やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

まえがき

 これからの管理栄養士は,日本の病院(病棟,外来),施設,在宅業務におけるチーム医療のなかで,栄養管理ケアマネジメント(nutritional care and management)がグローバルスタンダードレベルで実施されるよう,リーダーとして努力することが必要である.そのためには,食品衛生管理の知識とスキルも十分に会得し,加えて病棟・外来,在宅における栄養評価とそれに基づく栄養療法,モニター,再評価,ならびにその統括管理をチーム医療の一員として行うことにより,プロの臨床栄養士としての地位が確立されなければならない.このことにより臨床栄養管理は一人ひとりの患者さんのQOLの改善に貢献することは間違いない.現在,日本の臨床栄養分野に求められることは,個々別の適切な栄養スクリーンとアセスメント,栄養ケアを実施し,とくに少子超高齢社会における老人の低栄養状態,PEM(protein energy malnutrition)に適切な栄養管理を通して医療費増大に歯止めをかける必要がある.
 したがって,急性期,亜急性期,慢性(長)期ケア医療機関における栄養管理体制の早急なシステム化が求められ,現在の日本の医療機関における栄養管理体制はまだまだ十分ではないが,患者さん自身の健康,寿命とQOLの向上・維持をできるだけ促し,多領域のエキスパートとともに臨床ケアに参加する,すなわち包括的チーム医療の一員として毎日のケアに寄与することが大切である.
 これからの臨床栄養管理体制は,病院管理システムと連携させ,医療の質と経済効果の実施とそのアウトカム分析によるEBMに基づく栄養管理を通して迅速な改革が求められ,従来の縦割り組織を廃した水平型チーム医療のなかでこそ実現するものである.すなわちわれわれの臨床栄養管理というものは,一人ひとりの患者さんのために最も質の高いケアを提供するために,各分野のスペシャリストがお互いの力を集結して医療にあたる包括的チーム医療の一環としての業務であり,また疾患,症状別のクリニカルパスに基づく診療計画の一部であり,クリニカルパスを適用できない多くの疾患群に対してもこの包括的チーム医療によって,より合理的に,より全人的に質の高い患者ケアの提供ができたらすばらしいことである.したがって,われわれの栄養管理サービスもそうした役割に叶うよう,EBM,すなわち,科学的理論と最新のエビデンスに基づき,入念な栄養評価,それに基づく栄養療法の実施,そのアウトカムの分析など,一連の栄養管理をもとに患者さんに最適な栄養サポートを提供することを目指すものである.
 さて,この新しい栄養管理マネジメントマニュアルは,一人ひとりのプロフェッショナルとしての臨床管理栄養士が病棟もしくは外来に進出し,直接専門分野の栄養管理に包括的チーム医療の一員として携わるためのガイドラインである.すべての臨床栄養管理士はこのマニュアルに記載された多くの基本的な栄養アセスメント,すなわち身体計測,性格的検査,臨床審査,食事摂取調査,環境要因ならびに心理状態を含めての総合的アセスメントを熟知しておく必要がある.それに基づいて一人ひとりの患者さんに最も適切な質の高い栄養ケアプランを立て,栄養療法を実施し,その間,定期的にモニタリングをしつつ,定期的に総括をして必要な栄養ケアプランの変換,強化など,とくに時一刻一刻と変わる一人ひとりの患者さんの栄養状態を把握しつつ栄養ケアプランを臨機応変に立て,目的とするゴールを達成するよう,プロとしての能力を発揮しなければならない.
 このマニュアルは今後定期的に,より質の高いグローバルスタンダードレベルに向けて改訂していく予定である.さらに総合的栄養管理の根本的な骨組みと考え,これに肉をつけ血を通わせるのは,このマニュアルを使用する臨床管理栄養士諸君である.マニュアルは,金谷栄養科長をはじめとするスタッフの日夜努力を惜しまない真摯な姿勢の現れでもある.このマニュアルが次の臨床栄養学の新時代を作る画期的役割を担うことを心から祈っている.
 2003年12月10日
 川西秀徳(副院長・栄養担当専門医)


