やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

管理栄養士養成課程におけるモデルコアカリキュラム準拠教科書シリーズの刊行に際して
 第二次世界大戦後の困窮期から復興期にかけて,わが国における食の課題は食料不足をどのようにして補うかであった.高度経済成長期を迎えて食物や栄養素の不足から解放されると,社会経済状態の変化に伴って日本人の食をめぐる課題は複雑化,多様化してきた.このような社会情勢のなか,栄養と食の専門職である管理栄養士に期待される役割も高度化,複雑化,多様化している.
 これらを背景として,特定非営利活動法人 日本栄養改善学会では「管理栄養士とは,人間の健康の維持・増進および生活の質の向上をめざして,望ましい栄養状態・食生活の実現に向けての支援と活動を,栄養学および関連する諸科学を踏まえて実践できる専門職である」と考えた.そして,現在および今後想定される社会的要請や管理栄養士が果たすべき役割をもとに,管理栄養士が活躍するさまざまな場において必要とされる教育内容を「モデルコアカリキュラム」として提示する作業を,2003 年8 月に開始した.作成された試案に対してはパブリックコメントを募集し,寄せられたコメントを検討してブラッシュアップするという作業を繰り返し,2009 年5 月に本学会理事会において最終案を「管理栄養士養成課程におけるモデルコアカリキュラム」として採択した.
 本学会は,このモデルコアカリキュラムができるだけ多くの管理栄養士をめざす学生および管理栄養士教育に携わる教職員に積極的に活用されることと,管理栄養士養成課程における教育の質が向上することを期待し,普及活動を行ってきた.そこで,普及活動の延長として,本学会の監修・編集によるモデルコアカリキュラムに準拠した教科書シリーズが医歯薬出版株式会社から発行されることとなった.
 このモデルコアカリキュラムは,管理栄養士が活躍するいずれの職場においても必要とされる共通の教育内容(コア)について,養成施設における総必修教育時間の約70%を占めるように整理されている.残りの約30%の時間は各養成施設の教育理念に基づく,独自の特色ある教育内容を設定する枠と考えられている.項目立てや記載された内容は,養成施設における授業科目を意味するものではない.具体的な授業科目などの設定や履修順序は各養成施設が独自に決定すべきものである.
 医師,歯科医師,薬剤師の教育では,コアカリキュラムは以前から導入され,なじみのあるものになっている.しかし,管理栄養士の教育においては今回が初めてであり,このモデルコアカリキュラムが教育内容ガイドラインとしてすぐに多くの養成施設で利用されるかどうかは不確実である.そこで,本学会が育てたいと考えている管理栄養士像を念頭において,現在の授業科目名にほぼ見合った内容にコアカリキュラムを再編成し,管理栄養士国家試験出題基準(ガイドライン)も視野に入れつつ新しい教科書シリーズの編集に着手した.
 科学の進歩や社会の変化とともに,専門職としての管理栄養士の役割も変わっていくため,今回のモデルコアカリキュラムも将来改定され,改善・充実が図られる必要がある.現時点ではモデルコアカリキュラム初心者である養成施設の教員ならびに学生も,よりよい管理栄養士教育をめざせるよう期待したい.
 医歯薬出版株式会社編集部各位には多大なる熱意をもって本シリーズの刊行に取り組んでいただき,心から御礼申し上げる次第である.
 2013 年3 月
 管理栄養士養成課程におけるモデルコアカリキュラム準拠教科書シリーズ 全体編集委員会
 木戸 康博
 岡 純
 酒井 徹
 鈴木 公
 伊達 ちぐさ
 徳留 裕子
 山田 和彦


 「人間の健康の維持・増進,および生活の質の向上をめざして,望ましい栄養状態・食生活の実現に向けての支援と活動を,栄養学および関連する諸科学を踏まえて実践できる専門職」.これは,日本栄養改善学会が管理栄養士養成課程におけるコアカリキュラム作成の際に示した管理栄養士像である.この「支援」の姿勢や方法論の基本を学ぶのが,栄養教育論である.
 人は生きるために食べる.が,生きるためだけに食べるのではない.人は適切に食べることによって健康を維持・増進できる.しかし,健康のためだけに食べるのではない.なぜなら,健康は確かに大事なものだが,生きる目的ではないからである.人は,人生のなかで幸せや喜びを得て,仕事や社会活動で自己実現するために,健康でありたいと願い,健康を守りたいと考える.そのために,適切に食べて健康を維持・増進する必要がある.一方で,食や食べることは,楽しみや喜びであり,コミュニケーション手段であり,そして時には自己実現そのものでもある.このように,食や食べることの意味は個々人によって異なる.
