やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 卒後50年になるので,記念に本を出版しようではないかという話になった.2006年春のクラス会でのことである.
 名古屋大学医学部を昭和32年に卒業したクラスで,会の名を王木会という.この名を誰がつけたか,如何なる故事来歴をもつ名なのかを知る会員はいない.しかし,ヘンに教養ありげなところがなく,あっけらかんと周りを睥睨している感じが気に入られたこともあってか,これまで改名動議が出たことはない.
 戦前,戦中,戦後を生き抜いてきた連中で,クラスのほとんどは70歳代の後半.すでに会員の2割が亡くなっている.ここまでは昭和一桁生まれにほぼ共通する事柄で,とりたてて本にするまでもない話だ.
 ところが,名大医学部の前後のクラスに比べて,わがクラスは際立った特徴をもっていた.たしかに勉学に励み,学生中から将来学者になると目されていた者もいるにはいたが,クラス全体としては,一種猥雑なエネルギーに満ちていた.酒,女,マージャンは勿論のこと,競馬,競輪なんでもありのクラスだった.教室の黒板に,「この度興信所を開設しましたのでご利用下さい」と大書した者も出た.有り体に言えば,札付クラスだったのである.
 しかるにこのクラスからは,大学教授だけでも17人輩出し,学外においては大病院の病院長や医師会の幹部,更には特色ある施設や医院を経営して人望を集めている人物が続出した.
 この種のクラスの特長として,まとまりは極めて良い.毎年クラス会を開催しているが,全国に散らばり,病人も少なからず出た昨今でも,生存者の70%近くは集まってくる.他のクラスからは,羨望を通り越して呆れられる始末だ.
 これまで10年毎に,会員相互の近況報告を集めた「ひとこと集」なる小冊子を作ってきた.最初の小冊子を作った時は,原稿を集めるのに5年かかった.皆,忙しかった.この「ひとこと集」の延長上に,50年目だからというので『それぞれの半世紀』という本を出版したのであるが,せっかく医学界,医療界を50年も生き抜いてきたのだから,その視点からもう少し広い読者向けにもと,会員の勝又君の提案で新たに本書を作ることになった.
 一昨年のクラス会(小生は病欠)での最初の提案では,かなり学問的,啓蒙的な本をイメージしたようだが,このクラスの特長を反映するには,そういう固い本よりは,もっとぶっちゃけた過去の回想やら現在の所感を書いた方がいいのではないかとの意見が出たらしく,そのような形をとることとなった.それゆえ形式的にはまとまりに欠け,どこから読んでも読まなくてもよいような本となったが,それだけに,how toものには見られない昭和一桁の雑駁なるエネルギーを感じ取っていただける本になったかと思う.
 執筆にあたっては,くれぐれも論文調や講演調にならないように依頼したが,集まった原稿は,文体も内容も硬軟入り混じっている.このような経緯で集まった原稿であるから,本の形に編集するのはさぞ大変だったことと,医歯薬出版の遠山邦男氏のご苦慮,お骨折りに心より御礼申し上げます.
 2008年7月
 仁木 厚
 はじめに(仁木 厚)
研究と臨床の軌跡
 麻酔ガス“笑気”の話―手術室麻酔ガス汚染対策の話も含めて―(新井豊久)
 明日への架け橋―夢をもってともに生きる―(伊藤哲彦)
 統計学の教師 副業50年(伊藤嘉房)
 アトピー性皮膚炎と私(上田 宏)
 睡眠時無呼吸症候群(岡田 保)
 それぞれの半世紀(屋田為夫)
 わが研究を回顧する(小澤高将)
 70歳からの生涯研修(勝又一夫)
 “痛み”をどうとらえるか?(熊澤孝朗)
 医局の壁を超えて(河野親夫)
 画像診断で迫る病態像―画像診断の過去と現況と将来―(佐久間貞行)
 心臓外科医としての人生(清水 健)
 私の戦後医療略史と内科診療における“主訴”―医療は患者と医療従事者の共同の営み―(竹中正典)
 血管管壁を栄養する栄養血管(vasa vasorum)(仲田幸文)
 寝耳に水のことばかり 私の研究回顧―皮膚循環から選択的脳冷却まで―(永坂鉄夫)
 免疫組織細胞化学の研究・教育の軌跡(永津郁子)
 α,βとの30年―偶然と論争と交友と―(仁木 厚)
 医療の内側(野々垣尚彦)
 医の眼 絵の心―臨床現場からの心象絵画試論―(古瀬和寛)
 ヒトのからだの細胞社会学(星野 洸)
 特発性男子不妊症(三宅弘治)
 労働適応の生理学的研究(山本宗平)
逝った友の足跡
 ・発癌物質と多田夫妻(勝又一夫)
 ・化学発癌物質の代謝―4-ニトロキノリン1-オキシドの活性化酵素の発見(多田万里子)
 ・井澤君の光芒(仁木 厚)
 ・井澤洋平:熱傷患者を治す(青山 久)
 ・老人の楽園を夢みた川村君(仁木 厚)
 ・級友に杉田ありき(仁木 厚)

 あとがきにかえて(星野 洸)
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