はじめに〜風を感じていたい〜
きっかけは……
きっかけは,谷口威夫先生(長野市・谷口歯科医院)と,当時同院の歯科衛生士として勤務していた山岸貴美恵さんの講演をスタッフといっしょに聞いたことである.37年前(1988年)のその日は木枯らしが吹き,寒かった.谷口歯科医院の歯科医師と歯科衛生士の温かみのある連係プレーを目の当たりにし,感動した.掲げた目標に向かって医院が一丸となり取り組む姿に憧れを感じた.会場は熱気に包まれ,帰り道にはあまり寒さを感じなかったことをいまでも覚えている.自分の歯科医院でもスタッフと連携して診療に取り組みたいと思った.
大学院修了後の1983年9月,ほとんど臨床経験をもたなかった私は,不安を抱きながら,地元である東京都中野区に開院した.“患者さんのためになることをしたい”と漠然と考えてはいたが,いま思えば明確な診療目標はなかった.私の想いとは裏腹に,数年経つと治療後のトラブルが目に付くようになってきた.そんなときに聞いた講演であった.医院の風向きが変わるきっかけだった.
講演会の次の日,スタッフから「私たちもいっしょにやりましょう」という声があがった.同じ想いを抱いてくれていたことがうれしかった.これがチーム診療への取り組みの第一歩であった.スタッフ全員で「歯を長持ちさせ,快適で健康な口腔が維持されること」という診療目標を決めた.そのためには治療だけでなく「予防」にも力を注ぐことにした.歯科医師,歯科衛生士,歯科技工士の役割を明確にし,お互いを尊重して診療に臨むことになった.そして1989年1月よりそれまでの「対症療法」を主体とした診療から「予防」を中心にしたチーム診療へと診療体制を変えた.当院の全員が目標に向かって歩きはじめた.
いつも追い風とは限らない
しかし,予防歯科を導入したといっても,いつも順風満帆というわけにはいかなかった.プラークコントロールが主体であることはいまも変わりないが,当初はプラークスコアを20%以下にすることに夢中になり,プラークの付着部位を探し,そのプラークを取るように繰り返し指導していた.あるとき,患者さんが申し訳なさそうに「歯磨きの練習はもういいから,早く治療してください」と言った.また,「一方的に押しつけられている気がする」という声も聞こえた.
いま思うと,「歯を長持ちさせ,快適で健康な口腔が維持されること」という目標にとらわれすぎ,“私たちが患者さんの健康を維持させてあげなければ“とプラークスコアを下げることに必死になっていたのだと思う.予防歯科の導入から数年間,試行錯誤を続けるなかで,“誰のための健康なのか?”と疑問が生じてきた.そのころから,“患者さんが口腔の環境をみずから守れるようにお手伝いをすることが私たちの役目ではないか”と考えるようになった.そこで,私たちは患者さんが「自分の健康は自分で守る」という意識をもつことができるように働きかけたいと考え,それを診療の目標に加えることにした.
逆風を感じて……
自分の健康を自分で守るためには,全身状態や口腔内の状態を患者さんみずからが知る必要がある.そこで,検査後に歯科医師が説明するだけでなく,歯科衛生士からも検査中や検査後に口腔内の状態をできるだけデータを用いて伝えるようにした.健康というのは,患者さんみずから“改善しよう““維持しよう”と思わなければ達成できないものである.そのためには,患者さんが歯科に対して何を望んでいるか把握する必要がある.口腔の健康を維持していきたいと思えば,治療だけでなく予防も必要であり,患者さんみずから参加しなければならない.そうなると,プラークコントロールに取り組むモチベーションがあるのか,生活のなかに時間的余裕があるかなどを知ることも大切になる.当院では初診時に歯科衛生士が患者さんの話を伺っているが,そのとき,主訴や既往歴とともに,患者さんの考えや希望,生活背景などを聞くように心がけている.「患者さんが望むことを知りたい」「患者さんに自分の口腔内の状態を知ってもらいたい」と考えることが,歯を長持ちさせ,快適で健康な口腔を維持するという目標を成し遂げる出発点になると思うからだ.
ブラッシング指導も,「なぜプラークを除去しなければいけないのか」「除去するとどうなるのか」を患者さんが理解してはじめて意味がある.そのため,患者さんに歯肉の変化を観察してもらうことにした.指導を押し付けたくなかった.そして,患者さんがどんな気持ちでプラークコントロールに取り組んでいるか知りたかった.そこで,来院時の患者さんの状態や雰囲気をすばやく察知するため,担当の歯科衛生士だけでなく,スタッフ一人ひとりが患者さんに注意を払うように努めた.スタッフ全員のチームプレーが必要だった.頭で理解しているつもりでも,身体で逆風を感じてはじめて気づくことも多い.いま,私がここにいるのはスタッフといっしょに,そのときどきに吹く風を感じることができたからだと思う.ありがたいことである.
