『口腔インプラント治療指針』発刊にあたって
公益社団法人 日本口腔インプラント学会
理事長 川添堯彬
平成16(2004)年に内閣府から出された,“日本21世紀ビジョン”において,国民生活の最大の願いとして,「安全・安心」が取り上げられた.これは国民生活全般を視野に入れた運動であり,食品の安全,水の安全,大気の安全,交通の安全,医療の安全を網羅するものであった.なかでも「医療の安全」は,厚生労働省が国民に対して良質の医療を提供する体制を確保する必要から,厚生労働大臣の緊急のアピールとなった.そして平成17年6月に「報告書:今後の医療安全対策について」がまとめられた.その後,平成18年6月に医療法等の一部改正が行われ,翌年平成19年4月に改正医療法が施行されて,以下の体制等の政策が進展することになった.1〕医療の安全を確保するための措置,2〕院内感染防止について,3〕医薬品の安全管理体制,4〕医療機器の保守点検,安全使用に関する体制の4つである.
医療におけるこれらの動きは,一般医科領域において高度先進医療技術の臨床導入・普及に伴い,あるいはインフォームド・コンセントやPOSなど患者の人格を重視する治療方針の進展にも連動して急速に広がった.特に医療供給者に求められる“医療安全”と,患者側の立場を配慮しての治療に関連した“安心感の提供”が医療供給者や従事者に対して厳しく求められるようになってきた.歯科治療においても,特に“口腔インプラント治療”は,外科的侵襲を伴う手術のリスクや咬合問題での永続性が求められる上でのリスク,また治療費が高額に及ぶ場合など,安全や安心を損なう場合が多くなる.その上医療倫理の問題が絡む場合も少なくない.平成19年には日本歯科医師会は「歯科診療所における医療安全を確保するために」の冊子を作成し,配布した.また,厚生労働省においては日本歯科医学会や日本歯科医師会を通じて,関連学会・協会へ各専門領域の治療に関する「治療指針」や「ガイドライン(GL)」を作成することが要望されていた.
本学会は,すでに平成19年から医療安全重視の立場から「倫理規程」,「倫理審査・懲戒規則」を始め種々の規程・法規整備や,専門医および関連資格制度確立,「口腔インプラント教育基準」作成,口腔インプラント治療に関する教育講座,臨床技術向上講習会,BLS講習会などの制度・活動を,学会年度事業計画に加え実現・実施してきた.さらに口腔インプラント治療の医療安全・安心,専門医と信頼性,ガイドライン(GL)をキーワードとするメインテーマを,平成19年(第37回)の学術大会から平成24年(第42回)まで連続6カ年間取り上げて学会内外にアピールしてきた.
このような経緯の中で,平成23年10月に公益社団法人化の認可が下りた時に厚生労働省においては,引き続き口腔インプラントに関する治療指針またはガイドラインの完成を要望していることを知ったので,早速,本学会の教育委員会(渡邉文彦委員長)で進めてもらっていた作成作業を可及的に平成24年6月の任期中に完成させるようお願いした.渡邉文彦委員長以下執筆者全員の精力的かつ献身的なご努力とご苦労に深甚なる感謝の意を捧げます.
この『口腔インプラント治療指針』は,口腔インプラント治療を行う歯科医師を始めとするすべての歯科医療従事者に理解していただき,患者さんへの診察,検査,評価,診断,治療計画,説明やインフォームド・コンセントなどに活用していただけるもの,そして医療安全と患者さん目線での安心感の提供に役立つものと確信します.
平成24年6月10日
編集の序
口腔インプラント治療は,固定性補綴の実現,残存歯への少ない侵襲,また質の高い審美的・機能的回復が可能なことから,欠損修復の有力な治療法として日常臨床で多くの歯科医師に用いられている.しかし,長期間の良好な予後が報告される一方で,治療の失敗や医療トラブルがマスコミでも報じられている.先般,国民生活センターから日本歯科医学会,日本口腔インプラント学会,日本補綴歯科学会,日本口腔外科学会,日本歯周病学会へ口腔インプラント治療に関する要望書が出され,またNHKでも大きく口腔インプラント治療が取り上げられた.国民も,またマスコミも口腔インプラント治療が素晴らしい治療であることは認識しているものの,医療従事者側の治療技術や知識の不足,医療モラルの不足,患者へのインフォームドコンセントの不足が指摘され,その対応と改善が求められている.
