やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社


 優れた科学的根拠(エビデンス)に裏づけられたオッセオインテグレーテッドインプラントは,20世紀後半から,歯科,とくに補綴治療に新しい時代をもたらしました.このインプラントの口腔への適用は,最初スウェーデンでの上下顎の無歯顎者に限られていましたが,北米や日本,欧州大陸に紹介されると,歯の部分欠損や単独欠損,さらには顎顔面補綴へと拡大され,そのうえより自然な,より機能性の高い要求が生まれるなど,その可能性はさらに広がっています.
 われわれは,歯および歯列の欠損あるいは口腔・顔面諸組織の欠損の患者を前にして,いくつかの治療オプション(治療法)をもちながら,患者の語りに耳を傾け,エビデンスに基づいた治療計画を立てます.そして,治療法選択の最終の意思決定を患者に委ねたうえで,現在の医療水準をもとに自らの専門的知識と技術を駆使して,患者の求める治療ゴールを達成することに全力を注いでいます.
 口腔インプラント治療では,外科手術を伴うこと,より高いレベルの冠・義歯治療技術が要求されること,治療費が高額であることなどから,その適用を適正に判断し実行していくことは,従来の冠・義歯治療に比較して,はるかに困難な作業となります.社会や経済の成熟,歯科医療の進歩,患者の多様な価値観などにより患者の求める治療のゴールはさらに高くなっていることから,口腔インプラントは,いまや欠損補綴の包括的な治療計画を考えるうえでなくてはならないものになっています.
 それゆえ,口腔インプラントは,歯学教育のなかで卒前や卒後研修教育に受け入れられ始めています.このような時代にあって,本書はわが国で初めて出版される口腔インプラント治療に関する教科書であります.
 本書では,口腔インプラントの歴史的背景,解剖学,組織学,病理学,歯科理工学などの基礎科学,実際の治療計画,外科手術と上部構造のための補綴術式,リコールとメンテナンス,インプラントの将来展望などが6章からなる構成のなかで述べられており,読者はこれらを読んでいくうちに,現代の口腔インプラント治療の科学的エッセンスを十分に学びとることができます.
 本書では,あえて,初学者のための基本的知識と技術にこだわり,さらには,経験を蓄積しつつある研修医や臨床家にとっても重要な最新の情報を簡潔にまとめました.したがって,ここに書かれている基本的な知識と技術を学びとることにより,“どうしたら”歯と顎の欠損をインプラントにより補綴し,高い機能と審美性を回復して,患者のQOLを達成できるかが理解できます.
 発刊にあたっては,わが国の口腔インプラント学の教育現場で文字通りリーダーの方々ばかりにご執筆をいただきました.これら多忙な先生方が,教育・臨床・研究活動の合間を縫って精力的かつ献身的に作業をされたおかげで,本書をきわめて短期間に上梓することができました.ここにご執筆をいただいたすべての著者のあふれる努力に心から感謝を申し上げます.
 読者の皆さんは,本書に書かれたすべてをしっかりと自らのものとし,これらをもとに臨床を展開することで,歯や顎の欠損から生まれる困難な問題を抱える患者のQOLを回復・向上させ,生きる喜びを与えてほしいと思います.それこそがわれわれ著者全員の心からの願いであり,また,皆さんがそれを実践することにより,わが国“初めて”としての本書の価値がゆるぎないものになると信じます.
