やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

Translator's Preface
 日本でもようやく外科的歯内療法の必要性や予知性の高さが認識されるようになってきた.私が歯科医師になった1990年代は,当時の術式における成功率がさほど高くなかったこと,通常の再根管治療で難治性の根尖性歯周炎に対応できると認識されていたことから,多くの臨床医に注目されるような処置とは言えなかった.
 ペンシルベニア大学への留学を決めた私でさえ,恥ずかしながら渡米の時点(2004年)では,マイクロエンドサージェリーの成功率に対して多少の疑念を持っていた(このことは,今も原著の著者らには伝えられずにいる).しかし,ペン大での2年間の専門医トレーニングを終える頃にはその疑念は完全に払拭され,マイクロエンドサージェリーの成功率の高さに興奮し,天然歯を保存できる優れた手段を手に入れて意気揚々と日本に帰国した.ペン大で習得した知識と技術を日本国民に還元していくことを誓って,日本で歯内療法専門医としてのキャリアをスタートさせたことが,昨日のことのように思い出される.
 さて,原著『Microsurgery in Endodontics』は,私たち3人の訳者が師事した歯内療法学科のKim教授をはじめとする“PENN ENDO FAMILY”によってまとめられた最高のテキストである.
 翻訳を進めていくにつれて感じたことの一部を,読者の先生方にお伝えしておきたい.第一に,マイクロエンドサージェリーの成功率に関するエビデンスが出てきた当初に最も重要視されていた切断面のベベルや根管に沿った逆根管形成については,今もなお最重要事項として詳細に解説がされている.次に,マイクロエンドサージェリーが導入された当初は,逆根管充填材としてSuperEBAセメントやIRMといった強化型のユージノールセメントが使用されていたが,充填材の解説はすべてケイ酸カルシウム系のセメントに置き換わっている.これが成功率の向上に大きく寄与しているというわけではないが,組織学的には生体にとってより良好な治癒をもたらしている可能性が高いと言っていいだろう.
 また,マイクロエンドサージェリーにまつわる臨床的な問題点や論点を多く扱っていることも,大きな特徴である.CBCT撮影の必要性と術前のシミュレーション,オトガイ孔付近の外科処置を行う際の注意点,上顎洞に穿孔した場合の対処法,穿孔部位の外科的リペアの仕方,外科的歯内療法と再生療法の併用についてなど,あらゆる状況が網羅されており,マイクロエンドサージェリーを臨床に取り入れることを考える術者であれば,一度は目を通しておくべき内容であろう.
 本書の翻訳を終えて,自身が受けてきた教育内容や講師陣の素晴らしさに改めて深い感動と感謝を感じている.この内容を日本の歯科界に正しく効率良く伝えていくことは,私にとって重要な歯科医師人生の命題となっている.
 私と同じくペンシルベニア大学の専門医プログラムを修了し,本書の翻訳を快く引き受けてくださった田中浩祐先生と横田 要先生,そしてこのような機会を与えてくださった原著の著者陣や医歯薬出版に心からの感謝を表したい.
 2025年9月
 訳者代表 石井 宏


Preface
 1992年1月,ペンシルベニア大学歯内療法学科の教授に着任した時に,私は2つの目標を設定した.1つは歯内療法へのマイクロスコープの導入,もう1つはマイクロエンドサージェリーの手技確立である.あれから25年経過した現在,これらの目標は達成されたものと考えている.
 マイクロスコープを使用した歯根端切除術は,もはや口腔外科医だけが行う手技とは言えない.マイクロサージェリーのための新たな手法やインスツルメントが開発されたとともに,歯内療法医による科学的・臨床的な研究結果に基づいた新しいコンセプトに従うことで,マイクロエンドサージェリーはわれわれ歯内療法医の領域の手技となったことを確信している.
 従来の外科的歯内療法とマイクロエンドサージェリーとは,まったく別物と言ってよいものである.手術のコンセプト,インスツルメント,使用材料が異なるため,両者の間に共通点はほとんど見られない.共通している点があるとすれば,「歯を保存する」という目的のみである.従来の歯根端切除術では低回転のマイクロハンドピースにラウンドバーを装着して逆根管形成を行い,窩洞にはアマルガムを充填していたが,これはすでに過去の手法である.現在ではマイクロスコープによる拡大下で超音波チップを使って形成し,逆根管充填材にはバイオセラミック系材料を使用している.これらの新しい手法や材料は,基礎的・臨床的研究によりその優位性が証明されている.本書の重要な目的は,マイクロエンドサージェリーに導入されたこれらの進歩を紹介することである.