 そうした多様な意味合いや価値を有する「食べること(食行動)」を,望ましい方向に,主体的に変容してもらうよう支援するには,相手(学習者)をWまるごとWとらえ,相手の気持ちに寄り添う必要がある.人には生まれてからの生い立ちがあり,家族や友人がいて,学業や仕事や子育てをしながら,社会で生きている.これらを含め,WまるごとW相手をとらえ,真摯に向き合うことなしに,よい支援はできない.
 栄養教育論では,目の前の人をWまるごとWとらえ,その人のQOLの向上と健康状態の改善のために,行動変容を促すための基礎理論と進め方を学ぶ.本書の構成は以下のとおりである.
 Chapter1で,栄養教育の目的と関連する諸概念との関係を学習したうえで,Chapter2およびChapter3で,人にいかに向き合うか,人間の行動はどのような要因によって決定され変わるかを知るため,行動科学理論およびカウンセリングの基本と応用を学習する.次に,Chapter4で,栄養教育のマネジメントサイクルの基本を学び,Chapter5の個人を対象とした展開,Chapter6の集団を対象とした展開へと学習を進める.さらにライフステージ別,学習者の特性別の具体的な展開や支援のポイントをChapter7で学習する.最後に,Chapter8で食行動と食環境との関わりを学び,人の行動は本人の意思だけでは変えられず,環境の影響が大きいことを理解する.
 栄養教育の場は,臨床栄養,公衆栄養,給食経営管理,スポーツ栄養などと多様である.また,学習者の健康状態に応じて,一次予防,二次予防,三次予防と目的も異なる.学習者も,個人から小集団,大集団とさまざまである.
 本書の内容を順序立てて学ぶことで,それらのどの状況にも対応できるような栄養教育の基本とスキルを習得した管理栄養士が,一人でも多く育つことを願っている.
 2013 年3 月
 編者一同
Chapter1 栄養教育の意義と特性
 (武見ゆかり)
 1.栄養教育とは
 2.栄養教育と健康教育・ヘルスプロモーション
 3.栄養教育と食育
 4.栄養教育とほかの生活習慣
 5.健康状態からみた対象と機会
Chapter2 栄養教育に関わる理論・モデルとその活用
 1.行動科学と栄養教育(鈴木朋子)
  1)行動科学とは
  2)行動科学と栄養教育への活用の意義
 2.オペラント学習理論,S-R理論(Stimulus Response(S-R)Theory)
  1)オペラント学習理論,S-R(刺激-反応)理論の概要
  2)オペラント学習理論と行動変容技法
   (1) 刺激統制 (2) 反応妨害・拮抗 (3) 行動置換 (4) オペラント強化
 3.ヘルスビリーフモデル(健康信念モデル)
  1)ヘルスビリーフモデル(健康信念モデル)の概要
 4.合理的行動理論/計画的行動理論
  1)合理的行動理論/計画的行動理論の概要
 5.トランスセオレティカルモデル(行動変容ステージモデル)
  1)トランスセオレティカルモデル(行動変容ステージモデル)の概要
  2)トランスセオレティカルモデルと行動変容技法・概念
   (1) 意思決定バランス (2) 目標宣言,行動契約
 6.社会的認知理論/社会的学習理論(林 芙美)
  1)社会的認知理論(social cognitive theory:SCT)の概要
  2)自己効力感(セルフ・エフィカシー)
  3)ロールプレイング
  4)相互決定主義
  5)モデリング
  6)セルフモニタリング
 7.ソーシャルネットワークとソーシャルサポート
  1)ソーシャルネットワークの概要
  2)ソーシャルサポートの概要
 8.ストレスとコーピング
  1)ストレスとコーピングの概要
 9.コミュニティ・オーガニゼーションおよび関連する理論や概念(武見ゆかり)
  1)コミュニティ・オーガニゼーション
  2)エンパワメント
  3)グループダイナミクス
  4)ソーシャルキャピタル
 10.プリシード・プロシードモデル
 11.生態学的モデル
 12.ソーシャルマーケティングと
  イノベーション普及理論
  1)ソーシャルマーケティング
  2)イノベーション普及理論
Chapter3 カウンセリングの基本と栄養教育への応用
 (赤松利恵)
 1.栄養カウンセリングとは
  1)栄養カウンセリングの意義と特性
  2)栄養カウンセリングと心理カウンセリング
  3)栄養カウンセリングと行動カウンセリング
  4)栄養カウンセリングを行ううえでの態度と倫理
