やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社


 病理学とは病気の原因,病気の成り立ちを解明する学問である.15〜16世紀のルネッサンス期に本格的に始まった近代医学の歩みのなかで,病気の成り立ちを研究する有力な方法は病にたおれた人たちを解剖することにより体内に生じている病変を確認することであった.イタリアの医師モルガーニ(1682-1771)は,病理解剖を通じて,「病気の座」を追究した(臓器病理学).顕微鏡が開発されると,病気は組織レベルの異常として認識された(組織病理学).19世紀に入り,ウィルヒョウ(1821-1902)は細胞を単位として,疾患を観察することを説いた(細胞病理学).20世紀後半には病気は分子レベルの異常として,把握することが可能となった(分子病理学).このようにして,21世紀の今日では病気の発生要因,病態形成の機序についての理解が飛躍的に高まった.
 病理学は,病気の研究,理解を本務とする医学の中枢を占めるものである.このため,わが国でも多くの病理学の良書が刊行されている.その内容は,病気のアウトラインを比較的,簡便に述べたものと,病気の特徴を網羅的に記述した辞書的なものに大別されるように思われる.一方で最近の医科学の進歩は目覚ましく,疾患の分子レベルでの解明が急速に進んでいる.そこで本書においては,このような最新の知見を取り入れ,病気の肉眼的・組織学的特徴とその病態の成り立ちを分子レベルで説明することを念頭において企画した.多くの簡明なシェーマを用いて病態を平易かつ明解に示すことにより,疾患の病態生理の理解が容易となるように工夫してみた.また主要な疾患を中心に,重要疾患は表にまとめて提示することにより,わかりやすいだけでなく,学習しやすいものとした.本書の構成は総論と各論と特論よりなる.各論の記述は臓器ごとになされており,各章の最初に病態を理解するうえで必要な基本知識を解説した.各疾患については「概念・疫学」によって疾患の特徴と動向を明らかにしたうえで「病理学的特徴」を述べ,その病態形成の仕組みを「病態発生のメカニズム」のなかで多くのシェーマとともに示した.このようにして疾患の全体像の把握に立って,そのメカニズムの理解が可能となるようにした.
 さらに今日の医療においては,病理学を構成する病理診断学の重要性が高まっていることから,社会における病理学の役割についての知識が必要とされる.このため,「特論」として『病理学と法医学』を設けた.そこで述べられている概説は,現在,さまざまに論議されている“医療関連死”について考えるうえで,大いに参考となるものと期待している.
 本書が医学や保健学を学ぶ学生,研修医,医療従事者に大いに利用されることを期待している.
 最後に,本書の企画から執筆まで,全般的に御助言をいただいた医歯薬出版の加藤申命,遠山邦男両氏に心より感謝したい.
 平成21年 立夏
 青笹 克之
 序
 編者・執筆者一覧
総論
第1章 細胞・組織の障害と反応……寺田 信行
 細胞・組織の障害に伴う変化
  変性
  萎縮
  細胞死
 細胞・組織の適応と増殖
  肥大と過形成
  再生(組織の修復)
第2章 炎症……松川 昭博
  炎症とは
  急性炎症
  慢性炎症
  炎症の全身への影響
第3章 循環障害……笹栗 靖之
  循環システム
  血圧調節機構の破綻
  末梢循環障害
  血管壁の傷害
  塞栓症と梗塞
第4章 遺伝性疾患……山本 憲・森井 英一
  遺伝性疾患とはなにか
  分類
