やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

訳者まえがき
 本書には,すべての患者の齲蝕を“予防”する魔法のような方法が書いてあるわけではありません.
 書かれている内容の一つひとつは,おそらく読者の皆さんがすでに知っていることではないかと思います.
 でも,読んでみてほしいのです.
 カリオロジーを知ることは,皆さんがすでに持っている微生物学,衛生学,修復学などの断片的な知識が「カリオロジー」という体系でつながっていくプロセスでもあるからです.

 齲蝕が多因子疾患であることは重要な認識であり,本書でも強調されている部分です.
 それはよく理解できるのですが,そうなるとかえってややこしくて,「だから齲蝕は難しい」と私は感じていました.
 しかし,本書では複雑に絡み合う多くの因子が丁寧にほどかれ,それぞれのつながりが示されていて,物語を読むように内容を掴むことができます.
 多因子であるということは,裏を返せばアプローチする余地もたくさんあるわけで,読者の皆さんがそれぞれ置かれた環境の中で,明日からでも取り組めるカリエスコントロールが何かしらあるはずです.大切なことは「その齲蝕から何を想像するか」であり,誰でも「真のカリオロジスト」になれるのです.

 この本を通じて本当に伝わってほしいのは,カリオロジーの魅力だとか,何が正しくて何が間違っているといったことではありません.
 カリエスコントロールとは何ら特別なものではなく,患者個人に応じた柔軟な対応という部分で,医療としての本質を離れないということです.

 物事のおもしろさの本質というのは,知識を得ることよりも,そのプロセスにあると思います.ぜひ本書を楽しんでください.

 2023年2月
 訳者 大庭俊太朗

「本質」を手に取るあなたへ
 1冊の本との偶然の出会いで,人生は大きく変わる
 それは,たまたま手に取った,知人に勧められた,あるいは学校の教材だったかもしれない

