やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社



 わが国は太平洋戦争後の高度な経済的発展の時期に,こどもたちのう歯が著しく増加した.近年先進諸国では,こどもたちのう歯が顕著に減少していると報告されており,現在では発展途上国のう歯の増加が懸念されている.このようななかでわが国では,戦後に増加したう歯がまだ目立った減少を示さず,21世紀に向けてう歯の予防にもなお一層の努力が必要であるといわれている.
 わが国では口腔衛生学という成書が多数出版されているが,予防歯科学という本は島田義弘編『予防歯科学』が1983年医歯薬出版株式会社から出版されたのがはじめてである.この本は当初,全国の11国立大学歯学部の予防歯科学書として計画刊行されたものであるが,内容は歯学教授要綱の口腔衛生学に準拠して編集されたものである.
 全国の大学歯学部あるいは歯科大学で教育される口腔保健に関する教科は,各大学の事情もあって予防歯科学あるいは口腔衛生学という名称が使われており統一されていないが,教育される内容には大きな違いはない.
 本書は,将来の歯科医師をめざして学ぶ学生諸君の参考書として広く活用されることを考慮し,歯学教授要綱や歯科医師国家試験出題基準を参考にして,近年の歯科医学の進歩,わが国における歯科疾患の罹患状況や国民の口腔保健に対するニーズ,改正された公衆衛生的施策等,最新の口腔保健に関する情報を集約して盛り込んで編集した.著者には国公私立大学で予防歯科学あるいは口腔衛生学の教育にあたっている方々に執筆を依頼した.年々進歩する口腔保健に関する研究の成果を限りある紙面に集成するために,本書は上下2巻に分け,図や表を多用するように配慮して編集した.
 本書は1991年に出版が企画され,1993年春には刊行する予定であったが,種々の事情で出版が遅れご迷惑をおかけすることになった.編者の不行き届きの段,深くお詫びいたします.
 わが国は世界に類をみない早さで高齢化社会を迎えつつある.国民の一人ひとりが健康な生活を送り,健康な老後を迎えるためにさまざまな対策が立てられ,少しずつ実行に移されている.生涯を通じた健康づくりとして,健康診査の充実と保健指導が行われており,わが国の口腔保健は具体的目標として“8020”を掲げている.この目標を一日も早く,よく多くの人が達成できるようにするためにも,歯科医療関係者は患者のみならず,一般の人々に対しても折りに触れて口腔保健に対する正しい知識の普及とよい習慣を身につけた生活に努めるように呼びかけてゆくべきである.
 WHOとFDIが2000年をめどに掲げた目標の達成期限も目前に迫ってきている.この目標をいくつ達成することができるかも,わが国の歯科医師たちの努力にかかっているといえよう.本書がわが国の口腔保健目標の達成に貢献してくれることも願うものである.
 1993年7月 編者代表 岡田昭五郎

改訂(第2版)の序

 1993年秋に「新予防歯科学」を発刊して約2年半になった.予想以上に多くの読者に恵まれて,編者一同うれしく思っている.
 近年,公衆衛生の分野で地域保健対策の強化を図るための種々の法令が整備され,1997年度からの実施に向けて着々と準備がすすめられている.また,1993年に実施された歯科疾患実態調査の詳細な結果が1995年に公表された.さらに,学校保健法施行規則の一部が改正され,本書の下巻では,大幅な改訂を余儀なくされる部分が多数出てきた.その他,毎年発表される歯科保健に関連のある数値は新しい数値に差し替えるべきであることなどの事情で,初版を発行してからわずかの期間であるが,このたび第2版を発行することとなった次第である.
 1994年は口腔保健年といわれた.WHOは4月7日の世界保健デーの標語を「Oral Health for Healthy Life(健やかな生活は口腔保健から)」とし,各国で口腔保健の向上を図るための催しが行われた.わが国でも8020達成に向けて世界口腔保健学術大会などいろいろな行事が行われた.
 歯科疾患は自然治癒ということが困難な疾患で,生活習慣とつながりの深い疾患である.1993年に実施された歯科疾患実態調査の結果では,国民の歯科保健状態は徐々によい方向に推移しているが,まだ大幅な改善がみられるというほどではない.一方,わが国の人口は年々高齢者の増加が伝えられている.近年は,平均寿命も女性が80歳を超え,男性も80歳に近づいている.しかし歯の平均寿命は,もっとも長い歯でも約60年で,50年以下の歯もある現状である.これからの医療は単なる治療だけでなく,予防的措置やリハビリテーションも含まれた医療が行われることになる.また,地域歯科保健活動は地域特性をふまえて,地域住民のニーズに応えるべく,福祉と一体となってきめ細かく展開することをねらいとして計画が作成されつつある.
 WHOとFDIが2000年に向けて掲げた目標達成の期限も目の前に迫ってきている.本書がわが国の国民の口腔保健の目標達成に貢献してくれることを願うものである.
 1996年3月 編者代表 岡田昭五郎
 上巻
 カラー口絵