過去10年を振り返ると,治療技術の確立と患者のニーズの高まりから,口腔インプラント治療に取り組む歯科医師が急増してきた.現在,公益社団法人日本口腔インプラント学会の会員数も12,500人となっている.口腔インプラント治療は述べるまでもなく,歯科医師であれば誰もが行うことができる治療であるが,全身的な診断能力や口腔外科治療に関する知識や技術,補綴,歯周,歯科放射線の知識や治療技術はもちろんのこと,解剖,生体材料,組織,病理に関しての広範囲の知識が求められる.残念ながらこれらを十分に修得せず,治療が行われていることも日常臨床では見られる.
日本口腔インプラント学会では,5年前より専門医制度の確立を目指し,専門医取得のための条件として認定の研修施設,大学系と臨床系の施設で5年間の研修を必須とし,知識,技術の向上を図っている.また,専門医取得後も日進月歩する口腔インプラント治療や関連する治療について,本学会教育委員会が中心となり学会の掲げた「安全・安心の口腔インプラント治療」を目指すべく専門医臨床技術向上講習会を開催している.
本学会の使命は,国民に口腔インプラント治療を通じて幸福を提供するため,学会会員,また広く歯科医師への指導,教育,情報提供を行い,国民への適切かつ信頼できる安全・安心の口腔インプラント治療を行うよう手助けをすることである.その一環として本学会の教育委員会では,歯科医師が口腔インプラント治療を行う場合の1つの基本的な指標を明らかとする目的から,本書『口腔インプラント治療指針』を上梓した.ここに掲げたのは,本学会が今日一般的となっていると認めた方法・技術であるが,それ以外の方法を否定するものではないことはご理解いただきたい.また,日々新しいエビデンスや臨床成績,基礎研究結果が明らかとなり,新材料が開発されてくると,本書の内容を変更しなければならなくなることをご理解いただきたい.本書は教育委員会のメンバーで分担しまとめたものであるが,医療安全の項は伊東隆利常務理事に担当いただいた.
最後に,本書が学会会員の皆様に頻用していただけることを切に希望致します.
平成24年6月10日
公益社団法人 日本口腔インプラント学会
教育委員会
委員長 渡邉 文彦
副委員長 松浦 正朗
委員 春日井昇平
矢島 安朝
江藤 隆徳
加藤 仁夫
永原 國央
松下 恭之
廣瀬由紀人
前田 芳信
廣安 一彦
公益社団法人 日本口腔インプラント学会
理事長 川添堯彬
平成16(2004)年に内閣府から出された,“日本21世紀ビジョン”において,国民生活の最大の願いとして,「安全・安心」が取り上げられた.これは国民生活全般を視野に入れた運動であり,食品の安全,水の安全,大気の安全,交通の安全,医療の安全を網羅するものであった.なかでも「医療の安全」は,厚生労働省が国民に対して良質の医療を提供する体制を確保する必要から,厚生労働大臣の緊急のアピールとなった.そして平成17年6月に「報告書:今後の医療安全対策について」がまとめられた.その後,平成18年6月に医療法等の一部改正が行われ,翌年平成19年4月に改正医療法が施行されて,以下の体制等の政策が進展することになった.1〕医療の安全を確保するための措置,2〕院内感染防止について,3〕医薬品の安全管理体制,4〕医療機器の保守点検,安全使用に関する体制の4つである.
医療におけるこれらの動きは,一般医科領域において高度先進医療技術の臨床導入・普及に伴い,あるいはインフォームド・コンセントやPOSなど患者の人格を重視する治療方針の進展にも連動して急速に広がった.特に医療供給者に求められる“医療安全”と,患者側の立場を配慮しての治療に関連した“安心感の提供”が医療供給者や従事者に対して厳しく求められるようになってきた.歯科治療においても,特に“口腔インプラント治療”は,外科的侵襲を伴う手術のリスクや咬合問題での永続性が求められる上でのリスク,また治療費が高額に及ぶ場合など,安全や安心を損なう場合が多くなる.その上医療倫理の問題が絡む場合も少なくない.平成19年には日本歯科医師会は「歯科診療所における医療安全を確保するために」の冊子を作成し,配布した.また,厚生労働省においては日本歯科医学会や日本歯科医師会を通じて,関連学会・協会へ各専門領域の治療に関する「治療指針」や「ガイドライン(GL)」を作成することが要望されていた.