出版によせて

 すべてに「時」がある.いま,栄養士に望まれている緊急課題はクリニカルサービスへの行動開始であり,そのときである.それは歴史的必然でもある.本書はそれを実現すべき実践の書でありマニュアルである.
 1989年,聖隷三方原病院栄養科では,ホテルなどで行われていた真空調理法を,わが国で初めて病院給食に採用した.そして,一人ひとりの患者に対応した前日オーダーによるアラカルトメニューが実現し,かけがえのない患者の「生命と尊厳」を希求するシステムの構築となった.そのことは,「聖隷三方原病院栄養科の大いなる挑戦・病院食事革命」(1998年出版)に著した.これを第一次革命とするならば,いままさに第二次革命が始動したといえる.
 2002年2月,三方原の地に川西秀徳先生が赴任され,ベッドサイドにおける包括的栄養管理サービスマネジメントへの挑戦が始まった.川西先生は米国で27年間の長期にわたり臨床と研究の最前線で活躍,1995年帰国された.米国での経験を根とし,三方原を接ぎ木し,異なる栄養の領域を融合させ,新たなる花を咲かすべき情熱はこれまでのパラダイムをはるかに超えるものであった.従来,実践してきたことに加え,川西先生の指導のもと,1年間という短期間に,見て聴いて体験したことを「Seirei Nutritional Care and Management Manual」としてその実践をまとめたものが本書である
 臨床栄養士の目標は,患者を良好な栄養状態に保ち,治療効果をあげ,一日も早く回復していただくことにある.その「質を保障」するためには,判断すべき基準,そして手順,さらにモニタリングが必要条件となる.それらの条件を満たすために,具体的にだれでもが実践できるようにしたのが本書である.したがって,ベッドサイドで行う実践マニュアルそのものである.
 だれでもが栄養士になろうと夢を抱き,決意したとき,もし,このような本に出会っていたならば,栄養士はもっともっと社会的貢献ができ,社会的地位も向上するであろうと思う.いつでも「遅い」ということはない.気がついたときに,勇気をもって始めればよいではないか.人が生き生きと働くとき「権限委譲と自己実現」が重要な因子となる.本書は挑戦する者に対し必ずや,栄養士としての質を向上させ,豊かなものとし,自己実現への道を拓くことになろう.
 1995年,敬愛する佐藤節子先生(RD米国登録栄養士)をお招きし臨床栄養セミナーを当地で開催した.未来を指し示した内容は「臨床栄養サービスの基礎と実践」(佐藤節子著,1997)となっている.本書とあわせてお読みいただきたい.
 私達の目指してきたことは「歴史参加」である.ホスピスをはじめ多くの患者さんたちは自らの身体をとおし,私達栄養士に多くのことを教えてくれた.その一つひとつを無駄にしまいと胸に抱き,走り続けてきた.そして,私達は育てられた.
 この書が多くの栄養士,看護師,医師達の実践の道標となり,勇気を与え,多くの患者さん達を助けられることを心から願う.
 金谷 節子


