やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社



 6年間の医学教育を終えていよいよ臨床と向き合ったとき,いいようのない不安を感ずるということは,いつの時代でも変わらない.医学教育のカリキュラムや方法,期間や制度の問題を検討しても,それはこれからの課題であって,いま目前にある問題が解決されるわけではない.ともかく,現在どうすべきかを考えなければならない.これからの長い道のりを,どんな目標に向かって,どんなふうに進んでゆけばよいのか? だれでもが一度は立ち止まり,考え,道標を探そうとする,ちょうどそんな所に1本の蝋燭を灯せれば,といった思いから本シリーズは誕生した.
 良くも悪しくも現代社会の潮流はますます速さを増し,それに同調して歯科医学を取り巻く情勢の流れも速い.歯科医になれば,すぐにその流れのただなかに立たされる.情報の選択に失敗すると,そのどれもがすぐにでも自分の臨床に必要不可欠だと思い込むことになる.不安の多くは先端技術への過剰反応にある.だが当面,最先端の医学を知らなければ臨床が成り立たないわけではない.医療を支える基本は,決して流行を追うことにあるのではない.むしろ,人間と向き合う臨床医学の底流は,その大部分がしっかりと根をおろして,短期間のうちに変わることは少ない.
 次々に湧き出てくる新しい情報に比べ,すでに確立されている論理と術式は,一見陳腐に見えるかもしれない.しかしこれらは,長い臨床のなかで多くの努力と叡智のもとに育まれた結果築かれてきたものである.そうした結果は大切にしたい.そのためには,まずそれがどんな知識であり,どんな技術であるのかを選択する目が必要である.そのうえで,この変わらぬ部分の知識と技術をしっかりと自分のものにすることが,本当の自信を獲得するための基盤となる.
 読後感として,このシリーズの前半の巻は多少基本的にすぎると思うかもしれないが,もしそう感じたとすれば,それは編者の意図するところであり,それが必要な理由は上述したとおりである.大学で教わった各科の基本も頻繁に顔を出すが,そこに経験豊富な臨床家が加える臨床的基本も随所に盛り込まれているはずである.
 理論と実際は大きくかけ離れることはないが,だからといって決して同じではない.卒業後3〜5年はこのギャップが悩みの種になるだろう.しかし,この3〜5年の経験は辛いがとても重要だ.こんな悩みを経験せずに飛躍することはありえない.本書はこんな経験をどのように考え,解決すべきかの入門書でもある.執筆に加わっていただいた先輩諸氏も,出発点は皆“卒直後”であり,同じ経験をしてきたはずである.経験し,思考し,実践したからこそ,ユニークな臨床手法が用いられているのだ.
 もちろん,単に経験さえ積めば臨床のすべてが解決されるわけではない.治療の意味と手段の適応を考え,細心の注意をはらった経験だけがものをいう.
 本書にはそんな経験の積み重ねが満載されている.お役に立てることを心から願ってやまない.
 デンタルクリニカルシリーズの BASIC部門には,とにかくこれだけは是非とも短期間にマスターしてほしいということがらを集めてある.
 BASIC部門は4巻から構成されており,すべてがきわめて基本的な事項であるが,内容構成は大学の教科書と同じではない.臨床医となるために,あるいはなったときに,すぐに必要と考えられる事項や対応を,順次学べるように配置したつもりである.その際,基礎的知識は卒前教育で十分まかなわれていると考え,重ねて述べてはいないが決しておろそかにしているわけではない.
 この第1巻のメインテーマは,臨床医としていかに学び,いかに接するかである.生涯研修はいまや歯科医のみに課された義務ではない.だれもが生涯を通じて,より多く,より深く学ぼうとしている.こんな時代にあって,歯科医として歯科医療をどのように考え,取り組み,そして学ぶべきなのか.専門職として,その基盤を考えておくことは必須の事項である.本書を手にしたら,まず最初に卒後研修の方向性を理解していただきたい.臨床研修の方法論は,時代を経てもそれほど急激に変化するものとは思えない.一度はだれしもが思いをめぐらすべき課題であろう.
 もう一つのメインテーマは,患者さんにいかに接するかである.卒直後の大きな不安の一つは,患者さんを診ることへのとまどいであろう.多少逆説めくが,卒後すぐに何の懸念もなく患者さんに向かえると思うとすれば,むしろ危惧の念を感ずる.臨床はもはや模型実習ではない.教育現場とのもっとも大きいギャップがここにある.どんなに練習を重ねたとしても模型は模型であって,決して患者さんにはなりえない.人体に触れるときには,人権に対して敏感でなくてはならず,もはやこの問題は卒直後の時期だけの課題ではない.多様な疾病と,多様な人格,それらが入り混じった場にわれわれが直面しなければならないということは,いつの時代でも変わることがない.たとえ経験豊富な歯科医であっても,患者さんに接するときにはいつも頭をよぎる問題だ.過度に恐れることはないが,不注意は禁忌だ.そんな意味で1章の6〜8は是非,熟読していただきたい.