風を感じていたい
誰でも,はじめは新人である.新しく始めることは難しい.ましてや,継続することはさらに難しい.しかし,いつも向かい風ばかりではない.強い風が向かってきても,あなたのまわりには友人や同僚,そして先輩がいる.手をつなげばその風に耐えることもできる.いつか風はやみ,追い風が吹いてくるときもある.とにかく,風に向かって一歩踏み出さなければ始まらない.そして,歩みつづけるといつしか“ベテラン”といわれるようになる.そのときにも,変わらず風を感じていたいものだ.
この本が,歯科医療に携わる皆様の新たな一歩を踏み出すきっかけとなれば幸いである.そして,私たちもまた,皆様とともに歯科医療の新しい風を感じつづけていきたい.
2025年4月
景山正登
きっかけは……
きっかけは,谷口威夫先生(長野市・谷口歯科医院)と,当時同院の歯科衛生士として勤務していた山岸貴美恵さんの講演をスタッフといっしょに聞いたことである.37年前(1988年)のその日は木枯らしが吹き,寒かった.谷口歯科医院の歯科医師と歯科衛生士の温かみのある連係プレーを目の当たりにし,感動した.掲げた目標に向かって医院が一丸となり取り組む姿に憧れを感じた.会場は熱気に包まれ,帰り道にはあまり寒さを感じなかったことをいまでも覚えている.自分の歯科医院でもスタッフと連携して診療に取り組みたいと思った.
大学院修了後の1983年9月,ほとんど臨床経験をもたなかった私は,不安を抱きながら,地元である東京都中野区に開院した.“患者さんのためになることをしたい”と漠然と考えてはいたが,いま思えば明確な診療目標はなかった.私の想いとは裏腹に,数年経つと治療後のトラブルが目に付くようになってきた.そんなときに聞いた講演であった.医院の風向きが変わるきっかけだった.
講演会の次の日,スタッフから「私たちもいっしょにやりましょう」という声があがった.同じ想いを抱いてくれていたことがうれしかった.これがチーム診療への取り組みの第一歩であった.スタッフ全員で「歯を長持ちさせ,快適で健康な口腔が維持されること」という診療目標を決めた.そのためには治療だけでなく「予防」にも力を注ぐことにした.歯科医師,歯科衛生士,歯科技工士の役割を明確にし,お互いを尊重して診療に臨むことになった.そして1989年1月よりそれまでの「対症療法」を主体とした診療から「予防」を中心にしたチーム診療へと診療体制を変えた.当院の全員が目標に向かって歩きはじめた.
いつも追い風とは限らない
しかし,予防歯科を導入したといっても,いつも順風満帆というわけにはいかなかった.プラークコントロールが主体であることはいまも変わりないが,当初はプラークスコアを20%以下にすることに夢中になり,プラークの付着部位を探し,そのプラークを取るように繰り返し指導していた.あるとき,患者さんが申し訳なさそうに「歯磨きの練習はもういいから,早く治療してください」と言った.また,「一方的に押しつけられている気がする」という声も聞こえた.
いま思うと,「歯を長持ちさせ,快適で健康な口腔が維持されること」という目標にとらわれすぎ,“私たちが患者さんの健康を維持させてあげなければ“とプラークスコアを下げることに必死になっていたのだと思う.予防歯科の導入から数年間,試行錯誤を続けるなかで,“誰のための健康なのか?”と疑問が生じてきた.そのころから,“患者さんが口腔の環境をみずから守れるようにお手伝いをすることが私たちの役目ではないか”と考えるようになった.そこで,私たちは患者さんが「自分の健康は自分で守る」という意識をもつことができるように働きかけたいと考え,それを診療の目標に加えることにした.
逆風を感じて……
自分の健康を自分で守るためには,全身状態や口腔内の状態を患者さんみずからが知る必要がある.そこで,検査後に歯科医師が説明するだけでなく,歯科衛生士からも検査中や検査後に口腔内の状態をできるだけデータを用いて伝えるようにした.健康というのは,患者さんみずから“改善しよう““維持しよう”と思わなければ達成できないものである.そのためには,患者さんが歯科に対して何を望んでいるか把握する必要がある.口腔の健康を維持していきたいと思えば,治療だけでなく予防も必要であり,患者さんみずから参加しなければならない.そうなると,プラークコントロールに取り組むモチベーションがあるのか,生活のなかに時間的余裕があるかなどを知ることも大切になる.当院では初診時に歯科衛生士が患者さんの話を伺っているが,そのとき,主訴や既往歴とともに,患者さんの考えや希望,生活背景などを聞くように心がけている.「患者さんが望むことを知りたい」「患者さんに自分の口腔内の状態を知ってもらいたい」と考えることが,歯を長持ちさせ,快適で健康な口腔を維持するという目標を成し遂げる出発点になると思うからだ.
