やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社


 近年の教育改革の波は歯科医学教育分野にも及んでおり,歯学教育モデル・コア・カリキュラムが提示され,共用試験の本格実施および歯科医師臨床研修の完全義務化が決定されている.そこで,これらの変革への対応が可能な無歯顎補綴治療に関する教科書が必要であると考えた.
 従来から,全部床義歯補綴学あるいは無歯顎補綴学とよばれる学問は,究極的には患者の健康の維持・増進をはかるために必要な理論と技術を考究することを目的としている.したがって,全部床義歯補綴学を含む歯科補綴学は,生命科学や健康科学をベースとする実学であり,人々の健康・福祉の向上に貢献する役割を担う学問である.すなわち,歯科補綴学は歯科補綴治療学であるといえる.このことから,本書名を“無歯顎補綴治療学“とした.また,無歯顎補綴治療とは,無歯顎患者の形態的・機能的障害の改善や回復を目指すことから,リハビリテーションの一分野であるといえる.リハビリテーションの究極的な目標はQOLの維持・向上であり,無歯顎補綴治療は,まさに21世紀に求められる主要な医療の一つであるといえる.なお,最新の“歯学教授要綱”では,“基本方針・到達目標“として,“口腔疾患の予防と健康の保持・増進に寄与する人材の養成”“患者の全身状態を把握し対応する能力を有する人材の養成”があげられている.この理由としては,人口の高齢化に伴う複数の基礎疾患を有する高齢者の増加が考えられる.また,国民の健康に対する関心の高まりと,咬合・咀嚼が全身の健康に重要な役割を果たしていることを示す多くの客観的データの提示も見逃せない.無歯顎患者への義歯補綴治療の重要性は明白である.
 以上のことから,本書では,まず健康あるいはQOLと密接な関係にある老化に関する基礎的知識を整理し,全人的見地から無歯顎患者を診ることができる能力を涵養する記載を心がけた.また,無歯顎という病態についての理解を深めるためには,顎口腔系の常態との比較が必要であると考え,総論部分では健常有歯顎者の形態と機能に関する詳細な記載を行った.また,臨床術式に関しては図と写真を多用し,それらを記述と平行して掲載することによって理解を容易にした.さらに,各章末には一般目標,到達目標とkey wordsを設定し,全般的な教育内容と修得すべき指標を記載した.なお,用語に関しては,“歯科補綴学専門用語集”(日本補綴歯科学会編)に準拠した.
 本書が歯学部学生,臨床研修医および歯科医師に広く活用され,人々の健康の維持・増進に寄与することを切望する.
 最後に,本書の発刊に貴重なご示唆を賜りました東京医科歯科大学名誉教授 林 都志夫先生に心から深謝いたします.
 2004年 盛夏
 編 者 細井紀雄
 平井敏博
無歯顎補綴治療学 目次

第1章 総 論
I 無歯顎と全部床義歯
 1.健康・QOLと歯科医学
 2.顎口腔系の機能と形態
 3.歯科補綴学と義歯補綴治療
 4.歯科補綴学・歯科補綴診療と咬合
II 無歯顎の病因と病態
 1.無歯顎の病因
 2.歯の寿命および喪失歯数と全部床義歯装着者数
 3.無歯顎の病態
  1) 歯の喪失後の顎骨の変化
  2) 歯の喪失後の顎堤粘膜の変化
  3) 顎関節と加齢に伴うその変化
  4) 筋と加齢に伴うその変化
  5) 神経系と加齢に伴うその変化
  6) 下顎運動・下顎位と加齢に伴うその変化
  7) 唾液と加齢に伴うその変化
  8) 味覚と加齢に伴うその変化
  9) 咀嚼障害
  10) 嚥下障害
  11) 発語障害(構音障害)
III 補綴装置としての全部床義歯
 1.全部床義歯の構成要素
  1) 人工歯
  2)義歯床
 2.全部床義歯の各部の名称と役割
 3.全部床義歯の維持
  1) 唾液による物理的維持力
  2) 陰圧による維持力
  3) 筋圧維持
  4) 解剖的維持力
 4.全部床義歯の支持
 5.全部床義歯の安定
IV 全部床義歯装着者にみられる主要症候
  1) 義歯床下および周囲組織の疼痛
  2) 咀嚼障害
  3) 審美障害
  4) 発語障害(構音障害)
  5) 顎機能異常
  6) 顎関節の疼痛

