やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 私は,2016年から全国で500回以上の歯科医院職場環境デザイン研修を通して,歯科医院での片づけの重要性をお伝えしてきました.現在では研修先の90%以上が歯科医院という,歯科医院専門の片づけの会社といってもよい状況です.
 ただ,私は歯科医院で働いた経験がありませんし,医療従事者ではありません.先日,興味を持って第二種,第一種歯科感染管理者資格を取得しましたが,超音波洗浄器に診療器材を浸したこともありませんし,オートクレーブのスイッチを押したこともありません.そんな私ですので,こちらの本には歯科治療や診療器材の詳細は一切触れていません.ときどき,専門用語で話す先生がいらっしゃるので,その都度「それはなんでしょうか?」と確認をさせていただきます.「歯科専門なのに知らないの?」というお声もありますし,ヒアリングの際にご面倒もお掛けしていると思いますが,プロフェッショナリズムの領域を大切にするという点で,都度伺うことにしています.
 一つの治療に対しても,歯科医院ごと,歯科医師ごとに業務フローが違うケースがあります.大規模医院では効率的なことも小規模医院では非効率なことがあります.歯科医院ごとにカスタマイズしなければ,効率化できない部分が多いのも歯科医院の片づけの特徴です.
 「それならば,田中さんに依頼しないと片づけができないのですか?」という話になりますが,逆に考えれば,歯科医院に勤める人が整理収納の知識と技術を持っていれば,自院の片づけもカスタマイズも簡単にできるということです.
 片づけのプロとしてキレイな空間はいつでも短時間につくれます.しかし,片づけの先生がつくったキレイなだけの空間が,歯科医院で働くみなさんの職場にフィットしていることはまずありません.みなさんが,自分たちの働きやすい職場をつくることが一番効率的なのです.
 私は,もともと社会に出てから2年間は空港勤務,その後10年は航空会社で国際航空貨物予約受付業務とFD(Freight Desk)業務をしていました.予約された航空貨物の重量とサイズをもとに積みつけプランを作成します.そのプランを空港に送ると,現場スタッフがプランどおりにULDと呼ばれるコンテナやパレットに積みつけ,搭載してくれます.貨物は旅客のように1名1席ではありません.狭い貨物室の空間をいかに安全かつ無駄なスペースのないよう,3Dパズルを組み立てるようにプランを作成する必要があります.さらに,搬送時や輸送中にバランスを崩さないように,サイズや形状プラス,重量のバランスも配慮しなくてはいけませんし,時間どおりに出発させるための時間管理も必要でした.この経験を元にできあがったメソッドが,職場の片づけ・職場環境デザインメソッドです.
 起業から15年の間に,このメソッドは一部上場企業から個人事業主,総合病院,福祉施設,法律・会計事務所,宿泊施設,ネイルサロン,整体サロン,飲食店,珍しいところでは京都,兵庫,愛知,それぞれ宗派の違うお寺でも採用されています.
 職場の片づけ知識と技術は,どの業界でも必要とされるメソッドですが,歯科医院ほど細かく小さい物や,一つの物品の種類が多い業種はありません.そして今,歯科業界全体が,新しい治療方針や新しい物が次々に導入される過渡期にあるのではないかと想像します.
 さらに,集患においても人の採用においても競争力が必要な時代になっています.そんな歯科医院を取り巻く難しい環境のなかでも,気持ちよく来院いただける環境,そして気持ちよく働ける職場の環境づくりは決して難しいことではありません.
 安定的な売上を上げるという経営の課題,チームワークをよくしたい,離職を防ぎたいなどの人の課題,これらを急務な課題として取り組んでいる歯科医院も多いと思います.その実現の道筋は幾多にもあり,そして時間をかけても達成できるかどうかわからないということに不安や疑問を感じることもあると思います.しかし,医院の環境整備には明確な手順とゴールがあり,実践することで,整った医院環境は確実に手に入れられます.さらに整った環境下で取り組む多くの課題は,散らかった環境で取り組むよりも解決しやすくなります.単純な例でいえば,課題解決のためのプロジェクトの資料やデータが整っていれば,いつでも気持ちよく進められますが,散らかっていて何かを始めるのに探すことから始めなければならない環境では,時間ももったいないですし,モチベーションも下がります.
 このように,職場環境というのは私たちの日々の活動に大きな影響力を持つことはみなさんも体感されているはずです.