 外科的歯内療法は歯内療法の分野において重要な治療法の1つとして広く認識されているものの,卒後研修で十分に教育が行われているとは言い難く,また教科書で多くのページを割いて言及されているわけでもない.実際,米国においては学部の学生のほとんどが,マイクロエンドサージェリーをチェアサイドでのアシストさえ経験したことがなく,また在学中に予備的な解説も受けたことがない状況である.これはひとえに歯根端切除術の教育が,この手技を重視していない口腔外科医によって行われてきたからである.また抜歯してからのインプラント埋入が一般的に行われるようになって,口腔外科医は歯根端切除術をさらに軽視するようになった.多くの歯科医師が現代の外科的歯内療法とはいかなるものかを知らないままでおり,ましてやその利点なども理解されていないのが現状である.しかし,この流れを変える鍵となるのは,自分の歯を抜かれたくないと願っている患者である.つまり,外科的歯内療法は天然歯の救世主となるべき存在と言えるだろう.
 本書『Microsurgery in Endodontics』には,この20年間にわたる,多くの歯内療法医の実践に裏づけされた経験と知識が結集されている.各章を執筆している最中においても手技手法の進歩が見られたため,新たな知見を取り入れるためにリライトを余儀なくされた章もある.例えば,今やマイクロサージェリーの治療計画立案にはCBCTが不可欠となり,加筆が行われた.
 本書の内容は,ペンシルベニア大学での指導法と,ニューヨークやフィラデルフィア,さらには世界中の開業医が実践している方法に準拠して書かれている.材料の選択については,諸々の事情よりも実際の臨床現場でのニーズを最優先して記述した.
 われわれの経験の集大成である本書から,読者諸氏が多くを得られることを願っている.また,この場を借りてペンシルベニア大学歯内療法学科のMrs.Janice Kelly,ニューヨーク市で開業している歯科医院で20年もの長きにわたり献身的な貢献をしてくれたMrs.Sophie O'RourkeとMs.Mary Marmol,また熱心な支援を続けてくれたMs.Jee Hee Hongに心より感謝の意を表したい.
 Syngcuk Kim,DDS,PhD,MD(Hon)
 ペンシルベニア大学歯学部歯内療法学科
 Philadelphia,PA,USA

 5年ほど前,Dr.Kimから本書の共著を依頼されたとき,名誉に感じると同時に大いに意気込んだことを覚えている.はじめはすべてが五里霧中であり,特に多くの執筆者を米国内のみならず世界中から募るのは骨の折れる仕事だった.しかしながら,結果として本書では,ペンシルベニア大学で長年にわたり研修医や同僚に教えてきた内容を再現することができ,実際のところ歯内療法学科での教育そのものとさえ言えるものとなり満足している.すべての執筆者に感謝するとともに,ペンシルベニア大学で25年以上協力を仰いだ研修医の方々にも改めて御礼申し上げたい.彼らの尽力がなければ本書は世に出なかったはずであり,長年にわたり学生たちに教えてきたつもりであるが,彼らから教えられたことも多かったのだと今になって実感している.
 Dr.Kimは25年間にわたって私の師であり,同僚であり,父のような存在,そして親友でもある.より大きな成果に向かって努力するよう,また決して現状に満足しないよう励ましていただいた.現在の私のキャリアがあるのは,いかなるときも正しく導いていただいたDr.Kimのおかげであり,感謝の念に堪えない.また,妻のAmyと2人の子供たちのDevonとZacにはこの5年間不自由な思いをさせたこと,そして本書の締切が迫ったときには楽しい時間を分かち合えなかったことを申し訳なく思っている.
 そしてきわめて遺憾なことに,22年間の長きにわたってアシスタントを務めてくれたKimberly McDowellが,大腸癌を患い10年間の闘病の末2017年の4月9日,この世を去った.享年47歳と早すぎる死を悼むばかりである.この22年間,手術はすべてKimberlyのアシストのもと行われた.本書に示した症例は,彼女の存在がなければ実現できなかったものである.
 Samuel Kratchman,DMD
 ペンシルベニア大学歯学部歯内療法学科
 Philadelphia,PA,USA


Acknowledgements
 幸いなことに,ペンシルベニア大学歯学部歯内療法学科の多くの同僚,卒業生,大学院生,特に北海道の近 加名代先生,大阪の横田 要先生から症例や研究結果を提供していただくことができ,感謝の念に堪えない.また,すばらしいイラストを描かれた熟達のグラフィックデザイナーMr.Sante Kimにも謝意を表したい.
