やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

「ありがとう」に育てられて
 阿部歯科医院を開設して25年の歳月が流れた.そして,私は50歳になってやっと町で出会う患者さんに笑顔で挨拶ができるようになった.少し歯医者としての自信がついたのだ.開業当初は,治療技術の習得に夢中になると経営が悪化し,逆に経営に専念すると治療がいいかげんになる,こんな時代が何年か続いた.結果として,装着した補綴物がすぐダメになり,患者さんからのクレーム…….そこには「もう限界だ!」と叫んでも,何もできずに,うろたえてばかりいる自分がいた.
 あるとき,有名歯科医院から経済的な理由で転院してきた患者さんの口の中をみて,立ちすくんだ.そこには,天然の美しさとは異なる,人力によって造り上げられたきれいな歯周組織とポーセレンの調和があったからだ.
 スタッフ全員でのぞき込み,一瞬で魅了された.「どのようにすれば,あのような歯周補綴ができるのだろう」と…….みんなで話し合い,やれることをみんなでいっしょにやって行こうと決めたのは,開業8年目のときである.
 事が進むにつれ,私や歯科衛生士たちはこれまでの流れ作業的な仕事をやめ,時間をかけて患者さんの話をお聞きし,治療や指導に専念するようになった.また,歯科技工士とも頻繁に話し合い,歯周組織に優しい高度な製作物を要求するようになっていった.それに伴い,歯科技工士も患者さんの口の中を覗き込む機会が増加した.結果として患者数や収入は減ったが,徐々に自分たちの思う治療を実施していることに,喜びと誇りを感じるようになった.そして,そのとき以来,スタッフの突然退職はなくなった.
 歯科衛生士たちは,何かに喜びを得ているのだろう.決して,院長である私からのほめ言葉ではない.それは,「歯周病がよくなってうれしい!」「あなたのおかげよ!」などの,自分が担当した患者さんからの「ありがとう」という言葉に違いない.
 その点は,訪れる歯科技工士たちも同じである.自分が作ったものを患者さんに,「あなたが作ってくれたの,腕がいいのね」「こんなにきれいになったよ」と直接いわれる喜びは,何にも代えがたい「報奨」なのだから…….
 歯科医院に関することや患者さんへの対応を,歯科医師,歯科衛生士,歯科技工士のみんなが同じ目標に立って一丸となって実行する,職分の垣根もない,また,治療で問題が起こったときにもみんなで考え解決策を練る…….そんなことがいつの間にかできるようになった結果,患者さんを中心に,私たちも幸せになったように思う.患者さんの笑顔,スタッフの仕事中の真剣な顔を見ていると,私は喜びを感ずるのである.
 そんな「喜びの感じられる歯科医院」になるための参考として,本書がお役に立てば幸いである.
 2006年初夏の日に 阿部二郎
第1章 医院改革を成功させるには 患者さんからの「ありがとう」が医院を成長させる
 見栄を張る
 チャレンジしたものの
 マヌケなカエルにはなりたくない
 改革には代償がつきまとう
 改革はスタッフとともに考える
 チームですから
 みんなでいっしょに歯周補綴を行った治療結果
 チームワークのとれていない治療例
 改革は大変
  1.歯科技工士のチャレンジ
  2.歯科衛生士のチャレンジ
 新しいシステムを受け入れてくれた患者さんだけがリピーターに
 歯科医院がよくなるための設備投資
  1.新しいモノの導入
  2.院内の改装とその結果
 魅力的な歯科医院になるために
 患者さんからの「ありがとう!」が私たちを成長させてくれる
 患者さんに優しく接する心
 それぞれの職種に求められること
  1.いま歯科医師に求められること
  2.いま歯科衛生士に求められること
  3.いま歯科技工士に求められること
 補綴物は何年もてばよいのか?