 「本当に大切なものは目に見えない」と言われるように
 歯科医療の本質は目に見えない
 本質を追い求めるには,時間軸が必要だからだ

 本書を手に取り
 衝撃を受ける人がいる
 素通りする人もいる
 反発する人もいる

 しかし,本質を追い求める先に
 カリオロジーを欠くことはできない

 水が高い所から低い所へ流れるように
 時代は進むべき方向に向かう

 これは,歯科医療においても同じ

 偶然はいつも,必然
 読書はいつも,双方向

 本書を通じて多くの方々がカリオロジーに興味を持ち
 理解を深める起点となり,さらにはわが国の歯科医療の発展に寄与できればと切に願う

 そして,本質を捉えたあなたが「真のカリオロジスト」となり
 その先にいる人々の生涯があたたかく豊かなものになれば
 これほどありがたいことはない

 2023年2月
 訳者 伊藤直人


プロローグ
 本書『Essentials of Dental Caries』は4版を重ね,初版からの著者の1人であるSally Joyston-Bechalが数年前に引退したため,Edwina Kiddは旧知の共同研究者であるOle Fejerskovに執筆を援助してくれるよう依頼しました.KiddとFejerskovは別のカリオロジーの書籍でもともに編者を務めているため,2人は好適な共著者と言えます.ちなみにその書籍は多くの執筆者による重厚なもので,現在世界中で出版され3版を数えています.今回の書籍のそもそもの目的は,学生やデンタルナース,口腔保健の教育者,歯科衛生士,セラピスト,その他の口腔保健に関与するケアワーカーに適した読みやすい手軽な1冊を提供することでした.本書が3版を経てしっかりとしたテキストとなったことは喜ばしいことではありますが,齲蝕という非常に重要なテーマを学ぶためのスタート地点としては,少しハードルが高いという印象は免れません.したがってこの第4版では文章を簡略にすることで,歯学部の学生や他の口腔保健に携わる人々が齲蝕を学び始めるときに読んでもらえるとともに,卒前や卒後教育においては多くの執筆者による包括的な書物に進むためのステップになればと考えています.
 ここでの狙いは,われわれがエッセンシャルであると考えていることに的を絞って理路整然とまとめた文章を読者に届けることですから,引用している文献の数をとても少なくしています.現時点でのエビデンスに基づいた知見を厳選して記載し,詳細を述べた論文や書籍の部分については各章末に参考文献として掲載してあります.
 筆者である私たち2人はヨーロッパ(英国とデンマーク)の出身ですが,本書は他の英語圏でも使用できるように心がけました.当然のことながら各国の経済状況は異なるので,すべての国で経費的かつ現実的に実行可能な推奨事項を決めることは容易ではありませんでした.さらには,北ヨーロッパにあるわれわれの2つの国の間にさえも口腔保健医療の歴史的成り立ちには違いがあり,実はこの違いが歯科医療従事者の学びの期間中に彼らがどのように教育され,また感化されるかに驚くべき役割を果たしていることが,本書を執筆していくうちによくわかりました.そこで私たちは,“真実”を示す方法は1つだけではないという事実を,本書を通して読者に改めて認識してもらえるように努めました.私たちは「これらのデータが人々の口腔保健医療にどのような結果をもたらすのか」,「一人ひとりの口腔保健がどうすれば最も大きく改善されるのか,しかも費用対効果に優れると同時にシンプルな方法によって」を常に自問自答しながら,科学的なデータを解釈したうえで,首尾一貫した記述を心がけたつもりです.
 では,このシンプルなテキストの構成を説明していきます.第1章では,歯科医療の対象となる人々そのものが大きな意味をもつことが示されています.齲蝕によってもたらされる数々の問題に,ほとんどの歯科医療従事者が多くの時間を費やしています.第2章は,齲蝕がどのように発生し進行するかについて述べています.バイオフィルムについて紹介し,ヒトにとって不可欠なパートナーでもある細菌が口腔内でどのように糖を代謝し,その結果として酸を産生することで歯質を脱灰し齲窩を形成するかを説明しました.幸いにして多くの人は十分な量の唾液を分泌しており,これに含まれるミネラルによって齲蝕のダメージは修復されます.中心的な役割を果たす糖について,またなぜ糖の摂取の抑制が難しいのか重点的に検討を行いました.
 齲蝕病変の外観については,活動性齲蝕の診断の重要性を強調しながら第3章で述べています.活動性齲蝕がさらに進行していくリスクをはらんでいることは,すでに証明されている事実です.第4章では齲蝕の進行をコントロールすることについて言及し,口腔衛生やフッ化物,食事が果たす役割を重点的に解説しています.本章を十分に理解することは,この問題に対して賢明に対応するための鍵となるでしょう.また,糖の市場経済に誰が影響を与えているのかについても触れました.
 第5章では歯の充填に関して,清掃を容易にして進行を抑制するためにどのタイミングでこれが必要になるのかを示しました.強調したいのは,充填は齲蝕という疾患の治療ではなく,患者のセルフケアを容易にするための1つの手段であるということです.カリエスコントロールの鍵を握るのは,何と言っても口腔清掃です.患者の齲蝕が進行した場合に必要となるのは,セルフケア習慣と食事内容の改善です.行動変容はカリエスコントロールにとって非常に重要なため,第6章では行動変容の1つの方法を紹介しながらその難しさを詳細に解説しています.この手法の成否は患者との効果的なコミュニケーションにかかっているので,いかに意思疎通を図るかについても取り上げています.
 第7章は,齲蝕が発生した理由をそれぞれの患者にどう伝えればよいのかを詳細に説明することで,カリエスコントロールの核心に迫りました.患者の口腔内がどのような状態で,何を変えなければならないのか,ということです.さらに活動性齲蝕を有する患者に焦点を当て,口腔衛生,食事内容の分析,アドバイス,最も効果的なフッ化物の応用について考察しています.本章の最後では,若年者や高齢者といった特定の患者群の問題についても触れました.
 7章までは主に個々の患者に関することについて述べていますが,第8章では地域社会へと焦点を移し,社会において齲蝕のデータがどのように収集されているのかを概説しました.最後に,デンマークのある地域が齲蝕データの情報を活用して患者ケアの方法を変更し,さらにはその変更の結果を分析した事例を紹介しています.また,スコットランドで行われた取り組みについても検証し,対処方法は1つではないことの例を示しました.最もシンプルかつ経済的で効果的な方法を目指すことで,地域住民のニーズに応えなければならないと私たちは考えます.
