やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 近年,歯内療法は大きなパラダイムシフトの中にあるとされています.Mineral Trioxide Aggregate(MTA)の開発に始まったバイオセラミックス系材料の進化は,歯髄保存療法をはじめ,パーフォレーションや根尖開大症例等,従来は保存困難とされてきた多くの難症例に対する予知性高い保存治療を可能としました.また,金属工学の進化はNiTiロータリーファイルの柔軟性や破折抵抗値を大幅に向上させ,それは治療中のファイル破折や根管形態の破壊という深刻なリスクを減少させました.こうした技術革新は,これまでゴールドスタンダードとされてきた歯内療法の術式にも変革をもたらしています.例えば熱処理NiTiロータリーファイルの登場は,根管形成時のストレートラインアクセス形成を最小限にすることを可能とし,従来切削していた歯頚部象牙質を可及的に保存することで,将来の歯根破折を積極的に予防しようという考え方につながっています.このような概念は「Minimally Invasive Endodontics(MIE)」として世界中に拡がってきています.
 一方,従来から歯内療法における最も重要なことは,バイオフィルムを含む感染源の除去であることはいうまでもありません.MIEとして形成された細い根管の中には,どの程度の感染源が残存することになるのでしょうか.またそれらは根管洗浄で除去可能なのでしょうか.研究では適切な濃度の次亜塩素酸ナトリウムを数分間作用させれば,バイオフィルムの発育を阻止しつつ,機械的にも除去されたという報告がいくつかなされています.しかし,実験のために短期間培養で作られたバイオフィルムと,私たちが臨床で経験する数年から数十年という時を経た感染根管内のバイオフィルムは,果たして同じものなのでしょうか.そもそも根管内にどれほどの細菌が存在すれば根尖病変が発症し,それらをどの程度除去すれば治癒に導けるのでしょうか.このような疑問に対する答えはまだ明確ではありません.ただし,研究は着実に進んでいます.次世代シークエンサーなどの基礎医学領域における進歩は,今まで知り得なかった口腔内のマイクロバイオームを明らかにし,ディスバイオーシスによる各種疾患との関係も少しずつ解明されてきています.それはやがて歯内感染の詳細解明と治療方法の開発につながってゆくものと考えられます.
 本書は,歯内感染がバイオフィルム感染症であるということを踏まえ,それに対して臨床医がどのように対応することが望ましいのかについて,基礎医学と一般臨床の2つの観点から考察していきます.現時点における根管内細菌に関する情報を整理し,それを基に臨床の質を少しでも向上させるために何ができるのかを,ともに考えていただくことを目的としています.読者の先生方にとって,本書が困難な歯内療法症例を解決に導くための一つのきっかけとなることを願う次第です.
 阿部 修
 はじめに
序論 対談:バイオフィルム感染症としての治療戦略とは?
 (石原和幸・阿部 修)
01 根管形成のパラダイムシフトと微生物学的視点から考える問題点
 (阿部 修)
02 根尖性歯周炎のマイクロバイオーム解析
 (石原和幸)
03 根管内バイオフィルムの質を考慮した歯内療法
 (阿部 修)
04 根尖性歯周炎の処置とバイオフィルム
 (石原和幸)
05 根尖部の残存細菌を減少させるためにできること
 (阿部 修)

 索引