やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 この数十年の歯内治療の発展には目覚ましいものがある.MTAセメントに代表されるバイオセラミックス系材料,歯科用実体顕微鏡,ニッケルチタンロータリーファイル,歯科用コーンビームCTなど,様々な治療用器材が登場し,今まで難しいとされてきた症例に対しても良好な結果が出せるようになったと実感している.しかし華やかなパラダイム・シフトの影であまり目立つことはないが,これらの新しい歯内治療器材はあくまでラバーダム防湿下での使用を前提としているということを認識している歯科医師はどれくらいいるだろうか.
 2021年の日本歯内療法学会(JEA)の報告では,歯内治療を行う際にラバーダムを必ず使用すると回答したのはJEA会員で51.5%,JEA専門医で60.0%という結果であった1).この結果をどのように解釈するかは別として,学会が認定した専門医のラバーダム使用率が60.0%という結果は,歯内治療を専門に行う者として考えさせられるものがある.新しい器材や技術が有用であったとしても,それらはあくまでラバーダム防湿によってもたらされる適切な感染制御という礎の上に成り立っているということを忘れてはならない.一方で,先の報告ではJEA非会員であっても14.1%が必ずラバーダム防湿を行った上で歯内治療を行っているという結果となっている.以前の調査では5.1%であったことを踏まえると,少しずつではあるが大学教育やセミナーなどで歯内治療の重要性,ひいては感染制御の大切さを学び,実践できる場が生まれつつあり,それを理解して歯内治療を行っている歯科医師が増えているということではないだろうか.
 さて,今日その重要性が再認識され始めているラバーダム防湿法だが,卒後にあらためて学ぶ機会はまだまだ少ないのが現状であろう.健全歯や正常歯列では容易に行うことができても,実際の臨床では残存歯質量の少ない歯であったり叢生などを伴う複雑な歯列状態を有する環境下で治療にあたることも多く,そのような場面で装着に苦慮することも多いと思われる.ラバーダム防湿法の原理そのものは単純であるが,その単純さゆえに術式のバリエーションは多岐にわたり,その結果,単純であるはずのラバーダム防湿法が皮肉にもとっつきにくいものになってしまっていると感じている.
 本書では歯内治療におけるラバーダム防湿の重要性を述べるとともに,使用する器材や装着法などの基本的な内容から,隔壁形成や補助器材などのワンランク上の内容まで,筆者らの知り得るノウハウを可能な限り解説している.特にラバーダムの装着法については,多岐にわたるそれぞれの手技について多くの画像を用いて詳しく解説しているので,ぜひ本書を参考に今まで用いたことのない術式にも挑戦していただければ幸いである.また,臨床でラバーダムを使用する際によく相対するトラブルへの対応についても,毎日多くの症例でラバーダムを使用してきた筆者らが日頃行っている対処法を紹介している.本書は,より確実な歯内治療を行う上で欠かすことのできないラバーダム防湿について,入門編であり完結編と言える内容を目指し執筆させていただいた.チェアサイドに置き,日々の診療に役立てていただければこの上ない喜びである.
 本書を執筆するにあたり,日々ご指導いただいている昭和大学歯内治療学部門の鈴木規元教授,本書を執筆するきっかけをいただいた吉岡デンタルオフィスの吉岡隆知先生,筆の遅い筆者らに最後までお付き合いいただいた医歯薬出版株式会社の前田慶一氏と志村健作氏に,この場を借りて感謝申し上げます.
 馬場 聖・浦羽真太郎
 はじめに
 ラバーダムの歴史
Chapter 1 ラバーダム防湿の意義
  1 ラバーダム防湿の目的
  2 ラバーダム防湿の欠点
Chapter 2 ラバーダム防湿の使用器具・器材
  1 ラバーダムパンチ
  2 クランプフォーセップス
  3 ラバーダムシート
  4 クランプ
  5 ラバーダムフレーム
  6 ラバーダム防湿の補助材
  7 ラバーダムテンプレート
Chapter 3 ラバーダムの装着法
 【患歯単独の場合】
  1 スタンダード法
   付:セルフチェックシート【患歯単独の場合】
  2 クランプファースト法
  3 All in One Technique
 【複数歯の場合】
  4 スプリットダム法
   付:セルフチェックシート【複数歯の場合】
  5 連続防湿法
  6 ラバーダム防湿のタイミング
Chapter 4 隔壁形成
  1 隔壁形成の目的
  2 隔壁を作製するための材料
  3 隔壁の作製方法
  4 隔壁形成に有用な補助器材
  5 出血のコントロール
Chapter 5 実臨床の対応法
 scene1 クランプが外れる,浮いてくる
 scene2 シートを張るとフレームが傾いてしまう
 scene3 シートと患歯に隙間ができる
 scene4 切削時にシートを巻き込んでしまう,穴が開いてしまう
 scene5 患者がむせてしまう
 scene6 開口状態を維持できない

 参考文献
 著者略歴