やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

2024年版(第27版)推薦のことば
 世界70億人のうち4億人強が侵されたCOVID-19パンデミックは百年に1回の危機であった.人類が約3年でほぼ終息させたのは医科学の勝利であり,2023年のノーベル賞を授賞されたmRNAサイエンスの賜物である.この危機にあたりフェイクと闘えたのは拠り所となる医学情報であった.本書はそのような拠り所の一つとして36年間に27回も改訂してきた.世界に『ハリソン内科学』という改訂をくり返している名著があるが,身近な国内医学書では本書がその嚆矢である.
 本書は当直の第一線にいて本マニュアルを頻用する若手の編集委員がEBMで作られたガイドラインを紙面に反映させ,有用性を高めている.最多数の読者である研修医からのフィードバックを得て,2024年版でも新たな改訂がなされている.スマホで容易に情報が入手できる時代に,本書のような携帯マニュアルには厳格な執筆項目の選別が求められよう.そのうえ手軽なスマホにはない情報の高い信頼性を編集委員会が担保している.いつの間にか千頁に迫る大部となってしまった本書の歩き方マップとして,新しいインデックス「FAST touch」が生まれた.また経験豊かな執筆陣が多数の「つぶやき」&「ミニコラム」欄で熱い想いを綴ってくれた.
 まさに知性の集積であった「COVID-19」診療のミニマムリクワイアメントが最新知見を網羅している.私たちには知識の更新だけでなく,技能や態度の鍛錬が求められる.当直帯での疲れ,多忙さ,経験の未熟さによって誰でもエラーを犯す危険があり,常に謙虚に最新の知見,患者の病状から学ぶ姿勢で診療に当たりたい.このような多様な場面でツールとなるCDR(Clinical Decision Rule)のうちWellsやLRINECスコアが採用されている.
 本書は「救急」マニュアルでなく「当直医」マニュアルと銘うって急性疾患診療の実践の場である一人当直を念頭に置いている.救急外来では最初に生命に関わる致死的疾患(critical)を,主訴とバイタルサインから優先的に除外する.経験に裏打ちされた蘇生処置,素早い病態把握が第一歩である.続く1時間(golden one hour)では症状からの鑑別診断,初期病名の想定,簡単な検査を実施する.ありふれた(common)疾患を鑑別して治療可能(curable)なものからケアしていく“3C”の 診療過程とdispositionの判断はまさに臨床の醍醐味である.
 高度専門医療は医師と患者の非対称性を拡大しているが,私たちは情報開示や医療安全の努力を通して,患者・市民の信任をうけた代理者役割を常に果たさなくてはならない.当直医は近接性・包括性・協調性・説明責任といった役割が求められ,総合診療医のサブスぺである病院総合診療医を代行している重要な役割.リスクマネジメントでいえば,当直医は病院長を代行する.
 基本必修3カ月間の救急を含む2年間の初期研修では救急研修の充実が全体の達成度に影響するのはこの30年来変わっていない.表紙に“ER”と掲げている本書が想定している姿は,夜間救急業務を地域で主として対応する臨床研修病院で研修医を救急専門医が指導できる体制であろう.4万人の救急医がその理想を実現している北米と違うシステムの日本においても,専門医機構の救急科専門医が誕生してまだ全体で4千人強だが,北米型ERに近い施設ができてきた.本書でも当直医でなく「ER医」という単語が散見される.急場をしのげる臨床力をもった総合診療医が増えて地域における医療崩壊の防波堤になった.24年春から長時間労働規制が医療界でも徹底されるようになる.第一線の医療機関で経験を重ねた指導医と研修医が作り上げた本書が2025年の地域包括ケアのゴールを支えるだろう.
 EBMで作られたガイドラインも普及しBLS/ACLSのような標準化コースも定着した.診療標準化は院内のクリニカルパス,電子カルテ,第三者評価,DPCで実現していた.診療のプロセス,アウトカムを含めた情報の透明性を高める努力が喫緊の課題である.一人当直に代弁される過酷な診療環境で病棟も外来もカバーしなければならない当直業務は若手臨床医を鍛える機会の一つと前向きにとらえたい.
 正診率50%と言われるGBM(Google Based Medicine)時代から2047年にはAIがヒトの知性を超えると言われる中でも,数多くの『マニュアル』と伴に本書を研修医の白衣に見かける.時代に応えながらclinical pearlsを蓄えつつ改訂を重ねる本書は研修医や専門外もカバーする当直医たちを支え,ERの発展に寄与している.