包括的チーム医療のなかでの栄養管理サービス

 包括的チーム医療は,患者の安全確保(医療事故防止),患者サービスと医療の質の確保,看護の適切な提供,病棟・外来・在宅ケア運営管理の合理化,医療経済性などを可能にする.とくに医療の質の確保においては患者のエビデンスに根ざした診療経験に対し,各プロ部門がどのようにかかわっていくかという視点をもとに,包括的チーム医療を実施していくことが大切である.医療現場での医師,ナース,管理栄養士,薬剤師,理学療法士,検査技師,その他患者ケアに関わるすべての医療スタッフが十分に水平的に意志伝達,コミュニケーションができるような連携が,今後の診療管理体系の中枢になるべき重要なシステムと考える.
 現在,日本における臨床栄養分野で欧米のグローバルスタンダードと比較して欠如しているのは,患者個々に対する適切な栄養スクリーニングとアセスメントに裏付けられた栄養ケアの実施である.とくに少子超高齢社会を迎えようとしているなかで,高齢者の低栄養状態,PEM(protein energy malnutrition)に適切な栄養管理を行い,医療の質の向上と医療費削減へ寄与することが求められている.したがって,急性期,亜急性期,慢性期ケア医療機関において高い医療の質をもつ栄養管理体制の迅速なシステム化が求められるが,現在の日本の医療機関における栄養管理体制はまだまだ十分とはいえない.
 さて,これからの管理栄養士は病院(病棟ならびに外来),施設,在宅業務における包括的チーム医療のなかで,栄養管理がグローバルスタンダードレベルで実施されるようリーダーとしての役割をはたさねばならない.臨床栄養士は食品衛生管理の知識とスキルをもったうえで,病棟,外来,在宅における栄養評価とそれに基づく栄養療法,すなわち栄養治療計画を立て,実施し,モニターし,再評価をしていく.チーム医療の一員として,臨床栄養分野でのプロフェッショナルな栄養管理の統括者として地位を確立する必要がある.このような仕組みのなかで遂行された臨床栄養管理は,一人ひとりの患者の全人的視野からのQOLの改善に貢献することになる.
 それには栄養管理の専門的な知識,技術をもつスペシャリストの育成がまず必要である.養成された臨床栄養士は,他のスペシャリスト集団とともに質の高いチームアプローチを遂行することにより,チームメンバーがもっている個々の患者の情報を共有することができる.
 したがって上記の臨床栄養管理体制は病院管理システムと連携させ,医療の質と経済的効果の実施とそのアウトカム分析によるEBMに基づく栄養管理を基本とする.このことは従来の縦割り組織を廃した水平型チーム医療のなかでこそ実現できるものである.実践的栄養管理のエビデンスをチーム医療のなかの栄養管理に導入することは,逆に各専門職の根底にあるスキルや知識を広め,高める効果も期待され,職種間の連帯感も生まれる.このことは,栄養管理を包括的チーム医療のなかの一つとして行うというコンセプトの理解にもつながる.
 一人ひとりの患者にもっとも質の高いケアを提供するには各分野のスペシャリストがお互いの力を結集して医療にあたる包括的チーム医療であるが,また疾患,症状別のクリニカルパスに基づく診療計画を実行する際にクリニカルパスが適応できない多くの疾患群に対しても,ケースマネジャーがリーダーシップをとり包括的チーム医療を推進することにより,より全人的に,質の高い患者ケアの提供が可能となる.したがって病院・施設・在宅栄養アセスメントと栄養療法は,全人的チーム医療ケア(Interdisciplinary Medical Care)の一部と考える.
 筆者は病棟・外来・在宅患者ケアにおいて,とくに入院患者の病棟管理サービス工程における包括的チーム医療をモデルに,入院から退院までの一連の流れのなかで各病棟に,患者中心の包括的治療プランと入院時退院計画ならびに毎日の治療計画実施とそのフォローアップ業務に責任をもつ病棟ケースマネジャーという職務の初期導入を試みた.これは,とくにクリニカルパスにのらないような複雑な疾患群患者,また長期入院の可能性のある疾患群患者などのケアに際して,必要時におのおのの専門分野(臨床栄養士を含めて)のエキスパートがケースマネジャーにより招集され,ミニカンファレンスをもちつつ個別の患者ケアにもっとも効率的な治療を行い,在院日数を短縮し,しかも医療の質の向上と臨床教育の場の提供につながるように設計されたシステムである.
 この包括的チーム医療ケアのなかの一つの分野としての栄養管理(栄養評価,栄養計画とその栄養療法)を行うことが可能であり,なんら単独にNSTを組織化しなくても,病院医療(病棟,外来を含めて)全体(Total Hospital Manage-ment),在宅医療全体としての視野からのケアを日常業務に取り入れることが大切である.
 川西秀徳
SEIREI 栄養ケア・マネジメントマニュアル もくじ

