やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

まえがき
 「痛み」は,人間の生体防御反応(症状の出ることで身体の異常を知る)の一つであり,病気の診断や治療の際の重要な指標になります.しかし,「痛み」は,患者本人にとっては最もつらい症状であり,心身に影響を与えるとともにそれを耐えることは通常困難です.古来より,「痛み」に対してはさまざまな概念が考えられ,様々な治療が行われてきました.
 紀元前3世紀に中国で書かれたといわれている黄帝内経(こうていだいけい)にも,すでに「痛み」に対する記載が見られます.その中でも,素問(そもん)挙痛論篇の中には,「痛み」に対する病因,病機,病位,証候,予後などが記載,述べられており,「痛み」の治療に対する古人の考えが垣間見られます.その後,3世紀頃に著されたといわれている傷寒論(しょうかんろん)の中には,記述されている113処方中,35処方が「痛み」に対するものであることから,「痛み」に対する治療法がこの時代でも重要であったことが考えられます.
 現代の西洋医学は,急性の「痛み」があり診断のつく器質的疾患の治療には対処できますが,「痛み」が慢性的に持続したり病因が明らかでない疾患に対してはほとんど対処できないのが現状です.また,鎮痛薬は優れた薬ではありますが,痛みそのものを止める作用はあってもその原因を治療する薬ではありません.漢方治療は,西洋医学の弱点を補う意味でも大変意義のある治療法です.
 漢方治療は,人間のホメオスターシスを改善し,QOLを向上させることで疼痛閾値を上昇させる働きがあると考えられています.ですから,漢方薬には,西洋薬でいういわゆる鎮痛薬と呼ばれる薬はありません.痛みの原因となる身体の中の病態を是正し,結果的に痛みを楽にする作用があるのです.
 この本は,「痛み」に対する漢方治療を専門的に行ってきた先生方に執筆いただき,古来から培われてきた「痛み」に対する漢方治療を,急性痛から慢性痛まで幅広く,そして分かりやすく述べていただきました.
 長い間,どこの医療機関でもその原因がわからず「痛み」で苦しんできた方々に是非読んでいただきたい本です.もちろん,漢方薬とてすべての痛みに対してオールマイティに効果があるわけではありませんが,「痛み」に苦しんでいる方々にこの本が少しでも希望を与えることができれば幸いです.
 世良田和幸
 まえがき
第1部 総論-痛みに漢方を-
 I.ヒトにとって痛みとは
  1.痛みと医療
  2.痛みに対する西洋医学と漢方医学の違い
  3.西洋医学が苦手な痛みもこうして治せる
 II.痛みに対する漢方治療“漢方薬にはいわゆる鎮痛薬はない?”
  1.痛みに対する漢方的分類
   1)外因(環境が原因)による痛み
    (1)風邪による痛み
    (2)寒邪による痛み
    (3)湿邪による痛み
   2)内因(体の内面のストレスなどが原因)による痛み
    (1)七情(気・怒・憂・思・悲・恐・驚;身体的,精神的ストレス)による痛み
    (2)食事の不摂生や慢性疲労による痛み
   3)その他の原因による痛み
    (1)外傷による痛み
   4)痛みの大まかな分類
    (1)虚痛
    (2)実痛
  2.痛みの漢方的診断法
    (1)痛みの部位を確認する
    (2)痛みの誘因を問う
    (3)痛みの病歴を問う
    (4)痛みの特徴を問う
    (5)痛む時間を問う
    (6)痛みの兼証を問う
    (7)痛みを脈から診断する