 本書を締めくくるエピローグには非常に個人的な意見を述べました.ここで私たちはこれまでの歯科の常識を覆し,優れた費用対効果で齲蝕をコントロールすることが求められている歯科医療従事者について,認識を新たにするよう読者に促しています.このような変革は歯科医師が行うことが最善とは限りません.というのも,すでに歯科医師は従前の方法で教育されてしまっているからです.重要な口腔疾患である齲蝕の原因と進行に関する今日の知見を鑑みると,大学などにおける歯科医師の養成数が多すぎることに疑いの余地はありません.ぜひとも本書を楽しみ,いろいろな角度から議論して,質問や意見があれば遠慮なく連絡をいただきたいと思います.
 Edwina Kidd,Ole Fejerskov
 2016年2月 ロンドンとオーフスにて
 訳者まえがき
 プロローグ
Chapter 1 イントロダクション
 Introduction
 1.1 オーラルヘルスケアの目標
 1.2 なぜ患者は歯を失うのか
 1.3 齲蝕の定義
 1.4 齲蝕の分類
Chapter 2 齲蝕病変はどのようにして発生するのか
 How does a caries lesion develop?
 2.1 バイオフィルム
  2.1.1 バイオフィルムの代謝
 2.2 齲蝕の発生と進行
  2.2.1 エナメル質の再石灰化
 2.3 象牙質齲蝕の進行
 2.4 齲蝕におけるミュータンス連鎖球菌の役割
 2.5 根面齲蝕
 2.6 齲蝕発生における唾液の役割
 2.7 齲蝕における糖の役割
  2.7.1 代替甘味料
Chapter 3 診療での齲蝕の検出・診断・記録
 Detection,diagnosis,and recording in the clinic
 3.1 何を,何のために知る必要があるのか
 3.2 検出・診断のための前提条件
 3.3 一般的に使用される視診の基準
  3.3.1 齲蝕活動性の評価
  3.3.2 病変の深さの評価
  3.3.3 根面齲蝕
  3.3.4 再発性齲蝕
 3.4 診断のための補助的手段
  3.4.1 透照診
  3.4.2 歯間分離
  3.4.3 咬翼法X線撮影
 3.5 検査のチャート化
  3.5.1 筆者らの診断方法
  3.5.2 不確実性と意思決定の関連性
 3.6 齲蝕の分類
Chapter 4 齲蝕病変の発生と進行のコントロール
 Control of caries lesion development and progression
 4.1 カリエスコントロールの概念
 4.2 カリエスコントロールにおける口腔衛生の役割
  4.2.1 口腔衛生指導
 4.3 カリエスコントロールにおけるフッ化物の役割
  4.3.1 フッ化物の歯科への導入経緯
  4.3.2 歯のフッ素症
  4.3.3 フッ化物の抗齲蝕メカニズム
  4.3.4 フッ化物の使用方法の違いによる臨床効果と費用対効果
  4.3.5 フッ化物応用法
  4.3.6 フッ化物の毒性─扱いに際しての注意点
 4.4 カリエスコントロールにおける食事の役割
  4.4.1 糖と歯:一問一答
  4.4.2 多国籍企業の責任
 4.5 カリエスコントロールの原則のまとめ
Chapter 5 どんなときに齲窩を修復するべきか
 When should a dentist restore a cavity?
 5.1 フィッシャーシーラント
  5.1.1 シーラントの適応症
  5.1.2 使用される材料
  5.1.3 さらなる考察
 5.2 どのような場合に充填が必要になるのか
  5.2.1 咬合面
  5.2.2 隣接面
  5.2.3 平滑面
  5.2.4 再修復
 5.3 齲窩はどこまで「きれい」にするべきか
  5.3.1 窩洞形成の前に確認すること
  5.3.2 脱灰象牙質はどのように除去するのか
  5.3.3 歯髄の上にある軟化象牙質はどこまで除去するべきか
 5.4 乳歯への対応
  5.4.1 齲窩のある乳歯の治療方法
  5.4.2 治療法の選択に関わる要素
 5.5 永久歯への対応
  5.5.1 標準的な治療法
  5.5.2 標準的な治療法が使えないときの対応
 5.6 ミニマルインターベンションは保存修復の解決策となるか
Chapter 6 患者とコミュニケーションを図り行動に影響を与える
 Communicating with the patient and trying to influence behaviour
 6.1 誰が齲蝕をコントロールするのか
 6.2 モチベーション
 6.3 コミュニケーション
  6.3.1 言語でのコミュニケーション
  6.3.2 非言語的コミュニケーション(ボディーランゲージ)
  6.3.3 メッセージの伝達
 6.4 行動変容
 6.5 モチベーショナルインタビューイング
  6.5.1 経緯と根拠
  6.5.2 MIの基本原則
  6.5.3 MIにおけるコミュニケーションのヒント
  6.5.4 情報提供
 6.6 意志を行動に移す
  6.6.1 目標を定めて計画を立てる
  6.6.2 進捗状況の確認と問題点の修正
  6.6.3 成功の報酬
 6.7 失敗
Chapter 7 活動性齲蝕の患者のカリエスコントロール
 Caries control for the patients with active lesions
 7.1 はじめに
 7.2 個人の齲蝕経験の原因究明
  7.2.1 バイオフィルムのコントロール
  7.2.2 食事の調査
  7.2.3 唾液量の測定
 7.3 活動性齲蝕の患者への口腔衛生上のアドバイス
  7.3.1 専門家によるプラークコントロール
  7.3.2 清掃のための齲窩の開放
 7.4 フッ化物
 7.5 食事分析に基づくアドバイス
  7.5.1 安全な間食と飲み物
  7.5.2 食事に関する誤解
 7.6 特別な配慮の必要なグループ
  7.6.1 乳幼児と年少児
  7.6.2 萌出中の臼歯
  7.6.3 歯列矯正中の患者
  7.6.4 ドライマウスの患者
  7.6.5 Functionally-dependent adults(機能依存生活者)
 7.7 ガイドライン
  7.7.1 リコール間隔
Chapter 8 集団におけるカリエスコントロール
 Caries control in populations
 8.1 齲蝕の疫学
  8.1.1 評価の指標
 8.2 齲蝕の疫学情報の分析
  8.2.1 定義
  8.2.2 研究デザインの例
  8.2.3 齲蝕の普遍的パターン
  8.2.4 年齢や性別との関連性
  8.2.5 人種・民族,社会的階級,地理,遺伝子との関連性
  8.2.6 WHOの12歳児齲蝕データベース
 8.3 カリエスコントロールの集団研究
  8.3.1 デンマークの子供たちのデンタルヘルスケア
  8.3.2 オッダー市のデンタルヘルスケアプログラム
  8.3.3 スコットランドの取り組み:Childsmile

 エピローグ 効果的な口腔保健医療を提供するために歯科医療従事者はどう変わるべきか

 索引