やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

巻頭言
 かつて脳卒中は我が国の3大死因の一つであったが,2012年から肺炎に次いで第4位となった.しかし,患者の高齢化が進むにつれ,例え救命し得ても,重度の身体機能障害,認知機能の低下を来たし,寝たきりの原因となることが多く,脳卒中は今なお極めて重要な疾患と言える.
 本学では付属新病院建設に当たり,脳卒中集中治療科(SCU)の充実を図り,2015年8月より診療を開始した.集中治療科部長には「超急性期脳卒中患者の救急搬送及び急性期診療体制の構築に関する研究」の主任研究者を務め,かつ実践してこられた我が国における急性期脳卒中診療体制構築の第一人者である,木村和美・神経内科学大学院教授が就任した.木村和美大学院教授は本学においても,救急隊との連携による超急性期の脳卒中患者救急搬送,および受け入れ態勢の構築を急ピッチに進め,診療体制の充実を計った.
 近年,神経放射線診断技術,急性期治療の進歩は目覚ましい.本学SCUにおいても,多くの脳梗塞患者に対し脳保護療法や血栓溶解療法,血管内治療等を積極的に導入し,良好な治療成績を積み重ねている.
 しかし,今後ますます進む超高齢化に伴い,新時代に即した超急性期から慢性期に至る実践的で解り易い脳卒中の診断,治療のマニュアル書の必要性を感じていた.この度,研修医・専修医・コメディカル向けに木村和美大学院教授・西山康裕准教授の編集による「日本医大式 脳卒中ポケットマニュアル」を発行することになった.執筆者は木村和美大学院教授以下,日本医大脳神経内科の脳卒中専門医で,当脳神経内科で実践している脳卒中診療をもとに,超急性期患者来院時の診察,検査から治療までの過程,CTやMRI,SPECT画像,神経超音波の画像,慢性期治療のポイント等が解りやすく記載されている.
 若手医師が脳卒中の超急性期から慢性期に至る実践的な診断と治療に活用できるものと期待している.
 2024年1月
 日本医科大学 名誉教授
 赫 彰郎


