やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社


 日本人は少しずつ歯並びが悪くなっているのではないだろうかと思うほど,多少の歯列不正があるのが普通で,それが当たり前になってきた感がある.20年ほど前に韓国を訪れた折,日本人にだけ上手に呼び込みをする店員に,「どうやって見分けているのか?」と尋ねたら,「歯並びが悪いのが日本人だ」と教えてくれた.最近は当時以上に,歯並びが気になるという主訴で来院する親子が多くなってきた.
 そのような患者に対し多くの歯科医院では,「とりあえず経過観察をして,そのうち矯正専門医に紹介する」という流れになっているようである.しかし,矯正専門医の専門は全顎矯正であり,部分矯正ではないので,そこでも経過観察的なリンガルアーチや床矯正装置が入り,最終的には全顎的抜歯矯正になることが多い.もしも専門医に送ることなしに部分矯正で解決できたり,適切な咬合育成により抜歯矯正を非抜歯矯正にできたり,全顎矯正そのものを回避できるとしたら,素晴らしいことではなかろうか.
 また,補綴処置を行う際にも,傾斜や転位している歯を,無理に形態を変えて補綴するとか,対合歯の歯列不正に合わせて補綴するといったことが日常になってはいないだろうか.その結果,「噛みにくい」「食べ物が詰まる」などと不具合を訴えられ,「歯並びが悪いから仕方ない」「保険治療はこんなもの」と言い訳をした経験がある先生方も少なくないはずである.「もう少しこの歯が真っ直ぐに立っていたら…」「もう少し隙間があってくれたら…」などと思った時,すぐに思った通りの補綴前処置ができれば,気持ち良く仕事ができ,患者さんからの信頼も得られるうえに,経営的にも好影響を与えるだろうことは容易に想像できる.
 このように,日々の臨床のなかには,小児の咬合育成から補綴前矯正まで,部分矯正が必要なシーンがたくさんあるのだが,本来それを請け負うはずのかかりつけの臨床医が,その診断と正しい処置を行えているとは言えないのが実情のようである.そうなった原因として,「矯正」が専門化し一般臨床医にとってハードルの高いものとなってしまったことや,臨床医が一から勉強するのに適切な,取り組みやすい入門書やセミナーが少ないことなどがあげられる.
 本書では,できるだけ早く簡単に歯を動かすために必要な最低限の知識と技術を,イラストと写真でわかりやすく解説した.そして日々の臨床でよく出会う代表的な症例を提示し,読んで真似るだけで簡単に治療できるように,具体的な手技を紹介している.また,実際にトライする際の臨床ヒントを「“トクナガ式”臨床テクニック」としてたくさん盛り込んでいるので,隅々まで読んでいただけるとより簡単に楽しく部分矯正を行うことができるはずである.一人でも多くの患者さんに,より良い治療を提供したいと考えている臨床医のための部分矯正入門書となれば幸いである.
 2021年11月 コ永哲彦
Section 1 イラストと写真で“イメージ”する 部分矯正の基本手技
 1-1 基礎知識を修得する―まずは苦手意識をなくそう!
  1 ブラケットの基本
    ・ブラケットの基本構造と歯への接着
  2 ワイヤーの基本
    ・太さによる分類
    ・形状による分類
    ・性質による分類
  3 ブラケット接着
    ・ブラケットの把持
    ・ブラケットの圧接
    ・余剰接着材の除去
  4 ブラケットへのワイヤーの結紮(リガチャー)
    ・結紮線(リガチャーワイヤー)を用いた結紮
    ・ワイヤーとスロットが離れている場合
  5 ベンディングの基本
    ・ベンディングの基本姿勢
    ・ベンディングの修正
  6 Lループのベンディング
    ・Lループの基本型
  7 アップライティングスプリングワイヤーのベンディング
    ・アップライティングスプリングワイヤーの基本型
  8 2×4(ツーバイフォー)ユーティリティアーチのベンディング
    ・2×4ユーティリティアーチの基本型
    ・前歯部の水平的な移動
    ・高さの調整(垂直的な調整)
    ・インセット/オフセット調整(水平的な調整)
 1-2 フォースシステムを理解しよう!