    (8)痛みを腹証(おなかの症状)から診断する
  3.痛みの漢方治療
    (1)寒冷刺激によって増強する痛みに対して
    (2)痛みのある局所の熱状が強ければ
    (3)血流障害,微小循環障害による痛みに対して
    (4)痛みが体液の分布異常による場合には
    (5)身体のあちこちに移動する痛み,心因性の痛みの場合には
    (6)痛みが慢性で身体が消耗した場合
第2部 一般外来診療における疼痛漢方治療の実際
 1.頭痛
  1)急性頭痛
    症例1 桂枝湯が奏効
    症例2 葛根湯が奏効
  2)慢性頭痛
   ・虚弱な人の頭痛
    症例1 補中益気揚で改善
    症例2 十全大補湯が奏効
   ・重い感じの頭痛
    症例1 五苓散で尿量増加と頭痛軽減
    症例2 半夏白朮天麻湯で完治
  3)立腹したり,ストレスで起こる頭痛
    症例1 柴胡加竜骨牡蛎湯と抑肝散が奏効
  4)偏頭痛
    症例1 呉茱萸湯(エキス剤)で吐き気,偏頭痛が軽減
    症例2 呉茱萸湯で偏頭痛消失
  5)月経と関連する頭痛
    症例1 桂枝茯苓丸で生理時頭痛消失
    症例2 桂枝茯苓丸と五苓散が月経時頭痛に有効
  6)日光にあたると起こる頭痛
    症例1 小柴胡湯合桂枝茯苓丸料で症状軽減
  7)中高年の脳血管障害後遺症による頭痛
    症例1 1年続いた後頭部痛に補陽還五湯が奏効
    症例2 一過性意識消失後の頭痛に補陽還五湯が奏効
 2.舌の痛み
   症例1 大君子湯・八味地黄丸・竜胆瀉肝湯少量併用で相乗効果
   症例2 安中散で温胃して治癒
   症例3 甘麦大棗湯追加で著効
   症例4 義歯挿入後の舌痛に霊芝・梅寄生含有処方が奏効
 3.咽頭の痛み
   症例1 咳を伴う咽頭痛に半夏厚朴湯が奏効
   症例2 読経時の喉の違和感や痛みに麦門冬場が奏効
   症例3 試験勉強で起きた咽頭痛が葛根湯と排膿散及湯で治癒
 4.頸,肩周囲の痛み
   症例1 酷使による肩周辺の凝り痛みに葛根湯が奏効
   症例2 40年続く頸肩部の凝り痛みに葛根湯が有効
 5.上肢の痛み
   症例1 ゴルフ肘
 6.関節の痛み
  1)関節リウマチ
   症例1 疎経活血湯加附子がリウマチ症状を改善
   症例2 10年前からのリウマチ
   症例3 検査値は改善したが症状が改善しない
  2)変形性関節症
   症例1 慢性変形性関節炎
   症例2 転んで膝を打つ
 7.捻挫・打撲・骨折の痛み
   症例1 治打撲一方単独と八味地黄丸併用が比較できた症例
   症例2 交通事故の臀部打撲に治打撲一方と八味地黄丸の併用のみで治癒
   症例3 入浴中の捻挫
   症例4 脊椎圧迫骨折
   症例5 大量服用で速効性
 8.帯状疱疹による痛み
   症例1 急性帯状疱疹(眼帯状疱疹)にWTMCGEPP
   症例2 ヘルペス後神経痛(PHN)にWTMCGEPP
   症例3 ヘルペス関連痛にWTMCGEPP
 9.お腹の痛み
  1)下腹部痛
   症例1 肩凝り・頭痛・便秘・四肢の冷える人の下腹部圧痛
  2)冷えると起きる腹痛
   症例1 真武湯で便秘も改善
   症例2 脾腎の冷えによる腹痛に附子理中湯と八味地黄丸の併用
 10.尿路結石による痛み
   症例1 猪苓湯加四物湯合解急蜀椒湯が奏効
   症例2 繰り返す発作に猪苓場合解急蜀椒湯が奏効
 11.性器ヘルペスによる痛み
   症例1 1年前から陰部痛を繰り返す人にWTMCGEPP
   症例2 再発を繰り返す性器ヘルペスにWTMCGEPP
