やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

第2版 はじめに
 児童福祉法の改正で,「医療的ケア児」という文言が明記されたのが2016年のことです.それから5年後の2021年には「医療的ケア児及びその家族に対する支援に関する法律」が施行され,子どもならびにその家族に対して,より社会全体で支援していくことの大切さが説かれました.その時期に日本障害者歯科学会では,先がけとして『小児在宅歯科医療の手引き』を発刊しました.当時は小児在宅歯科医療を行う歯科医師・歯科衛生士の数はまだまだ限られていました.しかし,多くの医療的ケア児と家族が悩む“口腔ケアの実践“,“食事や摂食機能障害への対応”,“歯の交換期の不安”等,歯科医療者に対するニーズが至るところで注目を浴びていました.そのため多くのニーズに本学会の会員が少しでも役立てるよう当時の理事長の命を受け,本学会のガイドライン委員会の主導によって本手引きの第1版が完成しました.
 近年,各都道府県で小児在宅歯科医療を積極的に行う歯科医師・歯科衛生士の数も増え,本学会の学術大会や学術雑誌の掲載論文でもその現状を目にするようになってきました.発刊当時,ニーズに対して手探りで対応していたところも否定できません.しかし,現在は発刊当時に比較して臨床経験を通して知識の蓄積がなされただけでなく,歯科医療者や保険制度等の課題が明らかにされてきました.そこで,より充実した歯科医療の提供を実現するために本学会の診療ガイドライン委員会で再度,内容を検討し,第2版を発刊するに至りました.
 日本の医療技術の進歩は目覚ましく,周産期医療における救命率は世界に冠たるものであります.そのお陰で多くの子ども達の命が救われ,元気に育っていく子ども達が多い中で,いわゆる医療的ケア児という存在も増加傾向にあります.多くの歯科医療者が小児在宅歯科医療に参画するようにはなっているものの,まだまだ足りないのが現状です.多くの歯科医療者が二の足を踏んでいるのが現状かと思います.本手引きの改訂によって,より多くの歯科医療者が小児在宅歯科医療に携わっていただければ幸いです.
 いつでも,どこでも質の高い小児在宅歯科医療が実践されることを望んでおります.
 公益社団法人日本障害者歯科学会 2024-2025年度理事長
 野本たかと


 2021年4月に本手引きの第1版が発行されて以来,小児在宅歯科医療を取り巻く状況は,少しずつ変わってきました.各地域で小児在宅歯科関連の研修会が開催され,連携システムの構築が進められ,また診療報酬においてもこの分野の重要性を示す改定がなされています.しかしそれでもなお,本当に必要なところに医療が届いているとは言えない状況が続いています.
 医療的ケア児は現在2万人を超えていると推計されています.医療的ケアを必要とする子ども達の多くに,早産・低出生体重児がいます.早産・低出生体重児の総数は緩やかに減少しているとされますが,実際は,その中で超低出生体重児,極低出生体重児が増えているのです.そのように見てみると,今後も小児在宅歯科医療を必要とする子どもたちは増え続けていくように思われます.
 第1版の序章でも述べましたが,本手引きは,日本障害者歯科学会員と日本小児歯科学会員が地域と連携し,これまで歯科の手が及ばなかった子ども達へ,広く確実に歯科医療の支援を行っていくためのガイドとして作成されました.少産少子の中で高度医療が必要な子どもが増えている現代において,それぞれの地域・それぞれの医療機関の特徴を生かした小児在宅歯科医療への貢献を行うには,どのような取り組みが必要でしょうか.小児在宅歯科医療を特別な能力・技術力をもつ限られた人達だけが行うのでは,地域医療の充実には限界がきています.各自ができる力,得意な力を発揮して連携していく,そのために本手引きをご利用いただければ幸いです.
 診療ガイドライン作成委員会委員長
 田村文誉


