やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

第3版はじめに
 本書第3版の発行は初版から数えると13年目となる.初版は漢方の初学者向けに皮膚病の漢方治療に焦点を置いて,簡便な証の取り方と実際の皮膚病に対する著者の治療報告(学会誌等に報告済みのもの)を中心に構成したものであった.第2版では,実際の皮膚病に対する治療についてさらに詳しく追加記述を行ったものを出版した.その結果,初版は判りやすくて良かったのに,第2版は難しくなってしまった,というお声を多々頂戴することとなってしまった.さらに,漢方講演会を行った際に本書の内容と講演内容に開きがありすぎる等の感想も多く寄せて頂いていた.そのあたりも踏まえて,今回の改訂では証の取り方について現実に著者が行っている方法論を中心に詳述することとし,そのため前半部分については,ほぼ全面改訂を行うこととなった.したがって,初版及び第2版と比べると第3版は大きく改訂されており,第2版までに目を通して頂いた方も驚かれるのではないだろうか.しかしながら,初版から追求してきた医療用漢方エキス剤の使用を前提とした漢方治療については第3版も前2版と同じ姿勢である.
 国内で漢方治療といえば大半が医療用漢方エキス剤を用いてのことであり,煎じ薬を使用しているのは僅かに限られた医師においてのみというのが現状であろう.しかしながら,漢方治療について述べられた成書の大半が実は漢方の原典の記述を基にした煎じ薬の使用が前提となった記述が主体である.したがって,医療用漢方エキス剤を使用する場合については,成書の記述をそのまま鵜呑みにしていると実際の臨床応用で袋小路に迷い込む可能性があるのではないだろうか.
 すなわち,医療用漢方エキス剤を使用した治療をするためには,医療用漢方エキス剤の特性に注意しなければならない.しかし,そういう話が聞ける機会はあまりないと思われる.特に,漢方エキス剤の製薬会社サイドからはそういった情報は殆ど伝わってこないと思われる.タブーというわけでもないであろうが,同じ名称の漢方エキス剤であっても,その製薬会社を替えると,構成生薬や効果に違いがあることがあり,処方医として無視できないことなのだが,意外に知られていない.
 このように医療用漢方エキス剤を使用する上で注意しなくてはならないのは,@同一名称の処方であっても製薬会社によって構成生薬に違いがあること(p34,第3章9.漢方エキス剤を構成する生薬の問題点,3)朮について,p169,十味敗毒湯(6)についてを参照),A同一名称の処方であっても製薬会社によって構成生薬の配合比率に違いがあること(第8章2-4 p160)黄連解毒湯(15)参照),B漢方原典で指示された生薬が医療用漢方エキス剤に採用されていないことに由来する問題点(p31〜34,地黄と芍薬)などが挙げられる.
 その結果,漢方エキス剤における駆C血剤の選別に注意しなくてはならないこと,皮膚乾燥・萎縮といった皮膚病の漢方治療で従来は必須の薬とされてきた四物湯の効果に問題ありと考えられること等の問題点が浮かび上がってくるのである.これらは過去の漢方成書で正面から触れられることのなかった事項であり,その部分について第3版では,重点的に改訂が行われているので,特に目を通していただきたいと考えている.
 本書は,皮膚科疾患を対象にして,皮膚科専門医の立場で,医療用漢方エキス剤を用いた漢方治療法について編んだものである.というのも,著者は所謂医療全科を治療対象とした漢方専業の診療を行っていないし,漢方原典に論じてある漢方本来の煎じ薬や,丸薬,散剤を使用する正当な漢方治療を行っていないことによる.あくまで,医療用漢方エキス剤の使用に拘った漢方治療を行うこと,そして皮膚科専門医の立場で,皮膚病を診断して治療を行う中の一部の疾患に漢方治療を行うというスタンスなのだ.その点が本書の最大の特色であり,初めに医療用漢方エキス剤ありき,なのである.