  単一遺伝子病
  多因子遺伝病
  ミトコンドリア遺伝病
  染色体異常症
  遺伝子変異に対する生体の防御機構
第5章 免疫……宮澤 正顯
  免疫の定義
  免疫系の基本機能
  免疫系の組織構造
  抗体分子の構造
  IgMと分泌型IgA
  抗体分子のエフェクター機能
  補体
  免疫グロブリン遺伝子と抗体産生細胞クローンの概念
  クラススイッチと親和性成熟
  胸腺とTリンパ球の分化
  胸腺摘出と制御性Tリンパ球
  抗原提示とTリンパ球の活性化
  抗原提示のしくみ
  免疫応答遺伝子現象
  TCRのシグナル伝達とエフェクターT細胞の形成
  リンパ球の体内循環と細胞接着分子
  Fcレセプター
  拒絶反応と移植片対宿主病
  原発性免疫不全症候群
  HIV感染と後天性免疫不全症候群(エイズ)
  アレルギー反応
  自己免疫病
第6章 感染症……森井 英一
  感染症とはなにか
  感染の種類
  感染防御のメカニズム
  感染体の種類
  ウイルス
  ウイルス感染症
  細菌
  細菌感染症
  マイコプラズマ,クラミジア,リケッチア感染症
  真菌感染症
  原虫感染症
  蠕虫感染症
第7章 腫瘍……青笹 克之
  定義
  分類
  癌の生物学
  癌の分子病態
  癌の発生原因
  腫瘍免疫
  疫学
  臨床病態と診断・治療
第8章 代謝異常……西澤 恭子
  代謝とは
  代謝異常の原因
  代謝異常が生体に及ぼす影響
  代謝異常のパターン
  代謝異常
第9章 環境……泉 啓介
  毒性発現機構
  環境汚染
  医原病
  物理的要因
  栄養障害
第10章 小児病理……長嶋 洋治
  先天性奇形
  出生体重と在胎期間の異常
  分娩時損傷
  周産期感染
  新生児呼吸窮迫症候群
  壊死性腸炎
  胚層-上衣下脳室内出血
  胎児水腫
  先天性代謝疾患とその他の疾患
  乳児突然死症候群
  小児の腫瘍および腫瘍類似病変
各論
第1章 循環器……上田 真喜子
 心臓
  心臓の基本構造
  虚血性心疾患
  高血圧性心疾患
  肺性心
  リウマチ性心疾患
  心内膜炎
  心臓弁膜症
  心筋炎
  心筋症
  先天性心疾患
  心膜炎
  心嚢内液体貯留と心タンポナーデ
  心臓腫瘍
 血管
  血管の基本構造
  血管壁細胞と血管傷害に対する反応
  動脈硬化症
  粥状硬化症
  冠動脈インターベンション後の新生内膜増殖
  高血圧性細動脈硬化症
  動脈瘤と大動脈解離
  血管炎
  腫瘍
第2章 呼吸器……横井 豊治
 上気道
  鼻炎・副鼻腔炎
  ウェゲナー肉芽腫症
  鼻腔・副鼻腔の腫瘍
  慢性扁桃炎・アデノイド
  喉頭結節
  喉頭癌
 肺
  肺の発生異常
  無気肺
  肺水腫
  急性呼吸窮迫症候群
  慢性閉塞性肺疾患
  気管支喘息
  気管支拡張症
  びまん性汎細気管支炎
  閉塞性細気管支炎
  塵肺
  間質性肺炎・肺線維症
  肺の感染症
  サルコイドーシス
  過敏性肺臓炎
  肺胞蛋白症
  肺塞栓・肺梗塞
  肺高血圧症
  グッドパスチャー症候群
  ウェゲナー肉芽腫症
  肺の腫瘍
第3章 消化器……横崎 宏
 食道
  解剖・生理
  先天異常
  筋・運動異常症
  循環障害・機械的傷害
  食道炎
  腫瘍
 胃
  解剖・生理
  先天異常
  胃炎
  消化性潰瘍
  腫瘍
 小腸・大腸・虫垂
  解剖・生理
  先天異常
  吸収不良症候群
  腸炎
  循環障害・機械的傷害
