やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序文
 本書は「お茶の水摂食・嚥下研究会」における講演内容をもとに編集した,シリーズ2巻目の書籍である.誤嚥性肺炎という主題に対し,口腔ケアによる対応を中心に据えつつ,リハビリテーション医学,あるいは呼吸器内科学的観点からの対応等も含め,それぞれの臨床現場の実践的なアプローチをもとに誤嚥性肺炎への対応をまとめたものである.
 これまでも,高齢者の医療,保健,福祉あるいは介護において摂食・嚥下障害は大きな問題であり,特に要介護高齢者における誤嚥性肺炎への対応は深刻かつ緊急の課題であった.しかしながら,具体的にどう対応してよいのか,適切な指針が提示されていなかったのが実状であろう.また,歯科という分野に限局して考えてみても,医療や介護の現場で口腔領域の摂食機能訓練を含めた広義の口腔ケアを実践している人は少なく,歯学部附属病院においては,これらの問題を抱えた高齢者というよりはむしろ健康な高齢者の対応に追われていた.このようななかで,ようやく数年前から基礎的な研究や地道なフィールドワークの成果が実り始め,口腔ケアについての指針が確立されつつある.
 さて,平成12年に介護保険が施行されたが,その当時2,201万人だった65歳以上人口は,平成14年には2,362万人(厚生労働省推定)と7%増となった.さらに,いわゆる団塊の世代が高齢者となる10年後の平成27年にはこの数が3,743万人に達し,総人口の28・7%,すなわち4人に1人以上が高齢者になるものと推定されている.これに伴って,介護保険の財政支出額も平成12年に3・6兆円であったものが14年には5・1兆円(41%増)になり,財政負担の軽減策が模索されている.これを受け,今年改正法案が提出され,その一端として平成18年より介護保険のなかに「新予防給付」を位置づけるべく改定がなされようとしている.今回の見直しに関して,厚生労働省は「介護予防システムへの転換」と位置づけている.これは介護保険対象の半数を占めている「要支援」「要介護1」(約200万人)といった比較的軽度な要支援・要介護者のこれ以上の状態の悪化を予防することが目標である.具体的な介護予防サービスとして,(1) 運動機能の向上,(2) 栄養改善指導,そして(3) 口腔ケア指導が位置づけられたことは,上述のような口腔ケア,あるいは摂食・嚥下療法に関する認知はもとより,社会的な要請が急務となってきたことを表している.つまり,口腔ケアを中心とした誤嚥性肺炎の予防と対応の指針を系統立てて提示する必要に迫られているのである.本書は,そのような時代の要請に応えるとともに,本領域の未来に対する提言を行っているともいえよう.
 本シリーズは今後も継続して刊行する予定であり,第3巻についてはすでに編集作業に取りかかっている.本シリーズに込められた理念,知識がいささかでも今このときを生きる高齢者の生活を支援する助けになれば幸いである.
 平成17年8月
 植松 宏
I編 誤嚥性肺炎の背景
 序文 「セミナーわかる!摂食・嚥下リハビリテーション」をお読みいただく方へ
 1.口腔ケアと誤嚥性肺炎予防(米山 武義)
  1.はじめに
  2.誤嚥性肺炎
  3.口腔ケア
  4.肺炎
 2.口腔内細菌と誤嚥性肺炎(花田 信弘)
  1.はじめに
  2.口腔細菌と誤嚥性肺炎のEBM
  3.口腔細菌
  4.誤嚥性肺炎の起炎菌
 3.栄養という観点からみた高齢者の口腔ケア(藤本 篤士)
  1.日本の高齢化
  2.老化と栄養
  3.老化と摂食可能な食物形態
  4.まとめ
II編 誤嚥性肺炎への対応―各科の立場から
 4.リハビリテーション科における誤嚥性肺炎への対応(藤谷 順子)
  1.はじめに
  2.誤嚥性肺炎と誤嚥
  3.リハビリテーション科における誤嚥性肺炎対策
  4.肺炎リハビリテーション
 5.口腔ケアと摂食・嚥下障害への歯科的アプローチ(大野 友久)
  1.摂食・嚥下障害の患者さんに対する口腔ケア
  2.歯科的アプローチ―摂食・嚥下障害の患者さんに対する歯科治療・特殊な補綴
 6.病院歯科における誤嚥性肺炎予防のための口腔ケア(藤本 篤士)
  1.はじめに
  2.口腔ケアを整理する
  3.西円山病院における歯科と病棟での連携
  4.誤嚥性肺炎予防のための口腔ケアの実際
 7.呼吸器科における誤嚥性肺炎への対応(稲瀬 直彦)
  1.はじめに
  2.症例提示(1)
  3.誤嚥性肺炎の病態
  4.誤嚥性肺炎の診断
  5.症例提示(2)
  6.誤嚥性肺炎の治療
  7.誤嚥性肺炎の予防
  8.症例提示(3)
  9.おわりに
III編 今後の展望―口腔ケアの観点から
 8.先手を打つ口腔ケア戦略― がん治療における口腔内合併症の軽減,回避のための口腔ケア(大田洋二郎)
  1.がん治療の進歩と副作用,口腔ケアの意義
  2.がん治療と口内炎
  3.抗がん剤治療と口腔内合併症の発生率
  4.これまでのがん専門病院での口腔内合併症に対する対応
  5.がん専門病院における先手を打つ口腔ケア
  6.がん治療による口腔内合併症とその対策
  7.先手を打つ口腔ケア
 9.医療ケアの質評価・EBMと今後の課題―看護の立場から(千葉 由美)
  1.はじめに
  2.医療ケアの質評価
  3.今後の課題
 10.総合病院における歯科の新たな役割(大野 友久)
  1.はじめに
  2.入院患者さんのための歯科
  3.歯科患者さんの状況と歯科の経済的実績
  4.おわりに

 ・文献
 ・索引
 ・セミナーシリーズ1巻のご紹介