   症例3 出産後発症する臀部から足にかけての長引く痛み
 12.腰の痛み
   症例1 気候の激変で腰痛を発症
   症例2 繰り返す腰痛が疎経活血湯合当帰四逆加呉茱萸生姜湯で2週間で治癒
   症例3 疎経活血湯合当帰四逆加呉茱萸生姜湯で下半身の牽引痛も同時に治癒
   症例4 うつを伴う6年来の腰痛に疎経活血湯合当帰四逆加呉茱萸生姜湯
 13.下肢の痛み
  ・閉塞性動脈硬化症(arteriosclerotic obliteration:ASO)による痛み
   症例1 多発性脳梗塞を伴うASO
   症例2 胃腸虚弱,冷え性,ストレスの多い人のASO
 14.癌に伴う痛み
   症例1 骨転移を伴う末期乳癌の胸腹部激痛に漢方薬が奏効
 15.現代医学で治療法のない痛み
   症例1 みぞおち背中の2年半続く難治性鈍痛
   症例2 現代医学で難治の右顔面の激痛
   参考図書
第3部 ペインクリニックにおける漢方治療
 1.頭痛
  1)大後頭三叉神経症候群(GOTS)
   症例1 交通事故後の頸椎症によるGOTS
   症例2 首への負担が原因の頭痛,こめかみ,眼の奥の痛み
   症例3 冷えによる頭痛
   症例4 気の異常から起こる頭痛
   症例5 不眠と頭痛に八味地黄丸が奏効
   症例6 眠たい.頭に鍋をかぶったようだ
   症例7 2年間治らない頭痛
   症例8 1年半,悩んでいる頭痛
 2.頸・肩・上肢痛
   症例1 産後のデュケルバン腱鞘炎
   症例2 両側のデュケルバン腱鞘炎
   症例3 10年間の指の痛み
   症例4 手首,手背の痛み
   症例5 外傷後の頸肩腕症候群
   症例6 頸椎症性神経根症
   症例7 腕の付け根から指まで痛い
   症例8 肩が痛い老人
   症例9 頸,肩,肩甲部のにぶい痛み
   症例10 8ヶ月間続く肩の痛み
   症例11 左肩の痛み
 3.帯状疱疹関連痛
   症例1 三叉神経領域の帯状疱疹
   症例2 2ヶ月前の帯状疱疹がまだ痛い
   症例3 帯状疱疹後神経痛
   症例4 ひどいアロディニアを残す後頸部の帯状疱疹後神経痛
   症例5 3ヶ月前の帯状疱疹
   症例6 2年半前の帯状疱疹
 4.月経痛,月経前症候群に伴う痛み
   症例1 お血,肝鬱の月経痛
   症例2 脾虚の立て直しに六君子湯
   症例3 お血,水毒,気逆の月経痛
 5.腰下肢痛
   症例1 急性の腰痛に治打撲一方と芍薬甘草湯
   症例2 気虚,気鬱の見られない快活な人の急性腰痛
   症例3 虚証の人の腰痛に桂枝加朮附湯が奏効
   症例4 落下後の激痛
   症例5 気の異常を伴う下肢痛に対して柴胡加竜骨牡蛎湯合桂枝茯苓丸,治打撲一方
   症例6 腰臀部痛に麻黄附子細辛湯合芍薬甘草場,当帰芍薬散
   症例7 ストレスによる気の異常から起こった腰痛
   症例8 肝気鬱結の人の腰痛と右下肢痛
   症例9 腰椎インプラント後の痛み
 6.膝痛
   症例1 長く整形外科に通ったが治らない膝の痛み
   症例2 強いお血をもつ人の膝痛
   症例3 内視鏡的滑膜切除後の痛み
 7.癌に伴う痛み
   症例1 膀胱癌の再発で陰茎が痛い
 8.難治性の疼痛
  ・CRPSに対する漢方治療
   症例1 長引くふくらはぎの痛み
  ・神経損傷
   症例1 デクロービング損傷後のしびれと痛み
   症例2 腕神経叢引き抜き損傷
   症例3 動脈穿刺後のしびれと痛み
   症例4 帯状疱疹後・手術後の異常感覚

 本書で使用した漢方処方一覧
 索引