 2005年3月15日
 編集委員 赤川安正 松浦正朗
 矢谷博文 渡邉文彦
 (五十音順)
第1章 序説
 I.口腔インプラントの発展とオッセオインテグレーション
  1.インプラントとオッセオインテグレーションの歴史
  2.欠損補綴におけるインプラント治療の位置づけ
 II.口腔インプラントの選択基準
  1.欠損補綴の必要性の有無
  2.欠損補綴の選択肢
   1)歯列の部分欠損症例
   2)無歯顎症例
  3.選択基準
   1)全身的状態
   2)局所的状態
 III.現代の口腔インプラントシステム
  1.インプラントの基本構造
   1)インプラント体
   2)インプラント体の表面性状
   3)インプラント体と上部構造の連結
   4)アバットメントと上部構造の連結
  2.インプラント体の埋入術式
 IV.口腔インプラント治療の成功率
  1.インプラント成功の基準
  2.インプラントの生存
  3.インプラント体の生存を脅かすリスク因子
  4.患者の主観的満足度やQOLから判断したインプラント治療の成功
第2章 口腔インプラントのための基礎科学
 I.解剖学
  1.顎骨の解剖
   1)上顎骨
   2)下顎骨
  2.海綿骨と皮質骨
   1)顎骨の特徴
   2)上顎骨の内部構造
   3)下顎骨の内部構造
  3.歯肉,粘膜
   1)口腔粘膜の構造と性状
   2)歯槽堤の粘膜と歯肉
 II.材料学
  1.インプラント材料と生体親和性
   1)インプラント材料の種類
   2)インプラント材料の所要性質
  2.表面性状とオッセオインテグレーション
   1)チタン表面性状と生体適合性
   2)表面処理による生体適合性の向上
  3.今後の展望
   1)機能性物質による表面修飾
   2)生体内活性セラミックスの薄膜コーティング
   3)チタンの抗菌処理
 III.組織学(骨・軟組織)
  1.インプラントに対する生体反応
  2.創傷の治癒とインプラント
   1)生活反応期(出血・凝固)
   2)創内浄化期(炎症)
   3)修復期(肉芽組織)
   4)再構築期
   5)創傷治癒を左右する因子
  3.インプラントと組織界面
   1)上皮界面
   2)インプラント周囲結合組織
   3)軟組織のバリア
   4)インプラント周囲骨組織
  4.骨組織の形成と改造(恒常性の維持)
   1)骨組織
   2)骨改造
   3)カルシウム調節ホルモン
   4)インプラントにおける骨形成
   5)インプラント表面に骨組織を形成する因子
   6)骨の異常像
  5.インプラントの病理
   1)自然免疫
   2)非免疫的排除機転
   3)免疫学的排除機転
  6.基礎から臨床へ
第3章 診断と治療学
 I.患者の選択と基準
  1.患者の主訴と治療のゴール
  2.インプラント治療の臨床診断
   1)インプラント治療の適応と禁忌
   2)絶対的禁忌症と相対的禁忌症
  3.インプラント治療におけるインフォームドコンセント
   1)初診時のインフォームドコンセント
   2)検査・評価後(治療計画立案時)のインフォームドコンセント
   3)処置時のインフォームドコンセント
   4)メンテナンス時のインフォームドコンセント
 II.診察と検査
  1.医療面接
   1)治療の成功のために
   2)医療面接の技法
   3)インプラント治療に必要な医療面接
  2.全身的な診察
   1)医療面接
   2)診察
   3)心拍または脈拍の測定
   4)血圧の測定
   5)心電図
   6)RPP
   7)動脈血中酸素飽和度
   8)血液生化学検査
   9)特定感染症
   10)インプラント治療を行うにあたって考慮すべき項目
  3.局所的な診察
   1)口腔内の診察
   2)咬合の診察
   3)欠損状態の診察
   4)審美領域の診察
  4.研究用模型上での診断用ワックスアップ
   1)研究用模型検査
   2)診断用ワックスアップと診断用ガイドプレートの製作
  5.エックス線検査
   1)インプラント治療の各時期における画像検査法
   2)骨質(骨密度)の診断
 III.生体力学と補綴デザインの原則
  1.インプラント体における生体力学的特異性
  2.負担過重(オーバーロード)
  3.インプラント治療における生体力学的原則
   1)咬合力の方向:軸方向荷重,側方荷重
   2)傾斜埋入
   3)オフセット埋入
   4)インプラント体の本数,ブリッジのデザイン
   5)インプラントと天然歯との連結
