謝辞
本書を出版するにあたり,膨大な量の写真や資料の作成をお願いした昭和大学歯学部歯科矯正学講座の現医局員および非常勤の皆様に,心から感謝の意を表します.
特に,澤村萌香先生,鄭 善化先生,鹿嶋友希先生,文野暁史先生には,準備に多くの時間を割いていただきました.改めて厚く御礼申し上げます.
そして,2003年11月19日の新たな道の始まりにその命運を賭けてくれた友人たちと,若くして帰らぬ人となられた新庄信之先生,永良百合子先生,大嶋貴子先生に本書を捧げます.
はじめに
21世紀に入り,アライナー型矯正装置が普及するにつれて,その審美性の高さから矯正治療を受けようとする患者数も増加している.しかし,その一方では,基本的な矯正診断の欠落や無理な治療計画による失敗例も散見される.さらに,この装置を治療に使いたいがために非抜歯を選択しようという考えも出てくるに至り,そのあまりにも本末転倒で科学的とは言い難い状況に,矯正歯科の将来を愁う場面が多いのも事実である.ワイヤーとブラケットが開発されてから100年を経て,ようやく新しい可能性を秘めた装置が現れたにもかかわらず,利己的な商業主義に捉われたり,専門的技能の必要性を問わない供給の安易さに惑わされて,矯正治療の本質を見誤ってしまうことは,国民に対する医療としてのあるべき姿からも厳に避けなければならない.
そして,これらの原因の根底には,症例報告の多くが成功事例の紹介に終止している歯科界の構造的な欠陥や,コンピュータ・シミュレーション技術と生体反応との差異がいまだに明確にされていないという科学的研究の遅延などが挙げられる.本邦で初めてこの治療法を紹介した筆者も責任の一端を痛感せざるを得ない.
そこで本書では,1〜2歯の単純な移動を目的として徒手により製作されるマウスピース型の矯正装置ではなく,2000年に初めて高度なコンピュータ技術を導入して登場したインビザライン(アライン社,米国)やクリアコレクト(ストローマン社,スイス)に代表される複数個連続使用型のアライナー型矯正装置に焦点を絞り,その利点と注意すべき欠点の両者を明らかにするとともに,診断時や治療計画立案時に不可欠な基礎的知識と不測の事態への対処方法などの臨床手技,そして,現在のアライナー矯正に関連するデジタル技術の一部を紹介する.
「何でもできる魔法の装置でもなければ,何もできない無用な装置でもない」
要は,数ある矯正装置のなかの一つであり,その特徴をよく知ったうえで,今後の発展やその良否は術者の知識や経験,技能,そして創造力に委ねられている点に気づいていただければ幸いである.
また,一般臨床医が改めて矯正歯科を学ぶ際も,なぜそのような形態に成長するのか,筋機能と顎骨形態とはどのように影響し合っているのか,補綴も考慮して歯列はどこに動かすべきかについて,健全な口腔機能の獲得に至る自らの知識や臨床経験と照らし合わせながら,そのメカニズムをより科学的な観点から捉えるべきである.
しかし,専門領域の現場においてさえも,筋電図や顎運動軌跡などの機能解析の結果が診断や治療に十分に役立っているとは言えない状況である.その原因は,機能と形態の両者の情報をバイオメカニクス(生体力学)の手法で結びつけて解析していない点にある.力学解析は,どうしてもコンピュータの助けを借りなければならず,かつCBCTなどを用いて三次元的な情報を取り扱わなければ生体環境により近い状態を再現できないために,その普及が遅れた.そして,残念ながら,本邦の歯学教育のカリキュラムにバイオメカニクスの講義や概念の紹介が全く含まれていないことも大きな要因である.
本書では,「基礎編」として診断の根幹になる咀嚼器官のバイオメカニクスをできるだけ簡易な説明で示し,「臨床編」の前に生体のもつおもしろさや矯正治療の重要性を学ぶための資料を添えることとした.バイオメカニクス,CBCT,シミュレーション,CAD/CAM,アライナー矯正,生体センシング技術…….本書を通して,若き歯科医師諸氏がさらなる好奇心と注意深さを身につけ,これからの明るい未来を切り拓いてくれるよう祈念する.
令和5年1月
昭和大学歯学部歯科矯正学講座
槇 宏太郎
本書を出版するにあたり,膨大な量の写真や資料の作成をお願いした昭和大学歯学部歯科矯正学講座の現医局員および非常勤の皆様に,心から感謝の意を表します.
特に,澤村萌香先生,鄭 善化先生,鹿嶋友希先生,文野暁史先生には,準備に多くの時間を割いていただきました.改めて厚く御礼申し上げます.