 2.カウンセリングの基本
  1)クライアント中心の考え方
  2)ラポールの形成
  3)課題の明確化と目標の共有
 3.カウンセリングの技法
  1)傾聴
  2)受容
  3)要約
  4)開かれた質問,閉ざされた質問
  5)沈黙への対応
 4.行動変容を目的としたカウンセリングの応用
  1)認知行動療法
  2)動機づけ面接法
   (1) 3 つの精神 (2) 4 つの原則 (3) 5 つの技法
  3)栄養カウンセリングへの応用
   (1) 初回カウンセリング (2) 2 回目以降のカウンセリング
 5.グループカウンセリング
  1)グループカウンセリングとは
  2)グループカウンセリングの栄養教育への応用
   (1) 計画 (2) 実施 (3) 評価
Chapter4 栄養教育のマネジメントサイクル
 (石川みどり)
 1.栄養教育マネジメントサイクルの概要
 2.栄養教育のためのアセスメント(Plan)
  1)アセスメント項目
  2)優先課題の特定
 3.栄養教育の目標設定(Plan)
  1)目標設定の意義と方法
 4.栄養教育計画の作成(Plan)
  1)学習者の決定
  2)栄養教育計画書(全体計画・プログラム・学習指導案)の作成
  3)期間・時期・頻度・時間の設定
  4)学習の場の選択と設定
  5)予算の確保
  6)教材の選択と作成
  7)学習形態の選択
 5.栄養教育の実施(Do)
  1)経過評価と学習プログラムの見直し
  2)コミュニケーション技術
  3)プレゼンテーション技術
 6.栄養教育の評価(Check)
  1)評価の目的
  2)企画評価
  3)経過評価
  4)影響評価
  5)結果(アウトカム)評価
  6)総合的評価
  7)経済評価
 7.栄養教育の見直し・改善(Act)
Chapter5 個人を対象とした栄養教育
 (丸山千寿子)
 1.個人を対象とした栄養教育とは
 2.個人を対象とした栄養教育におけるアセスメント(方法)
  1)生活習慣
  2)食事および栄養素等摂取状況
  3)行動変容の準備性
 3.個人を対象とした優先課題の特定・目標設定
  1)目標設定の方法
  2)結果(アウトカム)目標
  3)学習目標
  4)行動目標
  5)目標を表現する際の注意点
 4.個人を対象とした栄養教育の計画
  1)学習者の決定
  2)計画
  3)期間・時期・頻度・時間の設定
  4)場所の選択と設定
  5)担当者の決定とトレーニング
  6)教材の選択と作成
  7)学習形態の選択
 5.個人を対象とした栄養教育の実施
  1)コミュニケーション技術
  2)実施上の留意点
  3)実施記録
 6.個人を対象とした栄養教育の評価・フィードバック
  1)経過評価,形成的評価
  2)影響・結果評価
  3)評価のフィードバック
  4)経済評価
  5)総合的評価
 7.個人を対象とした栄養教育の展開例
Chapter6 集団を対象とした栄養教育
 (永井成美)
 1.集団を対象とした栄養教育におけるアセスメント
  1)集団を対象として定期的に行われる栄養教育の例とアセスメント方法
  2)集団を対象として新規に行われる栄養教育の例とアセスメント方法
 2.集団を対象とした優先課題の特定・目標設定
 3.集団を対象とした栄養教育の計画
  1)栄養教育計画書作成
   (1) 教室のテーマ (2) 学習者および募集方法
   (3) 予算,スタッフ,会場・設備 (4) 期間・頻度,実施場所
   (5) コンセンサスを得る方法 (6) 目標設定と評価方法
  2)教室プログラム作成
 4.集団を対象とした栄養教育の実施
  1)教室形成
   (1) どのレベルの学習者の理解度に合わせるかを決める
   (2) 教えたいポイントをしぼりこむ (3) プログラムに沿った流れで行う
   (4) 学習の場から家庭につなげる
  2)組織単位
  3)イベント
 5.集団を対象とした栄養教育の評価・フィードバック
  1)栄養教育プログラムの実施記録作成と経過評価
  2)実施後の評価
  3)評価をどのように活かすか
   (1) 見直し・改善(act) (2) フィードバック (3) 発表(学会など)
Chapter7 発達段階と場に応じた栄養教育
 1.妊婦・授乳婦を対象とする栄養教育(林 芙美)
  1)妊娠期・授乳期のライフスタイルの特徴
