やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 現在日本では,在宅における医療やケアが重視されるようになっています.住み慣れた環境において,その人の意思や生活を大事にしながら医療やケアが提供されることは,理想的な状況であるように思われます.
 しかし,理想的であるからこそ,その実現には多くの困難が伴います.医療・ケアを受ける本人の意思決定能力の問題,家族の介護力の問題,制度の問題,経済的な問題など,さまざまな要因によってその人の意思や生活は損なわれ,結果として尊厳が脅かされる事態も生じることになります.
 通常,尊厳が損なわれている状態は「倫理的問題」と呼ばれます.しかしこの本のタイトルにはあえて「尊厳」や「倫理」という言葉を用いませんでした.というのも,これらの言葉を含むタイトルは,多くの人に「難しい」という印象を与え,結果として本書を手にすることをためらう方もいると思われたからです.
 確かに,尊厳や倫理をめぐる問題を解決することは,時としてとても困難です.しかし,本書を読んでいただければ分かるように,尊厳は,わたしたちの生活を根本において支えています.本書を通じて,読者の皆さんに,「尊厳は難しい言葉だけれど,医療・ケアにとってきわめて重要なものである」「尊厳は遠くにあるのではなく,身近にあるものである」と思ってもらえれば幸いです.
 タイトルに関してもう一つ説明をしておきます.「解決マップ」という表現を目にし,「この本は,解決に至る道順を示している地図なのだ」と考えた方もいるかもしれませんが,そうではありません.本書が想定している地図の上には,ケースで取り上げられている問題を中心に,この問題を生み出している要因や,その問題に取り組む上で役に立つヒントが書き込まれています.この地図は,みなさんが直面する具体的なケースを検討する上で役に経ちますが,進むべき道を明示してくれることはありません.医療・ケアで生じる問題は一つひとつの個別性が高い以上,いつでも当てはまる方程式を示すことはできないのです.本書で示した地図を手に,進むべき道を決めるのはみなさん自身です.
 もちろん,一人で地図を眺める必要はありませんし,一人ではかえって道を誤るかもしれません.そのため本書では,患者や利用者,家族,他の医療・ケア従事者とともに地図を眺め,対話することの大切さを繰り返し述べ,さらには,対話を進めるための具体的な方法も示しました.みなさんがよりよい道を見つける上で本書が少しでも役立つことを,そして,そうした経験を積み重ねるなかで,よりよい地図をみなさん自身が描けるようになることを願っています.
 編者一同
第1部
INTRODUCTION <誰一人取り残さない>在宅医療・ケアへ向けて
 一人ひとりの尊厳を大切にする
   その人らしさを尊重する
   傷つけない
   健康を守り,豊かなものにする
   等しく尊重する
第2部
CASE 01 ACPをうまく始められないとき
 このまま自宅で静かに死なせてほしい
  問題を「見える化」しよう!
  問題を考えるためのヒント
   1.アドバンス・ケア・プランニング
   2.意思決定に関わる家族の支援
CASE 02 子どものケアと親の就労希望が対立するとき
 保護者の方には付き添ってもらいます
  問題を「見える化」しよう!
  問題を考えるためのヒント
   1.子どもの権利とインクルーシブ教育
   2.ケアの社会化
CASE 03 家族によるケアが難しくなってきたとき
 入院してもらわないと困ります!
  問題を「見える化」しよう!
  問題を考えるためのヒント
   1.患者が抱える苦痛
   2.第二の患者としての家族
CASE 04 自宅の環境が安全を脅かしているとき
 どれも大切なものなんです!
  問題を「見える化」しよう!
  問題を考えるためのヒント
   1.「ごみ屋敷」の問題とセルフ・ネグレクト
   2.地域住民の理解
CASE 05 本人抜きに療養場所が決められるとき
 家族の協力あっての自宅療養ですよね?
  問題を「見える化」しよう!
  問題を考えるためのヒント
   1.多職種で連携するための能力
   2.地域包括ケアシステムを<作る>
CASE 06 医学的リスクが本人の希望より重視されるとき
 食べたいもの我慢してまで長生きしたくないよ
  問題を「見える化」しよう!
  問題を考えるためのヒント
   1.特別養護老人ホームにおける医療の難しさ
   2.摂食・嚥下機能に関連するフィジカルアセスメント
CASE 07 専門職が業務をめぐって対立するとき
 それは私の仕事じゃない
  問題を「見える化」しよう!
  問題を考えるためのヒント
   1.「専門性」が抱える問題
   2.チームでリーダーシップをシェアする
CASE 08 介護現場で不適切なケアが行われているとき
 自分の親は絶対に入れたくない
  問題を「見える化」しよう!