包括的チーム医療のなかでの栄養管理サービス

I 栄養マネジメントの流れ
 栄養マネジメント
 栄養アセスメントにかかわる諸因子
 栄養管理の実践
  スクリーニング(nutritional screening)
  栄養アセスメントのすすめ方(nutritional assessment)
  浮腫
  握力
  褥瘡
  薬剤
  栄養量
  検査データ
  栄養評価・判定
  栄養ケアプラン(nutritional care plan)
  実施・モニタリング(implementation/monitoring/follow-up)
  評価(evaluation and quality contorol)
 たんぱく・エネルギー栄養不良の臨床型
  マラスムス型栄養不良
  クワシオコール型栄養不良
  マラスムス・クワシオコール混合型栄養不良

II ベッドサイドにおける成分栄養管理
 成分栄養管理の概要
 食種一覧表

III 経腸・経静脈栄養
 経腸栄養法 EN(enteral nutrition)
  栄養補給部位(tube feeding)の決定は?
  経腸栄養剤の選択
  半消化態栄養剤の選択
 経腸栄養法における合併症
  栄養チューブに起因した合併症
  消化器系合併症
  代謝上の合併症
 静脈栄養法(輸液による栄養管理)
  中心静脈栄養 TPN(Total Parenteral Nutrition)
  末梢静脈栄養 PPN(Peripheral Parenteral Nutrition)
  投与量
 当院使用輸液組成一覧表

IV 免疫増強栄養法(immunonutrition)
 免疫増強栄養法とは
  はじめに
  特殊栄養素
  わが国における免疫増強栄養剤

V 術前・術後患者の栄養評価
 術前栄養評価指数(preoperative nutritional evaluation indices)

VI 痴呆症・うつ病の簡易検査法
 痴呆症・うつ病のスクリーニングテスト
  痴呆症のスクリーニングテストに使用する認知機能検査
  うつ病のスクリーニングテストに使用される検査

VII 褥瘡と栄養
 褥瘡の栄養管理
  褥瘡の発生要因
  褥瘡の発生場所
  深達度による分類
  創面の色調による分類
  褥瘡の進行
  褥瘡の治療方法
  予防
  栄養管理

VIII 嚥下障害
 嚥下障害患者へのアプローチ
  スクリーニング
  嚥下テスト食判定カードの使用方法
  段階的摂食訓練
 口腔ケアの実際
  口腔ケアの基本理念
  口腔内観察のポイント
  口腔ケアの手順

IX 付録

 付録1.主観的包括的栄養評価スクリーニング(SGA)用紙
 付録2.栄養アセスメントカード
 付録3.検査データ一覧用紙
 付録4.栄養評価表
 付録5.栄養プログレスシート
 付録6.ポケットマニュアル(栄養評価に関するデータ算出,身体計測基準値)
 付録7.栄養モニタリング表 パターン1
 付録8.栄養モニタリング表 パターン2(記入例)
 付録9.病棟訪問時栄養評価表
 付録10.個人別献立明細表例(栄養アセスメント)
 付録11.褥瘡対策に関する診療計画書 1
 付録12.褥瘡対策に関する診療計画書 2
 付録13.褥瘡局所ケア選択基準
 付録14.ADL評価リスト
 付録15.知能評価スケール(mini-mental state examination)
 付録16.知能評価スケール(長谷川式)
 付録17.うつ状態判定チェックシート self-rating depression scale(SDS)
 付録18.うつ状態判定チェックシート yesavage geriatric depression scale(GDS)-short form
 付録19.聖隷三方原病院使用補液一覧
 付録20.高カロリー輸液一覧表
 付録21.アミノ酸・糖・電解質輸液の組成
 付録22.アミノ酸輸液一覧表
 付録23.経腸栄養剤一覧
 付録24.経腸栄養剤成分一覧
 付録25.聖隷三方原病院使用栄養補助食品一覧
 付録26.算出式一覧
 付録27.第6次改定日本人の栄養所要量(ビタミン,ミネラル)
 付録28.PC-オーダリングシステム画面例 1)検査データ検索画面
 付録29.PC-オーダリングシステム画面例 2)喫食量調査(栄養計算)の画面

 付録30.聖隷三方原病院手洗いマニュアル

 略語一覧
 参考文献