   (1) 妊婦・授乳婦を取り巻く食環境 (2) 経済的な暮らし向きと食行動
   (3) 飲酒・喫煙 (4) 女性の就業と子育て支援
  2)妊娠期・授乳期の母親の食生活の特徴
   (1) 食生活への関心の高まり
   (2) 妊娠期・授乳期における欠食,無理な食事制限
  3)妊娠期・授乳期を対象とした栄養教育のポイント
   (1) 行動変容技法を用いた効果的な栄養教育
   (2) 授乳期における栄養教育のポイント
 2.幼児期の栄養教育(桑野稔子)
  1)幼児期のライフスタイルと食生活の特徴
   (1) 幼児期とは (2) 興味関心の拡大 (3) 嗜好の形成
   (4) 摂食行動の変化 (5) 幼稚園・保育所での食
  2)幼児期を対象とした栄養教育のポイント
   (1) 保育の場における栄養教育(食育) (2) 子ども向け教材の特徴
   (3) 偏食 (4) 食物アレルギー (5) 生活リズムや食事のリズムの形成
   (6) バランスのとれた食事と共食 (7) 保護者の食に関する知識や技術の不足
 3.学童期の栄養教育
  1)学童期のライフスタイルと食生活の特徴
   (1) 学童期における発育と発達
   (2) 学童期における生活習慣・食生活における問題点
  2)学童期を対象とした栄養教育のポイント
   (1) 学校における食育の推進 (2) 各教科等における食に関する指導
   (3) 学校給食を「生きた教材」として活用した食に関する指導
   (4) 発達段階に応じた学習 (5) Child to Childプログラム
   (6) 学校,家庭,地域が連携した食育の推進
 4.思春期・青年期の栄養教育(西尾素子)
  1)思春期・青年期のライフスタイルと食生活の特徴
   (1) 思春期・青年期とは (2) 思春期・青年期の特徴
   (3) 思春期・青年期における健康・生活習慣における問題点
   (4) 思春期・青年期の食生活の特徴
  2)思春期・青年期の健康・栄養教育のポイント
   (1) 育てたい“食べる力” (2) ピアエデュケーション(Peer education)
   (3) 学校における教育的アプローチと環境的アプローチ (4) メディアの活用
   (5) スポーツ活動との関わり
 5.成人期の栄養教育(今村佳代子)
  1)成人期のライフスタイルと食生活の特徴
   (1) 20〜30 歳代 (2) 40 歳代以降 (3) 食生活の特徴
  2)成人期を対象とした健康・栄養教育のポイント
   (1) メタボリックシンドロームの予防 (2) ワーク・ライフ・バランスと栄養教育
   (3) 勤務形態と栄養教育 (4) 更年期と栄養教育
 6.高齢期の栄養教育(成田美紀)
  1)高齢期のライフスタイルと食生活の特徴
   (1) 加齢に伴う心身の特徴
   (2) 社会的側面(家族や社会との関わり)からみた特徴
  2)健康・栄養教育のポイント
   (1) 支援方法 (2) 内容と課題
 7.アスリートを対象とした栄養教育(稲山貴代)
  1)アスリートのライフスタイルと食生活の特徴
   (1) 身体活動レベル (2) 期分け (3) スポーツコミュニティとの関わり
  2)健康・栄養教育のポイント
   (1) スポーツクラブ,スポーツ指導者との連携 (2) 教育者や教育の場の設定
   (3) トレーニング日誌の活用 (4) アスリートとしてめざす姿との整合性
 8.障がい者を対象とした栄養教育
  1)障がい者のライフスタイルと食生活の特徴
   (1) 障害による食生活の特性 (2) 障がい者の自立と支援
   (3) 医療,福祉,介護,教育との関わり
  2)健康・栄養教育のポイント
   (1) 医療,福祉,介護,教育の専門家との連携 (2) 学習者と教育者
   (3) 特性に応じた教育教材や教育の場の設定 (4) 特性に応じた支援内容と課題
   (5) 障がい児への栄養教育
Chapter8 食環境づくりと栄養教育
 (村山伸子)
 1.食環境の概念
 2.食物へのアクセスと栄養教育
  1)概念
  2)現状と課題
  3)対策
 3.情報へのアクセスと栄養教育
  1)概念
  2)現状と課題
  3)対策
 4.食環境に関わる組織・集団への栄養教育
  1)概念
  2)現状と課題
  3)対策
 5.食環境整備に関連した法律,制度,施策と栄養教育

 参考文献
 索引