ブラッシング指導も,「なぜプラークを除去しなければいけないのか」「除去するとどうなるのか」を患者さんが理解してはじめて意味がある.そのため,患者さんに歯肉の変化を観察してもらうことにした.指導を押し付けたくなかった.そして,患者さんがどんな気持ちでプラークコントロールに取り組んでいるか知りたかった.そこで,来院時の患者さんの状態や雰囲気をすばやく察知するため,担当の歯科衛生士だけでなく,スタッフ一人ひとりが患者さんに注意を払うように努めた.スタッフ全員のチームプレーが必要だった.頭で理解しているつもりでも,身体で逆風を感じてはじめて気づくことも多い.いま,私がここにいるのはスタッフといっしょに,そのときどきに吹く風を感じることができたからだと思う.ありがたいことである.
風を感じていたい
誰でも,はじめは新人である.新しく始めることは難しい.ましてや,継続することはさらに難しい.しかし,いつも向かい風ばかりではない.強い風が向かってきても,あなたのまわりには友人や同僚,そして先輩がいる.手をつなげばその風に耐えることもできる.いつか風はやみ,追い風が吹いてくるときもある.とにかく,風に向かって一歩踏み出さなければ始まらない.そして,歩みつづけるといつしか“ベテラン”といわれるようになる.そのときにも,変わらず風を感じていたいものだ.
この本が,歯科医療に携わる皆様の新たな一歩を踏み出すきっかけとなれば幸いである.そして,私たちもまた,皆様とともに歯科医療の新しい風を感じつづけていきたい.
2025年4月
景山正登
はじめに
序章 歯科衛生士に求められる見逃さない力
1章 歯冠齲蝕を見逃さない
2章 プロービング後の出血は隣接面齲蝕とも関係するの?
3章 エナメル質初期齲蝕を見逃さない
4章 初期根面齲蝕への対応
5章 歯肉炎に向きあうために
6章 I度の根分岐部病変を見逃さない
7章 フレミタスを触知しよう
8章 Tooth Wearを見逃さない
9章 非齲蝕性歯頸部歯質欠損(NCCL)を見逃さない
10章 歯根破折を見逃さない
11章 歯冠破折を見逃さない
12章 補綴装置の咬合面の変化を見逃さない
13章 不適合補綴装置への対応
14章 粘膜病変を見逃さない〜口腔内外チェックをマスターしよう〜
15章 口腔カンジダ症を見逃さない
16章 舌圧痕を見逃さない〜上下歯列接触癖を疑おう〜
17章 唾液減少を見逃さない
18章 シェーグレン症候群を見逃さない
終章 患者さんの変化を見逃さず,メインテナンスの大切さを伝えられる歯科衛生士になろう
Column
咬合について深掘りニャ!
“口腔内外チェック”をマスターするのニャ!
顎関節および咀嚼筋の触診手順を確認するのニャ!
卒業試験
おわりに
序章 歯科衛生士に求められる見逃さない力
1章 歯冠齲蝕を見逃さない
2章 プロービング後の出血は隣接面齲蝕とも関係するの?
3章 エナメル質初期齲蝕を見逃さない
4章 初期根面齲蝕への対応
5章 歯肉炎に向きあうために
6章 I度の根分岐部病変を見逃さない
7章 フレミタスを触知しよう
8章 Tooth Wearを見逃さない
9章 非齲蝕性歯頸部歯質欠損(NCCL)を見逃さない
10章 歯根破折を見逃さない
11章 歯冠破折を見逃さない
12章 補綴装置の咬合面の変化を見逃さない
13章 不適合補綴装置への対応
14章 粘膜病変を見逃さない〜口腔内外チェックをマスターしよう〜
15章 口腔カンジダ症を見逃さない
16章 舌圧痕を見逃さない〜上下歯列接触癖を疑おう〜
17章 唾液減少を見逃さない
18章 シェーグレン症候群を見逃さない
終章 患者さんの変化を見逃さず,メインテナンスの大切さを伝えられる歯科衛生士になろう
Column
咬合について深掘りニャ!
“口腔内外チェック”をマスターするのニャ!
顎関節および咀嚼筋の触診手順を確認するのニャ!
卒業試験
おわりに














