やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

本書にみる温かい人間愛のこころ
 安東由喜雄先生が映画関連エッセイ集『映画に描かれた疾患と募る想い──安東教授のシネマ回診』を上梓された.このシリーズ第5作目とのことである.編集部より巻頭言を書いて欲しいとの依頼をうけた.文学や映画にはとんと無縁な存在なので躊躇したが,安東先生とは嘗て熊本大学医学部内科学第一講座で共に学んだ仲でありお引き受けすることにした.出版社から送られてきた原稿のゲラ刷りを読んで,まずその文章力の素晴らしさに驚嘆した.医学部学生時代にRKK熊本放送のラジオ番組でパーソナリテイーを担当されていたので,弁舌爽やかなのはよく承知していたが,このような豊かな文才があるとは露ほども知らなかった.本書の全編を通して随所に描かれている人間愛の素晴らしさに感銘し,魅せられるように一気に読み終えた.読後にこれまでに経験したことのない爽快感を覚えた.
 書名にある「募る想い」には臨床医として病める人々への愛惜の情や,医学研究者として疾病の原因解明・治療法確立への希求が込められていて,如何にも安東先生らしいタイトルであると感じ入った次第である.
 本書に掲載されている映画については,残念ながら殆ど観た覚えがない.しかしながら,映画のストーリーが簡潔明瞭でテンポよく描かれているので,あたかも映画を見ているかのように映像が浮かび上がってきて楽しい.先生の趣味は映画観賞,エッセイを書くことなどと記されているが,まさに好きこそ物の上手なれである.
 天賦の才にさらに磨きをかけたのは学生時代のラジオ放送の仕事ではないかと思い,安東先生にその契機についてお尋ねした.その返事は「生まれ故郷の別府から熊本に来てテレビを持たず,ラジオと読書中心に生活していた私がある日,ラジオ番組があまりに面白くないので,RKKのディレクターに話に行ったところ「明日から話してみるか」と言われ足掛け5年続きました.10分番組はきわめて難しく,話をまとめるトレーニングをしました.いかに情報を捨てるかが勝負で,ゲーテが言う『今日は忙しかったから短い手紙が書けなかった』という言葉の意味を知りました」とのことであった.先生のチャレンジ精神と向学心を物語るエピソードである.
 安東先生は2017年7月,第67回「熊日賞」を受賞された.この賞は学術,文化,などの分野で活躍され,地域の発展にも功労のあった方を熊本日日新聞社が顕彰するもので,県内最高の栄誉と高く評価されている賞である.受賞理由は先生のライフワークである「家族性アミロイドポリニューロパチー(FAP)をはじめとするアミロイドーシスの研究」における永年の功績である.
 FAPについては本書でも触れられているが,この研究のプロセスに於いても先生の温かい人間愛をみることができる.FAPは熊本県に世界的患者フォーカスを有する難治性で予後不良な遺伝性疾患である.肝臓で産生される異型トランスサイレチンが末梢神経組織などに沈着して起こる病気で,通常30〜40歳で発症し,10〜15年で死亡する.先生が本症患者を初めて診られたのは医師になって2年目のことである.何とかして患者を救いたいとの一念から,当時スウェーデンで行われていた脳死肝移植を受けさせるために患者と共にその地に出かけ,わが国のFAP患者では初となる脳死肝移植が行われた.スウェーデンのウメオ大学に留学,帰国後は国内で部分生体肝移植を導入し,多くの患者を救命してこられた.その後,さらに研鑽を積まれ,世界に先駆けて薬剤治療,遺伝子治療,抗体治療などの治療法を開発・情報発信を続ける一方,アミロイドーシスの診断・病態解析・治療の拠点を熊本大学に作り上げた.現在は世界アミロイドーシス学会理事長としてこの分野の発展に寄与されている.これらの功績が認められての今回の受賞である.
 安東先生は現在,熊本大学医学部神経内科教授で,医学部長,大学院生命科学研究部長の重職にある.先生の学問,人柄を慕って多くの優秀な若い医師たちが集っている.「医局員は家族だ」がモットーとのことだ.