  腫瘍
第4章 肝・胆・膵
 肝……森井 英一
  解剖・生理
  肝疾患
  肝に障害をきたす因子
  肝腫瘍
 胆嚢・胆管……中正 恵二
  正常構造
  胆道の発生
  先天異常・形成異常
  胆石症
  炎症性胆道疾患
  腫瘍
 膵
  解剖・生理
  発生
  先天異常・形成不全
  膵炎
  膵石症
  膵嚢胞性疾患
  膵腫瘍
第5章 腎……菅野 祐幸
  解剖・生理
  発生異常
  糸球体疾患
  尿細管・間質病変
  血管疾患
  嚢胞性疾患
  腎腫瘍
第6章 尿路……降幡 睦夫
  解剖・生理
  尿路疾患
  良性腫瘍と腫瘍様病変
  悪性腫瘍
第7章 男性生殖器……小西 登
 前立腺疾患
  解剖・生理
  非腫瘍性疾患
  腫瘍性疾患
 精巣疾患
  解剖・生理
  非腫瘍性疾患
  腫瘍性疾患
 精巣付属器の疾患
  非腫瘍性疾患
  腫瘍性疾患
第8章 女性生殖器……棟方 哲
  発生・解剖
  感染症
  外陰
  腟
  子宮頸部
  子宮体部
  卵管
  卵巣
  胎盤と絨毛性疾患
第9章 造血器……青笹 克之
 骨髄疾患
  正常造血
  貧血
  多血症
  出血性素因
  白血球の異常
  白血球の反応性増殖疾患
  骨髄系細胞の腫瘍性増殖疾患
 リンパ節・脾疾患
  解剖・生理
  リンパ節疾患
  脾臓
第10章 皮膚……伊藤 浩史
  解剖・生理
  感染性皮膚炎
  非感染性皮膚炎(皮膚症)
  色素性皮膚疾患と腫瘍
  非色素性腫瘍・腫瘍性疾患
第11章 神経……伏木 信次
  神経系の特徴
  神経系の発生異常
  循環障害
  感染症
  脱髄疾患
  神経変性疾患
  代謝性疾患
  中毒性神経疾患
  脳腫瘍
第12章 乳腺……冨田 裕彦
  解剖・生理
  乳腺疾患
第13章 内分泌
 甲状腺……寺田 信行
  解剖・発生・生理
  甲状腺疾患
 副甲状腺(上皮小体)
  発生・生理
  副甲状腺疾患
 視床下部・下垂体……西澤 恭子
  発生・生理
  視床下部・下垂体の疾患
 副腎
  発生・生理
  副腎の疾患
第14章 縦隔・胸膜……青笹 克之
  縦隔
  胸腺
  胸膜
第15章 眼……青笹 克之
  眼窩
  眼瞼
  結膜
  角膜
  房室
  ぶどう膜
  網膜・硝子体
  視神経
第16章 骨・軟部組織……冨田 裕彦
 骨
  正常骨組織の機能・解剖・発生
  骨髄炎
  代謝性骨疾患(骨粗鬆症と骨軟化症)
  骨壊死
  変形性骨炎(骨パジェット病)
  反応性骨形成
  ランゲルハンス細胞組織球症
  原発性骨腫瘍および類縁疾患
  転移性骨腫瘍
 関節
  変形性関節症(骨関節炎)
  関節リウマチ
  痛風
  感染性関節炎
  腫瘍・腫瘍様病変
 筋肉
  筋肉組織
  ミオパチー
  重症筋無力症
  イートン・ランバート症候群(筋無力症候群)
  横紋筋融解症
  脱神経性筋萎縮
 軟部組織腫瘍
  脂肪系腫瘍
  線維性/筋線維性腫瘍および腫瘍類縁疾患
  平滑筋系腫瘍
  横紋筋系腫瘍
  末梢神経系腫瘍
  血管,リンパ管系腫瘍
  その他の腫瘍
第17章 口腔……豊澤 悟
 歯・顎骨
  解剖・生理
  歯・顎骨疾患
 口腔粘膜
  解剖・生理
  口腔粘膜疾患
 唾液腺
  解剖・生理
  唾液腺疾患
特論
病理学と法医学……藤田 眞幸
  法医学的な視点
  病理診断と法医学的問題
  病理解剖業務における法医学的問題
  病理学と法医学

 索引
  和文
  欧文