やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

訳者の序

 近年の歯科医学の進歩に伴って,歯科の二大疾患である齲蝕と歯周病の病態・原因・治療そして予防法が確立されつつある.それによって,歯科医が扱う疾病の形態が変化してきているといわれている.つまり,歯科医が診断し治療する病変は,齲蝕や歯周病から粘膜疾患や悪性腫瘍など多彩な口腔疾患へと移行しつつある.従って今後,これらの非常に多岐にわたる口腔疾患を診断し治療する口腔病理医および口腔外科医の役割は益々重くなっていくと予想される.正確かつ迅速な診断のために,臨床病理の重要性は医学領域にとどまらず口腔領域においても強調されてきているのが現状である.
 このような時期に発刊されたのが,J.A.Regez & J.J.Scubbaによる “Oral Pathology;Clncal-Pathologc Correlatons”である.本書は,表題にもうたっているように臨床と病理との相関関係に力点をおいて編纂されたものである.非常に多くの口腔疾病について,病因,臨床所見,病理組織学的所見,鑑別診断,処置法と項目立てされ,良く整理されて記載されている.イラスト,表および臨床写真の多いことが本書の特徴であり,読者にとっては極めて有用であろう.病因論については最近の論文を引用し,踏み込んだ解釈を展開している.また,病理組織学的所見に関しては,電子顕微鏡,免疫組織化学および免疫螢光法など最新の情報が盛り込まれている.鑑別診断についての記載も著者らの長年の経験が活かされており,紛らわしい疾患の正確な診断に役立つであろう.特筆すべきは,本書の巻頭に疾患の特徴をコンパクトにまとめた臨床的概要の項目を設けていることである.この臨床所見のエッセンスは研究室やチェアサイドで素早くチェックするために,また知識を整理するために大変便利であろう.
 翻訳にあたって心がけたのは,できるだけ原文に忠実に,そして日本語として読みやすくすることであったが,訳者の至らぬ点が多々あることと思う.読者諸賢のご教示を戴ければ幸いである.訳語の統一は非常に困難な作業であり,思ったより長時間を要し,日本語版の発刊を遅らせてしまった.このため,第2版が先に出版されるという皮肉な結果を生んだが,幸いにも,第2版では写真の差し替えと顔面の病変に関する1章が追加されたものの,本文には改められた箇所はほとんどないことでお許しを願いたい.時期をみて,最新版の著書にそった日本語版の改定をしたいと考えている.
 終わりに,御多忙に関わらず,翻訳にあたって戴いた訳者の先生方に厚くお礼申し上げます.また,本書発刊にあたってご尽力戴いた医歯薬出版株式会社の編集部諸氏に深甚なる感謝の意を表します.
 平成6年9月 訳者一同

序文

 本書の目的は,口腔病理学を学ぶ読者に首尾一貫した論理的な手引きを提供することである.疾患の分類,記述そして写真によって明示されているように,その臨床的な方向づけは口腔疾患の診断と治療の一助となるにちがいない.病変に関連した顕微鏡写真は疾患の経過に対する理解度を深めるだけでなく,臨床的診断や患者管理の際にも貴重な助けとなるであろう.本書は口腔病理学の理論的な面と技術的臨床的な考察との橋渡し的役割を果たすにちがいない.
 また本書は鑑別診断的な考えを採用することによって,診断能力の向上に役立つよう企画編集されている.鑑別診断を発展させることによって,日常臨床において重要かつ実用価値のある,学術的教材として教育効果が期待できる.診断可能な疾患が有する意義を理解することは,治療における不必要な遅延や拙速を防ぎ,また不必要な臨床検査や診察の費用を削除する大きな助けとなるだろう.さらに,鑑別診断が確立されると,試験的切除や治療法のさらに合理的な方向づけが可能となるにちがいない.
 また本書には病因論や病理発生の最近の学説,新しい治療法の概要,そして最近の文献を掲載してある.病因論や診断に関しては,免疫組織化学,免疫螢光法および電子顕微鏡の所見も加えた.さらに本書の顕著な特徴は前半部に掲載した臨床的概要である.
 本書の利用のしかた本書の説話風の後半部は口腔病理学に関する情報の中心をなすものであり,広範囲にわたる口腔病理学研究の出発点となるものである.はじめの部分の臨床的概要は基本的には本文中に記載されている臨床所見のエッセンスであり,チェアサイドや研究室ですぐ見られるように,また復習のまとめのために企画した.臨床的概要と本文との関連については,概要で記載したそれぞれの疾患の後にページ数を載せることによって,読者が本文中の詳しい内容をすぐ利用できるように編集した.