 元熊本大学医学部第一内科教授
 現表参道吉田病院名誉院長
 安藤正幸


ヒューマンな安東ワールドに「乾杯」
 月刊『メディカルクオール』誌での安東由喜雄先生の映画と遺伝性疾患の連載は,この12月号で200回を迎えた.連載がスタートしたのは2001年の4月号で,まさに21世紀の初春であったから,もう17年も連載が続いていることになる.当時のバックナンバーをみると「厚生労働省の誕生」という記事が掲載されているから遠い昔のことである.今は熊本大学医学部長となった安東先生だが,最初にお会いした時の肩書きは,まだ臨床検査医学講座の講師であった.スウェーデンのウメオ大学の内科学教室に客員教授として留学された際の体験をまとめたエッセイを片手に訪ねて来られ,本誌での掲載を依頼されたのが初見である.しかしながら,医師の海外留学など珍しいものではなく,またそのようなエッセイを一度でも掲載してしまうと,書評のように,次から次へと依頼者が現れる可能性がある.正直にいえばエッセイを掲載する気持ちはなかったが,一応,原稿を預かって再度,お会いすることにした.エッセイを読んでみると,筆力が凄い.また,医学生時代にラジオで映画番組のパーソナリティを務めていたほどの映画好きで,専門は遺伝性疾患という.映画好きの医師は多い.一般の医師の間ではまだまだ理解が進んでいなかった遺伝性疾患について映画を道具に解説するような記事があれば面白いのではないかと思いつき,件のエッセイは掲載できないが,開業医向けの映画と遺伝性疾患の連載の執筆を打診したところ,研究・教育・診療を受け持つ大学病院の多忙な中堅・中核の医師であるにもかかわらず快諾していただけた(と思っている).
 こうして始まった連載だが,当時,遺伝性疾患についての理解が進んでいなかったのは開業医だけではなかった.実は,編集者も同様で,たとえば最初の頃,原稿は今よりも遺伝子医学の専門用語が多く登場し,最新の医学辞典に掲載されていない言葉も多かった.このため校正で非常に苦労したのを覚えているが,臨床医である読者も気づかないのだからと,開き直って連載を続けた.そうこうするうちに,「あの遺伝子の連載,面白いね」という声があちらこちらから聞こえてくるようになった.評判がいいので理由を調べてみると,「企画もいいが,何よりも安東先生の医師としての姿勢や哲学が素晴らしい.温かい人間性にも共感できる」という声が圧倒的に多い.また,一方では「この連載を続けていて上司に叱られないのか」と心配する意見もあったが,好評の連載を終了されると困るので安東先生に伝えることはしなかった.
 他方,安東先生はそんな読者たちの心配を知らず,2004年には連載を単行本化した『臨床遺伝学のすすめ』を出版し,上司に叱られるどころか2006年の9月には病態情報解析学(旧・臨床検査医学)の教授に就任され,就任記念パーティの贈呈品も兼ねて第二弾の単行本『映画と恋と遺伝子と』を出版するなど快進撃を続けた.その後も,2010年には『映画に描かれた疾患と絆』,2016年には『映画に描かれた疾患と喪失感』を出版してきた.それらは,私が編集を担当した著作であったが,シリーズ5作目となる本書は由緒も実績もある医歯薬出版から発行される.仕上がりが大いに楽しみである.
 また,過去の著作では安東先生の紹介により素晴らしい名医たちの言葉が巻頭を飾ってきたが,これも読者へのプレゼントの一つであった.安東先生の博学卓識は本書を読めばわかることだが,巻頭言を執筆されてきた先生たちの高い人格や深い識見に触れることができたのは編集者として望外の喜びであった.
 さて,本書は基本的に映画と遺伝性疾患のエッセイであるが,遊び心からか安東先生は連載中から時折,映画と関係のない原稿を放り込んできた.テーマはノーベル化学賞を受賞されたばかりの田中耕一先生に対する「手紙」であったり,国際学会でのエピソードであったりするのだが,これがまたポジティブな安東ワールドが展開されていて,「映画編」に負けず劣らずの出来に,思わず引き込まれてしまう.個人的にとりわけ秀逸と思っている作品は,2011年に東日本大震災の時,熊本大学を代表して石巻市に駆けつけた際の支援の様子を描いた「ミッション(石巻にて)」と,本書に収録されている「熊本の震災」である.前者は悲惨な災害現場での真摯な支援活動を描いたエッセイなのだが,安東先生の手にかかれば不思議とユーモアを感じるものになってしまう.50年も昔の少年の頃,どくとるマンボウこと北杜夫さんの『航海記』に初めて触れた時のような爽快な読後感が残る.後者についての私見は書かない.映画マニアならではの見事な構成力と本物の医師の思いやりを堪能していただきたい.