   6)上部構造の不適合
   7)負担荷重の警告サイン
 IV.治療計画の立案
  1.インプラント上部構造の種類
   1)治療計画立案の原則
   2)術前検査とチーム医療の重要性
   3)インプラント上部構造の種類
   4)症例別の治療計画
  2.インプラント体のサイズと本数,埋入位置・方向の決定
   1)埋入位置・方向を考慮したインプラント体のサイズ,形状の選択と本数の決定基準
   2)具体的な設計の流れ
  3.咬合負荷までの期間
 V.治療計画の説明とインフォームドコンセント
  1.治療計画の説明から決定までの流れ
  2.治療計画決定のためのインフォームドコンセントの実際
   1)治療計画の提示
   2)治療計画の修正と決定
   3)承諾書の作成
第4章 外科手術ならびに補綴術式
 I.外科手術
  1.器材の準備と滅菌,消毒および手術の準備
   1)器材の滅菌
   2)手洗いと手術衣の着用
  2.全身管理と麻酔法
   1)インプラント手術の主な特徴
   2)全身管理
   3)麻酔法
  3.インプラント体埋入手術とその関連手術
   1)インプラント体埋入手術
   2)骨組織のマネジメント
   3)インプラントの二次手術
   4)軟組織のマネジメント
 II.補綴術式
  1.治療期間中の暫間補綴
   1)一次手術後の暫間補綴
   2)二次手術後の暫間補綴
  2.印象採得
   1)印象採得法について
   2)印象レベルについて
  3.咬合採得
   1)少数歯中間欠損症例
   2)遊離端欠損症例
   3)多数歯欠損症例
  4.暫間上部構造の製作
   1)暫間上部構造の臨床的意義
   2)クラウン形態の暫間上部構造の製作
   3)ブリッジ形態の暫間上部構造の製作
   4)通常のプロトコールとは異なる手法による暫間上部構造の製作
  5.作業用模型の製作
   1)作業用模型の製作
   2)作業用模型の咬合器への装着
  6.アバットメントの選択と調整
   1)インプラント体とアバットメントの連結機構
   2)アバットメントの種類
   3)上部構造の固定方式
  7.上部構造の製作
   1)上部構造のデザイン
   2)上部構造の製作法
  8.上部構造の装着と調整
   1)上部構造の装着
   2)装着後の上部構造の調整
  9.多数歯欠損におけるインプラント補綴
   1)スクリュー固定式ブリッジの製作
   2)可撤式ブリッジの製作
  10.インプラント支台のオーバーデンチャー補綴
   1)インプラント支台のオーバーデンチャーに用いられる支台装置
   2)インプラント支台のオーバーデンチャーの製作法
 III.顎顔面の再建とインプラント
   1)顎顔面欠損の補綴におけるインプラント応用の意義
   2)上顎の顎補綴とインプラント
   3)下顎の顎補綴へのインプラントの応用
   4)顔面補綴へのインプラントの応用
第5章 リコールとメンテナンス
 I.メンテナンスの方法
  1.メンテナンス術式
   1)上部構造装着前のメンテナンス
   2)上部構造装着後のメンテナンス
   3)撤去した上部構造のメンテナンス
   4)咬合のメンテナンス
  2.メンテナンスの間隔
   1)リコールスケジュール
   2)リコール時の検査項目
 II.口腔インプラント治療における合併症
  1.インプラント治療に伴う合併症
  2.外科処置に関連する合併症
   1)下歯槽神経の損傷による麻痺
   2)ドリルの破折による埋入窩の損傷
   3)埋入窩の熱傷
  3.補綴治療および終了後に起こる合併症
   1)スクリューの緩みと破折
   2)補綴装置の破損
 III.トラブルへの対応
  1.インプラントの失敗
   1)インプラント周囲粘膜炎
   2)インプラント周囲炎
   3)インプラント体,上部構造,コンポーネントの破折
  2.審美的問題
  3.インプラント手術時の合併症
   1)神経損傷
   2)上顎洞へのインプラントの迷入
   3)出血
第6章 口腔インプラントの新しい方向―将来の展望

・索引
・コラム
 即時負荷と早期負荷とは
 コホート研究とは
 ITT(intention-to-treat)解析とは
 Kaplan-Meier法とは
 生体内不活性,生体内活性,生体内崩壊性とは
 インプラントの表面処理と表面改質とは
 非自己とは
 補綴主導型インプラント治療とは
 オフセットローディングとは
 プロブレムリストとは
 上部構造のスクリュー固定とセメント固定とは
 上顎洞とは