 2023年12月
 みさと健和病院ER 救急総合診療研修顧問 箕輪良行


2024年版(第27版)の序
 好評をいただいている『当直医マニュアル』,大幅な改訂をおこなった第27版が完成しました.
 『当直医マニュアル』は,1988年の初版のときより,多忙な当直医がポケットにひそませ,その場でレファレンスし,すぐに処方・処置ができるような,実践的な内容に特化した構成となっております.なお,診療にあたる上で必要とされる知識は年々ふえる一方です.900頁を超える分量になりながらも,白衣(もしくはスクラブ)のポケットに収まるサイズにこだわり,収載する内容を毎年みなおし,当直医としてその場では必要とは思われない記載を思い切って省き,冗長と思われる説明は避けております.今年,初版から35年を経過し,改めてその価値を再確認し,カバーに「ポケットに上級医.」のコンセプトを明示しました.当直の際にすぐそばに頼りになる上級医がいるような安心感を是非とも体感してください.
 本書が長い間,研修医のみなさんをはじめとして若手の医師から評価をいただいている理由の第一は,徹底したユーザー目線と思われます.2024年版では,宇治徳洲会病院,京都民医連中央病院の初期研修医から寄せられた,「こういった記載が欲しい」「新しい項目として〇〇を増やしてほしい」「ここは説明をもう少し詳しく」「この記載はもう必要ないのでは」といった意見を集約し,実際に研修医を指導している指導医クラスの編集会議メンバーが,一つひとつの項目およびその内容に関して編集会議の中で吟味を繰り返しその採否を決めております.研修医から記載を求められることの多いClinical decision ruleについては,多くの施設で普遍的な使用となっているものについてのみ採用する方針としております.
 (1)今回の大幅な改訂のメインは,“FAST touch”を導入したことです.ある症候に対して,必要な鑑別診断および検査を一覧にして巻頭にまとめ,それぞれ参照ページを記載しました.非常に急いでいる時に役立つのはもちろん,鑑別診断や検査に抜けがないかの最終確認にも使っていただけると思います.何度もFAST touchを使ってERでの診療にあたっていくうちに,自ずと頭の中が整理され,自信がついていくことは間違いありません.
 (2)各項目の冒頭にある ポイント は,当直をするうえで絶対に必要な知識やピットフォールに陥りやすい部分などを3つ程度にまとめたもので,後の復習にポイントのみを流し読みしていただくこともできると思います.項目の最後に記載する disposition は,入退院の判断や集中治療管理の必要性など具体的に記載しました.
 (3)第22版から新設の つぶやき 欄は,エビデンスや教科書的な記載を超えた先輩たちの知恵をのせたものです.また“ミニコラム”もさらに充実させました.
 (4)今回第4〜12章には本文の重要箇所に太字を採用,また症状・理学所見はピンクバック,検査はグレーバックとし,多忙な救急現場でも重要な記載が視覚的に入りやすいようにしました.
 2004年に新臨床研修制度開始,また新専門医制度も2018年より導入となり,医師の教育制度も大きく様変わりしています.しかしいつの時代でも目の前の患者さんにすぐに対応できる能力およびそれを指導する能力は,実践とその十分な振り返りにて養われます.エビデンスといわれる大規模スタディで得られる結果に加え,いわゆる先人の知恵をいかに伝えるか…なかなか文字として表しにくいところまでこのマニュアルは踏み込んだつもりです.細部を読み込むことでその記載の奥行きを感じていただければ著者として望外の喜びです.また,振り返りの中で新たに得られた知見や先輩医師の言葉,自施設のルールなどについてはMemo欄を十分活用いただき,自分だけの「当直医マニュアル」を作りあげてください.流動する制度の中でも,ユーザーの中心となる皆様方のさまざまな声に絶え間なく耳を傾けながら,ただひたむきに「当直のときにやくにたつ」マニュアルを作り続けることを約束いたします.
 最後に,編集・出版に際しまして医歯薬出版の岩永勇二さんをはじめ多くの皆様に支えられましたこと,あらためて感謝申し上げます.
 2023年 師走
 編集代表 井上賀元(京都民医連中央病院)


初版の序
 本書は,当直医が担当するプライマリケアに焦点を絞った実践的マニュアルです.
 執筆者らが研修し勤務した病院は中小病院ではありますが,年間数百から千台以上の救急車を受け入れ,夜間にはその数倍に及ぶ救急車以外で来院する患者の診療を行っている第一線の病院です.