 現在の日本における漢方の普及は医療用漢方エキス剤抜きには語れないであろう.しかしながら,医療用漢方エキス剤についての理解不足が漢方薬への不信感の一端にあるようにも思われる.第3版がその点の修正に少しでも寄与できれば著者望外の幸せと考えている.
 2008年2月
 三田哲郎

第1版はじめに
 慢性の皮膚病は治りにくい,と一般に考えられているが,何故だろうか.皮膚科の西洋医学的教科書には,病理学的,原因論的,あるいは肉眼的な皮疹分類に基づく,極めて沢山の病名が記載されており,おのおのの原因や特徴に関する記述は近年著しく充実している.しかし,治療に関しては画一的で,記載の乏しい場合が少なくない.特に,慢性の皮膚疾患については,十分とは言えない場合が多いように思われる.皮膚科関係の学会でも,治療法についての突っ込んだ発表や討議は,それ以外の発表に比べて少ない傾向にある.
 こういった傾向は,皮膚科疾患に限らず,各科の領域で漢方治療を希望する患者の増加に結び付いているものと思われる.では,患者の希望の高い漢方治療にはどう取り組んだらよいのだろう.
 私事で恐縮だが,筆者の家系は曾祖父の代までは保寿散*なる家伝薬を伝える漢方医家であったことから,皮膚科臨床医となった後,早速漢方エキス剤を皮膚科疾患の治療に活用した.はじめは,病名投与から始めたわかだが,有効か否か判定できる症例の方が少なかったこともあって,その有効性についても半信半疑であった.あるとき,褥瘡の術後に生じた下肢の筋緊張性疼痛に対し,随証投与法により芍薬甘草湯を使用したところ,その劇的な効果に遭遇したことがきっかけとなって,漢方薬の魔力に魅入られた.こういった経験から,漢方治療を行う上で特に大切と思われる2つのポイントを挙げてみたい.
 1. 現実に漢方薬の有効例(特に著効例)を経験する.
 2. 漢方薬処方の方法論を確立しておく.
 我々西洋医学を学んだ医師にとっては,漢方医学に述べられている理論は理解しがたい点も多く,そのため時代錯誤の机上の空論(極論!)にしか思えないのも無理はないと思われる.筆者も思うような効果があげられないとき,ついつい不遜ながら自らの不勉強を棚に上げて漢方医学の理論に疑問をもつこともしばしばであった(現在もその傾向があるが).そういった時に,漢方薬の著効例を経験すると迷いが消えるきっかけとなる.また,漢方薬処方の方法論を確立しておけば,無効例や,増悪例に遭遇したときも,次に処方に迷うことがない.では,漢方薬処方の方法論を確立するにはどうしたらよいか.
 本書は,皮膚科疾患の漢方治療を医療用漢方エキス剤を駆使して行う場合の方法論(エキス漢方による皮膚病治療)を説いたものである.加えて健康保険適用の漢方エキス剤を用いた簡便な随証投与法が身に付くことを最大の目的としている.つまり,病名投与法で思うような効果があがらず,漢方治療に悩んでおられる方にぜひ通読していただきたいと考えている.
 さらに,皮膚疾患の中で西洋医学的治療では難治性とされる慢性皮膚疾患に対して寒熱気血水の理論を元に漢方治療を行うことを目的にしている.なぜなら,急性の皮膚疾患(たとえば“かぶれ”)は漢方薬を使用しなくとも西洋医学的治療で大半のものが十分満足できるからである.さらに,皮膚疾患以外の疾患にも,慢性疾患であれば,本書の内容は十分役に立つはずである.また,慢性皮膚疾患の漢方治療の中でもアトピー性皮膚炎の漢方治療に特に重点を置いている.何故なら,筆者の専門がアトピー性皮膚炎の研究・治療であるということもあるが,なんと言っても皮膚病の漢方治療上,患者サイドからも医師サイドからも最もニーズの高いのがアトピー性皮膚炎でありことを重視したことによる.そこで,本書では近年特に問題となっている難治性顔面皮疹(顔面紅皮症型皮疹)を伴ったアトピー性皮膚炎について詳述を心がけた.
