やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

歯科矯正学専門用語集の発刊に寄せて
 漸くにして,日本矯正歯科学会編『歯科矯正学専門用語集』が,発刊の運びとなった.想えば本企画は,花田晃治前学会長が歯科矯正学の用語整理を当時の学術委員会に委任したことに端緒を開くので,今日までに10年近くの時間を要したことになる.この間,それぞれの用語を巡り意見の統一が必ずしも円滑でなかったことなど,さまざまな紆余曲折の労苦が容易に偲ばれる.
 ちなみに,「用語」に相当する“term“を辞書で引いてみると,「原義『限界』から,時間的,条件的,表現上の限界の意が派生」とある.「限界」から派生した「用語」という単語には,もともと「はっきりした境とか,区切り」といった語意が付帯していたように思われる.また,「言葉」という単語の語源を遡ってみると,ギリシャ語の“logos”に行きつく.興味深いことに,そのlogosには,「言葉」のほかに「理性」の意味も持ち合わせている.
 「専門用語」とは,それぞれの特定の分野に特化して通用し,公的に使用される言葉・用語群である.さらに「学術用語」には,その言葉の定義にあたって一般の領域に比して,よりはっきりした論理に裏付けられていることが必要である.議論を進めるうえで,人々の間で認識のディスクレパンシーがあっては結論が導けないためである.したがって,成熟した専門学術分野に求められるものは,少なくとも,公正なる議論にとって必要不可欠とされる用語が,理性や論理に基づいて選別されているべきことと思量される.
 周知のように,日本矯正歯科学会は設立以来80余年の星霜を経て発展してきた.しかしその一方では,その間に,国内外のさまざまな関連領域から到来した用語,さらには学会の内部で独自に生まれ出た用語がおびただしい数となって,それぞれがさまざまな機関や地域で別々に分化し,そのエントロピーは増大の一途を辿ってきている.
 このような背景から学会としては,用語に関して,全国的に統一された見解を一日も早く得ておく必要性を感じ,まずは用語の整理から手掛けて,ついで機会をとらえて,学会の学術専門用語を明確な形で纏めあげていこうとの方針にあった.
 折りしも,本学会も学術委員会を介して編集協力をしてきた日本歯科医学会編『日本歯科医学会学術用語集』の出版作業が,医歯薬出版に依頼された.この機に日本矯正歯科学会もそれに同調し,それまで滞りがちであった用語整理を,用語集編纂として格上げし,あらためて学術委員会を中心に学会員の人智を注ぎ込み,同出版社のご協力のもとで日本矯正歯科学会編『歯科矯正学専門用語集』を出版することにした.
 初版本のため,用語の整理や統一が不徹底であったり,用語の和英対応が不十分であったりと,手に取られるとさまざまな不備にお気づきになるかもしれないが,これまで未整理の状態にあった数多の歯科矯正学の表現に対して,はじめて学会が理性と論理のフィルターを通して纏めあげた用語の小冊である.これからも学会には用語委員会を常設して,修正と改訂に対応し続けていくこととし本書をご利用の皆様には,この点をご賢察いただき,ご意見とご支援をお願いしたい.
 最後に,編集の要にあった山本照子学術委員長はもとより,委員会からの数々の問い合わせにご協力いただいた多くの学会員の方々,とりわけ,繰り返される編集実務に,忍耐強く携わってくれた石川博之先生,小野卓史先生,清水典佳先生,溝口 到先生,渡辺和也先生の学術委員各位と,医歯薬出版編集部に深甚なる謝意を表します.
 2008年2月
 有限責任中間法人 日本矯正歯科学会
 理事長 相馬邦道

序文
 有限責任中間法人日本矯正歯科学会は,1926(昭和41)年に発足して以来,本年で82年目を迎えるが,このたび相馬邦道会長(理事長)のもとで,本学会による初めての専門用語集である『歯科矯正学専門用語集』を発刊する運びとなった.
 正しく理解されるべき専門用語を簡明に整理し,的確に教授することは,他の歯科領域と同じく,歯科矯正学分野においても重要な課題である.近年では,「歯学教育モデル・コア・カリキュラム」,CBT(computer based test),OSCE(objective structured clinical examination)が全国の歯科大学・歯学部で実施されるようになり,さらに,平成20年度歯科医学教授要綱が策定されるにおよび,教育現場や国家試験において高度な学術情報を誤解なく伝達できる専門用語を規定する必要性が高まっている.このような状況の変化に対応するため,日本矯正歯科学会では歯科矯正学分野で用いられる専門用語の標準化を行うことを目標に掲げて,前学術委員会(中島昭彦委員長)のころより検討が開始され,現学術委員会でも用語の選定作業に5年以上の歳月を要して,ようやくこの度の出版に漕ぎ着けることができた.本用語集は,専門学会としての責任のもとに編纂され,会員諸氏の全面的なご支援・ご助力を得て,具体的な形を提示できた.以下に選定作業内容の概略を示す.
 1.専門用語の収集と用語の選定
 用語の選定にあたり,『学術用語集 歯学編』,『平成18年度歯科医師国家試験出題基準』,各種歯科矯正学教科書,米国の歯科矯正学教科書,米国歯科矯正学用語集を参考に,数千語におよぶ歯科矯正学用語から約4,000語を抽出し,歯科矯正学の教育・臨床・研究に必要と判断された約2,300語を厳選した.なお,一般的な解剖学用語は基本的には含めず,歯科矯正学に特に関連の深いもののみにとどめた.
 2.日本矯正歯科学会会員からの推薦用語の追加・削除
 全国の歯科大学・歯学部に2度のアンケートを行い,用語の追加と削除を繰り返し,指摘を受けた数多くの意見に対して慎重に検討を重ねた.当学会においてはいまだ専門用語の整理期であることを考慮して,基本的に選択頻度の高いものを優先して追加した.また,表記がいくつかある用語については,アンケートで基本的に選択頻度の高いものを優先させるとともに,他分野における専門用語との整合性や歯科矯正学分野内で関連する用語間の整合性を考慮して選択した.歯科矯正学の専門用語は外国語から日本語に訳されているものも数多く,海外の歯科矯正学関連学術論文を読む際にも役立つことを考慮したため,取り上げた用語数は多くなった.
 3.英語表記の確認
 英語表記の確認,修正,追加については,米国の歯科矯正学教科書,米国歯科矯正学用語集を参考にし,さらに,日本矯正歯科学会会員の協力を仰ぎ,一語一語確認作業を進め,幾多の表現の中から,適切と思われるものを選出した.
 言葉は時代とともに移り変わっていく.本用語集も現在のものが完成ではなく,今後も学会内では継続的に議論を深めていかねばならない.また今後,本用語集を基盤に,さらに専門用語を厳選して,専門学会として責任ある簡明な解説も加えられた実用性の高い用語集の編纂を期待したい.
 本用語集が今後も機会あるごとに修正・充実され,歯学生,若い歯学研究者,臨床歯科医師にとって有用なものとして,日々ご活用頂けることを心から願っている.
 最後に委員一同,今回の編集作業に関してご協力をいただいた関係各位に,心から感謝申し上げます.
 2008年2月
 日本矯正歯科学会学術委員会
 (平成16年度〜平成19年度委員2期)
 委員長 山本照子
 委 員 石川博之
     小野卓史
     清水典佳
     溝口 到
     渡辺和也
 幹 事 出口 徹