概念の根底には,もちろん個々の病態に対応した個別栄養ケアがある.しかしどんな食品や薬剤も効用を発揮する生体内での量の幅は狭く,その狭い範囲をひとたび外れた途端,生体は恒常性を失って,医療行為の目的である治療効果は失われ,有害事象(ピットフォール)が現れる.
 このことは栄養ケアでも同様で,「適切な栄養ケア」は決して万能の神ではない.刻々変化してやまない病態のもとでは,それまで行ってきた栄養ケアが病態の変化とともに,その患者さんにとって有害となることもゼロではない.ではそうならないためにどうすればよいか.その答えのひとつが,今回の増刊号のテーマである「栄養療法のピットフォール」のあり場所を事前に想定できる能力を備え,予防策を講じ,早期に発見し適切に対処することである.
 この増刊号で扱われたテーマは,経腸栄養・静脈栄養はもちろん,いままで体系だった卒前・卒後教育が行われてこなかった輸液療法や,従来の栄養ケアではあまり取り扱われることのなかった特殊病態に至るまで,古くて新しい話題から今後必ずわが国で大きな問題になると思われる話題まで,幅広くその道の専門家の手によって,ピットフォールとその対策を論じていただいた.この増刊号がわが国の医療現場で働いておられるすべての医療人の日常診療における栄養ケアの質を上げる手助けとなり,多くの病に苦しんでおられる方がたの光明となることを信じてやまない.
 最後に,お忙しいなか,玉稿をいただいたすべての執筆者の方がたに,この場をお借りしてお礼申し上げます.

武庫川女子大学生活環境学部
雨海照祥
Amagai, Teruyoshi
特集によせて 雨海照祥

NSTのピットフォール
 NSTのクオリティ・コントロール 大柳治正
 NST活動継続の意義とポイント 河内英行
 栄養管理実施加算とこれからの栄養ケア 斎藤長徳・中村丁次
 臨床現場で活躍できる管理栄養士をどう育成していくべきか 鞍田三貴
 コメディカルの教育認定制度の現状と課題 松井淳一・他
 教育システムのパラダイムシフト−疾患志向型から問題解決型へ 佐々木雅也

栄養アセスメントのピットフォール
 エネルギー消費量算出のピットフォール−Longの式の妥当性を検証する 雨海照祥・藤澤克彦
 SGAは院内のどの職種が担当すべきか 山内 健・他
 ODAの必須項目とは 井上善文
 大量腹水をともなう肝硬変患者の栄養投与量の設定はなにを基準に? 遠藤龍人・他

経腸栄養法のピットフォール
 蛋白・エネルギー至適投与量決定の理論−非蛋白カロリー/窒素比の意義 田代亜彦
 経腸栄養剤の選択とその注意点−非蛋白カロリー/窒素比とNaイオンの意義 雨海照祥・大石恭子
 胃瘻専用食・経口訓練食の開発と今後 河合勇一・他
 増粘剤と胃内での変化 永口美晴・幣憲一郎
 経皮内視鏡的胃瘻造設術(交換を含む)のピットフォール 合田文則
 ダンピング症候群−早期発見とその対策 桜井洋一・他
 経腸栄養施行時の下痢とその対策 川上 肇・雨海照祥
 薬剤と経腸栄養剤との相互作用−臨床現場での注意点 村田和也
 高齢者に多い脱水とその対策 守屋貴代

静脈栄養法・輸液療法のピットフォール 
 TPN回路におけるフィルターの抗真菌効果 井上善文
 All-in-One方式(キット製剤)とテーラーメイド方式 松原 肇・矢後和夫
 細胞外液型輸液と酸塩基平衡−乳酸リンゲル・酢酸リンゲル・重炭酸リンゲルの選択法 杉浦伸一
 輸液療法の卒後研修−その問題点と対策 佐々木雅也

特殊病態下の栄養ケアのピットフォール
 免疫増強栄養法とその適正量 土師誠二・大柳治正
 Refeeding Syndrome−そのメカニズムと予防・治療 山東勤弥
 急性膵炎の栄養ルート−重症度によるルート選択のすすめ 中村卓郎
 新生児期のミルクアレルギーの危険性−その存在と認識の重要性 山岡明子・小田島安平
 栄養素と感染症−褥瘡における栄養の意義 雨海照祥
 認知症患者の栄養ケアとそのピットフォール 吉田貞夫・他
 終末期高齢者への栄養ケアのありかた 池谷昌枝