 執筆者・訳者一覧
 訳者序文
 原著者序文
 謝辞
1 歯科用マイクロスコープ
 (Frank Setzer 訳:田中浩祐)
 1.1 マイクロスコープの利点
 1.2 マイクロスコープの主な特徴
 1.3 マイクロスコープのカスタマイズ
  1.3.1 光源
  1.3.2 ドキュメンテーション
  1.3.3 マイクロスコープの個別調整(視度調整)
2 マイクロサージェリー用インスツルメント
 (SeungHo Baek,Syngcuk Kim 訳:田中浩祐)
 2.1 診査用インスツルメント
 2.2 切開・剥離用インスツルメント
 2.3 組織圧排用インスツルメント(リトラクター)
 2.4 骨窩洞形成用インスツルメント
 2.5 掻爬用インスツルメント
 2.6 観察用インスツルメント
 2.7 逆根管形成用超音波ユニットとチップ
  2.7.1 超音波ユニット
  2.7.2 超音波チップ
  2.7.3 Stropkoイリゲーター/ドライヤー
 2.8 マイクロプラガー
 2.9 縫合器具
 2.10 その他のインスツルメント
3 薬剤関連顎骨壊死とマイクロエンドサージェリー
 (Chafic Safi,Bekir Karabucak 訳:田中浩祐)
4 適応と禁忌
 (Bekir Karabucak,Garrett Guess 訳:田中浩祐)
 4.1 外科処置の成否を左右する理想的なプロトコールの実行
 4.2 検査と治療を通じた病因の評価
 4.3 歯周組織への配慮と外科処置
 4.4 患者要因の影響
 4.5 以前に行った根管治療の質
 4.6 おわりに
5 麻酔と止血
 (Siva Rethnam-Haug,Aleksander Iofin,Syngcuk Kim 訳:田中浩祐)
 5.1 使用器材
 5.2 エピネフリン
 5.3 術前
  5.3.1 局所麻酔薬の投与
  5.3.2 麻酔注射のテクニック
  5.3.3 表面局所麻酔
  5.3.4 その他のテクニック
  5.3.5 上顎における麻酔
  5.3.6 下顎における麻酔
  5.3.7 下顎両側の手術
 5.4 術中の麻酔
  5.4.1 局所止血薬
   5.4.1.1 エピネフリン綿球
   5.4.1.2 硫酸第二鉄
 5.5 マイクロエンドサージェリーにおける止血法のまとめ
 5.6 術後の止血
6 マイクロエンドサージェリーにおけるフラップデザイン
 (Francesco Maggiore,Frank Setzer 訳:田中浩祐)
 6.1 使用器材
 6.2 フラップの外形
 6.3 歯間乳頭のマネジメント
 6.4 切開
 6.5 フラップのリトラクション
7 骨窩洞形成
 (Francesco Maggiore,Syngcuk Kim 訳:田中浩祐)
 7.1 使用器材
 7.2 骨窩洞形成
  7.2.1 骨と根尖の区別
  7.2.2 マイクロエンドサージェリーの臨床状況
   7.2.2.1 皮質骨にフェネストレーションがなく,根尖周囲にX線透過像が認められない場合
   7.2.2.2 皮質骨にフェネストレーションはないが,根尖病変を伴う場合
   7.2.2.3 皮質骨にフェネストレーションがある場合
  7.2.3 最適な骨窩洞の大きさ
  7.2.4 キーホール状の骨窩洞形成
  7.2.5 ボーンウインドウテクニック
8 歯根端切除
 (Spyros Floratos,Fouad Al-Malki,Syngcuk Kim 訳:田中浩祐)
 8.1 使用器材
 8.2 歯根端切除
 8.3 深いベベルと浅いベベル
 8.4 確実な成功のためのプロトコール
9 歯根切断面の検査─イスムスへの対応の重要性
 (Spyros Floratos,Jorge Vera,Fouad Al-Malki,Syngcuk Kim 訳:横田 要)
 9.1 使用器材
 9.2 高倍率下での検査
 9.3 メチレンブルー染色
 9.4 検査により特定される所見
 9.5 イスムス
  9.5.1 イスムスの種類
  9.5.2 イスムスの頻度
  9.5.3 イスムスの組織学的所見
 9.6 臨床的意義と管理
10 超音波チップによる逆根管形成
 (Spyros Floratos,Syngcuk Kim 訳:横田 要)
 10.1 使用器材
 10.2 逆根管形成の要件
 10.3 超音波チップによる逆根管形成の実際
11 逆根管充填材─MTAとバイオセラミック系材料
 (Sujung Shin,Ian Chen,Bekir Karabucak,SeungHo Baek,Syngcuk Kim 訳:横田 要)
 11.1 逆根管充填材に求められる特性
 11.2 MTA
  11.2.1 MTAの利点
   11.2.1.1 封鎖性
   11.2.1.2 生体適合性と生物活性
  11.2.2 MTAの欠点
 11.3 バイオセラミック系材料
 11.4 歯根端切除術におけるMTAとバイオセラミック系材料の使用