 浅学の身であることも省みず執筆したことには,ご批判もおありだと思われるが,話題提供が本音のところである.末尾まで目を通していただければ著者望外の喜びとしたい.
 1995年3月
 三田哲郎

 *保寿散について:
 筆者の生家に伝わる家伝薬.江戸時代以前は,医師イコール薬師(くすし)でもあったことからわかるように,医薬同業の時代である.したがって,筆者の生家にとっては,医業に加えて,保寿散などの薬剤製造販売も生業の一つであった.なお,保寿散の製造については官許を受けていた.
 本方の効能の主要なものは,「黄胖病」で,これは西洋医学的にはおおむね貧血のことをさすものと考えられる.その他,血の道・低血圧・心臓・ぶつ(血色不良)・疲労・体力減退などが効能とされていた.
第1章 漢方の概念と歴史
 1. 伝統医学:漢方医学とアロマセラピー
 2. わが国で漢方と呼称されるものは何か
 3. 漢方医学の歴史
 4. 医療用漢方エキス剤を用いた漢方治療
第2章 漢方治療の方法論
 随証投与と病名投与
第3章 医療用漢方エキス剤について
 1. 煎じ薬と医療用漢方エキス剤
 2. 医療用漢方エキス剤の製薬メーカーによる違いについて
 3. 漢方方剤を構成する生薬のコンビネーション効果
 4. 漢方方剤の配合法則
 5. 医療用漢方エキス剤の服用時間
 6. 漢方エキス剤を構成する生薬の配合比率
 7. 漢方薬の副作用
 8. 漢方方剤の合方について
 9. 漢方エキス剤を構成する生薬の問題点
第4章 皮膚病漢方診療に必要な証とは
 1. 病と証
 2. 虚証と実証
 3. 気血水,五臓六腑,陰陽・表裏と三陽三陰(六病位),寒熱
第5章 皮膚病漢方診療と寒熱気血水の異常
 1. 漢方エキス剤を用いた皮膚病漢方診療の大原則
 2. 慢性皮膚疾患の弁証論治と方証相対
 3. 寒熱気血水の異常とその治療法
 4. 実証に対するエキス剤の瀉下作用について
第6章 気血水の異常
 1. 気の異常とその改善方剤
  1.気滞(気逆・気鬱)
  2.気虚
 2. 血の異常とその改善
  1.お血
  2.血虚
  3.気血両虚
 3. 水の異常とその改善
  1.水滞
 4. 気血水の徴候一覧
 5. 気血水の異常に随伴する異常一覧
 6. 気血水の改善方剤のまとめ
第7章 陰虚と腎虚
 1. 陰虚(広義)
 2. 腎虚
第8章 寒証と熱証
 1. 寒証
  1.上焦の寒証
  2.中焦の寒証
  3.下焦の寒証
  4.きょ寒剤(寒証の改善方剤)のまとめ
 2. 熱証
第9章 診察方法と治療原則
 1. 四診
 2. 治療原則
第10章 皮膚病の漢方治療
 1. 皮膚病の漢方治療の特徴
 2. 皮膚疾患の漢方治療
  1.酒さ・酒さ様皮膚炎
  2.尋常性座瘡・膿疱性ワ瘡・集簇性ワ瘡
  3.乳児期・幼児期・小児期のアトピー性皮膚炎の漢方治療
  4.顔面紅皮症型皮疹を有する成人型アトピー性皮膚炎の漢方治療
  5.皮膚u痒症(汎発性)
  6.帯状疱疹と帯状疱疹後神経痛
  7.静脈うっ滞性皮膚炎
  8.血栓性静脈炎
  9. 円形脱毛症・尋常性白斑
  10. 乾癬・掌蹠膿疱症
 文献
 索引
 あとがき