実践で役立つことにこだわったマニュアル書
 第1版が好評で,内容も新たに第2版を出版することになった.この数年で,脳梗塞の治療も変わっている.tPAや血管内治療は,どう治療していくのか? 血管内治療の適応拡大,心房細動を有する脳梗塞の再発予防に発症早期からDOACを使うのか? 抗血小板薬としてプラスグレルの登場などである.これらの内容を盛り込んだ第2版となっている.
 この20年で脳梗塞の治療は大きく変貌している.tPAや血管内治療の登場により,患者の転帰は大きく変わり,治療の目的が救命から社会復帰と変わった.特に,血管内治療の役割は大きい.当院では,年間tPAは80例,血管内治療も100例前後である.当院のデータによると,心原性脳塞栓症の死亡率は,10年前は約12%あったが,血管内治療の登場により今は3%である.脳卒中の医療体制も大きく変貌している.血栓回収療法を念頭においたELVO screenを用いた病院前救護体制,tPAや血管内治療の院内治療体制,早期リハビリテーション,栄養管理,回復期病院への転院システムなどある.2018年に脳卒中循環器病対策基本法が新たに制定され,国も脳卒中の予防,救急体制,研究,患者の社会復帰や就労支援,人材育成など力を入れている.
 このように大きく脳卒中の治療・診療体制は変貌しているが,脳卒中治療・診療に関連する実践に即した本を見渡すと,実践的で,かつ,いつも診療に携帯できるハンドブックは少ない.研修医や若い医師から,「実践に添った,即,現場で役に立つ脳卒中マニュアル本がほしい」と問われる.そこで,学生や研修医,専攻医,若い医師,当直医,看護師向けの,実践本を作成しようと思い立ったのが,このマニュアル本作成の始まりである.著者は,日本医大脳神経内科の現場の医師や看護師たちである.実践にあったマニュアル本が出来上がったと思う.ぜひ,当直や診療時に,ポケットに入れて参考にしてもらえれば幸いである.
 ところどころに,便利メモを設け,最近のエビデンスなど簡単に解説した.また,Q&Aの項目を設け,日ごろの疑問にも分かりやすく回答している.この脳卒中マニュアル本が,脳卒中診療の一助となり,皆様のお役に立ち,多くの脳卒中患者の後遺症が軽減され社会復帰できれば,この上ない幸せである.
 2024年1月
 木村和美
総論
1 脳卒中初期診療─ホットラインが鳴ったら─
 A 救急隊連絡から到着までに何をするか(西山康裕)
   Detection:脳卒中徴候の迅速な発見・通報
   Dispatch:救急隊の出動と早急な対応
   Delivery:適切な病院への搬送
   Door:救急外来における適切な判断
 B 患者が到着してから初期評価まで(鈴木文昭)
   患者搬入時から各種画像検査までの初期評価
   初期評価において押さえておくべき重要な点
 C 一般身体所見の取り方(酒巻雅典)
   意識障害
   血圧と脈拍
   体温
   呼吸
   皮膚
   頸動脈,眼窩部,鼠径部の聴診
 D 神経所見の取り方(山崎峰雄)
   脳幹症状のみかた
   運動障害・運動失調・感覚障害のチェックリスト
   皮質症状のみかた
 E NIHSSの取り方とポイント(武井悠香子・青木淳哉)
 F 脳梗塞と診断されたら
  (1)血栓溶解療法(青木淳哉)
   早く治療する
   投与時のMinimal check
   チームとして役割分担
   投与開始した後は
  (2)血管内治療(鈴木健太郎)
   血管内治療の適応
   再開通までの時間短縮
   最新の知見
   最新のデバイス
  (3)病型診断(金丸拓也)
   病歴・診察による病型診断
   頭部MRIによる病型診断
 G 脳出血と診断されたら(佐藤貴洋)
   脳出血の画像所見
   血圧を含めた全身管理
   フォローアップ
 H くも膜下出血と診断されたら(齊藤智成)
   診断・検査
   初期対応
 I 一過性脳虚血発作と診断されたら(中嶋信人)
   TIAとは
   TIAの分類
   TIAを疑うためには
   TIAを疑うためのポイント
   TIAの入院適応
   TIAと診断したら
   非心原性TIAの治療:抗血小板療法
   心原性TIAの治療:抗凝固療法
   TIAに対する外科的加療
   TIAにおけるリスク因子のコントロール
2 院内発症
 (齊藤智成)
   早期発見
   早期診断
3 SU患者の看護
 (片渕 泉)
   脳卒中急性期の初期対応
   脳卒中の疾患別看護
   脳卒中の運動・認知機能障害に応じた看護
   家族看護・退院支援
各論
4 脳卒中急性期管理
  血圧管理,呼吸管理など(下山 隆)
   脳梗塞急性期の血圧管理
   脳出血急性期の血圧管理
   脳卒中急性期の呼吸管理
   脳卒中急性期の脈拍管理
5 脳梗塞の病型とその治療
 A 心原性脳塞栓症(片野雄大)
   臨床症状
   診断・検査
   急性期治療
 B アテローム血栓性脳梗塞(大久保誠二)
   急性期血行再建療法
   急性期治療
   処方例
   慢性期の血行再建術
 C ラクナ梗塞(野村浩一)
   古典的ラクナ症候群の徴候
   急性期ラクナ梗塞に対する抗血小板療法
   抗血小板薬の併用療法
   脳保護療法
   微小出血と脳出血のリスク
 D BAD(branch atheromatous disease)(阿部 新)
   「その他の脳梗塞」に含まれる疾患(BAD/大動脈原性脳塞栓症)
 E 奇異性脳塞栓症(松本典子)
   奇異性脳塞栓症とは
   奇異性脳塞栓症の診断基準・頻度
   診断のために必要な検査
   経食道心エコー図検査
   造影CT
   奇異性脳塞栓症の治療
 F ESUS(塞栓源不明脳塞栓症)(西村拓哉)
   潜因性脳梗塞の原因としての心房細動の重要性
   ESUSの治療
 G 脳動脈解離(神谷雄己)
   特徴
   画像診断
   治療
6 その他の脳血管障害
 A 若年性脳梗塞の特徴(仁藤智香子)
   若年性脳梗塞の原因疾患
   50歳以下の脳卒中を疑った際の初療時のプロセス
   再発予防治療
 B 脳卒中様の画像を呈する疾患(永山 寛)
   血管障害
   脱髄疾患
   感染症・血管炎など