そして,2003年11月19日の新たな道の始まりにその命運を賭けてくれた友人たちと,若くして帰らぬ人となられた新庄信之先生,永良百合子先生,大嶋貴子先生に本書を捧げます.
はじめに
21世紀に入り,アライナー型矯正装置が普及するにつれて,その審美性の高さから矯正治療を受けようとする患者数も増加している.しかし,その一方では,基本的な矯正診断の欠落や無理な治療計画による失敗例も散見される.さらに,この装置を治療に使いたいがために非抜歯を選択しようという考えも出てくるに至り,そのあまりにも本末転倒で科学的とは言い難い状況に,矯正歯科の将来を愁う場面が多いのも事実である.ワイヤーとブラケットが開発されてから100年を経て,ようやく新しい可能性を秘めた装置が現れたにもかかわらず,利己的な商業主義に捉われたり,専門的技能の必要性を問わない供給の安易さに惑わされて,矯正治療の本質を見誤ってしまうことは,国民に対する医療としてのあるべき姿からも厳に避けなければならない.
そして,これらの原因の根底には,症例報告の多くが成功事例の紹介に終止している歯科界の構造的な欠陥や,コンピュータ・シミュレーション技術と生体反応との差異がいまだに明確にされていないという科学的研究の遅延などが挙げられる.本邦で初めてこの治療法を紹介した筆者も責任の一端を痛感せざるを得ない.
そこで本書では,1〜2歯の単純な移動を目的として徒手により製作されるマウスピース型の矯正装置ではなく,2000年に初めて高度なコンピュータ技術を導入して登場したインビザライン(アライン社,米国)やクリアコレクト(ストローマン社,スイス)に代表される複数個連続使用型のアライナー型矯正装置に焦点を絞り,その利点と注意すべき欠点の両者を明らかにするとともに,診断時や治療計画立案時に不可欠な基礎的知識と不測の事態への対処方法などの臨床手技,そして,現在のアライナー矯正に関連するデジタル技術の一部を紹介する.
「何でもできる魔法の装置でもなければ,何もできない無用な装置でもない」
要は,数ある矯正装置のなかの一つであり,その特徴をよく知ったうえで,今後の発展やその良否は術者の知識や経験,技能,そして創造力に委ねられている点に気づいていただければ幸いである.
また,一般臨床医が改めて矯正歯科を学ぶ際も,なぜそのような形態に成長するのか,筋機能と顎骨形態とはどのように影響し合っているのか,補綴も考慮して歯列はどこに動かすべきかについて,健全な口腔機能の獲得に至る自らの知識や臨床経験と照らし合わせながら,そのメカニズムをより科学的な観点から捉えるべきである.
しかし,専門領域の現場においてさえも,筋電図や顎運動軌跡などの機能解析の結果が診断や治療に十分に役立っているとは言えない状況である.その原因は,機能と形態の両者の情報をバイオメカニクス(生体力学)の手法で結びつけて解析していない点にある.力学解析は,どうしてもコンピュータの助けを借りなければならず,かつCBCTなどを用いて三次元的な情報を取り扱わなければ生体環境により近い状態を再現できないために,その普及が遅れた.そして,残念ながら,本邦の歯学教育のカリキュラムにバイオメカニクスの講義や概念の紹介が全く含まれていないことも大きな要因である.
本書では,「基礎編」として診断の根幹になる咀嚼器官のバイオメカニクスをできるだけ簡易な説明で示し,「臨床編」の前に生体のもつおもしろさや矯正治療の重要性を学ぶための資料を添えることとした.バイオメカニクス,CBCT,シミュレーション,CAD/CAM,アライナー矯正,生体センシング技術…….本書を通して,若き歯科医師諸氏がさらなる好奇心と注意深さを身につけ,これからの明るい未来を切り拓いてくれるよう祈念する.
