やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

第3版・序
 第2版が発刊されて四半世紀以上の年月が過ぎる間に,近年では歯科医師国家試験の合格者が毎年約2,000人前後と受験者の3分の2に抑えられる難関となってしまいました.「歯科医師は典型的で代表的な外科系の医師である」と考えています.IT関連等,様々な仕事や職種が増える中,昔ながらの,患者さんの体に直接触れて,傷をつけながらも診療を進める,尊い外科系の医師の仲間が増えるのは大切なことであると思います.
 歯科医師・歯科学生にとって外科学とは解剖学や生理学,生化学,薬理学等の基礎の生命科学を学習したのちに,病理学に引き続き,生体のどのような異常が全身的な病態と関連があるのか,また,外科的な処置が臨床的にどのように影響するのか等,歯科臨床医学に進む前に理解するために必要な学問であると思います.これらは『歯科医のための外科学 第2版』で外科学総論としてわかりやすく取り上げられ,この改訂版でもそれを踏襲しました.さらに近年の歯科医師国家試験を分析すると,「外科学」関連では,全身的な病態,臓器機能の評価・検査方法等,総論の内容を問う問題が増加しています.
 また外科系の医師はとかく手術や処置の技術の良し悪しで評価されがちですが,一部の特殊な技能を有した外科系医師でない限り「手術(処置)はなしえて当たり前」であり,それよりも,手術・処置前に,病態を理解し,その手術や処置に対しての準備,特に患者の全身状態を把握し対応して,より安全に手術・処置を遂行することが重要な仕事です.これを安定して行える者が診療すれば,術後の経過も良く,合併症も少なく,結果として評判の良い優れた外科系の医師と呼ばれるものと考えます.これらも外科学総論に含まれた分野ですので,この改訂版では総論に多くのページを割きました.
 本改訂版でも第2版の工夫を取り入れ,各章の初めにその章の解説の概略を示すこと,随所にメモをあげて本章を理解しやすいトピックや歯科医師に留意してもらいたい点等を記載してあります.また,歯科学生,歯科医師の先生方には各章が歯学教育の令和5年度時点でのモデルコアカリキュラムや歯科医師国家試験出題基準のどの項目に該当するかをわかりやすく章末に記載し,どの章も歯科医師として必要な知識であることが示されています.
 歯科学生の教科書という観点からと,臓器別の記載となる各論から国家試験への出題は極めてまれになるため,各論のページ数は少なくし,執筆していただいた先生方には物足りない内容になったかもしれませんが,大変なご苦労をおかけしながら「歯科医師が医師と連携するために必要な医学的知識」として,各臓器の簡単な解剖や機能をご紹介いただいたうえで,代表的な疾患に絞ってご記載いただきました.
 今般,口腔内の状態が様々な病気や外科手術後の合併症の発症率に関連することを示唆するエビデンス等が報告されるようになりました.この各論も,それぞれの臓器領域の外科について歯科医師が興味をもち,将来的に歯科医師側から口腔の状態が各臓器の疾患や外科治療に何かの関連があることを発信してくれるようなことがあれば編集に携わったものとして幸甚に思います.
 最後に,この『歯科医師のための外科学 第3版』が歯科診療に携わる皆様のお役に立てるものとなることを切に願っております.
 2023年6月
 野本周嗣,久米 真


第2版・序
 かつて外科学として一般外科医が診療していた脳外科学,整形外科学,産婦人科学,耳鼻咽喉科学,泌尿器科学などは,時代とともに専門科として独立してきた.歯科学はそれ以前から臨床・教育の面でも独立している.しかし外科系の学問である以上,一般外科学,とくに総論の知識は歯科医にも必要であり習得すべき基礎的事項であろう.歯科学が口腔内の診療を行う特殊な領域ではあっても,外科系あるいは内科系疾患との繋がりのある病変も多く,その一環としても外科学の知識は必要である.
 「歯科医のための外科学」の第1版はこのことを意図して1987年に発行された.しかし,その後歯科医師国家試験の出題基準が改訂されて,基礎科目が新たに設定されるにあたり,歯科医が基礎的知識として必要とされていたものが,国家試験にも出題されるようになった.第1版は一般外科学としての認識を深めることを意図して発行されたが,ある意味では辞書的な参考書の性格を帯びたものであり,一般歯科医のために役立てることを意図してつくられた.