   内科疾患に伴う疾患
   ミトコンドリア病
   代謝性疾患
   その他
 C 脳梗塞でなかったら(Stroke mimics)(藤澤洋輔)
   頭部MRIで異常信号を認めない時
   頭部MRIで異常信号を認める時
 D 脳静脈洞血栓症の特徴(澤田和貴)
   静脈洞血栓症とは
   原因
   症状
   診断
   治療
 E 骨髄増殖性腫瘍と脳血管障害(下山 隆)
   真性多血症の血栓症治療
   本態性血小板血症の血栓症治療
   出血合併症
 F Eagle症候群,Bow-Hunter症候群(坂本悠記)
   Eagle症候群
   Bow-hunter症候群
 G 可逆性脳血管攣縮症候群(RCVS)(畠 星羅)
   原因
   臨床症状・経過
   診断
   画像
   治療
 H 遺伝性脳血管障害(CADASIL,CARASIL,Fabry病)(竹子優歩)
   CADASIL
   CARASIL
   Fabry病
 I CAT(cancer associated thrombosis)(鈴木文昭)
   チェックポイント
   処方例
 J 大動脈解離による脳梗塞(鈴木健太郎)
   大動脈解離診断のポイント
 K 脳血管障害と血管炎(下山 隆)
   PCNSVの診断・治療・鑑別疾患
 L もやもや病(ウィリス動脈輪閉塞症)(齊藤智成)
   診断
   検査
   治療
   類もやもや病に対する治療
 M 感染性心内膜炎に伴う脳梗塞(坂本悠記)
   IEに伴う脳梗塞の注意点
7 脳卒中急性期に行う各種検査
 A 心電図検査・胸部X線検査(下山 隆)
   心電図検査
   胸部X線検査
 B 血液学的検査(林 俊行)
   脳卒中の鑑別
   超急性期脳梗塞診療
   動脈硬化リスクのスクリーニング
   特殊な脳梗塞の原因
   血栓症と塞栓症の鑑別
 C CT検査(木村龍太郎)
   CT検査の目的
   脳梗塞の経時的変化とその所見
   脳血管障害が否定された場合
   読影のコツ
 D MRI検査(沓名章仁)
   シークエンス別の特長(DWI/MRA/FLAIR/T2*/T1W1/BPAS)
 E 超音波検査(松本典子)
   頸部血管エコー
   経頭蓋超音波
   経胸壁心エコー(TTE)
   経食道心エコー(TEE)
   下肢静脈エコー
 F 脳血管撮影(木村龍太郎)
   脳卒中における血管撮影例
   脳梗塞における脳血管撮影読影のコツ
 G SPECT検査(三品雅洋)
   血行力学的脳虚血の病態
   血行力学的脳虚血の重症度
   統計画像だけを見るな
8 脳卒中慢性期の治療選択
 A 抗凝固薬(須田 智)
   ワルファリン
   DOAC
   抜歯・内視鏡・手術などの際の対処法
 B 抗血小板療法(村賀香名子)
   各抗血小板薬のエビデンス
   抗血小板薬の使い分け
   抗血小板薬の併用療法
 C 高血圧(高橋史郎)
   降圧の目標
   治療薬選択のポイント
 D 脂質異常症(高橋康大)
   脳卒中再発予防における脂質管理
 E 糖尿病(水越元気)
   チェックポイント
 F 心房細動(長尾毅彦)
   心房細動に関わるスコア
   抗凝固薬の選択
   合併症を有する心房細動症例
   循環器的管理
 G 左心耳閉鎖術と卵円孔閉鎖術(松本典子)
   経皮的左心耳閉鎖術
   経皮的卵円孔閉鎖術
9 脳卒中とてんかん
 (須田 智)
   脳卒中後てんかんの診断
   治療
10 脳卒中リハビリテーション
 A 脳卒中後のリハビリテーション治療(大内崇弘)
   障害の程度の評価
   障害に応じたリハビリの処方
   リハビリを行う上でのリスクや問題点の抽出・全身管理
   回復期リハビリテーション病院への情報提供
 B 脳梗塞後の栄養の開始時期とその内容(鈴木健太郎)
   経管栄養投与方法について
11 Q and A
 A 透析患者の急性期治療での注意点は?(藤澤洋輔)
 B 脳出血の既往がある脳梗塞患者に対する注意点は?(岨 康太)
 C 心房細動合併例に対する頸動脈狭窄例の抗凝固薬使用の注意点は?(外間裕之)
 D 冠動脈疾患合併例に対する心原性脳塞栓症の抗凝固薬使用の注意点は?(鈴木静香)
 E DOAC内服中の血栓溶解療法と血管内治療を行う際の注意点は?(西 佑治)
 F 認知症患者が脳卒中を発症した際の注意点は?(石渡明子)
 G どのような脳梗塞・脳出血患者が急性期に外科治療となるのか?(齊藤智成)
 H 心臓内血栓があったときの対応は?(徳元悠木)
 I CASかCEAか(沼尾紳一郎)
 J 無症候性脳梗塞を認めたときの対応(駒井侯太)
 K 脳アミロイド血管症に対する注意点は?(古寺紘人)
 L 妊婦の脳血管障害の特徴とその対応(本 隆央)
 M 島皮質に梗塞を認めたときの特徴(沓名章仁)
 N 抗血小板薬と抗凝固薬の使い分けに迷ったら?(中上 徹)
 O 血管性認知症の特徴とは?(山崎明子)

 COLUMN
  (1)脳卒中診療の面白さ(橋瑞穂)
  (2)脳卒中/循環器病対策基本法について(吉村隼樹・青木淳哉)
  (3)脳卒中当直の心構え(寺門万里子)
  (4)開業医における脳卒中診療(神谷達司)

 付録 資料 編
  資料 1 NIHSS(National Institute of Health Stroke Scale)
  資料 2 tPA適応表
  資料 3 tPA換算表
  資料 4 ABCD2スコアと2日以内の脳梗塞発症リスク
  資料 5 脳卒中発症リスクと出血リスクの評価法(CHADS2スコア,CHA2DS2-VASc,HAS-BLED)
  資料 6 深部静脈血栓症及び肺血栓塞栓症に対するDOACの使用方法
  資料 7 FisherのCT分類
  資料 8 Hunt and Kosnik分類
  資料 9 Hunt and Hess分類
  資料 10 WFNS分類
  資料 11 頸部血管エコー 脳血管狭窄・閉塞診断基準
  資料 12 せん妄とアルツハイマー型認知症の鑑別の要点
  資料 13 日本リハビリテーション学会の中止基準
  資料 14 Brunnstromの運動検査による回復段階(Brs)

 索引