 そこでの当直業務に必要なポイントを,みずから得た教訓と多数の文献を参考として整理し,下記の特色をもたせました.
 (1)時間的猶予のない場面でも,その場で役立つ携帯性と実践性を備えた
 (2)頻度の多い疾患を診療科を越えて網羅した
 (3)専門医と連絡をとるべき基準を示した
 (4)臨床経験の乏しい医師,看護婦をはじめとするcomedicalにも使いやすいよう配慮した
 (5)各自が書き込むメモスペースを確保した
 本書は,抽象的論議にとどまりがちなプライマリケアの技術的基準について,第一線医療の現場から提案するひとつの試みでもあります.
 しかし,あふれる医学情報を集積することではなく,プライマリケアに必要な情報を選択しコンパクトにまとめる作業は予想以上に困難でした.いまだ不十分な個所を残していると思われます.今後さらに多くの人々から御意見をいただき,第一線医療の現場で役立つ実践的マニュアルにしていきたいと思います.
 最後に,推薦の言葉をお書きいただいた浜松医科大学の植村研一教授,執筆・推敲の段階で御協力いただいた全日本民主医療機関連合会の先生方,そして出版に御尽力くださった医歯薬出版株式会社に深く感謝いたします.また,88〜93頁の項につきましては,日本福祉大学の二木 立教授(前代々木病院リハビリテーション科医長)に御指導いただきました.厚くお礼申し上げます.
 1988年3月
 東京都リハビリテーション病院 太田喜久夫
 京都民医連中央病院 小畑達郎
 耳原総合病院 小松孝充
 船橋二和病院 近藤克則
第1章 当直医のために
  当直医の心得
  救急隊との連携
  災害・非常時の対応
  高齢患者への接し方
  ホームレス患者への接し方
  外国人患者への接し方
  DV(ドメスティック・ヴァイオレンス)
  針刺し事故など血液曝露事故時の対応
  隔離を要する感染症
  新型コロナウイルス感染症・COVID-19
  最近話題の感染症2024
  クリニカル・オンコロジー
第2章 救命救急処置
  救命救急処置の流れ
  心肺蘇生法
  小児の心肺蘇生法
  上気道異物(窒息)の応急処置
  外傷患者の初期診療
  ショック
  アナフィラキシー
  DIC(播種性血管内凝固症候群)
  コンパートメント症候群
  熱中症
  偶発性低体温症
  急性アルコール中毒
  急性薬物中毒
  悪性症候群
  緊急対応を要する感染症
  救命のための手技
第3章 多臓器系統の鑑別を要する症候
  発熱
  意識消失(失神)
  意識障害
  頭痛
  めまい
  痙攣
  胸痛
  動悸
  咽頭痛
  咳,痰
  血痰・喀血
  呼吸困難
  悪心・嘔吐
  腹痛(急性腹症)
  腰背部痛
  四肢の麻痺・しびれ
  血尿,乏尿,無尿
  異物(外耳道,鼻腔,咽頭,食道など)
第4章 内科
 ≪脳神経系≫
  頭痛(二次性を除く)
  脳血管障害
  髄膜炎
  脳炎(単純ヘルペス脳炎)
  ギラン・バレー症候群(GBS)
 ≪循環器系≫
  高血圧緊急症
  不整脈
  急性冠症候群(ACS)
  急性心不全
  大動脈解離
  急性動脈閉塞
  肺血栓塞栓症
 ≪呼吸器系≫
  呼吸不全
  酸素療法・人工呼吸療法(NPPV含む)
  胸水
  過換気症候群
  インフルエンザ
  気管支炎・肺炎
  気管支喘息急性増悪
  COPD(慢性閉塞性肺疾患)の増悪
  気胸
  ARDS(急性呼吸促迫症候群)
 ≪消化器系≫
  下痢
  便秘
  下血
  上部消化管出血(吐血)
  虫垂炎
  腸閉塞・イレウス
  急性腸管虚血
  頻度の高い消化管疾患
  肝胆道系酵素の上昇
  急性ウイルス肝炎
  急性肝不全
  慢性肝不全
  薬物性肝障害
  アルコール性肝炎
  閉塞性黄疽(胆管炎,胆嚢炎)
  急性膵炎
 ≪代謝系≫
  糖尿病性昏睡
  甲状腺クリーゼ
  急性副腎不全(副腎クリーゼ)
  痛風発作
 ≪腎・電解質異常≫
  急性腎不全/AKI
  電解質異常
  アシドーシス,アルカローシス
第5章 小児疾患
  小児患者への接し方
  発熱
  脱水
  下痢
  嘔吐
  腹痛
  痙攣