 第1版が直接的には国家試験の対策として必ずしも便利にはなっていなかったこと,歯学部の学生および歯科医にとって手近に引用するのに不便な向きもあって大幅な改訂の必要性を感じるようになり,今回改訂の運びとなった.
 本改訂書で特徴的なことは,各章の初めにその章の解説の概略を示しており,希望とする内容について重点的に拾い読みが簡便となるようにした.また各章ごとに歯科学との関連という枠で箇条書きにして,歯科学の習得上なるべく役立つようにした.国家試験についても無視できないために,国家試験出題に関連する事項をやはり箇条書きにして章末に記載した.
 当然のことであるが,外科学の教科書は総論と各論に分けられる.外科的な疾患が多いために一般には各論が詳細となり頁数の比率も多くなるところであるが,上記の諸目的を考慮して総論を重視し,頁数もこれに多くをさいた.各論は歯科学を学ぶものにとって知っておいた方が都合がよいものを主としてとりあげ,細かな疾患,その手術適応,手術を含む治療法などの詳細はなるべく割愛した.
 重要な箇所はゴシック文字で記した.随所にメモをあげて,一般常識として知っておくことが望ましいものは,文中の記載と重複しても枠を設けて説明し,記憶しやすいようにした.医学は当然のことながら日々進歩を遂げているので,古い教科書には出ていなかったような事柄,最近とくに話題となっているものについては,トピックスの枠をもうけて,医学の最近の話題についていけるように解説を加えた.また,わが国の医学用語はワープロでは出てこないような難解なものが多いため,蛇足かもしれないがふりがなを付した.ふりがなもときには変わることもあり,また医学辞書と一般辞書とでは違うこともあるので,その辺にも意を払ってつけたつもりである.内容を強調するため意識的に名詞止めにした箇所もある.
 本書は外科学のうちでも,それぞれ専門領域の先生方に分担執筆をお願いしたので,執筆者により表現方法が多少異なるが,上記の基本的編集方針にしたがったものになっているものと信じる.
 本書の趣意は単に国家試験用に作られたものではなく,あくまで歯科学生および歯科医のための外科学の基礎的知識の習得を目的として編集されたものである.しかし実状に合わせて国家試験用の図書としても十分に活用できるように工夫した.願わくは本書を講義,試験が終了した時点で捨て去ることなく,外科学の参考書として実用に供して欲しい.
 1996年6月
 編者しるす


初版・序
 臨床歯科医学は外科系の領域にきわめて密接に関連するため,外科学総論の知識は,臨床歯科医にとっては考え方の基本となるものである.したがって歯学教育カリキュラムにおいては,外科学は必須課目になっているのは当然であるが,今までは歯学教育に適した外科学教科書がなかった.従来歯学教育に用いられたものは,医科学生用のもので,詳細に過ぎる傾向があった.そのため講義を受ける学生は,内容に関する重要度の判定および系統的な外科学の知識を得るために困難を感じるところが多かった.さらに歯学部学生は実習による技術的訓練に多くの時間をとられ,日々増大する情報量の処理に悩んでいるのが現状であり,歯学教育に適当な外科学教科書の出版が待ち望まれるところであった.
 今回“歯学教授要綱”の改訂にあたり,最新の知見を採り入れつつもエッセンシャルにしてミニマムな,歯学部学生の教授目的に適した外科学教科書の出版を意図したところ,幸いにして全国の歯科大学,歯学部において外科学の講義を担当されている先生方の賛同を得て執筆に協力していただくことができた.
 編集方針としては総論に重点を置き,各論に関しては代表的な疾患の紹介にとどめ,総花的な記述は避けた.各疾患については,概念(頻度,疫学的事項を含む),症状,診断に関しては重点的に,生理,解剖,病理,病態生理に関しては必要最小限の記述とし,治療は代表的なもののみを記すようにした.学生のための議義にとって大切なことは,正しいこと(誤っていないこと)とわかりやすいことであり,外科学の総括的概念が会得できれば,詳細であることは必ずしも必要でないと考え,図表,写真,イラストなどを利用し,2色刷のオフセット印刷で読みやすく理解しやすい表現をとってある.
