やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序文
 奇しくも恩師であった岩手医科大学歯学部口腔外科学第一講座の工藤啓吾教授が執筆し,医歯薬出版より1972年に発行された当時のビジュアルブックともいえよう『歯科写真文庫29 難抜歯』(藤岡幸雄,工藤啓吾)という成書が,私の手もとに存在する.このたび弟子である私が,同じ出版社から“令和のビジュアルブック”の編著を依頼されたことは非常に感慨深い.恩師のさらに恩師である中村平蔵先生の歯科写真文庫への推薦のことばに「しかるに手術術式は,記述式の説明では十分に理解しにくいものであるが,写真や図解を主体にするとわかりやすくなることが少なくない」という記載があるが,令和の時代においてもその本質は同じであろう.
 工藤門下の大学院1年目は教授付きで3か月間臨床研修を行うのが常であった.工藤教授の専門は顎骨欠損の再建であり,その論文は他大学の教授からバイブルと呼ばれるような華々しい存在であったが,その実は非常に慎重かつ真摯で,「小川君,要は診断がすべてなんですよ.診断が決まれば,その後にやることは自ずと決まるよね」と診断の重要性に関する薫陶を再三にわたり受けた.教授の執刀前日には,教授室にシャーカステンを搬入,1時間以上を費やし教授とともにCTを読影,そして教授が納得するまで質疑に耐えたのは今思うと貴重で濃厚な時間であった.
 なぜ,口腔外科の私がこの『日本人の歯根・根管形態ビジュアルブック』を編著しているのか,不思議に思われる向きもあるだろう.大学院時代からベースは形態学で,口腔解剖学講座にお世話になり,透過型電子顕微鏡を用いて腫瘍周囲毛細リンパ管の微細構造を研究していた.電子顕微鏡で鏡検するのが何より楽しく,エックス線画像と同じ白黒の世界で毛細リンパ管を連日夜通しで探索していた.その当時,ビーカーの洗浄法の伝授から始まり,論文指導までしていただいたのが,本書の共著者である口腔解剖の藤村教授であった.私は,無給の医員,数年間の教員生活を送った後,妻と青森県十和田市で開業したのだが,2008年に当時まだ非常に高価であった歯科用コーンビームCTを導入して,その画像で医科用CTや単純エックス線画像では観察できなかった歯や顎骨内の管状構造物が詳細に検出されることに驚愕した.その時,学位のテーマを思案していた十数年前に藤村先生がおっしゃった「日常臨床のエックス線画像にも研究テーマはあるはずだ」という言葉を思い出すとともにリサーチマインドが蘇り,臨床研究を再開した.開業から15年後には教員に復帰し,後輩たちに対して微力ながら診断と臨床研究の重要性を指導してきた.そして本年度からは,共著者の池田先生と岩手県立久慈病院へ赴任,アマチュア形態学者として細々と研究を続けている.
 本書はこれまでの臨床研究の結果をベースとして,岩手医科大学歯学部の藤村教授門下,歯科放射線学分野と口腔外科学分野の私の信頼する先生方に執筆を依頼した.それぞれの専門領域をバックグラウンドに各歯種の歯根と根管形態に関してビジュアルを意識した平易な記載がなされたものと思っている.
 最後に本書のサブタイトルは「エンド・ペリオ・外科に役立つ」であるが,臨床にあたる心構えとして,工藤教授が執筆された先の歯科写真文庫の緒言を引用したい.

 実地の臨床においては,簡単な抜歯ばかりでなく,種々の条件のもとにおかれた困難な症例に遭遇することも決して珍しくはない.したがってどんな場合にも,どうすれば安全で,しかも患者に負担の軽い抜歯をすることができるかを,日常の信条として臨床にあたる必要があり,そのためには正確な理論と実際を,常に十分に身につけておくことが大切である.

 この一文の「抜歯」は根管治療,歯周外科に言い換えてもらっても通用する.安全で負担の軽い歯科処置を行うには,まず画像の読影から始まる術前診断が肝要であろう.この歯根と根管形態のバリエーションを記載したビジュアルブックが,歯科衛生士,歯科医師の診断,診療技術の向上のための一助となることを願いたい.
 2025年7月 小川 淳
 序文
まず押さえておきたい基本情報
 歯に関する基本情報(藤村 朗)
 歯根・根管形態の画像診断法について(泉澤 充)
 本書で用いた分類(關 聖太郎)
日本人の歯根・根管形態I 上顎
 1-3 上顎前歯
  歯根形態
  根管形態
  (關 聖太郎)
 4 5 上顎小臼歯
  歯根形態
  根管形態
  (小川 淳)
 6 上顎第一大臼歯
  歯根形態
  根管形態
  (藤村 朗)
 7 上顎第二大臼歯
  歯根形態
  根管形態
  (藤村 朗)
 8 上顎第三大臼歯
  歯根形態
  根管形態
  上顎洞との位置関係
  (川井 忠)
  埋伏歯の場合
  (池田裕之介)
日本人の歯根・根管形態II 下顎
 1-3 下顎前歯
  歯根形態
  根管形態
  (關 聖太郎)
 4 5 下顎小臼歯
  歯根形態
  根管形態
  (橋徳明)
 6 下顎第一大臼歯
  歯根形態
  根管形態
  (小川 淳)
 7 下顎第二大臼歯
  歯根形態
  根管形態
  (小川 淳)
 8 下顎第三大臼歯
  歯根形態
  根管形態
  下顎管との位置関係
  (川井 忠)
  埋伏歯の場合
  (池田裕之介)
あわせて知りたい関連知識
 形態異常歯(橋徳明)
  歯槽骨のフェネストレーション(小川 淳)
  歯科用コーンビームCTで観察される上下顎骨の解剖構造(菅野江美・小川 淳)

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