やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社


 歯科医学にとって,う蝕は減少傾向にあるとはいえなお最も重要な疾患であることに変わりはありません.一見単純にみえるう蝕ですが,さまざまな要因と時間というファクターがからみ,その病態は多彩極まりないものです.
 本書はう蝕を系統的に理解するためのモノグラフとして企画しました.学部学生にとっては,学科目の壁をとり払った(やや上級の)参考書として役立つでしょう.また,これから研究を志す大学院生にとってはこの分野の現状を概観し,未知のテーマを発掘し,研究を進めていくうえでの手引きになるように工夫してあります.
 一方,研修医や医員諸氏にとっては,臨床の場で自ら疑問に感じたり,患者さんからの質問に対して,科学的に説明するための情報を提供してくれるでしょう.
 本書ではまず,「う蝕」の現在の理解を編者らが概説し,以降の章では,それぞれの項目に長年関わってこられた研究者や臨床の先生方に執筆をお願いしました.多人数の執筆者によるモノグラフはとかく重複や冗長さが否めませんが,編集の過程でこれらを最小限に押さえ,読みやすくするように工夫しました.また,重要な事項については文献を付し,読者がさらに深くトレースできるようにしました.文献の選択は可及的速やかに入手が容易で,信頼に足る国際誌から採るように努めました.
 本書の企画の背景には,今から4分の1世紀以上も前に発刊されたE.Newbrun(著):Cariologyがあり,編者らはこれを翻訳,「齲蝕の科学」(1980年,医歯薬出版)として世に問いました.その後う蝕に関する我が国の研究の進歩には著しいものがあり,今回ここに「新・う蝕の科学」として上梓する所以です.
 本書の編集にあたっては,誤りなきよう細心の注意をしたつもりですが,不適切な点などがあればご指摘をお願いし,改訂の資といたしたく存じます.
 最後に本書の刊行に際して,医歯薬出版株式会社編集部の支援に対し,心からお礼申し上げます.
 2006年3月
 編者ら

I う蝕とは
 1.基礎からみたう蝕(浜田 茂幸)
  1 う蝕の病因の探索:長い錯誤の歴史
  2 う蝕を誘発するための細菌の武器
  3 甘い物大好きなミュータンスレンサ球菌
  4 ミュータンスレンサ球菌の機能を抑える:う蝕予防への道
 2.う蝕の臨床―序論(大嶋 隆)
  1 哺乳う蝕
  2 学童期の重度う蝕
  3 歯根う蝕
II う蝕の発生
 1.歯の発生と硬組織の形成(高野 吉郎)
  1 歯の発生
   1.歯の初期発生
   2.帽状期
   3.鐘状期
  2 歯の硬組織形成
   1.歯冠形成期
   2.歯根形成期
   3.エナメル質の基本構造
 2.う蝕の病理学(青葉 孝昭)
  1 う蝕の病態と病理診断
   1.不顕性う蝕
   2.小窩裂溝う蝕
   3.根面う蝕
   4.白斑う蝕と歯の形成不全との鑑別
  2 エナメル質初期う蝕の成り立ちと再石灰化反応
   1.エナメル質う蝕における脱灰と再石灰化
   2.口腔内の溶液環境とエナメル質表層との動的平衡
   3.表層下脱灰病変の成立機序
  3 初期う蝕の予後を決める要因
   1.再石灰化反応はう蝕による歯質損失を補償しうるか?
   2.歯質内での再石灰化反応では拡散速度が律速となる
   3.再石灰化はどのようなときに起こるか?
   4.白斑う蝕が治癒するために高石灰化の表層構造は不可欠か?
  まとめにかえて:これからのカリオロジーとう蝕の病理
 3.う蝕の疫学(竹原 直道)
  1 世界と日本のう蝕の現況
   1.世界のう蝕の現況
   2.我が国のう蝕疾病構造の変化
  2 う蝕の減少をもたらした要因を考える
   1.砂糖とう蝕の関係
   2.歯磨きおよびフッ化物の効果
  3 う蝕の疫学に関する問題点
   1.う蝕統計の問題点
   2.う蝕は1本ずつ数えてよいか
   3.う蝕診断基準の問題点
   4.我が国のう蝕減少スピードが鈍いのは診断の誤り?