 全体は,歯学部で外科学の講義に与えられた授業時間に手頃なページ数にまとめられている.また,歯科学カリキュラムでは整形外科,泌尿器科の講義はなく,婦人科もあまり講義をしない大学があるので,それらの領域も含めることにより,全身状態と身体各部の関連性を理解させるようにした.
 医学部における外科学の教育においては,階段教室における臨床講義,付属病院における学生ポリクリなどで学生が患者と接することにより,代表的な疾患については理解しやすい方法がとられているが,歯学部においては一般外科学の実習は事実上行われていない.これはテキストだけで料理の勉強をするようなものであり,形と色はわかっても味と匂いはわからないことに似ている.したがって,“味つけ”の部分に関しては,実際に講義を担当される先生方の熱意と努力に期待するところ大なるものがある.
 従来一般に歯科医は患者の全身状態を観察する習慣がなかった.しかし,歯科医は全身の一部である口腔内の疾患を取り扱っているのであり,全身の一部に刺激を与えればその影響が全身に及ぶのは当然であるから,歯科医は絶えず患者の全身状態に注意していなくてはならない.老齢人口が増加し,複数の成人病疾患をもっている患者の存在も日常的なことになりつつある現在では,全身性疾患と各疾患相互の因果関係および救急処置の知識がなくては歯科診療を行うわけにはいかなくなってきている.
 口腔は消化器全体と直接的な関係があるが,気道の入口でもあり,身体各部と関連性を有しているため,学生諸君は外科学各論を学ぶことによって,全身における各臓器の機能と関連性を理解し,それを歯科診療と全身状態の関係について考察するときの有力な手段として役立ててもらいたい.
 以上のような意味から,本書は歯科学生ばかりでなく,臨床の第一線で活躍されている開業歯科医にとっても有用であると考え,表題を“歯科医のための外科学”とすることにした.本書を利用することによって,歯科学カリキュラムの内容が充実され,優秀な歯科医の養成に貢献できることを確信するものである.
 1987年4月
 編者しるす
1編 外科学総論
1章 外科学の概念
 (野本周嗣)
 1 医療の歴史,内科と外科,歯科
 2 外科的な病気の捉え方:外科的診断法
 3 外科的な病気へのアプローチの仕方
 4 外科的な患者への接し方
 5 外科の発達
 6 外科系医師に必要な全身管理
 7 まとめ
2章 外科的診断法
 (野本周嗣)
 1 問診と医療面接
 2 視診
 3 触診
 4 打診
 5 検査,画像診断
 6 診療録の記載
 7 確定診断
 8 術後診断
 9 まとめ
3章 外科的基本手技
 (林 真路)
 1 手術用器具
 2 皮膚切開法
 3 止血法
 4 縫合法・結紮法
 5 手術体位
 6 手術の種類
 歯科的留意点
 7 まとめ
4章 滅菌・消毒法
 (櫻井健一)
 1 滅菌と消毒
 2 滅菌と消毒の歴史
 3 滅菌法
 4 消毒法
 5 滅菌・消毒の実際
 6 まとめ
5章 標準予防策(スタンダードプリコーション)
 (米原啓之)
 1 標準予防策の概念
 2 各種予防策の方法
 3 歯科における標準予防策
 4 まとめ
6章 術前,術中,術後管理・術後合併症
 (野本周嗣)
 1 術前管理
 2 内分泌機能
 3 手術術式,処置の立案と説明
 4 同意書の取得
 5 術前のまとめ
 6 術中の管理
 7 術後の管理
 8 術後合併症
 9 まとめ
7章 血液凝固・出血・止血
 (栗山直剛,神代竜一,池田哲夫)
 1 出血の分類