第2章 診察,検査,診断
I 医療面接とインフォームドコンセント
 1.医療面接
  1) 面接の態度
  2) 話し方
 2.インフォームドコンセント
  1) 患者の心理
  2) 診療内容の説明
II 診察,検査および診断
 1.一般的な診察
  1) 主 訴
  2) 既往歴
  3) 現 症
  4) 基礎疾患
  5) 服用薬剤
  6) 患者の気質
 2.局所的な診察と検査
  1) 口腔外の診察
  2) 口腔内の診察
  3) 画像検査
  4) 顎機能の検査
  5) 使用中の義歯の観察
  6) 研究用模型の観察
 3.評価と診断
III 治療計画の立案
 1.プロブレムリストの作成
 2.治療計画の立案
 3.治療の効果と到達目標
  1) 咀嚼・嚥下・発語機能の回復
  2) 審美性の回復
  3) QOLの向上
  4) 全身の健康の維持,増進

第3章 治 療
I 前処置
 1.補綴的前処置
  1) 治療用義歯による粘膜治療(粘膜調整)
  2) 治療用義歯による咬合治療
 2.外科的前処置
  1) 口蓋隆起,下顎隆起に対する外科的処置
  2) 骨鋭縁部に対する外科的処置
  3) 顎堤のアンダーカットに対する外科的処置
  4)高度な顎堤吸収に対する外科的処置
  5) 軟組織に対する外科的処置
 3.その他の前処置
II 印象採得
 1.印象採得の目的
 2.印象用材料
  1) 印象材の所要性質
  2) 印象材の物理的性質
  3) 概形印象用材料
  4) 精密印象用材料
 3.概形印象
  1) 目 的
  2) 印象法
 4.研究用模型
  1) 使用目的
  2) 製作法
 5.精密印象
  1) 目 的
  2) 印象法
  3) 酸化亜鉛ユージノールペーストによる精密印象
  4) ポリサルファイドラバー印象材による下顎の精密印象
  5)シリコーンラバー印象材による精密印象
  6)咬合圧印象
  7) ダイナミック印象
 6.フレンジテクニック
 7.印象法の種類
 8.作業用模型
  1) 使用目的
  2) 製作法
  3) 模型の調整
III 顎間関係の記録
 1.咬合床の製作
 2.仮想咬合平面の決定
  1) 上顎咬合堤の修正
  2) 下顎咬合床の試適と調整
 3.垂直的顎間関係の記録
  1) 形態的根拠に基づく方法
  2) 機能的根拠に基づく方法
 4.水平的顎間関係の記録
  1) 一般的な水平的顎間関係の記録法
  2) 特殊な器具を使用する方法
  3) 特に器具を必要としない方法
 5.標示線
  1) 正中線
  2) 口角線
  3) 鼻翼幅線(鼻幅線)
  4) 上唇線と下唇線
  5) 微笑線
IV 下顎運動の記録と咬合器装着
 1.下顎運動測定の目的
  1) 咬合器での下顎運動の再現
  2) 下顎運動の診断
 2.下顎運動の測定法
  1) ゴシックアーチ描記法
  2) チェックバイト法による測定
  3) 時系列測定
  4) 6自由度測定
 3.咬合器の種類と使用法
  1) 蝶番咬合器
  2) 平均値咬合器
  3) 調節性咬合器
 4.咬合器への模型装着
  1) 上顎模型の平均的な装着位置
  2) フェイスボウによる記録
V 人工歯の排列
 1.人工歯の歴史
 2.前歯部人工歯の選択と排列
  1) 前歯部人工歯の選択
  2) 前歯部人工歯の排列
 3.臼歯部人工歯の選択と排列
  1) 臼歯部人工歯の選択
  2) 臼歯部人工歯の排列
VI 蝋義歯とその試適
 1.蝋義歯
  1) 歯肉形成
 2.蝋義歯の試適
  1) 蝋義歯の義歯床形態の検査
  2) 咬合高径の検査
  3) 舌房の検査
  4) 審美性の検査
  5) 咬合の検査
  6) 発語機能の検査
VII 埋没,重合,研磨
 1.埋 没
  1) 埋没の前準備
  2) 埋没法
  3) 埋没の手順
 2.流蝋と填入
  1) 流 蝋
  2) 填 入
 3.重 合
  1) レジン重合法について
  2) 各種重合法の特徴
 4.義歯の取り出し
 5.研 磨
  1) 研磨の意義
  2) 研磨の手順
VIII 重合義歯の咬合器再装着と咬合調整
 1.重合の完了した義歯の咬合器再装着
 2.人工歯の削合
  1) 選択削合
  2) 自動削合
IX 義歯の装着
 1.装着時の調整
  1) 形態に関する調整
  2) 機能に関する調整
  3) 審美に関する調整
 2.装着時の患者指導
  1) 義歯への慣れに関する指導
  2) 摂食に関する指導
  3) 義歯および口腔内の清掃に関する指導
  4) 就寝時における義歯の取り扱いに関する指導
  5) リコールとメンテナンスに関する指導
 3.装着直後の調整
 4.治療効果の評価