  呼吸困難
  予防接種の副反応
  髄膜炎
  上気道炎,扁桃炎,気管支炎・肺炎
  急性細気管支炎,クループ症候群(仮性クループ),急性喉頭蓋炎
  マイコプラズマ肺炎
  百日咳
  小児のインフルエンザ
  気管支喘息(喘息発作)
  発疹,伝染性疾患
  周期性嘔吐症(自家中毒,アセトン血性嘔吐症候群)
  腸重積
  鼠径ヘルニア嵌頓
  肘内障
  異物誤飲
  子ども虐待(Child abuse)
第6章 外傷・外科・整形外科疾患
  外傷患者への接し方
  受傷部位による観察・処置のポイント
  挫滅症候群(クラッシュ症候群)
  創傷処置
  軟部組織感染症
  熱傷
  捻挫,骨折,脱臼
  急性単関節炎
第7章 精神疾患
  精神的問題をもつ患者への接し方
  パニック発作
  自殺企図・自傷行為
  せん妄
  アルコール離脱
  うつ状態
  不眠
第8章 泌尿器疾患
  尿路結石
  尿路感染症
  尿閉
  急性陰嚢症
第9章 女性疾患
  女性患者への接し方
  不正性器出血
  婦人科領域の腹痛
  乳腺炎
  妊娠・授乳中の投薬
  妊娠・授乳中の画像検査
  レイプ(強姦)被害者の診察
第10章 眼疾患
  眼科患者への接し方
  眼科救急疾患
第11章 耳鼻咽喉疾患
  鼻出血
  急性鼻副鼻腔炎
  耳痛
  難聴
  末梢性めまい
第12章 皮膚疾患
  皮膚・粘膜病変
  帯状疱疹・単純疱疹
  咬傷,虫さされ
第13章 当直医に必要な資料
  POCUS(point-of-care ultrasound)
  中心静脈カテーテル(CVC) 使用中のトラブル
  届出が必要な感染症
  感染症の迅速検査キット
  細菌学的検査
  抗菌薬・抗ウイルス薬・抗真菌薬 選択と投与法
  救急薬剤の使い方
  成人重症患者の痛み・不穏・せん妄・不動・睡眠の管理
  輸血療法・血液製剤の使用指針
  輸液剤の選択と投与法
  注射薬の配合変化
  抗血栓薬 使用時の注意点
  小児薬用量と常用処方
  解熱薬・鎮痛薬
  オピオイドの使用方法
  ステロイドの使い方(点滴・内服・外用)
  造影剤を使用する際の注意点(造影剤腎症を含む)
  腎不全,透析患者に対する薬物投与
  透析患者への対応
  死亡診断書,死体検案書の書き方

 事項索引
 薬剤索引

 ミニコラム一覧
  腫瘍崩壊症候群
  気管挿管時の薬剤の使用法について
  チームダイナミクス
  回復体位
  妊婦の心肺蘇生のポイント
  穿通性異物への対処
  中等度以上の四肢外傷への対処
  TMA(血栓性微小血管症)
  HIT(ヘパリン起因性血小板減少症)
  PPE
  10/20ルール
  Stroke mimics
  痛みの“OPQRST”
  腰痛のブロック治療
  CGRP抗体薬について
  ELVO screen
  腰椎穿刺前の血小板減少への対応
  ペースメーカ不全について
  LVEFの低下した心不全
  P-SILI
  不随意運動による分類
  SIADHの診断基準
  refeeding syndromeのマネジメント
  小児の画像検査
  乳糖不耐症
  熱性痙攣後,帰宅時の家族への説明
  ケトン性低血糖症
  頸椎画像読影のポイント
  処置時の沈静
  LRINECスコア
  精神病棟への入院形態について
  血液培養検体の採取
  クリオプレシピテート

 おもな診療スコア・スケール等
  ABCD2スコア
  AIUEOTIPS
  Alvarado's score
  Blatchfordスコア
  CHADS2スコア
  FAST
  Forresterの分類
  GCS(Glasgow Coma Scale)
  GCS(小児用)
  Historical Criteria
  JCS(Japan Coma Scale)
  MASCCスコア
  modified Centor Criteria
  NIHSS
  PESIスコア
  quickSOFA
  RUSH exam
  SOFAスコア
  TAFな3XMAPでDH
  TIMIスコア
  Wellsスコア