  問題を考えるためのヒント
   1.不適切ケア
   2.エフェクチュエーション
CASE 09 親族による虐待が疑われるとき
 お金かかるのはだめって言われるんだよ
  問題を「見える化」しよう!
  問題を考えるためのヒント
   1.虐待の発見と通報(相談)
   2.通報・相談後の対応
CASE 10 本人が自分の変化を受け入れられないとき
 俺はどこもおかしくない!
  問題を「見える化」しよう!
  問題を考えるためのヒント
   1.パーソン・センタード・ケア
   2.社会的処方
CASE 11 外国出身の配偶者とケアの方針が合わないとき
 日本人は冷たいね
  問題を「見える化」しよう!
  問題を考えるためのヒント
   1.外国出身の方を理解する
   2.異文化コミュニケーションと言葉の壁
CASE 12 成人の障害者が社会と関われないとき
 家しか居場所がないんです
  問題を「見える化」しよう!
  問題を考えるためのヒント
   1.障害をもつ人の最善を考える
   2.地域で生きる成人障害者が直面する問題
CASE 13 病院が自宅療養を一方的に難しいと判断するとき
 胃瘻を作って療養施設へ行きましょう
  問題を「見える化」しよう!
  問題を考えるためのヒント
   1.コロナ禍と意思決定支援
   2.在宅へ移行できる環境を整える
CASE 14 家族が威圧的な言動や支払い拒否をするとき
 ウチのやり方でやってちょうだい!
  問題を「見える化」しよう!
  問題を考えるためのヒント
   1.暴力・ハラスメントについて共通の認識をもつ
   2.暴力・ハラスメントへの対策・対応の基本を知る
   3.地域の関係機関で連携・協力できる体制を作る
CASE 15 利用者のセクハラ行為がエスカレートするとき
 怖くて訪問できません…
  問題を「見える化」しよう!
  問題を考えるためのヒント
   1.セクハラ被害を語ることのできる組織を作る
   2.専門性をうまく生かして自分の身を守る
CASE 16 患者が安楽死を望むとき
 もう終わりにしたい…
  問題を「見える化」しよう!
  問題を考えるためのヒント
   1.スピリチュアルペイン/スピリチュアルケア
   2.健康を別の視点で捉える
第3部
METHOD ケースを用いた学習法
 「悩みごと」を話し合ってみよう
  準備
   1.コーディネーターを決める
   2.話し合う場を設定するための工夫をする
   3.教材を選択する(教育目的の話し合い)
   4.情報を収集・整理しておく
  話し合い
   1.コーディネーターが気を付けるべき点
   2.話し合いのステップ

 おわりに
 索引

 BOX&コラム一覧
  CASE 01
   BOX 1 ACPに有効なコミュニケーションの方法
   BOX 2 意思決定のバイアス
   COLUMN 「正妻か,愛人か」
  CASE 02
   BOX 1 権利主体としての子ども
   COLUMN 「マイノリティ」って誰の問題?
  CASE 03
   BOX 1 苦痛の種類
   BOX 2 ヤング・ケアラー
  CASE 04
   BOX 1 ドイツにおける「ごみ屋敷」問題
   BOX 2 ごみの強制的な撤去を定めた条例
  CASE 05
   BOX 1 チーム医療教育プログラム
   BOX 2 地域づくりのコーディネーター
   COLUMN がん診療連携拠点病院で「義務化」される臨床倫理カンファへの期待
  CASE 06
   BOX 1 経口維持加算
   BOX 2 口腔機能の衰え「オーラルフレイル」
  CASE 07
   BOX 1 業務独占資格と名称独占資格
   BOX 2 タスク・シフト/タスク・シェア
  CASE 08
   BOX 1 鼻めがねの暴力
  CASE 09
   BOX 1 民生委員
   BOX 2 高齢者の消費者被害
  CASE 10
   BOX 1 ユマニチュード
   BOX 2 社会福祉協議会とコミュニティソーシャルワーカー
   COLUMN 持続可能な医療・ケアを考える
  CASE 11
   BOX 1 フィリピン人の妻
   BOX 2 外国出身の介護職と協働すること
  CASE 12
   BOX 1 「最善の利益」と親の判断
   BOX 2 小児在宅医療の推進と「医療的ケア児及びその家族に対する支援に関する法律」
  CASE 13
   BOX 1 在宅医療におけるICT化
   BOX 2 病院と在宅医療の連携〜医師の場合〜
   COLUMN 「来てほしい」の声にどこまで応えればよいのか?
  CASE 14
   BOX 1 サービス担当者会議と地域ケア会議
  CASE 16
   BOX 1 安楽死と治療の不開始・中止
   BOX 2 重度訪問介護制度
   COLUMN 「独りだって暮らしていけたのに…」
  METHOD
   BOX 1 4分割表
   COLUMN 納得解の時代