本学会は,すでに平成19年から医療安全重視の立場から「倫理規程」,「倫理審査・懲戒規則」を始め種々の規程・法規整備や,専門医および関連資格制度確立,「口腔インプラント教育基準」作成,口腔インプラント治療に関する教育講座,臨床技術向上講習会,BLS講習会などの制度・活動を,学会年度事業計画に加え実現・実施してきた.さらに口腔インプラント治療の医療安全・安心,専門医と信頼性,ガイドライン(GL)をキーワードとするメインテーマを,平成19年(第37回)の学術大会から平成24年(第42回)まで連続6カ年間取り上げて学会内外にアピールしてきた.
このような経緯の中で,平成23年10月に公益社団法人化の認可が下りた時に厚生労働省においては,引き続き口腔インプラントに関する治療指針またはガイドラインの完成を要望していることを知ったので,早速,本学会の教育委員会(渡邉文彦委員長)で進めてもらっていた作成作業を可及的に平成24年6月の任期中に完成させるようお願いした.渡邉文彦委員長以下執筆者全員の精力的かつ献身的なご努力とご苦労に深甚なる感謝の意を捧げます.
この『口腔インプラント治療指針』は,口腔インプラント治療を行う歯科医師を始めとするすべての歯科医療従事者に理解していただき,患者さんへの診察,検査,評価,診断,治療計画,説明やインフォームド・コンセントなどに活用していただけるもの,そして医療安全と患者さん目線での安心感の提供に役立つものと確信します.
平成24年6月10日
編集の序
口腔インプラント治療は,固定性補綴の実現,残存歯への少ない侵襲,また質の高い審美的・機能的回復が可能なことから,欠損修復の有力な治療法として日常臨床で多くの歯科医師に用いられている.しかし,長期間の良好な予後が報告される一方で,治療の失敗や医療トラブルがマスコミでも報じられている.先般,国民生活センターから日本歯科医学会,日本口腔インプラント学会,日本補綴歯科学会,日本口腔外科学会,日本歯周病学会へ口腔インプラント治療に関する要望書が出され,またNHKでも大きく口腔インプラント治療が取り上げられた.国民も,またマスコミも口腔インプラント治療が素晴らしい治療であることは認識しているものの,医療従事者側の治療技術や知識の不足,医療モラルの不足,患者へのインフォームドコンセントの不足が指摘され,その対応と改善が求められている.
過去10年を振り返ると,治療技術の確立と患者のニーズの高まりから,口腔インプラント治療に取り組む歯科医師が急増してきた.現在,公益社団法人日本口腔インプラント学会の会員数も12,500人となっている.口腔インプラント治療は述べるまでもなく,歯科医師であれば誰もが行うことができる治療であるが,全身的な診断能力や口腔外科治療に関する知識や技術,補綴,歯周,歯科放射線の知識や治療技術はもちろんのこと,解剖,生体材料,組織,病理に関しての広範囲の知識が求められる.残念ながらこれらを十分に修得せず,治療が行われていることも日常臨床では見られる.
日本口腔インプラント学会では,5年前より専門医制度の確立を目指し,専門医取得のための条件として認定の研修施設,大学系と臨床系の施設で5年間の研修を必須とし,知識,技術の向上を図っている.また,専門医取得後も日進月歩する口腔インプラント治療や関連する治療について,本学会教育委員会が中心となり学会の掲げた「安全・安心の口腔インプラント治療」を目指すべく専門医臨床技術向上講習会を開催している.
本学会の使命は,国民に口腔インプラント治療を通じて幸福を提供するため,学会会員,また広く歯科医師への指導,教育,情報提供を行い,国民への適切かつ信頼できる安全・安心の口腔インプラント治療を行うよう手助けをすることである.その一環として本学会の教育委員会では,歯科医師が口腔インプラント治療を行う場合の1つの基本的な指標を明らかとする目的から,本書『口腔インプラント治療指針』を上梓した.ここに掲げたのは,本学会が今日一般的となっていると認めた方法・技術であるが,それ以外の方法を否定するものではないことはご理解いただきたい.また,日々新しいエビデンスや臨床成績,基礎研究結果が明らかとなり,新材料が開発されてくると,本書の内容を変更しなければならなくなることをご理解いただきたい.本書は教育委員会のメンバーで分担しまとめたものであるが,医療安全の項は伊東隆利常務理事に担当いただいた.
