やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序文
 統計学が学問として成立したのは,19世紀後半から20世紀初頭にかけてです.それから100年以上が経過した今日において,統計学は,科学を記述する言語ともいわれ,その役割はますます大きくなっています.また,昨今は,ビッグデータ時代の到来などといわれるように,さまざまな,そして新しい分析法が,研究者のみならず社会において広く利用されるようになってきています.
 しかし,そうではあっても,データを収集し,分析して,最終的に結果を解釈するのは私たち人間です.どんなに分析技術が高度になったとしても,それを利用する私たちがその手法について正しく理解していなければ,分析結果を有効かつ適切に活用することはできません.誰もが統計分析を利用できる時代になったからこそ,単なる手続きではなく,分析の考え方や論理をしっかりと理解しておくことが必要です.
 本書は,人間科学,とくに,こころに関心がある人のために,統計分析の考え方や,分析結果の解釈の仕方を,具体的な例を示しながら解説した本です.こころに関心があるとは,人のこころや知的能力など,物理的にとらえることのできない構成概念を対象としているということです.構成概念は実在しませんから,それをとらえるためにはそれなりの工夫と配慮が必要です.本書では,通常の統計学や統計分析の書籍では扱われることが少ない構成概念の測定やその分析法について,詳しく解説しています.
 おもな読者対象は,心理学,看護学,保健学,医学,教育学,社会学,福祉学などを学ぶ大学生,大学院生,研究者等になると思いますが,統計分析の基本的な考え方はどの領域にも共通しますので,統計分析を用いる他の多くの分野の皆さんにお読みいただけると思います.
 本書は全22章からなり,その構成は以下のようになっています.
 1〜6章は,統計分析の入門的な内容です.
 1章では,なぜ統計分析を行うのか,人のこころを扱う領域において統計分析をするとはどのような意味があるのかということについて考えます.2章ではデータを収集する方法や倫理的配慮について,3章ではデータの種類や構造について,4章では統計図表を用いたデータの要約について説明します.続く5章では平均値や標準偏差など分布統計量について,6章では共分散と相関係数について説明します.
 7章では,構成概念の測定に関する理論であるテスト理論について解説します.この章が存在することが,本書と通常の統計学や統計分析の書籍との大きな違いの1つです.心理尺度やテスは,体重計などとは異なり,標準規格があってそれに合わせて作られているわけではありません.とらえたいものをきちんととらえられるかどうかは,テストを作っただけでは実はよく分からないのです.構成概念の測定においては,適切な測定をしているといえる証拠固めが必要です.7章では,その具体的方法について説明します.
 8〜10章は,統計的推測の論理について理解するための章です.統計分析はどのような論理に基づいて組み立てられているかを,基本的な例を用いながら説明します.
 8章では,統計的推測の論理を理解するための準備を行います.標準誤差という,統計学上きわめて重要な概念について理解します.統計分析によく用いられる確率分布についても簡潔に説明します.9章では統計的検定の論理について,10章では信頼区間について解説します.また,信頼区間を用いた標本サイズの設計についても説明します.
 11〜16章では,具体的な統計的推測の方法を紹介します.
 11章はt検定,12章は分散分析,13章はノンパラメトリック法,14章は相関係数,15章は分割表,16章は比率を扱います.
 17〜22章で,回帰分析を中心とした多変量データ解析と,構造方程式モデリングについて解説します.
 17章では,多変量データ解析を理解するための準備として,変数ベクトル,偏相関係数,単回帰分析について説明します.18章では重回帰分析について説明します.19〜22章にかけて,構造方程式モデリング(SEM)についてみていきます.SEMは結局どういうことをやっているのか,パス解析,モデルの評価,因子分析,より複雑なモデルなどについて,順を追って説明していきます.
 2005年に筆者は「統計分析のここが知りたい─保健・看護・心理・教育系研究のまとめ方─」(文光堂)を出版し,お陰さまで多くの皆さまにお読みいただいております.本書は,その後,筆者が授業を行ったり,分析の相談にのったりするなかで気づいたことをもとに,あらためて執筆した統計分析の本です.いずれの本を書くにあたっても心がけたことは,統計分析の考え方を理解する,利用度の高い基本的な分析法を扱う,読者に馴染みのある具体例を用いて説明するなどです.本書を読まれるにあたっては,このような志向性があるということを,ご理解いただければと思います.
 本書の分析例は,すべて人工データを用い,Rという統計ソフトを利用して分析しています.Rは世界中で利用されている,統計分析のフリーソフトです.このソフトの使い方についても,機会があればぜひ書いてみたいと思っています.
 本書を書くにあたっては,繰り返し授業に参加してくれた安永和央さん,二村郁美さんから,たくさんの貴重なコメントをいただきました.また,医歯薬出版編集部の方には,本書の完成に至るまで本当にお世話になりました.その他,考えるヒントを与えてくれた学生の皆さんなど,多くの方々に支えられて本書は生まれました.ここに,改めて感謝申し上げます.ありがとうございました.
