やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

Prologue
 歯科大学に高齢者歯科学や摂食嚥下障害学などを専門とする講座ができはじめた20〜30年ほど前には,障害者歯科学や歯科補綴学,口腔外科学,歯科保存学などのいろいろな専門講座から,ある程度の経験を積んだ専門家が集まった寄り合い所帯のような講座が多かったと思います.しかしこれが功を奏してか,各分野の専門的な知識や技術を持つ人材が講座に集まって相談しあいながら,手探りで高齢者や摂食嚥下障害にアプローチしていたこともあり,学会誌や学会発表などを見ていると,新しい知見や機材が次々に発表されて興味津々という時代だったのではないでしょうか.
 しかし最近の新卒者は,卒業後すぐにこれらの講座に在籍するようになり,学習や関心・業務の中心が摂食嚥下障害や口腔ケアの評価,肺炎の予防などとなるため,口腔内におけるう蝕や歯周病,口腔粘膜疾患,義歯などの総合的診断・治療までにはなかなか意識が及ばないでしょうし,自信を持ってアプローチすることは難しいのではないでしょうか.
 自分が所属した講座の専門領域に知識や技術が偏ってしまうということは,どの講座に在籍しても多かれ少なかれあることとは思います.しかし高齢者歯科や摂食嚥下障害に関しては,保存や補綴,口腔外科などの基本的な知識や技術を持ったうえで,認知症や有病者などかなり特殊な幅広い知識や高度な技術が求められ,さらに臨床現場では多職種との関わりも要求されるなど,いくつもの高いハードルがあると思います.
 私自身は専門としている歯科補綴学の知識と技術を用いてPAPやPLP,認知症患者の義歯などを駆使して摂食嚥下障害患者に対峙していると自負していますが,いまだ難渋する症例が多いのも現実です.義歯という武器だけでは対応しきれない症例も多いのが現実です.
 また医師や看護師,言語聴覚士,管理栄養士,ケアマネジャーなどと連携するためには,まず医療の世界で普通に使われている言葉の理解から始まり,基本的な医療処置の理解や職種間の連携の方法などを理解して円滑にコミュニケーションができるようになるには相当な時間と経験が必要だったように思います.
 一方,口腔や摂食嚥下障害に関わる歯科医療従事者以外の多職種にとっては,口腔はブラックボックスであり,やはり知識や技術を断片的に学んではいても理解が浅く,臨床の場で相対する多様な症状に対しては,上記のような経験の浅い若手歯科医療者と同様に対症療法的かつ限られたアプローチがなされがちでしょう.これは,口腔はほぼ握りこぶし1個分という狭さですが,その中の諸器官が関わるすべての生理・機能には,全身にも及ぶつながりがあり,口腔の全体像,そしてその加齢による変化を俯瞰したうえでなければ,学んだ一つひとつの知識が実際の治療やケアとうまく結びつかないことも一因ではないでしょうか.
 そこで今回,私が実際に講演で使用しているスライドに平易な解説を加えるという紙上講演形式で,口腔の全体像を広く浅く俯瞰したうえで,特に口腔の老化と口腔ケア,摂食嚥下障害について理解を深められる書籍企画を考えました.補完用の動画もQRコードで適宜添付して,それぞれについて端的な解説を付与するレイアウトとして,一冊を通して生理的機序などの基本理論や背景と臨床を関連付け,読者が臨床対応力を身につけられる展開となるよう配慮しました.また歯科医療従事者以外の読者のことも考えて歯科の専門用語を少なくしてできるだけ平易な言葉遣いを用い,歯科医療者向けには関連する医療用語の簡単な解説などを適宜挿入して幅広い理解を助けるように配慮したつもりです.興味を持った部分などに関しては,成書などで深く学習していただけるとうれしいです.
 近年,国の政策として高齢者の自立支援・重度化防止のために「“栄養”“リハビリテーション”“口腔管理”の三位一体」の連携強化の重要性がうたわれ,この考え方は令和3年度介護保険改定で導入されました.さらに令和5(2023)年6月に経済財政運営と改革の基本方針『骨太の方針2023』が閣議決定され,この中には「社会保障分野における経済・財政一体改革の強化・推進の項目に,健康寿命を延伸し,高齢者の労働参加を拡大するためにも,健康づくり,予防・重度化予防を強化し,(中略)エビデンスに基づく保健事業を推進する.リハビリテーション,栄養管理及び口腔管理の連携・推進を図る.」と記載されました.これを受けて令和6(2024)年度の同時報酬改定では医療保険改定にもこの三位一体の考え方が導入されて,今後ますます医療の世界では「口腔」が「栄養」と「リハビリテーション」と連携していく重要性と必要性が増していくものと考えられます.