第2章 歯周治療 実践するための基本とは
 みんなで歯周補綴治療に立ち向かおう
 みんなで歯肉炎と歯周炎の違いを理解しよう
 歯はなぜ失われていくのか
  1.プラークによる炎症性の破壊
  2.プラークによる炎症と力による歯周組織の共同破壊
  3.ブリッジやデンチャーの支台歯に加わる「持続的な力」
 クラウン・ブリッジにおける力のコントロール
  ・クラウン・ブリッジは点接触で装着する
 腕のよい歯科技工士はマウンティングが上手
 大きな力を受け止めるブリッジの支台歯
  1.ブリッジの支台歯の負担
  2.無理な設計の延長ブリッジ
  3.傾斜歯を支台歯に組み込んだブリッジ
  4.インレーブリッジ
  5.長く垂れ下がったブリッジ
 パーシャルデンチャーの支台歯の負担
  1.パーシャルデンチャーの支台歯の負担
  2.典型的な炎症と力による支台歯の破壊像
 インプラント治療の崩壊
 スタッフの成長に必要な時間
  ・イメージは簡単には伝わらない
 印象や模型は口腔内情報の宝庫
  1.口腔内写真の情報
  2.多くの情報を得て,補綴物に反映させる
  3.歯科衛生士から歯科技工士へ治療経過を伝える・567ブリッジの症例について
  4.副模型を作る
第3章 臼歯部における歯周補綴 メインテナンスのしやすい形態を歯科技工士が与える
 清掃条件を変えることのできる補綴物の形態
  1.最後方臼歯部の遠心面をストレートに立ち上げよう
  2.軽度な根分岐部病変に罹患した歯にはゆるやかなくぼみを与えよう
  3.歯間ブラシは斜め前方から挿入されることを考慮して補綴物の形態を仕上げよう
  4.口腔前庭が狭小な場合
  5.高位小帯と付着歯肉の喪失
 歯肉を安定させる─歯肉形態維持の補助的手段─
  1.歯肉形態の維持とレスカントゥア
  2.歯肉の高さを整える歯肉・吊り上げ法
  3.自然な歯根形態
第4章 前歯部における歯周補綴 歯周病の重症度によって目標が変わる
 歯周病の程度によって補綴設計が変わる
 軽度歯周病
  1. 大きく変わった前歯部歯周補綴物の考え方─歯間鼓形空隙の閉鎖・ブラックトライアングルをなくそう─
  2. 歯肉が退縮しにくい歯肉縁下形態─ブラックマージンを防ごう─
  3. 術後に歯肉退縮を引き起こすオーバーブラッシング
 中等度歯周病─審美と清掃性の両立─
  1. 外科手術後の歯肉形態の変化を知る
  2. 6〜7年後に退縮する長い接合上皮性の付着
  3. 魅力的な術後の歯槽骨の増加
 重度歯周病
  ・審美よりも清掃性を重視した補綴設計
第5章 歯周治療をベースにしたパーシャルデンチャー 残存歯に起きる問題への対処
 パーシャルデンチャーの支台歯が失われていく理由
 パーシャルデンチャーにおいても最大の敵は「プラーク」
 パーシャルデンチャーの支台歯を救うために
 鉤歯周囲の水枕現象
 歯周炎を起こす誤ったクラスプ腕の設計
 歯周組織に優しいパーシャルデンチャーの設計
  1.クロール(Krol)型のI-barとクラトビル(Kratochvil)型のI-bar
  2.歯周組織に優しいリンガルバーの設計
 根面アタッチメント
  1.歯肉からの立ち上がりがないと磨きにくい
  2.歯頸線が不揃いな場合
 意図的に作られたアンダーカット
  1.コーヌスクローネのネガティブウィンケル─装着後13年間の観察から─
  2.ミリングテクニックによって作られたアンダーカット
第6章 歯周補綴後のメインテナンス 口腔を守って補綴物を活かす
 口腔を守って補綴物を活かす歯科衛生士のメインテナンス
 メインテナンス時におけるPTC & PMTC
 患者さんの磨けない場所を知る
 歯の着色─いまわかっていること─
  1.着色の原因
  2.着色物質の観察
  3.着色のメカニズム
 補綴物に使われる歯科材料への着色
  1.コンポジットレジンへの着色
  2.ハイブリッドセラミックスへの着色
  3.硬質レジン歯への着色
 着色の除去
  1.弱い着色の場合
  2.強い着色の場合
 問題のあるX線所見を見逃さない
 歯科技工士も知っておかなければならない強い咬合力が加わっている口腔内所見
  1.歯の動揺
  2.咬 耗
  3.楔状欠損
  4.骨隆起
  5.修復物(金属)に見られるしわ
  6.強い側方力による歯肉退縮
  7.ブラキシズム
 移植歯におけるメインテナンスの重要性
  1.移植床に付着歯肉がない場合
  2.移植歯の根面溝が歯肉縁上にきてしまった場合
  3.まとめ
 インプラントによるメインテナンスの重要性
 みんなでいっしょに行った歯周補綴の成功例
  1.わずか1歯で片顎を支え続けている11年経過のパーシャルデンチャー症例
  2.コーヌスクローネ20年経過症例
 おわりに─恐ろしい免疫力の低下─
 付1・咬合調整の少ないクラウン製作のために―腕のよい歯科技工士はマウンティングが上手
 付2・待合室用ディスプレイの設置―待時間を有意義に
 参考文献