第1版 はじめに
 日本の医療は,これまでの予想を覆すほど進歩を続けており,なかでも周産期医療や小児救急医療の発展により周産期死亡率・乳児死亡率の低さは世界一という輝かしいアウトカムを残している.しかしながら,幸いにして生命は守られても,幼い生命に大なり小なりの障害を残すことを私たちは知らなければならず,また同時に保護者の心にも傷を残している.
 ここ数年,「小児在宅医療」が日本医師会を通じて盛んになっており,我々の学会員からも小児在宅医療チームと連携をとっている事例が増加してくるようになった.一方で,在宅療養小児患者の特性を知らず,「依頼をしたら断られた」という保護者からの落胆する意見も同時に耳にしている.
 そこで,日本障害者歯科学会では診療ガイドライン委員会に「小児在宅歯科医療」に関するガイドライン作成を喫緊の課題として依頼し,ごく短期間で本手引き書の発刊に至っている.日本障害者歯科学会では,安全安心の歯科医療を提供することを大前提に多くの活動を行っている.前述の「依頼をしたら断られた」とは,何が原因であったのか,私たちは真剣に議論しなければならない.重症心身障害児だったから? 人工呼吸器装着児だったから? 易感染性だったから? 理由はさまざまであろうが,私たちは子どもたちとその保護者の要望に応えられる歯科医療関係者を増やさなければならない使命がある.本手引き書は,歯科医療関係者の基本的な疑問に応える内容と実践例からなる構成となっている.本手引き書が,多くの子どもたちへの安全安心な歯科医療の一助につながると信じており,未来ある子どもたちとその保護者の笑顔がこれまで以上に増えることを願っている.
 一般社団法人日本障害者歯科学会 2018-2019年度・2020-2021年度理事長
 弘中祥司