令和5年1月
昭和大学歯学部歯科矯正学講座
槇 宏太郎
はじめに
基礎編I バイオメカニクス矯正診断学
1 矯正治療におけるバイオメカニクス(生体力学)の必要性
2 咀嚼器官のバイオメカニクス
下顎骨と咀嚼筋群
下顎骨の形態形成に関与するバイオメカニクス的な因子
下顎頭における軟骨性成長と吸収
上顎骨のバイオメカニクス的な特性
3 顎顔面のバイオメカニクス的な診断
4 咬合・咀嚼・嚥下機能
正常咬合
歯列の前後的な位置関係
咬合接触状態の異常,機能的要因
歯軸傾斜
咬合彎曲
咀嚼運動・咀嚼機能
嚥下機能
咀嚼の中枢への影響
5 バイオメカニクス的な治療目標の設定方法
バイオメカニクス的な知見の総括
新しいゴール設定方法の例
残された課題
6 鼻呼吸障害と下顎頭吸収
口蓋扁桃の腫脹と臨床所見
非定常流を用いた気道の流体解析
下顎頭に発生する異常な荷重の解析
関節円板が離脱するメカニズムに関する計算力学的な考察
7 矯正治療における検査と診断の意義
初診相談
診察・問診
検査・資料採得
分析
診断
患者への説明,治療開始
8 歯の移動のバイオメカニクス
矯正力による組織変化
歯の移動様式
至適矯正力,差動矯正力,アライナー矯正の特殊性
9 超微弱な矯正力を用いる特殊な矯正治療
基礎編II 矯正治療の基本
1 治療のフローチャート─一般的な矯正治療のアルゴリズム
2 叢生
定義・分類
臨床的特徴
原因
治療方法
3 上顎前突
定義・分類
臨床的特徴
原因
治療方法
4 下顎前突
定義・分類
臨床的特徴
原因
治療方法
5 開咬
定義・分類
臨床的特徴
原因
治療方法
基礎編III コンピュータ支援矯正学
1 医療におけるデジタル化技術発展の歴史
CTの開発・普及の要因
米国におけるデジタル化技術の発展
ヨーロッパ・アジアにおけるデジタル化技術の発展
軍需産業の活発化による技術の波及
2 矯正歯科におけるさまざまなコンピュータ・シミュレーション
3 現在の歯の移動のシミュレーションに欠けている情報
4 CTデータを用いた個体別有限要素解析法
生体を対象とした有限要素解析
本書で用いられている有限要素解析法
有限要素解析の信頼性の検証
5 新しい歯の移動シミュレーションの開発
新しいシミュレーションの方法
6 CBCTの原理と有用性
臨床編I アライナー矯正に関する基本情報
1 アライナー矯正の概要
歯列形状情報の採得
移動シミュレーションの提示と承認
アライナー型矯正装置の製作
レジン突起物の歯面への付与
IPR(Inter Proximal Reduction,歯冠隣接面の削合)
2 アライナー矯正の利点と欠点
3 治療の予知性,予測実現性,診断のポイント
4 治療の流れに沿った注意点
治療開始前,初診相談
移動シミュレーションの判定と認証
大臼歯の遠心移動,歯列の拡大
レジン突起物の選択
IPR
シミュレーションの認証
信頼できるシミュレーションの作成について
臨床編II アライナー型矯正装置の力学解析
1 荷重時の反作用
2 荷重と歯冠形状
3 レジン突起物の効果
4 転倒の防止
5 アライナー矯正の精度
6 アライナー型矯正装置の辺縁形態と長さ
7 矯正力の定量的評価
二次元複屈折測定の原理
近赤外二次元複屈折計測装置の有用性
臨床編III 問題症例から考える
1 矯正診断に問題があった症例
2 成長予測が困難であった症例
3 移動可能な範囲を逸脱した症例
4 抜歯診断もしくは固定源の設定に問題があった症例
5 患者協力度に問題があった症例
6 異常を発見するタイミングが遅延した症例
7 問題症例から学ぶべきこと
臨床編IV アライナー矯正に特有の現象
1 抜歯症例でのボーイングエフェクト
2 臼歯部の垂直的な空隙
3 前歯部牽引中のオーバーバイトとトルクコントロールの不足
臨床編V リカバリー方法
1 回転の補助や傾斜のリカバリー
2 圧下や挺出など垂直的な移動の補助と遅延のリカバリー
3 水平的な移動の補助とリカバリー
4 垂直的な移動の補助とリカバリー
5 垂直的,水平的な移動の両者を行うリカバリー
6 臼歯部近心傾斜の特殊なリカバリー
7 新しい概念の非結紮式ブラケットを用いるリカバリー
臨床編VI 症例
Case 1 空隙歯列を呈する上顎前突症例
Case 2 4 4,4 4抜歯により治療した上下顎前突症例
Case 3 4 4抜歯と歯科矯正用アンカースクリューを用いて治療した骨格性上顎前突症例
Case 4 非抜歯で下顎大臼歯の遠心移動を選択した下顎前突症例
Case 5 4 4,4 4抜歯により治療した叢生症例
Case 6 下顎位の変化によって長期間の治療を余儀なくされた上顎前突症例
Case 7 側方拡大と隣接面削除により治療した叢生症例