 全医療職種にとって多職種との共通認識・連携のもと臨床に携わることが必須となる流れの中で,本書が口腔について学び直し,「口腔の老化・口腔ケア・摂食嚥下障害」の理解の一助となれば幸いです.
 2024年6月
 藤本篤士
 Prologue
Appendix プレゼンテーション前の確認事項
  (1)テストスクリーン
  (2)タイトルスライド
  (3)COI(利益相反:Conflicts of Interest)開示
  (4)倫理カテゴリー(Medical Ethics)開示
Part 1 口腔と老化と日本の医療制度
 1 口腔の老化
  (1)歯の萌出から喪失に至る過程
  (2)老化の進行に伴う口腔の機能低下・障害
 2 医療連携と歯科
  (1)医療連携と食べる機能の低下
  (2)急性期・回復期・慢性期・終末期と歯科の関わり
  (3)高齢者の食べることと栄養・リハビリテーションの関わり
 3 日本の高齢化と窒息の問題
  (1)日本の高齢化と死因
  (2)誤嚥と窒息の問題
Part 2 口腔ケアのキホン
 1 口腔ケアの基本的考え方
  (1)口腔ケアのエビデンス
  (2)基本的考え方
  (3)口腔から胃・腸までを考える
  (4)口腔粘膜とウイルス感染予防
 2 う蝕(むし歯)と歯周病
  (1)むし歯の発生と予防
  (2)歯周病と全身への影響
 3 舌・口蓋のケア
  (1)舌のケア
  (2)口蓋のケア
  (3)口腔保湿剤の使用
  (4)清拭とブラッシングの違い
 4 要介護高齢者の口腔ケア
  (1)口腔ケア用品と使用方法
  (2)要介護高齢者の口腔ケアの基本的考え方と手順
  (3)要介護高齢者の口腔ケアの効果と考え方
  (4)認知症や拒否への臨床的対応
Part 3 摂食嚥下障害のキホン
 1 咀嚼・嚥下のキホン
  (1)解剖と摂食嚥下運動の流れ
  (2)VFとVE
  (3)咀嚼のキホン
  (4)嚥下のキホン
  (5)スクリーニング検査の考え方
  (6)食事時・食後の姿勢
  (7)水の飲み方,飲ませ方
  (8)うがいの方法
 2 摂食嚥下障害のキホン
  (1)摂食嚥下障害の考え方
  (2)摂食嚥下障害の10のポイント
  (3)3つの「むせる」と3つの「残る」
Part 4 摂食嚥下障害症例集
 1 舌をめぐる障害とPAP
  (1)舌-咀嚼障害症例とPAP(Case 1)
  (2)舌-嚥下障害症例とPAP(Case 2)
  (3)さまざまな舌圧低下症例とPAP(Case 3〜7)
  (4)舌-咀嚼・嚥下障害症例とPAP(Case 8)
 2 さまざまな障害と対応
  (1)ピック病の咀嚼障害症例と対応(Case 9)
  (2)構音・嚥下障害症例とPAP + PLPの複合義歯(Case 10)
  (3)口腔がんと顎義歯(Case 11〜14)
  (4)間接訓練(Case 15)
  (5)摂食嚥下障害の予防

 Epilogue
 References
 Index

 More Tips & Topics……
  Presentation
   講義と講演
   わかりやすいアニメーション設定例(1)
   わかりやすいアニメーション設定例(2)
   アニメーションを利用したスライド作成
  Glossary
   SBMAとALS
   サルコペニア(sarcopenia)
   中核症状とBPSD
   「息こらえ嚥下」「プッシング訓練」「プリング訓練」
   サルコペニアの摂食嚥下障害の診断
   MALT
  Column
   義歯は使用していなかった きんさん・ぎんさん
   三位一体の連携強化
   ワインを飲むときは顎を上げない!!
   2022年の死因と死亡者数(全国)
   肺炎の分類
   鼻呼吸
   糖質と甘味料の種類
   うちの家系は歯が弱い??
   洋食を食べるときのtips
   認知症が見えてきた……?