やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社


〜現義歯から得られる情報の重要性〜
 多くの歯科治療において,患者が何らかの主訴をもって来院した際,歯科医師は問診を行った後,該当歯の検査を十分に行い,治療方針を決定することが一般的である.しかしながら,全部床義歯患者が同様に何らかの主訴をもって来院した際はどうだろうか.ともすれば,「現義歯をいくら見ても,その患者のもっている条件で最大限良い義歯を作ればいいのだから…」とか,「現義歯の問題点を挙げることは前医への批判となるから行うべきではない」等と考えている読者もいるかもしれない.その結果,現義歯の検査はそこそこに,「この義歯は古いから(あるいは不十分だから)新しいのを作りましょう」と言って,現義歯の状態を詳細に検査することなく,「さあ,早速1 回目の型取りをしましょう」と,初診時にいきなり概形印象を採得することはないだろうか.
 たしかに,現義歯がどうであれ,新義歯を製作する臨床ステップにはあまり影響はないかもしれないが,現義歯の状態を検査・把握することは,本来は欠かせないステップであると筆者は考えている.そう考える理由は二つある.
 一つは,現義歯の状態を検査し,主訴が生じている原因を理解し,新義歯を製作する際の手がかりにするためである.言い換えれば,なぜ現義歯がうまくいかないのか,どうしてそのような主訴が生じたのかを理解しなければ,闇雲に新義歯を作っても前医と同じ轍を踏む可能性も十分あるだろう.
 二つ目の理由は,現義歯の状態および問題点を把握し,患者のもつ顎堤条件や顎間関係など治療の難易度に関わる要因と,自分自身の力量等を勘案することで,主訴の改善程度と機能回復の程度を治療前にあらかじめ予測することができると考えるからである.そして,その予測結果を患者に伝え,共有してから治療を開始することは,結果的に患者満足度の向上につながるだろう.
 つまり,現義歯の情報を詳細に収集するステップは,一見遠回りに見えて,その実,新義歯成功への近道であると言える.
 ただ残念ながら,現義歯の状態を検査・診断する内容については,現在の教育現場では十分に語られていないのではないかと筆者は感じている.たしかに,日本補綴歯科学会監修のチェックリスト等は存在するものの,収集した問題の原因として何が考えられるのか,その情報をどう活かすのかまでは,十分に観察されていない.そこで本書では,患者が持参した,何らかの問題を抱えた(もしくは生じた)現義歯を提示し,そこから得られる情報を整理し,考察してみたい.
 本書が読者諸兄の現義歯を“診る目”を養うための一助となれば幸いである.
 2019 年6 月吉日
 松田謙一
 序
Chapter 1 現義歯から患者の主訴を予測せよ!
Chapter 2 長期にわたり使用された症例
Chapter 3 著しい咬耗による咬合接触の喪失を認める症例
Chapter 4 義歯完成後に多くの修正が行われている症例
Chapter 5 患者家族から再製作の依頼を受けた症例
Chapter 6 人工歯排列位置から顎偏位が疑われる症例
Chapter 7 義歯の修理を繰り返している症例
Chapter 8 下顎義歯の難易度が高い症例
Chapter 9 顎位の設定を大きく誤っていた症例
Chapter 10 舌に何らかの障害があると推察される症例
Chapter 11 上下顎のサイズに差が認められる症例
Chapter 12 現義歯と旧義歯の二つを使用している症例
Extra 1 現義歯の撮影について〜撮影すべき写真と撮影のポイント〜
Extra 2 現義歯の何を見ているのか〜見るべきポイント〜
Extra 3 新義歯へのヒントをラボサイドと共有するために〜現義歯を印象採得しておくことの意義〜
 結