第4章 義歯装着後の経過観察
I 装着後の生体と義歯の変化
II 定期検診と評価
 1.残存組織について
  1) 顎堤・床下粘膜の変化への対処
  2) 顎関節・筋の異常への対処
 2.咬合について
  1) 義歯の咬頭嵌合位の変化
  2) 咬合の変化への対処
 3.義歯について
  1) 義歯床の破折・破損
  2) 人工歯の破折・破損・脱落
 4.患者指導
III リライン[床裏装法]
 1.直接法によるリライン
  1) 硬質裏装材を用いる場合
  2) 軟質裏装材を用いる場合
 2.間接法によるリライン
IV リベース[改床法]
V 咬合面再形成
VI 修 理
 1.義歯床
 2.人工歯

第5章 金属床義歯による治療
 1.金属床義歯の利点と欠点
 2.金属床義歯の構造
 3.金属床義歯の製作手順
  1) 蝋義歯の試適とコア採得
  2) フレームワークの製作
  3) 耐火模型の製作
  4) ワックスアップ
  5) フレームワークの鋳造・研磨
  6) 蝋義歯の製作
  7) 金属床義歯の完成
 4.圧印床

第6章 即時全部床義歯による治療
 1.即時全部床義歯の利点と欠点
 2.診療手順と製作法
 3.即時義歯の装着に関する注意事項

第7章 オーバーデンチャーによる治療
 1.オーバーデンチャーの利点と欠点
 2.オーバーデンチャーの適応症
 3.処置法の選択
  1) コーピング法とノンコーピング法
  2) コーピングの形態
  3) アタッチメントとテレスコープクラウン
 4.アフターケア

第8章 顎補綴による治療
 1.腫瘍による顎欠損
  1) 顎欠損に伴う臨床症状
  2) 顎義歯製作に関する臨床的問題点と治療目標
 2.主要な臨床術式
  1) 上顎顎義歯
  2) 下顎顎義歯

第9章 インプラントによる治療
 1.オッセオインテグレーション
  1) オッセオインテグレーションとは
  2) オッセオインテグレーションの獲得
  3) オッセオインテグレーションの維持
 2.1回法インプラントと2回法インプラント
 3.可撤式上部構造と固定式上部構造
 4.インプラント治療とその将来
文献
索引