 この度,日本障害者歯科学会は日本小児歯科学会のご協力のもと,「小児在宅歯科医療の手引き」を発行することになりました.在宅で療養している子どもたちには,有病児や重症心身障害児,医療的ケア児がいます.彼らは,歯科とのつながりが希薄です.多くが1歳6か月や3歳児歯科健診を受けられていません.その後も長期にわたり歯科とは関係を持てず,歯科疾患が重症化して初めて歯科を受診することがほとんどです.この手引きは,日本障害者歯科学会会員と日本小児歯科学会会員が地域と連携し,これまで歯科の手が及ばなかった子どもたちへ,広く確実に歯科医療の支援をしていくためのガイドとして作成されました.
 これまで,特別な支援が必要な子どもへの歯科治療は,おもに外来や入院で行われてきました.安全性や衛生環境の面から,それは今後も変わることはないでしょう.しかし多くの場合,う蝕等の歯科疾患が重症化してからの治療となっています.全身麻酔を含め適切に対応できる医療機関は限られていることから,受診の際の混雑は必至であり,常に予約待ち,診療を待機せざるを得ない状況が繰り返されています.
 医科では,NICUやPICUの満床問題から早期に在宅復帰する子どもが増加したことへの対策として,日本医師会が2016年度に「小児在宅ケア委員会」を立ち上げ,小児在宅ケアへの充実が推し進められてきました.在宅で療養する子どもたちが増加する現状や重症心身障害児者の高齢化の問題を踏まえ,歯科でも在宅への対応に乗り出す必要があります.
 これまで行われてきた,重症化したう蝕や歯周病等の歯科治療はもちろん重要です.さらに今後は,重症化する前に「予防」する,といった観点からの取り組みを広げていくことが必須です.そのためには,学会員が地域と連携し,かかりつけ歯科医師を中心としたシステムの構築を図ることが望まれます.
 少産少子のなかで高度医療が必要な子どもが増えている現代において,それぞれの地域・それぞれの医療機関の特徴を生かした小児在宅歯科医療への貢献が求められています.この手引きがその道しるべになれば幸いです.
 診療ガイドライン作成委員会委員長
 田村文誉
 はじめに
 小児在宅医療の実際と歯科医療に期待すること 小児科医からの提言(小沢 浩)
第1章 小児在宅歯科医療の必要性
 1―在宅療養児の実態(田村文誉)
  (1)医療的ケア児
  (2)重症心身障害児者
  (3)福祉における重症心身障害児
  (4)医療における重症心身障害児
  (5)教育における重症心身障害児
  (6)超重症心身障害児者
 2―小児在宅歯科医療の推進(村上旬平)
 3―小児在宅歯科医療の実態(これまでの診療実績),求められていること,すべきこと(八若保孝)
 4―ライフステージによる変化および配慮等(八若保孝)
  (1)無歯期:Hellman IA(一般的に誕生〜6か月)
  (2)乳歯萌出期:Hellman IC(一般的に6か月〜3歳)
  (3)乳歯列完成期:Hellman IIA(一般的に3〜6歳)
  (4)第一大臼歯萌出期および前歯部交換期:Hellman IIC(一般的に6〜8歳)
  (5)側方歯群交換期:Hellman IIIB(一般的に9〜12歳)
  (6)第二大臼歯萌出期:Hellman IIIC(一般的に12〜15歳)
  (7)永久歯列期:Hellman IIIC以降(一般的に15歳〜)
第2章 小児在宅歯科医療の期待・展望
 (小方清和)
 1―地域の歯科診療所が行う小児在宅歯科医療
 2―小児歯科や障害者歯科を専門とする高次医療機関の後方支援
 3―障害児(者)歯科医療を専門とする歯科医療者の役割
 4―高齢者在宅歯科医療(や総合病院歯科)への期待
第3章 小児在宅歯科医療を実施するための基本的知識
 1―小児療養児に関する法律と福祉サービスについて《資料》(江草正彦)
  (1)「障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律及び児童福祉法の一部を改正する法律」(概要)
  (2)重度訪問介護の訪問先の拡大
  (3)居宅訪問により児童発達支援を提供するサービスの創設
  (4)医療的ケアを要する障害児に対する支援
  (5)障害児のサービス提供体制の計画的な構築
  (6)補装具費の支給範囲の拡大(貸与の追加)
  (7)障害福祉サービス等の情報公表制度の創設
 2―小児在宅歯科医療を実行するための留意点(江草正彦)
  (1)口腔の診察・診断
  (2)治療方針
 3―在宅療養児の理解
  (1)医療的ケア:吸引,経管,人工呼吸器等(小方清和)
  (2)家族での看護介護(井理人)
第4章 小児在宅歯科医療の診療体制
 1―概要(関野 仁)
 2―歯科衛生士の役割(関野 仁)
  (1)歯科訪問診療の事前準備
  (2)歯科治療の補助
  (3)歯科保健指導
  (4)予防処置(器質的口腔ケア)
  (5)機能的口腔ケア
  (6)他職種との連携
 3―訪問に必要な器材(井理人)
  (1)基本的な持ち物
  (2)在宅で専門的な介入を行う場合の持ち物
 4―感染対策(山田裕之)
  (1)感染症対策(感染症への配慮)
  (2)予防接種の重要性
  (3)歯科訪問診療における手指衛生管理
  (4)医療従事者
  (5)使用器具について
  (6)環境対策
  (7)処置
  (8)感染性廃棄物の管理
  (9)おもに小児が罹患する感染症
 5―安全対策(全身管理や偶発症を含む)(小笠原 正)
  (1)リスクマネジメント
  (2)重症心身障害児の在宅歯科診療時のリスク
  (3)超重症児・医療的ケア児の在宅歯科診療時のリスク
第5章 小児在宅歯科診療の実際
 1―情報収集
  (1)概要,フローチャート(井理人)
  (2)依頼から訪問までの確認事項(井理人・小松知子・林 佐智代)
 2―小児本人や保護者への挨拶,改めて主治医からの診療情報の確認,保護者への状況の聞き取り(山田裕之)
  (1)小児本人や保護者への挨拶
  (2)改めて主治医からの診療情報の確認
  (3)保護者への状況の聞き取り(医療情報の収集)
 3―診療
  (1)全身状態の把握(小笠原 正)
  (2)口腔内診査(加藤 篤)
  (3)治療・管理計画の立案(小笠原 正)
 4―具体的な内容
  (1)口腔健康管理(内海明美)
  (2)歯面清掃と粘膜ケア(江草正彦)
  (3)歯科治療(加藤 篤)
  (4)摂食嚥下リハビリテーション(田村文誉・山田裕之・玄 景華)
 ☆補足用語説明
第6章 事例(架空症例)
 1―事例(1)(村上旬平)
  (1)症例概要
  (2)経過および対応
 2―事例(2)(小方清和)
  (1)症例概要
  (2)経過および対応
 3―事例(3)(井理人)
  (1)症例概要
  (2)経過および対応
 4―事例(4)(井理人)
  (1)症例概要
  (2)経過および対応

 文献