第1章 序論 岡田 昭五郎
   1.予防歯科学とは
   2.歯科疾患の特徴と予防の必要性
     1)歯科疾患の特徴
     2)高齢社会と歯科疾患の予防
   3.歯科疾患の自然史と予防のレベル
     1)う蝕の自然史と予防
     2)歯周疾患の自然史と予防
     3)口の機能のリハビリテーション
   4.歯科医師と予防歯科学
   5.口腔保健の目標
   6.予防歯科学の歴史
   7.予防歯科学と隣接領域の学問
     1)口腔衛生学
     2)衛生学・公衆衛生学
     3)社会歯科学
第2章 歯,口の発育発達と機能 丹羽 源男
   1.歯,口の形成と発育発達
     1)顎顔面の発生,成長発育の基本過程
     2)口,歯の形成時期
     3)歯の石灰化時期
     4)歯の萌出時期
   2.歯,口の形成異常
     1)口,顔面の形成不全
     2)小帯の異常
     3)歯数の異常
     4)形態の異常
     5)エナメル質形成不全
     6)歯の色の異常
   3.口の機能
     1)咀嚼
     2)発音と言語(会話)
     3)表情と顔の美的感覚
     4)味覚
     5)唾液の役割
   4.口の機能を正常に保つための条件
     1)歯および歯周組織
     2)咀嚼筋
     3)顎関節
     4)咬合
     5)口腔顔面感覚
   5.加齢による口の機能の変化について
     1)歯
     2)歯髄
     3)セメント質
     4)歯肉
     5)歯槽骨
     6)唾液腺
     7)顎骨と顎関節
     8)口腔の運動機能
     9)口腔感覚
     10)老人の口腔内にみられる特徴について
第3章 口腔の不潔物 井上 昌一
   1.獲得被膜(後天性ペリクル)
   2.歯垢(デンタルプラーク)
     1)歯垢の構成
     2)歯垢の形成機序
     3)歯垢の病原性
   3.歯石
     1)歯石の化学組成
     2)歯石の形成機序
     3)歯石の為害作用
   4.マテリア・アルバと食物残渣
   5.舌苔
   6.着色沈着物
   7.口腔の自浄作用
     1)口腔の自浄域
     2)清掃性食品と停滞性食品
第4章 歯,口の人工的清掃 薬師寺 毅,井上 昌一
   1.プラークコントロール
     1)プラークコントロールの定義
     2)プラークコントロールの種類
     3)う蝕,歯周病の原因とプラークコントロール
   2.物理的プラークコントロール
     1)清掃用具
   3.物理的プラークコントロールの方法
     1)個人が行うプラークコントロール
     2)歯科医療従事者が行うプラークコントロール
     3)自然の浄化作用によるプラークコントロール
   4.化学的プラークコントロール
     1)薬剤によるコントロール
     2)免疫学的コントロール
     3)食生活を通したコントロール
   5.歯磨剤
     1)種類
     2)組成
   6.プラークコントロールの動機づけ
     1)学習の階段
     2)ニーズと内的な動機づけ
     3)外的な動機づけ
第5章 う蝕とその予防 谷 宏,本多 丘人
   1.う蝕の発病機序
     1)う蝕の病因論と現在の考え方
     2)う蝕の進行
     3)臨床的う蝕
   2.う蝕の疫学
     1)う蝕の発生要因
     2)歯・宿主の要因
     3)微生物の要因