 2 止血法
 3 凝固・線溶の機序
 4 出血凝固検査
 5 異常出血
 6 播種性血管内凝固症候群
 7 まとめ
8章 水・電解質・輸液
 (小野滋司,長谷川博俊)
 1 生体の水・電解質
 2 輸液
 3 輸血
 4 まとめ
9章 ショック・救急蘇生法
 (下坂典立,牧山康秀)
 1 ショック
 2 救急蘇生法
 3 まとめ
10章 損傷・炎症・創傷治癒
 (馬場 優,川原一郎,田 訓)
 1 損傷の原因
 2 損傷の種類
 3 炎症の定義
 4 急性炎症・慢性炎症
 5 創傷治癒
 6 まとめ
11章 感染症・抗微生物化学療法
 (久米 真)
 1 感染症
 2 主な抗菌薬
 3 主な微生物
 歯科的留意点
 4 まとめ
12章 腫瘍の発生・診断
 (野本周嗣)
 1 腫瘍の概念,分類
 2 良性腫瘍と悪性腫瘍
 3 腫瘍の発生
 4 腫瘍の病理,病態
 5 腫瘍の早期診断の必要性
 6 がんの診断方法
 7 まとめ
13章 腫瘍の治療
 (久米 真)
 1 腫瘍の治療法決定の要因
 2 腫瘍の治療選択
 3 治療法(1) 局所療法
 4 治療法(2) 全身療法:薬物療法,化学療法
 5 治療法(3) 緩和医療
 6 治療法(4) 補完・代替療法
 歯科的留意点
 7 まとめ
14章 外科免疫・臓器移植・人工臓器
 (杉江知治)
 1 感染免疫
 2 腫瘍免疫
 3 アレルギー
 4 免疫不全
 5 移植外科
 6 人工臓器
 7 まとめ
2編 外科学各論
1章 脳・脊髄
 (前田 剛,牧山康秀)
 1 脳の特性
 2 脳・脊髄疾患
 3 まとめ
2章 顔面・頸部
 (高橋真理子)
 1 発生・構造・機能
 2 顔面・頸部の疾患
 3 まとめ
3章 乳腺
 (多田真奈美,杉江知治)
 1 乳腺の解剖・生理機能
 2 先天発達異常
 3 乳腺症
 4 炎症性疾患
 5 良性腫瘍
 6 悪性腫瘍(乳癌)
 歯科的留意点
 7 まとめ
4章 気管・気管支・肺
 (坂口浩三)
 1 肺・気管支・縦隔・胸壁の臨床解剖
 2 呼吸器外科概論
 歯科的留意点
 3 まとめ
5章 縦隔・胸膜・胸壁・横隔膜
 (坂口浩三)
 1 縦隔の臨床解剖と縦隔疾患
 2 胸膜・胸壁・横隔膜疾患
 歯科的留意点
 3 まとめ
6章 心臓・大血管・血管
 (高橋智弘,千葉俊美)
 1 心臓・大血管の解剖
 2 心臓・大血管の疾患
 歯科的留意点
 3 まとめ
7章 食道
 (池田哲夫,古野 渉)
 1 食道の解剖・生理
 2 食道の疾患
 3 まとめ
8章 胃・十二指腸
 (中島秀彰)
 1 解剖
 2 検査法
 3 疾患各論
 歯科的留意点
 4 まとめ
9章 腹壁・腹膜
 (大竹雅広)
 1 腹壁
 2 腹膜
 歯科的留意点
 3 まとめ
10章 肝臓・胆嚢・膵臓
 (林 真路)
 1 肝臓
 2 胆道
 3 膵臓
 歯科的留意点
 4 まとめ
11章 小腸・大腸
 (鈴木英之)
 1 小腸
 2 大腸
 歯科的留意点
 3 まとめ
12章 直腸・肛門
 (浅原史卓,長谷川博俊)
 1 解剖・生理
 2 検査法
 3 疾患
 歯科的留意点
 4 まとめ
13章 急性腹症・イレウス・腸閉塞
 (大竹雅広)
 1 急性腹症
 2 イレウス・腸閉塞
 歯科的留意点
 3 まとめ
14章 小児外科
 (久米 真)
 1 小児外科とは
 2 解剖・生理
 3 検査法
 4 小児外科疾患(1) 新生児期の外科疾患
 5 小児外科疾患(2) 乳児・幼児期の外科疾患
 歯科的留意点
 6 まとめ

 索引