やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

INTRODUCTION 訪問診療って?
 菊谷 武
 歯科医療は,外来診療を中心に発達してきた.すなわち,歯科医療の対象は,外来に通院できる人という前提であったともいえる.通院できるということは,日常生活の多くは自立し,認知機能も保たれている患者が対象となる.周産期医療,小児医療の充実,人口の高齢化,在宅医療の推進により,医療的ケア児や在宅要介護高齢者が増加する中,地域に在住するこれらの患者は増加の一途をたどっている.これらの患者は,多くの疾患を有し,心身機能に問題を抱えている.現在,これらの患者に対する歯科医療の対応は十分に行われているとはいえない.
 これらの患者への対応には,歯科一般の知識の他に,老年医学や脳神経内科学,小児科学や障害者医療学などの知識を広くもつ必要がある.また,患者は死と隣り合わせである場合も多く,緩和医療,臨床倫理の知識も併せもち対応することが求められる.
 外来診療において,連携する相手は,患者の主治医である場合が多く,医科歯科連携の重要性が叫ばれてきた.一方,在宅医療では,連携する相手は,医師にとどまらず,看護師,リハビリテーション職種,介護職種,行政職員など,医療・介護・福祉に携わる多くの職種,多くの事業所が対象となり,多職種連携,多事業所連携が求められる.歯科医院完結型歯科医療と呼ばれる対応が主であった歯科においては,最も苦手とするところとなっている.
 訪問診療は決して効率的とはいえず,コストがかかる.歯科医師,歯科衛生士が患者宅に向かうだけでも非効率であるといえる.在宅診療は,持ち込める診療機器の制限や衛生管理上の問題などから実際に行うことができる診療に制限が生じる.上記の理由などにより一般に歯科医療が求める精緻な診療は困難で,それにより診療により得られる効果に多くは期待できない.「懐中電灯の下で行う診療」の限界を示しているともいえる.
 しかし,もし,訪問診療が,このような非効率で成果が期待できないだけのものであるとしたら,訪問診療を実施する必然性は存在しない.「訪問診療とは,外来診療で実施する診療を患者の自宅などの患者が住まう場所で実施するものではない」「訪問診療とは,通院が困難な患者を対象に実施するものでもない」.この2つの定義の根拠に対する共通のキーワードは『生活』である.
 患者に必要な援助は単に歯科医療にとどまることなく,食べることが困難となった患者の生活をいかに支えることができるか,介護や療育に携わる家族をいかに支えることができるかが重要となる.訪問診療の意義は,診療が生活の場を基盤とすることから,患者の生活を支援する意義においてその効果が大いに期待できることにある.そのためには,患者の生活環境を把握する必要がありその条件として多職種との連携がある.
 医療の基本として,患者の疾患を見るのではなく,疾患をもっている患者を診るという概念が一般的である.さらに,在宅医療においては,患者や患者の家族の生活や人生を診ることになる.
 訪問診療では,外来診療では決して得ることができなかった感動に出合う.この感動は,私たちが自己満足として感じることではなく,患者と患者家族,関わる全職種と分かち合うことができる感動である.
 さあ,お家に行こう,私たちを待っている人たちのいるお家へ.
 執筆者一覧
 INTRODUCTION 訪問診療って?(菊谷 武)
CHAPTER 1 疾患・症状・主訴から引く訪問診療の心得 在宅の“高齢者”
 SECTION 0 基本的配慮(高齢者)(菊谷 武)
 SECTION 1 疾患
   01 認知症(菊谷 武)
   02 神経変性疾患(1)筋萎縮性側索硬化症(ALS)
   03 神経変性疾患(2)パーキンソン病
   04 循環器疾患(松村香織)
   05 呼吸器疾患(慢性閉塞性肺疾患〔COPD〕,気管支喘息)
   06 糖尿病
   07 慢性腎臓病
   08 脳卒中
   09 自己免疫疾患
   10 骨粗鬆症/顎骨壊死
   COLUMN 01 認知症と口腔ケア〜臨床倫理の観点から(菊谷 武)
 SECTION 2 症状
   01 誤嚥性肺炎(菊谷 武)
   02 摂食嚥下障害
   03 終末期の口腔内
   04 インプラントに出合ったら
 SECTION 3 主訴
   01 むせる(菊谷 武)
   02 体重が減った
   03 形あるものを食べたい
 SECTION 4 患者の状態
   01 血圧が高い(松村香織)
   02 意識が朦朧としている
   03 人工呼吸器を装着している
   04 ステージ別の患者管理(菊谷 武)
   05 終末期の患者管理
   COLUMN 02 患者や家族の訴え(菊谷 武)
CHAPTER 2 疾患・症状・主訴から引く訪問診療の心得 在宅の“子ども”
 SECTION 0 基本的配慮(子ども)(小坂美樹)
 SECTION 1 疾患
   01 脳性麻痺(小坂美樹)
   02 染色体異常症
   03 筋疾患
   04 代謝疾患
   05 子どもの悪性腫瘍
   06 骨系統疾患
 SECTION 2 症状
   01 呼吸障害(小坂美樹・井理人)
   02 重症心身障害児(者)のてんかん(田村文誉)
   03 摂食嚥下障害
   COLUMN 03 患者の経過を追う(田村文誉)
 SECTION 3 主訴
  (1)口腔に関する問題
   01 触れられることへの拒否がある(山田裕之・田村文誉)
   02 口腔ケアの方法が知りたい(山田裕之)
   03 歯が揺れている/歯が生えてこない
   04 歯石が付いている/歯磨きで出血がある
   05 むし歯がある
  (2)食べることの問題(摂食機能療法)
   06 口から食べてほしい
   07 食べさせ方をみてほしい(姿勢調整)
   08 食形態は合っている?
 SECTION 4 患児の状態
   01 生体情報モニターのアラームが鳴ったらどうする?(小坂美樹)
   02 筋緊張への対応
   03 心疾患の管理〜SpO2が低い時どうする?
   04 経管栄養中の症例への注意(田村文誉)
   05 しっかり押さえておきたい! 子どもの様子(井理人)
   06 診療のセッティングとポジショニング
   07 子どもの看取り(小坂美樹)
CHAPTER 3 訪問診療を始めるための 7の心得
   01 患者に関わる医師は何をしている?(井理人・菊谷 武)
   02 “他職種”に歯科はどう混ざれば良い?
   03 依頼元から考える必要な情報とは?
   04 何を持っていけば良い?
   05 初回訪問の時に気を付けること
   06 伝わる言葉の使い方〜患者・家族・他職種への説明(田村文誉・菊谷 武)
   07 訪問だけで全部やらなくても良い
巻末対談 気になる歯科訪問診療のアレコレ 高齢者ならどうする? 子どもならどうする?
 (菊谷 武・井理人)

 索引