やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

●はじめに
 『地域ケアにおける感染対策――在宅ケア・施設ケア統一マニュアル』は,私が予想した以上にケア現場のスタッフのみなさんに利用していただきました.このことは望外の喜びでした.
 もともとこの本は,MRSA保菌者のケアのあり方をめぐって始まったスタッフとの勉強会の成果をまとめた手作りのマニュアルから始まりました.ひょんなことからこれが一冊の本となって世に出ることになったのですが,感染症の専門家でも何でもない私の書いたものがどれだけ受け入れられるのか,当初ははなはだ心細い思いでした.けれどもこのマニュアルには,それまでのマニュアルとは異なるものがあるという自負も私にはありました.
 一つは,このマニュアルはどこまでいっても在宅や施設の高齢者ケアの現場のためのものであるということでした.病院におけるマニュアルは数多く出版されていましたが,在宅・施設ケアのためのマニュアルは当時皆無でした.そのため現場スタッフはしかたなく病院のマニュアルにしたがって病院における感染対策の方法を介護の現場に持ち込んでいました.そうではなく在宅や施設には固有のやり方がある,時・場・状況に応じてそれに合った感染対策のあり方があるという考え方がこのマニュアルの基本です.このことが在宅・施設ケアの現場の皆さんに受け入れられた大きな要因だったと思っています.
 二つめは,これを手にする,おそらく感染症の知識に乏しいであろう現場のスタッフ,あるいは介護を受ける当人やその家族にとって,この本は今までになくわかりやすいだろうということでした.誰がこの本を読むのか,それを常に考えて文章を練りました.「読んでわかりやすかった」「イラストからよく伝わってくる」「介護者にも内容をみせています」といった声は私には本当にうれしいものでした.
 三つめは,ちょっと気どった言い方かもしれませんが,「排除の思想ではなく共生のための実践」を伝えたいというのが基本的コンセプトだったことです.「病気がうつるといけないから徹底的に排除しよう」という論理は一見科学的ですが,これが人間のための科学といえるでしょうか.真に科学的な態度とは「うつるかもしれないが,どうやってうつるのかを知り,どうやればうつらないのかを考えればいっしょに生きていける」というものだと思います.
 しかし,この気負いも底の浅い頭でっかちな思考にすぎないのかもしれないといつしか思うようになりました.実はこの本をきっかけにいろいろな地域からお声をかけていただき,研修会や勉強会の講師として出かけていきました.会場に集まってきた現場の若いスタッフの眼差しは「どうしたらもっとお年寄りに寄り添っていけるのか」「どうやってお年寄りとその家族を地域で支えていけばよいのか」と真剣に道を模索する情熱にあふれていました.理屈抜きで人間を愛することのできる大勢の若者たちのこの眼差しに出会い,私はしばしばその眼差しに圧倒され,私の口先のへ理屈を反省したものでした.と同時にこの国の将来もまんざら捨てたものでもないな,などと大袈裟なことを考えたりもしたのでした.
 さて,在宅ケアや施設ケア向けのマニュアルも今では専門家によるものが何種類も発行されています.MRSA保菌者に対する考え方や対応もかなり改善されてきたと思います.そのため私や私のマニュアルの役割ももう終わりかなと考えたこともあります.が,この間の知見の深まりから見て,本の中の叙述には古いものが目立つようになってきました.このままにしておくのは「まずいかな」というのが正直な気持ちです.また,今かなり改善されてきたと書きましたが,それでもMRSA保菌者を受け入れない事業所や地域がいまだにあることもまた事実です.こうした状況の改善にこの本がまだ少し役立つ余地があるのではないか,そう思いました.さらにまた「分かりやすさ」という点では,まだ私の語り口,そのスタイルもまだまんざら捨てたものでもないな,というちょっとした自負もあります.
 こうしたことから今回本書第2版を出すことにしました.上に述べたいくつかの特徴は今回上梓するこの第2版でも踏襲されています.