 最後に一言.やはり17年は長い.一人の秀でた臨床医の講師時代から教授を経て医学部長に至るまでの歳月を,毎月毎月の連載原稿を通じて見続けることができたのは貴重な経験であった.医師の人生というのは常に患者の生と死に向かい続ける辛く厳しい道である.そして,命に対して真摯であればあるほど,治療効果がでなかった場合の自責の念は強く,深い反省の心は研究成果に向けた推進力となる.とりわけ,遺伝子医学は先生がFAPの研究で医学博士を取得した1990年にアメリカで初めてADA欠損症に対する遺伝子治療が公認されたほどの若い研究分野で,当時はまだ黎明期にあった.連載開始早々,先生は「治らない,諦めない,努力の甲斐がない」という「第三無い科」を他医局の話として紹介していたが,今思えばあれは自己紹介でなかったか.とはいえ,昔から難病患者を中心として遺伝子治療への期待・希望は大きかった.また,多くの関係者の途方もない努力の継続と医学の未来を信じる揺るぎない意思力によって,遺伝子医学は道半ばとはいえ一定の成果を挙げ,今もなお力強く前進している.しかし,この間,「三ない環境」のなかで苦闘してきた医師たちの苦悩はいかばかりであったのだろうかと思わざるを得ないが,その一方で私はヒューマンな安東ワールドの行間にこれまでの途方もない努力の足跡と遺伝子医学の未来への確信,そして「夢」をみる.だから,このエッセイは医療哲学・医療倫理の太い芯が通っていて,しかも温かくポジティブで,苦難に立ち向かい続ける安東先生のタフさが,多くの医療人の共感・支持を得られ続けているのだと思う.私は,このような安東先生との出会に感謝し,これからもこの連載の継続を通じて,あるいは医療専門誌の編集長として,医学・医療の発展に微力ながら尽力していきたいものである.
 月刊『メディカルクオール』編集長
 阿部雄二
「メモリー・キーパーの娘」─ダウン症
「モリー先生との火曜日」─ALS
「アルバート氏の人生」─性同一性障害
「愛,アムール」─脳動脈塞栓症
「リンカーン」─マルファン症候群
「フェイシズ」─相貌失認
天国の兄さんへ
「フライト」「東ベルリンから来た女」─医師というもの
「太陽がいっぱい」─青い瞳
「25年目の弦楽四重奏」─パーキンソン病の治療
「フィフティ・フィフティ」─神経線維肉腫
「痛み」─先天性無痛無汗症,神経性疼痛
「桃(タオ)さんのしあわせ」─病いで倒れた身寄りのない高齢者の看取りの物語
「逢びき」─恋愛遺伝子
「鑑定士と顔のない依頼人」─強迫性障害
「舟を編む」─言葉の獲得と進化
「ツレがうつになりまして.」─うつ病
「アメイジング・スパイダーマン」─STAP細胞
「ゼロ・グラビティ」─廃用症候群
「夢は牛のお医者さん」─狂牛病
「思い出のマーニー」─超常現象
「舞子はレディ」─イップス,ジストニア
「ザ・テノール 真実の物語」─甲状腺がん
父の背中
「セッションズ」─ポリオ
「ベイマックス」─介護ロボット
「アメリカン・スナイパー」─PTSD
「31年目の夫婦げんか」─男と女の違い
「ビリギャル」─天才遺伝子は機能するか?
「アリスのままで」─家族性アルツハイマー病
「博士と彼女のセオリー」─脊髄性筋委縮症
「セッション」─サディスト
「フレンチアルプスで起きたこと」─男の本性
「妻への家路」─解離性健忘
「バケモノの子」─父と子の関係
「少年H」─肥満関連遺伝子
「ホテル・ルワンダ」─人種と遺伝子
「ホテル・ルワンダ」その2─チャールズ・マンブールのこと
「第三の男」─抗生物質の誕生
「オデッセイ」─自律神経失調症
熊本の震災─天災は忘れたころにやってくる
「レヴェナント 蘇えりし者」─利己的な遺伝子
「さざなみ」─一夫一婦制
世界アミロイドーシス学会 in Uppsala─理事長選挙
「裸足の季節」─男尊女卑の社会
「君の名は.」─既視体験(デジャブ)
「ハドソン川の奇跡」─考える力
「ジュラシック・ワールド」─ヒトの学習能力
「愛を乞うひと」─こうのとりのゆりかご
「アポロ13」─当世大学事情
「海よりもまだ深く」─母親と息子の絆
「湯を沸かすほどの熱い愛」─血のつながり
「自転車泥棒」─働き蟻の習性
 あとがき