最後に,本書が学会会員の皆様に頻用していただけることを切に希望致します.
平成24年6月10日
公益社団法人 日本口腔インプラント学会
教育委員会
委員長 渡邉 文彦
副委員長 松浦 正朗
委員 春日井昇平
矢島 安朝
江藤 隆徳
加藤 仁夫
永原 國央
松下 恭之
廣瀬由紀人
前田 芳信
廣安 一彦
I 口腔インプラント治療とは
1.インプラント治療に関連する分野
2.インプラント体に用いられる生体材料
II インプラント治療手順
1.インプラント治療が通常の歯科補綴治療とは異なる点
2.チームアプローチ
III 診察と検査
1.医療面接
2.診察法および検査法
IV 総合的評価
1.全身状態の検査
2.局所的な診察と検査
3.模型上での検査
4.エックス線検査・診断
5.局所状態:診断と治療方針
V リスクファクター
1.分類
2.一般的リスクファクター
3.全身的リスクファクター
4.局所的リスクファクター
VI 治療計画
1.プロブレムリストの作成
2.治療計画において考慮すべき点
VII インフォームドコンセント
1.インプラント治療におけるインフォームドコンセントの重要性
2.インプラント治療の特性と医療従事者の責務
VIII インプラント治療と医療安全
IX 術式
1.術前準備
2.麻酔
3.インプラント体埋入手術
4.骨量
5.軟組織への対応
X 埋入時期・荷重時期
1.埋入時期
2.荷重時期
3.免荷期間を短縮する治療法について
XI インプラント補綴法
1.単独冠
2.連結冠
3.ブリッジ
4.可撤性ブリッジ・オーバーデンチャー
5.上部構造の材質
6.暫間補綴装置
XII 偶発症と合併症
1.インプラント治療の成功の基準
2.インプラント治療全体で起こる注意すべき合併症の代表例
3.インプラント手術に関連して起こる注意すべき合併症の代表例
4.経過時に起こりうる合併症
XIII インプラント支持療法
1.維持療法
2.支持療法
XIV 参考文献
付 全身疾患に対する基礎知識
付 図表一覧
索引
1.インプラント治療に関連する分野
2.インプラント体に用いられる生体材料
II インプラント治療手順
1.インプラント治療が通常の歯科補綴治療とは異なる点
2.チームアプローチ
III 診察と検査
1.医療面接
2.診察法および検査法
IV 総合的評価
1.全身状態の検査
2.局所的な診察と検査
3.模型上での検査
4.エックス線検査・診断
5.局所状態:診断と治療方針
V リスクファクター
1.分類
2.一般的リスクファクター
3.全身的リスクファクター
4.局所的リスクファクター
VI 治療計画
1.プロブレムリストの作成
2.治療計画において考慮すべき点
VII インフォームドコンセント
1.インプラント治療におけるインフォームドコンセントの重要性
2.インプラント治療の特性と医療従事者の責務
VIII インプラント治療と医療安全
IX 術式
1.術前準備
2.麻酔
3.インプラント体埋入手術
4.骨量
5.軟組織への対応
X 埋入時期・荷重時期
1.埋入時期
2.荷重時期
3.免荷期間を短縮する治療法について
XI インプラント補綴法
1.単独冠
2.連結冠
3.ブリッジ
4.可撤性ブリッジ・オーバーデンチャー
5.上部構造の材質
6.暫間補綴装置
XII 偶発症と合併症
1.インプラント治療の成功の基準
2.インプラント治療全体で起こる注意すべき合併症の代表例
3.インプラント手術に関連して起こる注意すべき合併症の代表例
4.経過時に起こりうる合併症
XIII インプラント支持療法
1.維持療法
2.支持療法
XIV 参考文献
付 全身疾患に対する基礎知識
付 図表一覧
索引