 11.5 その他の根管充填材
  11.5.1 IRM
  11.5.2 SuperEBA
  11.5.3 GeristoreとRetroplast
  11.5.4 新しいタイプの逆根管充填材
12 フラップの復位と縫合
 (Francesco Maggiore,Meetu Kohli 訳:横田 要)
 12.1 縫合
 12.2 治癒と抜糸
13 根尖周囲の創傷治癒
 (Ingrida Dapkute,Georges Bandelac,Chafic Safi,Frank Setzer 訳:横田 要)
 13.1 創傷治癒の原則
 13.2 マイクロエンドサージェリー後の治癒
 13.3 不完全治癒─瘢痕組織形成
 13.4 歯根端切除術後の治癒の評価
 13.5 CBCTによる治癒の評価
14 コーンビームCT
 (Garrett Guess,Fouad Al-Malki,Meetu Kohli,Bekir Karabucak,Samuel Kratchman 訳:横田 要)
 14.1 デンタルX線写真からCBCTへ
 14.2 CBCTの仕組み
 14.3 適応症と臨床応用
15 オトガイ神経の管理
 (Paula Mendez-Montalvo,Fouad Al-Malki,Syngcuk Kim 訳:石井 宏)
 15.1 使用器材
 15.2 オトガイ孔とオトガイ神経
  15.2.1 オトガイ孔の位置
  15.2.2 前方ループ
  15.2.3 オトガイ孔の数
  15.2.4 X線検査によるオトガイ孔の検出
   15.2.4.1 デンタルX線写真
   15.2.4.2 パノラマX線写真
   15.2.4.3 CBCT(コーンビームCT)
 15.3 神経感覚障害
  15.3.1 医原性のオトガイ神経傷害・損傷を起こさないためのテクニック
  15.3.2 ピエゾトームによるグルーブテクニック
16 上顎臼歯部の歯根端切除術─上顎洞穿孔への対応とパラタルアプローチ
 (Garrett Guess,Samuel Kratchman 訳:石井 宏)
 16.1 上顎小臼歯
  16.1.1 アクセス
  16.1.2 インスツルメンテーション
 16.2 上顎洞穿孔
 16.3 上顎第一大臼歯
  16.3.1 アクセス
  16.3.2 パラタルアプローチ
 16.4 上顎第二大臼歯
 16.5 歯周組織
17 外科的パーフォレーションリペア
 (Raed Kasem,Samuel Kratchman,Meetu Kohli 訳:石井 宏)
 17.1 非外科的パーフォレーションリペアの問題点
 17.2 パーフォレーションリペアに長期予後をもたらす要因
 17.3 外科的パーフォレーションリペアのテクニック
 17.4 外部吸収の外科的治療
18 意図的再植術
 (David Li,Samuel Kratchman 訳:石井 宏)
 18.1 使用器材
 18.2 成功率
 18.3 適応
 18.4 意図的再植術か,歯根端切除術か
 18.5 手技の実際
  18.5.1 抜歯
  18.5.2 口腔外での処置
  18.5.3 保存液
  18.5.4 再植
  18.5.5 固定
  18.5.6 術後説明
  18.5.7 CBCT
  18.5.8 偶発事象のリカバリー
19 マイクロエンドサージェリーにおけるGTR法
 (Garrett Guess,Samuel Kratchman 訳:石井 宏)
 19.1 症例の分類
 19.2 メンブレン
  19.2.1 特徴
  19.2.2 設置方法
  19.2.3 吸収速度
 19.3 材料選択と骨移植材の併用
20 インプラントvsマイクロエンドサージェリー
 (Frank Setzer,Syngcuk Kim 訳:石井 宏)
 20.1 これまでの経緯
 20.2 インプラントの利点
 20.3 インプラントの長期予後
 20.4 インプラントの併発症
 20.5 外科的歯内療法を行った歯の長期予後
 20.6 まとめ
21 マイクロエンドサージェリーの予後
 (Meetu Kohli,Euiseong Kim 訳:石井 宏)
 21.1 すぐれたエビデンスとは
 21.2 評価のパラメーター
  21.2.1 臨床的所見・X線学的二次元所見
  21.2.2 CBCTを利用した治癒の評価“Penn 3Dクライテリア”
 21.3 再発
 21.4 TRS vs EMS
 21.5 CRS vs EMS
 21.6 根管充填材
 21.7 症例選択
 21.8 再外科治療
 21.9 まとめ
22 ポジショニング
 (Samuel Kratchman,Syngcuk Kim 訳:石井 宏)
 22.1 使用器材
 22.2 ポジショニングの要点
  22.2.1 エルゴノミクス
  22.2.2 モニターの位置
  22.2.3 患者のポジショニング
  22.2.4 歯根切断面の直視

 索引