 「散らかった歯科医院を片づけたい」「何度片づけをしてもすぐに散らかってしまう」「片づけの手順がわからない」「他院でみた同じ収納用品を揃えてみたけれど何か違う」
 本書は,そんな悩みをもつ歯科医院のための片づけ手順の本になっています.
 みなさんは,忙しいなかで日々真剣に診療に取り組んでいらっしゃいます.もしはじめから順番に読む時間が取れないようならば,理屈は差し置いて,第4章の「手順1」〜「手順7」(p.40以降)を読んで,一つの場所・一つの物からでも片づけを実践してみてください.きっと,いつもと違う景色がみられますし,気持ちよく仕事に向き合えるようになるはずです.小さな変化もきっと大きな気づきや効率の向上につながります.
 2025年6月
 田中明子
第1章 なぜ歯科医院の片づけがうまくいかないのか?
 年に一度,時間が限られた大掃除のときにまとめて片づけ
 掃除と片づけの違い
 まずは,百円均一! 収納ケースを買って片づけ
 空いている隙間になんとか入らないか工夫する片づけ
 ともかく大きな収納場所をつくる
 患者さんからみえる場所だけでも綺麗にという片づけ
 SNS投稿,大丈夫?
 歯科医院の三つのゾーン
第2章 人手不足をカバーする環境整備という選択
 片づいている歯科医院と片づいていない歯科医院
 片づいていない歯科医院の経済的損失
 優秀なスタッフが辞めてしまう原因
 散らかっていても優秀なスタッフはいる
 医院見学,大丈夫?
第3章 捨てない片づけ 職場環境デザインメソッド 片づけの基本的な考え方
 整っている状態とは?
 整った状態と片づけのゴール
 当たり前の基準を変える
 片づけは思いやり―自分に優しい片づけとは?
 物を捨てる考えを「捨てる」―捨てない勇気と技術
 診療に必要な物のことだけを考える
 診療に必要な物だけを診療エリアに揃える
 物があるイコール業務がある
 捨てる物のことを考えるのは院長の仕事
 歯科医院に圧倒的に足りていない収納空間とは
 片づけは歯科医院の型づけ 片づけ×型づけは経営戦略
第4章 歯科医院の片づけ手順 カテゴライズ・ゾーニング・ラベリングで整える環境整備メソッド
 片づけのはじめに
 準備1 環境整備の時間をつくる
 準備2 院内の写真撮影
 準備3 歯科医院の課題を全員で書き出す
 準備4 課題に対しての改善目標設定
 準備5 環境整備プロジェクトの立ち上げ
 準備6 環境整備スケジュールの作成 どこから片づければよいか?
 手順1 出す
 手順2 分ける 曖昧さを残さず分けきる
 手順3 選ぶ
 手順4 しまう(仮収納)
 手順5 残った物の片づけ
 手順6 オペレーションチェック後の収納用品の入れ替え
 手順7 ラベリング
第5章 維持定着のための手順 綺麗が当たり前の院内文化のつくり方
 職場地図をつくる
 職場地図をオペレーションマニュアルにする方法
 定物定位チェックの導入方法
 定物定位チェックの実施方法
 定物定位チェックの課題
 改善提案書の導入
 医院全体を俯瞰して,課題の抽出,課題解決の道筋を立て,自分たちで解決する
 実践例 開業1年目の片づけ(あわの歯科)
 まずは,診療外の空間から整えてみましょう
 カルテ棚
 引き出し収納のポイント
 文書整理
 書棚
 物販在庫棚
 診察室側入力スペース
 エックス線撮影室
 受付
 第5診察室:オペ室兼診察室
 第3診察室:メインテナンス中心の診察室
 第4診察室
 技工エリア
 滅菌消毒エリア
 印象用品・その他診療物品エリア
 実践例 開業サポート(亀戸とよむら総合歯科)
 インカム充電
 滅菌消毒室
 幅広の造作引き出し
 滅菌スペース
 キッズスペース
 開業サポートまとめ
 実践例 奇跡の滅菌室(定岡歯科深川院・定岡歯科医院)
 奇跡の滅菌室
 診療中の技工スペース
 診療後・休日の滅菌室
 洗浄エリア収納
 Fラウンジと名づけられている診察室
 センターストックカウンター(共有の器具・機材収納)
 技工棚・機械室・ゴミ箱
 「綺麗」の院内文化はこんなところにも!