  1 フックを使用した挺出
    ・残根の挺出
    ・両側の歯が天然歯の場合
    ・隣在歯にインレーやクラウン,CRなどがある場合
    ・片側もしくは両側がセラミックなどで,傷つけられない,再製作できない場合
    ・審美性が保たれていないといけない場合
    ・後戻り,保定
  2 ワイヤーを使用した部分矯正
   【(1)ワイヤーを用いる場合に必要なアンカーの知識】
    ・アンカーの選択
   【(2)Ti-Niワイヤーを用いたレベリング】
    ・Ti-Niワイヤーを用いたレベリング
   【(3)Lループを用いた部分矯正】
    ・挺出や圧下をさせてレベリングする場合
    ・頬舌的に動かしたい場合
    ・トルクコントロールを行う場合
   【(4)2×4ユーティリティアーチを用いた部分矯正】
    ・大臼歯をアンカーに前歯4本を同時にコントロール
    ・ユーティリティアーチのトラブルシューティング
 1-3 実際にやってみよう!──写真で見るワイヤーベンディングの実際
  1 Lループのベンディング
  2 アップライティングスプリングワイヤーのベンディング
  3 2×4ユーティリティアーチのベンディング
Section 2 さあ,やってみよう! 基本症例から応用症例まで
 2-1 歯牙挺出
  Case01 残根の挺出
  Case02 深い位置での歯根破折
  Case03 埋伏歯(中間歯)の挺出
  Case04 残根の挺出
  Case05 埋伏永久歯の萌出誘導
  Case06 上顎最遠心歯の埋伏
  Case07 下顎最遠心歯の萌出困難
 2-2 アップライト
  Case08 中間歯の舌側傾斜
  Case09 補綴スペース不足(近心傾斜)
  Case10 下顎前歯部の叢生
  Case11 前歯部の空隙閉鎖
  Case12 咬合平面を意識した咬合再構成
  Case13 義歯を使用しながらの咬合再構成
 2-3 咬合育成―機能的矯正装置(ムーシールド)
  Case14 乳歯列,アングルIII級
  Case15 混合歯列,アングルIII級
 2-4 咬合育成―機能的矯正装置(プレオルソ)
  Case16 混合歯列,アングルII級,上顎前突
  Case17 混合歯列,アングルII級
  Case18 混合歯列,アングルII級,オープンバイト
  Case19 混合歯列,アングルI級叢生,前歯部交叉咬合
 2-5 咬合育成―2×4ユーティリティアーチ
  Case20 混合歯列,上顎中切歯のローテーション
  Case21 混合歯列,上顎側切歯の舌側転位
  Case22 混合歯列,アングルI級,上顎中切歯舌側転位
  Case23 混合歯列,アングルIII級,犬歯低位唇側転位
 2-6 全顎的咬合再構成(マルチループ)
  Case24 成人,アングルII級,前歯部叢生
  Case25 成人,アングルII級2類
Appendix 本書で使用している主な器具・器材
 チューブ
 パワーチェーン
 パワースレッド
 オープンコイル
 キムプライヤー
 ナンスプライヤー
 ループフォーミングプライヤー
 ツイードアーチベンディングプライヤー
 ユーティリティプライヤー
 ホローチョッププライヤー
 ディスタルエンドカッター
 ピンアンドリガチャーカッター
 ブラケットリムーバー
 ボンドリムーバー(レジンリムーバー)
 ターレット
 ブーンゲージ
 リガチャータッカー(リガチャータッキング)
 結紮線(リガチャーワイヤー)

 “トクナガ式”臨床テクニック
  【歯牙挺出】
   ワイヤーごと固定!
   ワイヤーごと撤去!
   折れた歯冠を利用する!
   プロビジョナルクラウンで歯肉の調整!
   リンガルボタンに結紮線を結びつけてから接着!
   頬側歯冠がある場合はブラケットを用いる!
   リンガルボタンは,完全に止血後に接着!
   最遠心の埋伏歯でも「釣り竿式」で挺出できる!
   釣り竿式挺出法!
  【アップライト】
   Lループを効果的に活用する!
   傾斜や移動量の大小により装置を選択!
   スペースも固定源もある片顎単位の矯正は一般開業医の守備範囲!
   ベンディングなしでも空隙は閉鎖できる!
   後戻りと保定を考慮したブラケット除去のタイミング!
   インプラントを含む咬合再構成は一般開業医の領域!
   抜歯予定の歯もすぐに抜かずアンカーとして利用する!
   補綴前矯正での咬合平面やアンカーの考え方!
   義歯を入れていても矯正治療は可能!
   義歯をアンカーとして利用する!
  【咬合育成】
   機能的矯正装置の適用年齢は幅広い!
   咬合育成は一般開業医の役割!
   機能的矯正装置は混合歯列期でも効果あり!
   腕のいらない機能的矯正装置を使う!
   機能的矯正装置は正しい顎位へも誘導可能!
   経過写真を見せながら,本人のモチベーションを維持!
   機能的矯正装置かワイヤーか?
   2×4ユーティリティアーチを有効に使用する!
   全顎矯正を回避する!
   2×4ユーティリティアーチの実際の使い方!
   2×4ユーティリティアーチが効果的!
   顎位を意識しない1〜2歯の移動は機能的矯正装置より2×4ユーティリティアーチ!
   抜歯でスペースを作るのではなく,拡大でスペースを作る!
   ワイヤー装着は極力短い期間にとどめる!
  【全顎的咬合再構成】
   前歯をアンカーに,臼歯を遠心頬側へアップライト!
   一般開業医は機能を診る!
   「下顎位の診断」の考え方!
   顎位の診断なしに全顎矯正も補綴もない!