   5.切削の術前診断が必要
 4.歯冠う蝕と歯根う蝕(今里 聡)
  1 歯冠う蝕と歯根う蝕の発生
   1.う蝕の発生年齢
   2.歯根う蝕の発症率
   3.う蝕の発生部位と歯種
  2 う蝕の進行
  3 歯根う蝕の臨床的分類
  4 歯根う蝕の発生と進行に関与する菌種
  5 歯根う蝕発生のリスク因子
III う蝕の病因
 1.う蝕原性細菌(川端 重忠)
  1 口腔レンサ球菌の分類と性状
   1.mitisグループ
   2.salivariusグループ
   3.anginosusグループ
  2 ミュータンスレンサ球菌の分類と性状
  3 レンサ球菌の遺伝子とゲノム解析
 2.ミュータンスレンサ球菌の糖代謝(高橋 信博)
  1 酸産生能
   1.糖輸送機構―PEP‐PTSとBPTS―
   2.解糖系
   3.菌体内多糖の代謝
   4.ラクトースとガラクトースの代謝
   5.最終代謝産物である酸の産生
   6.糖代謝に及ぼすプラーク環境因子
  2 耐酸性能
   1.H+-ATPase
   2.菌体内アルカリ産生
   3.タンパクとDNAの保護と修復
   4.細胞膜H+透過性
   5.酸性環境による耐酸性能の増強
  3 糖代謝阻害物質
   1.フッ素化合物
   2.糖アルコール
   3.クロルヘキシジン
  4 プラーク生態系(エコシステム)とミュータンスレンサ球菌の糖代謝
 3.う蝕におけるデンタルプラークとバイオフィルム(山下 喜久)
  1 バイオフィルムの培養と形成
   1.液体培養とバイオフィルム培養
   2.細菌間のシグナリングとバイオフィルムの形成
   3.バイオフィルムの形成に関連する遺伝子
  2 バイオフィルムの耐性
   1.バイオフィルムと耐酸性能
   2.バイオフィルムの抗菌剤に対する耐性
  3 バイオフィルムの成熟
   1.バイオフィルムとしてのデンタルプラークの形成
   2.バイオフィルムの成熟とう蝕原性
   3.バイオフィルム中でのアルカリ産生
  おわりに
 4.ミュータンスレンサ球菌のグルカン合成酵素(藤原 卓)
  1 GTFの機能と分類
   1.GTFとは
   2.GTFの分類
   3.S.sobrinusのGTF
   4.S.mutansのGTF
  2 GTFの遺伝子
   1.S.sobrinusのgtf遺伝子
   2.S.mutansのgtf遺伝子
   3.GTFの二次構造
   4.S.mutansのGTFの機能解析
  おわりに
 5.ミュータンスレンサ球菌のグルカン結合タンパク(佐藤 裕)
  1 S.mutansのグルカン結合タンパクA-GbpA
   1.発見と同定
   2.構造と機能ならびに遺伝子発現制御
  2 S.mutansのグルカン結合タンパクB-GbpB
   1.発見と同定
   2.構造と機能ならびに遺伝子発現制御
  3 S.mutansのグルカン結合タンパクC─GbpC
   1.発見と同定
   2.構造と機能ならびに遺伝子発現制御
   3.S.mutansのグルカン結合タンパクD-GbpD
  4 S.macacaeのgbpC遺伝子ホモローグ
  5 S.sobrinusのグルカン結合タンパク
  おわりに
 6.ミュータンスレンサ球菌のグルカン分解酵素(五十嵐 武)
  1 デキストラナーゼの性状
  2 デキストラナーゼの構造・活性相関
   1.活性部位
   2.デキストラン結合領域
   3.膜アンカー領域
   4.可変領域
  3 スクロース代謝におけるデキストラナーゼの役割
   1.非水溶性粘着性グルカン形成への関与
   2.栄養供給と酸産生への関与
   3.デキストラナーゼの膜局在性と役割
  4 デキストラナーゼ阻害物質
  5 デキストラナーゼとう蝕
  おわりに
 7.実験う蝕の誘発とその応用(大嶋 隆)
  1 う蝕実験に用いる動物
   1.無菌動物とSPF動物
   2.動物種
   3.動物の日齢
  2 う蝕誘発性飼料
   1.飼料の組成
   2.飼料の摂取回数
  3 う蝕原性細菌
   1.供試菌の標識づけ
   2.摂取菌量
   3.細菌種
  4 う蝕実験の例
  5 う蝕実験の応用
   1.唾液分泌障害とう蝕
   おわりに
 8.う蝕と唾液(村上 幸孝)
  1 唾液の生理
   1.おもな唾液腺と分泌される唾液
   2.唾液の分類
   3.唾液の量
   4.唾液のpH
   5.唾液の組成
   6.唾液の機能
  2 う蝕と関連する唾液の機能と因子
   1.唾液分泌量
   2.緩衝作用
   3.再石灰化促進作用