     4)飲食物の要因
     5)環境の要因
     6)時間の要因
     7)う蝕の疫学的特徴の把握
   3.う蝕の予防
     1)基本的な考え方
     2)健康増進と特異的予防
     3)プラークコントロールの指導
     4)甘味飲食物の制限と代用甘味料の利用
     5)う蝕予防処置
     6)う蝕の早期発見,早期治療
     7)定期健診と定期検診
   4.う蝕の発生,進行の予測
     1)う蝕活動性
     2)う蝕活動性試験
     3)う蝕ハイリスク者(児)とその対策
第6章 フッ素とその利用 筒井 昭仁
   1.自然界におけるフッ素
     1)自然界のフッ素
     2)栄養素としてのフッ素
   2.う蝕予防のためのフッ素の歴史
     1)斑状歯の流行と原因調査の時代
     2)飲料水中フッ素濃度と歯牙フッ素症流行およびう蝕有病状況の関係に関する疫学的研究の時代
     3)各種フッ化物応用法研究の時代
     4)各種フッ化物応用法普及の時代
   3.生体とフッ素
     1)フッ素の摂取
     2)フッ素の吸収
     3)フッ素の体内分布
     4)フッ素の排泄
     5)フッ素の胎盤通過性
   4.適量フッ素の生体に対する有益作用
   5.過量フッ素の生体に対する害作用
     1)急性中毒量
     2)致死量
     3)手当て
     4)慢性中毒
   6.フッ化物によるう蝕予防法
     1)全身応用
     2)局所応用
     3)各種フッ化物応用法の選択
   7.フッ素のう蝕予防機序
     1)全身応用法のメカニズム
     2)局所応用法のメカニズム
   8.フッ化物利用の安全性についての考え方
     1)「安全性」の考え方
     2)フッ素の安全性の考え方にかかわる歴史的考察
     3)フッ化物局所応用の安全性
   9.フッ素の定量法
     1)フッ素イオン電極法
     2)ランタン・アリザリンコンプレクソン法
     3)ジルコニウム・スパンズ法
第7章 歯周疾患とその予防 上田 五男
   1.歯周疾患の概要
     1)歯周疾患の分類
     2)歯周疾患の発病要因
   2.歯周疾患の発病機序と経過
     1)歯周疾患の成り立ち
     2)歯周疾患の進行に対する現代の概念
   3.歯周疾患の疫学
     1)疫学的にみた歯周疾患の特徴
     2)宿主要因
     3)病因
     4)環境要因
     5)時間的要因
   4.歯周疾患の予防
     1)基本的な考え方
     2)歯周疾患発病の予防
   5.歯周疾患予後の保健管理
     1)歯周疾患活動性(感受性)
     2)歯周疾患活動性の測定
     3)歯周疾患活動性検査の有用性
     4)CPITNによる歯周疾患予後の保健管理
第8章 口臭とその予防 上田 五男
   1.口臭の概要
   2.口臭の原因
     1)自浄作用の低下
     2)歯口清掃の不良
     3)口腔内の疾病,異常
     4)舌の清掃不良
     5)口臭の原因物質
   3.口臭の予防
第9章 不正咬合とその予防 谷 宏,本多 丘人
   1.不正咬合の概要
     1)不正咬合の定義
     2)異常としての不正咬合
     3)不正咬合と年齢
     4)不正咬合の実態
   2.不正咬合の分類
   3.不正咬合による障害
   4.不正咬合の原因
   5.不正咬合の予防