 2014年8月
 筆者
 序文

第1章 なぜ統計分析は必要か
 1 統計分析が必要な理由
 2 さまざまな統計分析法
  独立変数,従属変数 統計分析法
 3 心理統計
  構成概念 構成概念の測定 心理統計の必要性
  コラム 量的研究法と質的研究法
第2章 データの収集
 1 母集団と標本
 2 標本抽出法
  無作為抽出法 多段抽出法 系統抽出法 層化抽出法
  実際の研究における標本
 3 データ収集法
  実験法 調査法 面接法 観察法
 4 倫理的配慮
 5 データ収集の手続き
  予備調査 本調査 およその標本サイズ
 6 質問紙の作成
  倫理的事項 質問項目の配置 順序効果 複数冊子の利用
  評定段階数 項目の多義性 強調語,曖昧語
  どちらともいえない,わからない 逆転項目 全体確認
  コラム 全数調査は有効か
第3章 データの種類
 1 尺度水準
  名義尺度 順序尺度 間隔尺度 比尺度 尺度水準間の関連
  段階評定項目の扱い
 2 データの構造
  多変量データ 反復測定データ 対応のあるデータ
  対応のないデータ 要因,水準,群
  コラム 尺度得点に使うのは尺度合計点尺度平均点
第4章 統計図表
 1 質的データの集約
  度数分布表 クロス集計表 円グラフ 帯グラフ
  棒グラフ
 2 量的データの集約
  度数分布表 ヒストグラム 箱ひげ図 折れ線グラフ 散布図
  コラム ナイチンゲールと統計学
第5章 量的データの分布の記述
 1 母集団分布とデータ分布
 2 代表値
 3 散布度
  分散 標準偏差 範囲 四分位範囲
 4 分布の歪み,裾の重さ
  歪度 尖度
 5 データの標準化
  構成概念の測定におけるデータの標準化の必要性 標準化
  標準偏差の理解
  コラム 外れ値のチェック
第6章 量的変数間の関連
 1 合成得点と共分散
  合計得点の平均 合計得点の分散 共分散
  差得点の平均,分散
 2 共分散の性質
  共分散と散布図 標準化データの共分散
 3 相関係数
  ピアソンの積率相関係数 得点を合計することの合理性
 4 相関係数に関するいくつかの議論
  外れ値の影響と順位相関係数 見かけの相関と偏相関係数 曲線的な関係
  選抜効果 相関関係と因果関係
  コラム 合計得点に効くのはどの変数
第7章 テスト理論
 1 妥当性
  測定の妥当性 内容的妥当性 基準関連妥当性 構成概念妥当性
  現在における妥当性のとらえ方
 2 信頼性
  測定の信頼性 信頼性と妥当性の関係
 3 信頼性係数
  古典的テスト理論
 4 信頼性係数の推定
  再検査信頼性係数 内的整合性信頼性係数
 5 信頼性係数に関するいくつかの議論
  信頼性係数の経験的な目安 測定の標準誤差 相関の希薄化
  α係数と級内相関係数 α係数と項目数
 6 項目分析
  分布の確認 識別力の確認
  コラム 重要度が異なる下位尺度の扱い
第8章 統計的推測の準備
 1 なぜ統計的推測を行うのか
 2 標準誤差
  統計量 標本分布 標準誤差
 3 確率分布
  確率 t分布,χ2分布,F分布
 4 確率・統計に関するいくつかの議論
  期待値 不偏性 大数の法則 中心極限定理
  コラム いろいろな標準誤差
第9章 統計的検定の論理
 1 統計的検定の前準備
 2 統計的検定
  帰無仮説,対立仮説 両側検定,片側検定 検定統計量,限界値
  棄却域,採択域 有意水準 統計的有意性 有意確率
  検定結果の解釈
 3 統計的検定に関するいくつかの議論
  標本サイズの影響 「有意」の意味 種の誤り 自由度
  コラム 両側検定の後に片側検定は必要か
第10章 統計的推定の論理
 1 点推定
  不偏推定量 一致推定量 そのほかの推定量
 2 区間推定
  信頼区間 信頼区間の構成
 3 信頼区間と統計的検定の関係
  標本サイズの影響 検定結果と信頼区間の位置の関係
  標本サイズは小さいが有意 わずかな差だが有意
 4 信頼区間を用いた標本サイズの設計
  コラム ベイズ統計学
第11章 2群の平均値に関する推測
 1 対応のある2群の平均値の分析
 2 対応のない2群の平均値の分析
 3 平均値の非劣性,同等性
 4 効果量
  平均値差の効果量 効果量と検定統計量の関係 効果量と信頼区間の関係
  メタ分析
  コラム 高いのは共感性攻撃性
第12章 多群の平均値に関する推測
 1 分散分析