 この本を手に取られた方々にとって,今日からのケア実践にこの本が役立つこと,そしてそれを通して,戦争時代を生き抜き,現在私たちが生きているこの日本を支え,つくり上げてこられた多くのお年寄りの生活やいのちが少しでも豊かなものになれば,それは私にとって大変大きな幸福です.
 なお,この本を読んでくださった方々からのご意見やご批判をお待ちしています.
 最後に出版にあたり,辛抱強くお世話くださった医歯薬出版の編集担当の方,第1版よりご指導くださった編集者の方に心よりお礼を申し上げます.
・保健,医療,福祉のすべてのプロフェッショナルに必要な感染対策(鎌田 實)
・はじめに
・第2版における改訂内容
・本書の構成と使い方―お読みになるその前に

I編 基礎知識編 (1)感染予防総論
 I 感染症総論
  ・感染と感染症
  ・病原微生物
  ・常在菌について
  ・感染の成立・感染症の発症
  ・感染症と原因菌
  ・感染経路:ケアの現場スタッフが理解しておきたい基本的なこと
  ・感染予防法総論
  ・治療について
 II 基本的な感染予防法
  ・有効な感染予防法について
  ・スタンダードプリコーション(標準予防策)
  ・手の洗浄=手洗い
  ・手袋
  ・うがい
  ・マスク,エプロン
  ・入浴
  ・隔離
  ・環境整備
  ・洗浄と消毒
 III 内因性感染症とその予防
  ・内因性感染症
  ・健康体の人の内因性感染症の例
  ・要介護高齢者の内因性感染症
  ・要介護高齢者の内因性感染症の予防
I編 基礎知識編 (2)感染症各論
 ・MRSA
 ・かぜ,インフルエンザ
 ・結核
 ・疥癬
 ・肝炎
 ・白癬(いわゆる水虫)
 ・感染性胃腸炎
 ・レジオネラ症
I編 基礎知識編 (3)医療処置の基礎知識―地域ケアのスタッフ・ご本人・ご家族へ
 ・在宅ケア・施設ケアの現場でよく行われる医療処置の基本
 ・病院と在宅・施設での医療処置の違い
 ・在宅ケアにおける医療処置
I編 基礎知識編 (4)感染(針刺し)事故
 ・定義と知識
II編 感染対策実践編 (1)基本的な考えかた
 ・地域ケアにおける感染対策の基本
 ・利用者への対応
 ・感染対策の概要
 ・地域ケアにおいて問題となる病原微生物のポイント
II編 感染対策実践編 (2)日常業務マニュアル・感染対策に必要な物品
 ・手洗い
 ・うがい
 ・手袋,マスク,エプロン
 ・入浴
 ・環境整備
 ・洗浄と消毒
II編 感染対策実践編 (3)在宅ケアマニュアル
 ・訪問開始時
 ・出勤時〜出発
 ・訪問先にて
 ・訪問先より帰ってきたとき
 ・勤務終了時
II編 感染対策実践編 (4)施設ケアマニュアル
 ・施設受け入れ時
 ・出勤時
 ・ケア,処置
 ・ケア,処置終了後
 ・勤務終了時
II編 感染対策実践編 (5)感染症別予防方法と対応
 ・MRSA
 ・冬季,かぜ,インフルエンザ流行期
 ・結核
 ・疥癬
 ・肝炎
 ・白癬(いわゆる水虫)
 ・感染性胃腸炎
 ・レジオネラ症
II編 感染対策実践編 (6)医療処置マニュアル
 ・施設ケア・在宅ケアの現場でよく行われる医療処置の実際
II編 感染対策実践編 (7)感染(針刺し)事故時の対応
 ・事故発生時の初期対応
 ・初期対応に続く対応
 ・HIV抗体陽性の対応
 ・HBs抗原陽性の対応
 ・HCV抗体陽性の対応
II編 感染対策実践編 (8)入退院時の対応
 ・退院時の対応
 ・入院時の対応
さくいん