索引

下巻

第10章 ライフサイクルにおける歯科保健 竹原 直道・宮崎 秀夫
   1.人の一生と歯科疾患のリスク
     1)生涯を通じた歯科保健
     2)ライフスタイルと口腔疾患
     3)う蝕のリスク要因
     4)歯周疾患のリスク要因
     5)その他の口腔疾患のリスク要因
     6)健診体制とリコールシステム
   2.妊産婦の歯科保健管理
     1)妊産婦の健康
     2)妊産婦の口腔保健管理
     3)胎児の口腔保健管理
     4)妊産婦の栄養指導
   3.乳・幼児期の歯科保健管理
     1)乳・幼児期の歯・口の意義
     2)乳歯う蝕
     3)第一大臼歯のう蝕
     4)間食と間食指導
     5)幼児の不良習癖
     6)口腔清掃指導
   4.小学生の歯科保健管理
     1)永久歯のう蝕
     2)歯の交換と不正咬合
     3)歯周疾患
     4)歯科保健管理
   5.中・高等学校生徒の歯科保健管理
     1)う蝕
     2)歯周疾患
     3)不正咬合
   6.青年期の歯科保健管理
     1)自臭症
     2)顎関節症
     3)智歯周囲炎
   7.壮年期の歯科保健管理
     1)歯のライフサイクル
     2)根面う蝕
     3)口臭
     4)舌痛症
   8.老年期の歯科保健管理
     1)歯の喪失とQOL
     2)老年期の口腔疾患
     3)義歯装着者の歯科保健
   9.歯科保健相談と保健指導
第11章 国民の歯科保健の状況 米満 正美・小林 清吾
   1.歯科疾患実態調査
     1)調査の概要
     2)調査の実施および診査基準
     3)調査結果の概要
   2.学校保健統計調査
     1)調査の概要
     2)う蝕有病状況の概要
   3.保健福祉動向調査
     1)調査の概要
     2)平成5年調査結果の概要
   4.国民生活基礎調査
     1)調査の概要
     2)歯科関連調査結果の概要
   5.患者調査
     1)調査の概要
     2)調査結果の概要
第12章 歯科保健教育 境 脩
   1.歯科保健教育の意義と目的
     1)歯科保健教育の意義
     2)歯科保健教育の目的
   2.歯科保健教育の理論
     1)行動科学(behavioural sciences)からみた保健教育
     2)保健教育と標的群の考え方
     3)健康状態の差による保健教育
   3.保健教育の方法と評価
     1)学習理論(learning theory)からみた保健教育
     2)保健教育プログラムの計画, 立案
     3)到達目標の設定
     4)保健教育文書の評価
   4.歯科保健教育の実際
     1)ブラッシングとプラークコントロール
     2)食事指導
     3)う蝕の第二次予防(secondary prevention)
   5.歯科保健普及活動
     1)公衆衛生と地域保健
     2)community organization
     3)歯科保健教育のための組織
第13章 歯科集団検診 坂本 征三郎・小澤 雄樹
   1.歴史,意義,目的
   2.歯科検診の種類
   3.スクリーニング検査
   4.歯科集団検診の実際
     1)実施計画の立案
     2)診査票の準備
     3)診査場の設営
     4)診査用器具
     5)感染予防
     6)診査方法
     7)後処理
   5.歯科疾患の検出基準
     1)う蝕の検出基準
     2)歯科疾患の検出基準
     3)歯垢,歯石の検出基準
   6.歯科領域における指標
     1)一般的指標
     2)歯種の表記法
     3)う蝕の指標
     4)歯周疾患の指標
     5)歯垢,歯石の指標
     6)歯牙フッ素症の指標
第14章 公衆歯科保健活動 吉田 茂・尾崎 哲則・岡田 昭五郎
   1.公衆歯科保健活動の概要
     1)歯科保健に対する世界の動向
     2)公衆歯科保健活動の組織
     3)公衆歯科保健活動の進め方
     4)地域歯科保健・医療計画
   2.母子歯科保健
    意義
    制度
     1)母子保健のあゆみ
     2)母子保健に関連のある法令・指導要領
    実際活動
     1)妊産婦の歯科健診と保健指導
     2)乳幼児の歯科健診と歯科保健指導
   3.学校歯科保健
     1)学校歯科保健の意義
     2)学校歯科保健の制度
     3)学校歯科保健の実際活動
   4.産業歯科保健
    意義
    制度
     1)産業衛生行政のあゆみ
     2)産業衛生に関係する法規
     3)産業保健の現状
     4)産業保健の事業所内の管理体制
     5)労働衛生の管理体制と3管理
     6)健康保持増進対策
    口腔領域に現れる職業性疾患
     1)業務起因性の歯科疾患
    事業所における歯科保健管理
   5.成人・老人歯科保健
    意義
    制度
    実際活動
   6.地域歯科保健
     1)総合歯科保健と保健医療圏
     2)保健医療計画
     3)地域保健法
     4)保健所の歯科保健活動
     5)市町村の歯科保健活動
     6)歯科医師会の歯科保健活動
     7)無歯科医地区とその対策
第15章 社会福祉・社会保障 吉田 茂・尾崎 哲則
   1.社会保障
   2.社会福祉
     1)社会福祉の実施の組織と関連法令
     2)社会福祉の現状

 索引