   4.ペリクル形成作用
   5.細菌凝集排除作用
   6.抗菌作用
   7.リン酸カルシウム沈殿阻止作用
   8.唾液中の細菌
  3 各唾液因子とう蝕との相関性
  4 唾液を応用したう蝕リスク診断の例
  おわりに
IV う蝕の予防
 1.う蝕予防プログラム(畑 真二)
  はじめに
  1 集団に対するう蝕予防プログラム
   1.小児う蝕予防のための歯科健診
   2.小児う蝕予防のためのフッ素の利用
   3.小児う蝕予防のための口腔衛生指導
  2 個人に対するう蝕予防プログラム
   1.診査項目
   2.カリエスリスクの評価
   3.う蝕予防プログラムの立案と実施
  3 う蝕予防プログラムにおけるう蝕治療
 2.エナメル質の再石灰化促進(飯島 洋一)
  1 初期う蝕病変とは
  2 エナメル質における再石灰化の機序
   1.化学反応論と再石灰化
   2.結晶論と再石灰化
   3.平衡関係論と再石灰化
  3 再石灰化促進とフッ化物応用
   1.フッ化物の作用機序
   2.フッ化物の存在部位
   3.再石灰化ミネラルの耐酸性
  4 脱灰─再石灰化と口腔内環境
   1.脱灰―再石灰化と歯垢
   2.脱灰―再石灰化と唾液
  5 再石灰化処置
   1.再石灰化処置におけるプロフェッショナルケアとセルフケアの連携
   2.初期う蝕に対する再石灰化処置
   3.歯質保護成果の評価
 3.う蝕免疫(岡橋 暢夫)
  1 免疫応答とワクチン
   1.免疫応答とは
   2.口腔における免疫応答
   3.ワクチンの種類
   4.能動免疫と受動免疫
  2 免疫によるう蝕抑制および予防
   1.初期のう蝕ワクチン研究
   2.DNAワクチンによるう蝕予防
   3.経口免疫によるう蝕抑制
   4.組み換えサルモネラ菌ワクチン
   5.経鼻免疫によるう蝕抑制
   6.受動免疫によるう蝕抑制
   7.組み換え乳酸菌によるう蝕予防
 4.う蝕と食生活(香西 克之)
  1 う蝕と栄養および咀嚼
   1.う蝕と栄養
   2.う蝕と咀嚼
  2 う蝕とスクロース
   1.スクロース摂取量との関連
   2.スクロース摂取方法との関連
  3 う蝕と食生活
   1.授乳との関連
   2.間食との関連
  4 食品のう蝕誘発能
   1.食品の構成と性状
   2.食品のう蝕誘発能の評価
   3.食品の非う蝕誘発性の表示
   4.食物中のフッ化物
  5 代用糖
   1.人工甘味料
   2.糖アルコール
   3.スクロースの構造異性体
   4.グルカン合成を阻害するオリゴ糖
  6 う蝕抑制作用を有する食品
   1.カゼインホスホペプチド‐非結晶リン酸カルシウム複合体
   2.ウーロン茶ポリフェノール
 5.フィッシャーシーラント(久保山博子・本川 渉)
  フィッシャーシーラントの背景
  1 フィッシャーシーラントの種類と適応症
   1.フィッシャーシーラントの種類
   2.フィッシャーシーラントの適応症
  2 フィッシャーシーラントの保持に関係する要因
   1.填塞部の面積
   2.小窩裂溝の深さと形態
   3.清掃度
   4.填塞時の乾燥状態
   5.その他
  3 定期診査と臨床評価
   1.定期診査
   2.臨床評価
  4 今後の問題点
   1.小窩裂溝の術前処理
   2.シーラント填塞前のフッ化物塗布
   3.シーラントと内分泌攪乱作用
  5 今後の新しい展開
V う蝕の治療
 1.う蝕治療の最前線(田上 順次)
  1 う蝕治療の概念
  2 病巣と疾患に対する処置
   1.病巣の無菌化
   2.う蝕病巣はどこまで除去するか
   3.う蝕の除去法
   4.機能と審美性の回復のための処置
   5.う蝕再発の予防処置
 2.最新のう蝕探知法(渡部 茂)
  1 これまでのう蝕探知法
   1.視診
   2.X線診断法
   3.電気抵抗値測定法
  2 レーザーによるう蝕検知機器
   1.DIAGNOdentの概要
   2.臨床での評価
  3 初期う蝕診断機器
   1.エナメル質白斑
   2.QLF装置の概要
 3.歯科修復治療の進歩(千田 彰)
  1 う蝕修復治療の変遷
   1.直接金修復,アマルガム修復
   2.セメント修復と今日のグラスアイオノマーセメント修復
   3.メタルインレー修復
   4.レジン修復
   5.ポーセレン(セラミックス)修復
  2 う蝕治療のための切削と最小侵襲歯科治療
   1.病的歯質の除去と窩洞の形成
   2.病的歯質の臨床的な探知と選択除去
   3.う蝕の新しい修復治療

索引