やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 私とリンガルブラケットとの出会いは1983年,今年で40年が経過した.北海道大学歯学部を卒業後,大学院に在籍していたとき,同門の先生のクリニックで藤田欣也先生のブラケットによる矯正治療を見たのが最初である.それまでラビアルブラケットしか知らない私には,正直,違和感があった.医局の先輩たちも症例数はわずかだが,リンガルの治療を行っており,次第にリンガルブラケット矯正に対する違和感は薄れ,矯正装置の一つと考えるようになった.
 1993年に大学を退職し,実家のある東京・赤坂のビルで開業することになった.大学では主に先天異常の患者さんに対する矯正治療,外科矯正治療を専門に診療,研究に携わっていた.東京に戻ってからも東京警察病院の形成外科と外科矯正,口蓋裂等の治療を行わせていただいている.それ以外に,リンガルブラケットでの矯正治療も自分の守備範囲にしていこうと思い,そこからリンガルブラケット矯正の勉強を本格的に始めた.
 当時,まだリンガルブラケットでの治療は今ほど知られておらず,「うまく治らない」,「時間がかかる」といった偏見があった.この偏見はかなり長きにわたり,現在でも矯正医がこのような偏見を患者さんに伝えているのを耳にする.この偏見を払拭することが,私のリンガル矯正の原動力になった.患者さんに本当のことを説明することが,医療に携わる者の原点であると信じている.たまたま早い時期からリンガルブラケット矯正に携わり,いろいろな経験をしてきた身として,リンガルブラケットによる適切な治療は患者さんの主訴をラビアルブラケットでの治療同様に解決する手段となり得る事を伝えたいという思いで,今回の執筆にいたった.
 実際にリンガルブラケットでの治療を長年行ってみて気づいたことは,リンガルブラケットのポジショニングがいかに大切か,また,装置が脱離したときに,再び正確な位置に装置を装着する重要性を痛感し,2003年にHybridcoreと呼ばれる,インダイレクトボンディングに使用するコアを開発した.また,韓国の優れた矯正医たちとの出会いによって,歯科矯正用アンカースクリューを学び,ラビアルからの治療でも難しい上顎前突の治療方法に出会えた.リンガルブラケットでの矯正治療が「装置ありき」ではなく,ラビアルからの治療同様,的確な診断のもとに行うことが重要なため,診断,治療方針の立案についても詳細に書かせていただいた.本書は,これからリンガルブラケット矯正を始めたいと考えている若い先生方に,本当のことを伝えたい一心で,実践を意識して執筆にあたった.先生方の患者さんへの治療に少しでもお役に立つことを願うものである.
 私のクリニックで10年以上一緒に診療を行っている矯正医の娘・鈴木さほりには診療等で協力をしてもらい,編集作業に関しては医歯薬出版の松崎一優氏にたいへんご尽力をいただいた.ご協力いただいた方々に心から感謝したい.
 松野 功
1章 上顎前突の症例
 1 「前歯を思いっきり引っ込めてほしい」〜プロファイルが大きく改善した症例(1)
 2 「口元が前に出ている」〜プロファイルが大きく改善した症例(2)
 3 「Gummy smileが気になる」
 4 「前歯の咬み合わせが深い」
 5 「口元がとび出ている」〜口蓋アンカースクリュー未使用の症例
 6 「出っ歯が気になる」〜片顎抜去の症例
 7 「出っ歯を治したい(でも歯を抜きたくない)」
2章 叢生の症例
 8 「歯の凸凹(叢生)と前突が気になる」
 9 「歯の凸凹が気になる」〜装置脱離多数の症例
 10 「上下顎右側の凸凹が気になる」〜Class IIIの症例
3章 反対咬合,開咬の症例
 11 「反対咬合を治したい」〜L-MEAWワイヤーで対応した症例
 12 「前歯の咬み合わせが逆なので気になる」
 13 「ものがうまく咬めない」
 14 「前歯の開咬が気になる」
4章 美容外科,その他の難症例
 15 「前歯の咬み合わせが気になる」〜美容外科の症例(1)
 16 「下顎が出ている 顔が長い」〜美容外科の症例(2)
 17 「側切歯の突出が気になる」〜埋伏歯の症例
 18 「前歯が大きいのが気になる」

 Column1 Hybrid coreの歴史
 Column2 Hybrid coreのボンディング手順
 Column3 デジタルSet upのはなし
 Column4 叢生(Crowding)の改善(1)〜SLBを用いた方法と定量的計測〜
 Column5 叢生(Crowding)の改善(2)〜効率の良い叢生治療とは?〜
 Column6 前歯のRetraction(1)〜前歯の舌側傾斜はなぜ起こるのか?〜
 Column7 前歯のRetraction(2)〜Bowingに注意しよう!〜
 Column8 口蓋アンカースクリューのはなし