参考文献
索引
基礎編I バイオメカニクス矯正診断学
1 矯正治療におけるバイオメカニクス(生体力学)の必要性
2 咀嚼器官のバイオメカニクス
下顎骨と咀嚼筋群
下顎骨の形態形成に関与するバイオメカニクス的な因子
下顎頭における軟骨性成長と吸収
上顎骨のバイオメカニクス的な特性
3 顎顔面のバイオメカニクス的な診断
4 咬合・咀嚼・嚥下機能
正常咬合
歯列の前後的な位置関係
咬合接触状態の異常,機能的要因
歯軸傾斜
咬合彎曲
咀嚼運動・咀嚼機能
嚥下機能
咀嚼の中枢への影響
5 バイオメカニクス的な治療目標の設定方法
バイオメカニクス的な知見の総括
新しいゴール設定方法の例
残された課題
6 鼻呼吸障害と下顎頭吸収
口蓋扁桃の腫脹と臨床所見
非定常流を用いた気道の流体解析
下顎頭に発生する異常な荷重の解析
関節円板が離脱するメカニズムに関する計算力学的な考察
7 矯正治療における検査と診断の意義
初診相談
診察・問診
検査・資料採得
分析
診断
患者への説明,治療開始
8 歯の移動のバイオメカニクス
矯正力による組織変化
歯の移動様式
至適矯正力,差動矯正力,アライナー矯正の特殊性
9 超微弱な矯正力を用いる特殊な矯正治療
基礎編II 矯正治療の基本
1 治療のフローチャート─一般的な矯正治療のアルゴリズム
2 叢生
定義・分類
臨床的特徴
原因
治療方法
3 上顎前突
定義・分類
臨床的特徴
原因
治療方法
4 下顎前突
定義・分類
臨床的特徴
原因
治療方法
5 開咬
定義・分類
臨床的特徴
原因
治療方法
基礎編III コンピュータ支援矯正学
1 医療におけるデジタル化技術発展の歴史
CTの開発・普及の要因
米国におけるデジタル化技術の発展
ヨーロッパ・アジアにおけるデジタル化技術の発展
軍需産業の活発化による技術の波及
2 矯正歯科におけるさまざまなコンピュータ・シミュレーション
3 現在の歯の移動のシミュレーションに欠けている情報
4 CTデータを用いた個体別有限要素解析法
生体を対象とした有限要素解析
本書で用いられている有限要素解析法
有限要素解析の信頼性の検証
5 新しい歯の移動シミュレーションの開発
新しいシミュレーションの方法
6 CBCTの原理と有用性
臨床編I アライナー矯正に関する基本情報
1 アライナー矯正の概要
歯列形状情報の採得
移動シミュレーションの提示と承認
アライナー型矯正装置の製作
レジン突起物の歯面への付与
IPR(Inter Proximal Reduction,歯冠隣接面の削合)
2 アライナー矯正の利点と欠点
3 治療の予知性,予測実現性,診断のポイント
4 治療の流れに沿った注意点
治療開始前,初診相談
移動シミュレーションの判定と認証
大臼歯の遠心移動,歯列の拡大
レジン突起物の選択
IPR
シミュレーションの認証
信頼できるシミュレーションの作成について
臨床編II アライナー型矯正装置の力学解析
1 荷重時の反作用
2 荷重と歯冠形状
3 レジン突起物の効果
4 転倒の防止
5 アライナー矯正の精度
6 アライナー型矯正装置の辺縁形態と長さ
7 矯正力の定量的評価
二次元複屈折測定の原理
近赤外二次元複屈折計測装置の有用性
臨床編III 問題症例から考える
1 矯正診断に問題があった症例
2 成長予測が困難であった症例
3 移動可能な範囲を逸脱した症例
4 抜歯診断もしくは固定源の設定に問題があった症例
5 患者協力度に問題があった症例
6 異常を発見するタイミングが遅延した症例
7 問題症例から学ぶべきこと
臨床編IV アライナー矯正に特有の現象
1 抜歯症例でのボーイングエフェクト
2 臼歯部の垂直的な空隙
3 前歯部牽引中のオーバーバイトとトルクコントロールの不足
臨床編V リカバリー方法
1 回転の補助や傾斜のリカバリー
2 圧下や挺出など垂直的な移動の補助と遅延のリカバリー
3 水平的な移動の補助とリカバリー
4 垂直的な移動の補助とリカバリー
5 垂直的,水平的な移動の両者を行うリカバリー
6 臼歯部近心傾斜の特殊なリカバリー
7 新しい概念の非結紮式ブラケットを用いるリカバリー
臨床編VI 症例
Case 1 空隙歯列を呈する上顎前突症例
Case 2 4 4,4 4抜歯により治療した上下顎前突症例
Case 3 4 4抜歯と歯科矯正用アンカースクリューを用いて治療した骨格性上顎前突症例
Case 4 非抜歯で下顎大臼歯の遠心移動を選択した下顎前突症例
Case 5 4 4,4 4抜歯により治療した叢生症例
Case 6 下顎位の変化によって長期間の治療を余儀なくされた上顎前突症例
Case 7 側方拡大と隣接面削除により治療した叢生症例
参考文献
索引