 大胆にいえば臨床は総合力であるが,その総合力を生み出すのは観察力である.観察には記録が必要だ.診療録,X線写真,スライド写真……,これらはどれもが,自分の臨床記録であり,よりよき臨床家を目ざす読者にとっては,大切な苗木である.観察という肥料を与えることで大木に育ち,その大木の一枝はやがて次の苗木の副木になるものだ.症例をじっくり観察する訓練は,良質の記録を残すことから始まると考えてほしい.
 本書は1項目を4ページとした.読みきりの構成で,臨床のすこしの合間を縫って,10分少々あれば読みこなせる量である.読み終わったらまず内容をなぞる実践をぜひしていただきたい.単なる知識の書ではなく体験しつつ学ぶことを想定して編んだつもりである.
 患医双方にとって,より豊かな歯科医療をめざす,多くの若き朋友の育つことを願ってやまない.
 1992年10月 編 者
1 オリエンテーション
 FP108.41 臨床のスタートラインに立って
  複雑・多様で不定形なゴールだが,つかみずらいだけで,ないわけではない…2
 FP108.42 知識の統合と問診の技術
  分けることはわかること,けれど患者さんを分けることはできない…8
 FP108.43 技術の習得
  刃物は切れなくては役に立たないが,切れる刃物も使い方を誤れば凶器になる…12
 FP108.44 治療と処置
  治ることと直すこと…16
 FP108.45 目的の階層性
  必要な処置なのか,やりたいからやるのか…20
 FP108.46 初診時の対応
  出会いを大切に…24
 FP108.47 主訴を聴く
  問診の形式にとらわれることなく,対話を心がける…28
 FP108.48 症状の説明
  訴えへの対応としての説明の義務…30
 FP108.49 Review・診療録の記載
  書くべき事項の確認をしよう…36
 FP108.410 主訴への対応・痛みと腫脹
  痛くなく,迅速に,軽減処置を考える…40
 FP108.411 主訴への対応・義歯と前歯のトラブル
  いくつかの対応を考えておく…48
2 X線写真
 FP108.41 自分で撮ったX線写真をチェックしよう
  よいX線写真,悪いX線写真とは…54
 FP108.42
  X線写真でわかること
  こんなことが読めます…58
 FP108.43 ないのに見え,あるのに見えないX線像
  X線像のトリックをクリアーする…62
 FP108.44 経過を比較する
  2枚以上の像を比較して変化を読む…66
 FP108.45 比較しやすいX線像を得るために
  撮影補助器具を使いこなそう…70
 FP108.46 Review・X線撮影の10枚法
  大学で一度は習ったが,再度チェックしてみよう…74
 FP108.47
  X線の撮影で困ること
  撮りにくい部位や撮りにくい患者さんへの配慮…78
 FP108.48 見たい部位を撮る
  ねらいを絞り,ほかは切りすてる…82
 FP108.49 カリエスにおけるX線診断
  視診・触診を補う…86
 FP108.410 エンド領域でのX線診断の例
  X線検査で臨床的感触をより客観的・科学的に理解できる…90
 FP108.411 ペリオ領域でのX線診断の例
  立体的な想像力で歯周組織を読影する…94
 FP108.412 パノラマX線写真の利点
  デンタルX線写真で得られぬ情報を知る…98
 FP108.413
  X線の手現像の一方法について
  自分にあった現像システムを作る…102
 FP108.414 自動現像機の利点と欠点
  安定した画像を得るために…106
 FP108.415 整理と保存
  いつでも見られるシステムを作る…110
 FP108.416 被爆防護・患者さんへの説明
  検査の必要性とそのリスク…114
3 記録としての口腔内写真
 FP108.41 口腔内写真を撮ってみませんか
  こんな効用,こんな楽しみ…120
 FP108.42 カメラの選び方・入門編
  これからの診療にカメラは必需品である…124
 FP108.43 口腔内写真を撮る・準備編
  まず,始めてみよう…128
 FP108.44 口腔内写真を撮る・構図編
  歯科臨床のためのフレーミング…132
 FP108.45 口腔内写真を撮る・トレーニング編
  最初にスタッフ間で練習を! とにかく慣れること…136
 FP108.46 失敗写真に学ぶ
  失敗は成功のもと…140
 FP108.47 口腔内以外の撮影
  ステップアップ情報…144
 FP108.48 写真の整理・保存
  整理は迅速に,そしてすぐに取り出せるようにしておくこと…148
 FP108.49 歯科臨床と記録
  再び,なぜ写真が必要なのかという問い…152
 FP108.410 口腔内撮影のためのミニ用語辞典
  3章の用語索引…156

参考図書・使用器材一覧…162
 BASIC 2
  局所麻酔・歯内療法・外傷歯の処置・…167
 BASIC 3
  切削の基礎・充 填・形 成・ブリッジの形成・…168
 BASIC 4 〔北川原 健・飯島 和彦・編著〕
  歯周病治療