  要因計画 平方和の分割 検定統計量 なぜ「分散」分析
  効果量 多重比較
 2 1つの被験者間要因がある場合の分析
 3 1つの被験者内要因がある場合の分析
 4 2つの被験者間要因がある場合の分析
 5 2つの被験者内要因がある場合の分析
 6 1つの被験者間要因と1つの被験者内要因がある場合の分析
 7 データの変換
  コラム 対照群の設定が困難な効果検証研究
第13章 分布の位置に関する推測
 1 対応のある2群の分布の位置の比較
 2 対応のある多群の分布の位置の比較
 3 対応のない2群の分布の位置の比較
 4 対応のない多群の分布の位置の比較
  コラム 「標本サイズが小さいからノンパラ」は適切か
第14章 相関係数に関する推測
 1 1群の相関係数に関する推測
 2 2群の相関係数の差に関する推測
 3 多群の相関係数の差に関する推測
  コラム 量的データの一致度
第15章 分割表に関する統計的推測
 1 変数の独立性
  独立と連関 セル確率,周辺確率 期待度数
 2 連関係数
  クラメルの連関係数 ファイ係数
 3 独立性の検定
  カイ2乗検定 尤度比検定 フィッシャーの直接検定法
 4 残差分析
  ピアソン残差 デビアンス残差
 5 一致係数
 6 分割表の分析におけるいくつかの注意点
  係数だけでなく表もみる 連関は交互作用
  シンプソンのパラドックス
  コラム 対数線形モデル
第16章 比率に関する統計的推測
 1 1群の比率に関する推測
 2 対応のある2群の比率に関する推測
 3 対応のある多群の比率に関する推測
 4 前向き研究,後ろ向き研究,横断研究
  前向き研究 後ろ向き研究 横断研究
 5 リスク差,リスク比,オッズ比
  リスク差 リスク比 オッズ比
 6 対応のない2群の比率に関する推測
 7 比率の非劣性の検証
 8 対応のない多群の比率に関する推測
  コラム ロジスティック回帰分析
第17章 多変量データ解析の準備
 1 データ行列
 2 変数ベクトル
  変数ベクトル 変数ベクトルの長さ 変数ベクトルのなす角
 3 成分の除去
  ベクトルの分解 偏相関係数と変数ベクトル 偏相関係数の解釈
 4 単回帰分析
  単回帰モデル 回帰係数の統計的推測
 5 回帰分析の基本的理解
  回帰直線の性質 回帰係数の解釈 単回帰分析の視覚的理解
  予測分散,残差分散 決定係数,重相関係数 予測の標準誤差
  変数間の相関 残差プロット
  コラム 相関関係に基づく分析法と類似度に基づく分析法
第18章 重回帰分析
 1 重回帰分析
  重回帰モデル 偏回帰係数の統計的推測
 2 予測の精度
  決定係数 自由度調整済み決定係数 変数間の相関
 3 偏回帰係数の理解
  偏回帰係数の視覚的理解 偏回帰係数の解釈
  相関係数と偏回帰係数
 4 説明変数の要件
  多重共線性 変数間の相関関係 変数選択 値変数
  調整変数 交互作用
  コラム 主成分得点を説明変数に用いた重回帰分析
第19章 構造方程式モデリングの基礎
 1 構造方程式モデリングの基本論理
  パス図 構造方程式 共分散構造
  構造方程式モデリングによる分析
  構造方程式モデリングと共分散構造分析
 2 重回帰モデル
  非標準化解,標準化解
 3 パス解析
  パスモデル 直接効果,間接効果 外生変数,内生変数
  分散説明率
第20章 構造方程式モデルの評価
 1 モデルの自由度
 2 識別問題
 3 適合度指標
  GFI AGFI X2統計量 NFI RMSEA AIC
  適合度指標の目安
 4 適合度に関するいくつかの注意点
  適合度と説明力 有意なパス 誤差間相関 同値モデル
 5 不適解
第21章 因子分析
 1 潜在変数の導入
  測定方程式 因子分析モデル
 2 確認的因子分析
 3 探索的因子分析
  探索的因子分析モデル 因子数 推定法 因子の回転
 4 因子分析表
  因子負荷 共通性 寄与 寄与率 因子間相関 因子名
 5 因子分析を尺度作成に適用する際の注意点
  項目の取捨選択 既成の尺度の利用にあたって 因子得点
  コラム 正答誤答データの相関係数
第22章 構造方程式モデルの拡張
 1 下位尺度を構成するモデル
  2次因子分析モデル 階層因子分析モデル
 2 構成概念間の予測関係を記述するモデル
  多重指標モデル より一般的な構成概念間の予測モデル パス図による錯覚
 3 多母集団分析

 付表
 索引